07 ルナの愉悦
移動距離と日数に関しては、わりとガバ設定なのが問題です。特別な移動方法があるのかもしれない。
◇
「あははははっ! ついにやりやがったぜ、あいつらっ! いやー、カツカツになるとは思ってたけど、こうもあっさりとはなぁ……くっ、くくくくっ♪」
ギフティアの本部、ルナの住居。
その私室に、ご機嫌な笑い声が響いている。
「楽しそうだな、ルナ」
「あったりめーだろぉ? ダーリンを追いだしたお花畑どもが、こうも落ちぶれていくってのは、わかりきってても笑えるっての♪」
机に並べられる報告の資料には、勇者パーティの現状が記されていた。
無数のぼったくり被害に加え、雇ったスカウトによる全財産の持ち逃げ。
それにともなうアルバイト生活において、勇者パーティともあろうものが薬草摘みに精をだし、その少ない報酬から、さらに中抜きされているという事実。
聖女にいたっては勇者に苦労をかけさせまいと、仲間の目を盗み、ギフティアの運営する水商売にも精をだしているそうだ。
「精をだすっていうか、だされるって――」
「やめろ、ルナ」
美少女の口から溢れる下ネタを制するも、彼女の意地悪な笑みはおさまらない。
「いやー、一応は口止めしてるけどよぉ? これ教会にバレたら、聖女様おしまいだろうに……どうするつもりなんだか」
「ミラはそもそも、アシュラムに仕えられればなんでもいいってくらい、あいつを信奉してたからな。教会から破門されたところで、痛くもかゆくもないんだろ」
逆にこの事態をアシュラムが知ったほうが、影響は大きそうだ。
「ま、女王陛下に金の無心もしたみたいだし、店のほうは上がりかもなぁ」
とはいえ、その無心に対する王宮内の反応も、非常に冷ややかである。
リンゴット伯の没落も、冷たさに拍車をかけているのかもしれない。
そのリンゴット伯――父親の死亡と、生家の没落を知ったリネアの反応も、報告書には詳細に記されていた。
現在は、ボロボロなくせに割増し料金を請求する、あこぎな安宿に引きこもり、食事すら取れずに塞ぎ込んでいるとのことだ。
今後の旅を続けていくことは、彼女には難しいかもしれない。
「金がなくなった瞬間にこれとか、不幸の連鎖は怖いねぇ、ひひひひっ♪」
「俺もその一端を担ってはいるけどな」
結果的に手を下すことになってしまったが、できることなら直接の関与をせず、顛末を見届けたかったというのが本音だ。
「なんだよー、後悔してんのかー?」
「伯爵のほうは自業自得だろ、後悔することなんてないさ」
少なくとも、ルナのために処理した仕事には、なんのためらいもなかった。
それを伝えるように、彼女の頭を抱き寄せてやると、その笑みが蕩けていく。
「んぅ……そんじゃ、あとはこれの処理だけかねぇ?」
これ――というのは、二人の腰かけるソファから見える位置に、裸で拘束されて転がされている、例の女スカウトのことだ。
「ごめんなさいっ、許してくださいぃぃっっ! ギフティアのボスのっ、その旦那様のっ、関係者とは知らなかったんですっ! 本当ですぅぅっっ!」
「おー、旦那様ってのはいいなぁ。わかってんじゃねーか♪」
ご満悦といった表情のルナを見て、女スカウトの目に安堵と媚びが浮かぶ。
その反応に気づかないふりをしながら、ルナはクスクスと笑う。
「せっかくだし、愛人にするってのはどーよぉ♪ 絶倫すぎるダーリンの相手は、ひとりじゃ身体がもたねーんだよな~」
もちろん、その目は笑っていなかったが。
「愛人になりますっ! 性奴隷でもかまいませんっ、やらせてくださいっっ! ですからどうかっ、命だけはっっ!」
そんなルナの言葉を額面どおりに受け取り、女スカウトが必死に叫ぶ。
ヒドゥンはそれを聞いたところで、彼女の命運が尽きたことを悟った。
(まぁ――どのみち俺も、許すつもりはなかったけどな)
元仲間から金を奪ったことが理由――では、もちろんない。
あくどい冒険者による犯罪、特にスカウトによる詐欺や窃盗といった行為を、ギフティアは断固として認めていなかった。
それらが発覚した場合は、すぐさま実行部隊をぶつけ、速やかに処分している。
今回、彼女が捕らえられたのは、ヒドゥンの意向を確認するためだけだ。
そしてヒドゥンも、ルナの隣にいると誓った以上、ギフティアの方針に背くようなことはしない。
「……せめて苦しまないよう、ひと思いにやってやれ」
「んだよー、ダーリンはやさしいなぁ♪」
ケラケラと笑うルナを見て、スカウトはしばらく、きょとんとした反応を見せていたが――男たちに担がれたところで、自身の命運を悟る。
「え――ま、待ってくださいっ! 許してっ、なんでもしますからっっ! あああぁぁぁぁっ、いやあぁぁぁぁっっ! 死にたくないのぉぉぉっっ!」
その命乞いの絶叫は、彼女が部屋から引きずりだされた時点でピタリとやみ、それきり聞こえなくなった。
ノイズが消え、その静けさに官能をくすぐられたのか、ルナはヒドゥンの脚にスルリと脚を絡め、太ももに跨るように身を寄せてくる。
「よかったのか~? あいつの裸で、こんなになってるくせにさぁ~♪」
「あいつのせいじゃなくて、お前がくっついてくるからだ」
彼女の手が太ももの付け根に触れ、艶めかしく撫で上げてくるのを感じ、ヒドゥンは小さく身を揺らした。
「ほぉんとかよぉ~?」
「信用できない女となんか、寝られるわけもないからな」
こんな挑発をしてくるというなら、もう我慢は必要ない。
背中と脚に手を添えると、ルナも心得た様子で首に腕を回してくる。
細くて軽い身体だが、肌はとても温かく、上質の絹のようになめらかだ。
少しでも力を加えれば折れてしまいそうな、そんな華奢な体をやさしく、丁寧に抱き上げ、奥に置かれる大きなベッドへ移動する。
「んぅ……はぁっ、それじゃ――オレのことは、信用してんだ?」
「当たり前だ、誰よりもしてるさ。ルナ以外の女は、しばらく信用できないだろうし――できるようになる日も、おそらくこないだろうな」
甘い香水の匂いがふくらむ、艶やかな黒髪をすくい上げ、鼻先を埋めるように口づける。
その感触にピクリと身を震わせた彼女は、甘い吐息とともにヒドゥンに抱きつき、ひと言――。
「ん、そっか……」
ポツリと、そうつぶやいた。