06 理知的な敵対国
な、なんという冷静で的確な判断力なんだ!
◇
そのころ、女王国家から大陸を跨いだ東端に位置する、魔王国にて――。
「――我々は今後、人間たちとの和平を視野に入れ、外交を進めることになる」
会議の席にて、魔王が口にしたその方針に、出席者たちは騒然とする。
「へ、陛下、そのようなっ……」
「まぁ聞け――確かに、お前たちが慌てるのも無理はない。急な話でもあるし、仕掛けてきたのは人間の側なのだからな」
宣戦を布告し、軍を起こしての侵略でないとはいえ、魔王に抗しうる勇者という存在を送り込もうとしている以上、それは立派な戦争行為だった。
しかもその原因が、魔王ですら統治できない魔物たちの暴走、それによる被害を、魔族の扇動だと決めつけた、いわば言いがかりである。
そもそも魔物というのは、魔族の流れを汲んでいるとはいえ、分類的には野生動物となんら変わりない。
それらがどんな生態を持ち、どんな被害を人間に与えるかは、研究において明らかになっていたとしても、魔族の制御下に置かれるわけではなかった。
そんな言いがかりで戦争を仕掛けられたというのに、なぜこちらから折れ、人間と和平を結ばねばならないのか――。
魔族の名高い勇士、名士、重鎮たちから不満の声が上がるのもやむを得ない。
「我々とて勇者に刺客を差し向けてはいるが、侵攻への影響は皆無だった。その時点で余はすでに、和平の道を模索し始めておったのよ」
すべては、罪なき魔族に被害が出ないよう、民の平穏を願っての考えである。
だが、勇者たちの侵攻速度や、こちらから差し向けた刺客等の被害を考えれば、戦力的には人間が勝っていると思われた。
ゆえに、その時点で和平を結ぼうとすれば難題をふっかけられ、不利な条件で受け入れるしかなかっただろう。
「では――ここにきて、戦況が変わってきたと?」
「うむ。なにがあったかは知らんが、勇者はどうも、辺境の地で足止めをくらっておるようだ。王国側に見えるきな臭い動きも、我らには有利に働くであろう」
そちらも困っているようですし、いかがですか、ここらで手打ちとしませんか――ということだ。
「しかし、そうであればっ! 逆にこちらから攻め入ることも――」
「馬鹿者が!」
強硬派の一部が声を上げるも、魔王の叱責が空気を揺るがし、会議室はシンと静まり返る。
「いや、すまぬ……だが、よく考えてもみよ。人間たちの開戦動機を見るに、我らには相互理解が足りなかったのではないか?」
数百年前の、魔大戦と呼ばれる戦争の影響もあり、人間と魔族は積極的な交流を持たず、国交などとうに絶たれていた。
その無関心さが、魔物を魔族と同一視するという誤解を生み、今回のような悲劇を生むことになったのだ。
「やむを得なかったとはいえ、すでにこちらからも刃は向けてしまった。だがいまは、互いにその刃をおさめられる状況にある……停戦の好機なのだ」
「ですが、人間がそのように考えてくれるかどうか……」
「なに、心配はいらぬ。現状を鑑みれば、そう考えざるを得ないはずだ」
人間が戦力的に優位だった原因は、ひとえに勇者たちの存在だ。
その勇者が戦力にならないとなれば、仮に全面戦争にいたった場合、魔族の攻勢を受けて、確実に耐えられるという保証がなくなる。
「権力争いや貧富の差、犯罪など、内部の争いの種は絶えぬが……少なくとも為政者として、民を不幸にしたいと願いはせぬだろう」
あえて国民に負担をしいずとも、平和的に根本の原因を取り除けるなら、そのほうが国全体の負担が少なくなるのだ。
「では陛下、こちらからは魔物の研究成果を、和平の条件にされると?」
「そのつもりだ。各地で多発するそれらの被害は、我らとて他人事ではない。協力できることがあるなら、互いに手を結ぶのが上策であろう」
抜本的な解決――とまではいかないが、十の被害を半分にできるとなれば、それでどれほどの民が救われることか。
場合によっては人材を派遣し、魔物への対応を指導するとともに、あちらからも人材を受け入れ、研究の幅を広げたい。
最終的に、魔物を本格的に統制する方法でも見つかれば、それに勝る平和の道はないだろう。
「余の考えは以上だ。押しつけるつもりはないが、この会議で結論はだすつもりでいる……反対意見のある者は、遠慮なく申し出るがよい」
勇者たちに刺客を差し向け、大勢の部下を失った魔族もいるが、彼らとて平穏を願わぬわけではない。
そして魔王も、その不満を呑み込めとは命じない。
和平を目指し、少しでも平等な条約を結べるよう、会議は踊り――ゆっくりとながら、妥協点を探して進むのだった。