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05 勇者一行、辺境の町で困窮する

崩壊の序章? そんなことないよ、崩壊なんてしないよ()


     ◇


 勇者アシュラムたちは、完全に困窮していた。

 新たなスカウトを加え、次の町に到着した、その翌日のことである。


「そんな、馬鹿な……」

 アシュラムはそう声をかすれさせたが、人々が見れば、当然のことだとあきれるはずだ。

 雇ったばかりの人間に全財産を預け、管理まで任せるなど、盗んでくれと言っているようなもの。

 もし――彼らがこれまでに人を、スカウトをどこかで雇っていれば、こういった事態は防げたかもしれない。

 しかし運の悪いことに、アシュラムたちがこれまでともに行動していたのはヒドゥンという、絶対に裏切ることのないスカウトだった。

 そのことが警戒心を緩めさせ、女スカウトへの信用を増幅させ、無警戒に資金を渡すという、最悪の行動を招いたのだろう。


「ど――どうしますの、アシュラム?」

 彼女をどのように追うか、という話ですらない。

 いま滞在している宿は前払いなため、連泊するなら、さらにいくらかの対価を支払う必要がある。

 だが、いまはそれがない。

 前の町へ引き返そうにも、糧食などの物資を用意する資金がなく、完全に足止めをくらっている状態だ。

「……ギルドで話を聞いてみよう。なにか知っているかもしれない」

 アシュラムの提案にうなずき、一行は荷物を抱え、ギルドへ向かう。

 しかしスタッフにしても、他の冒険者にしても、反応はかんばしくなかった。


「ああ、あいつか……そりゃ無理だな、もう戻ってこないだろうよ」

 聞くところによると彼女は、いくつものパーティで同じことを繰り返している、かなり悪名高いスカウトだったらしい。

 そのたびに遠方へ逃げ、ほとぼりが冷めたころに舞い戻るという、渡り鳥のような活動をしているのだとか。

「前の町に戻っても無駄だと思うぜ、とっくに高飛びしてるはずさ」

 資金があれば馬車も使えるのだから、もっともな話だ。

「まさか、こんなことをする人がいるなんて……」

「信じられません……アシュラム様の庇護下にありながら……」

 これまでの旅路では、ヒドゥンがそうした犯罪から守っていたこともあり、四人は他者の悪意に関してまるで無頓着だった。


「本当に、これだから冒険者という連中はっ……」

 ここが冒険者ギルドだということも忘れ、周囲から悪感情を受けるような発言を平気でもらし、憤るリネア。

 剣呑な視線を感じ、慌てたティアナは取り繕うように声を上げる。

「と、とにかく、どうにか工面しないと! アシュラムは気が引けるかもしれないけど、王家に追加の援助をお願いするしか……」

「……そうだね。こうなってしまっては、それしか手がない」

 これまで受け取っていたのが最低限の援助だったとはいえ、追加の要求には、王家もいい顔はしないだろう。

 あくまで緊急的な措置だと理解を求めつつ、別の手段も考えなければならない。

「リネア……申し訳ないんだけど、あなたの実家にもお願いできない?」

「かまいませんわ。そもそも、これまで銅貨一枚すらださなかったお父様ですもの。こういうときくらい、協力していただきませんと」

 それぞれに手紙を送り、援助を求めることにし――そこで、はたと気づく。

 ギルドを通じ、定期的に移動する冒険者グループに手紙を届けてもらう制度は整っているが、もちろんタダではない。

 その費用すらないことに気づき、ティアナはさらに頭が痛くなった。

「……使っていない道具でも売って、工面するしかありませんね」

 背に腹は代えられない。

 ミラの提案に従い、物資を売却することで、郵便費用をまかなう。


 だが、手紙が王都に届くのも、そこから資金が届けられるのも、数日から十数日、下手をすればひと月ほどもかかりかねない。

 その間、この町に滞在するとしても、当座のまとまった資金は必要だった。


(どうしたらいいの……ギルドで仕事を受けるにしても、ライセンスは私しか持っていないのよね……それに――)

 冒険者としての実績がなければ、実入りのいい仕事は受けられない。

 それができるのはティアナだけということもあるが、そもそもの問題として、契約金を支払う余裕がないのだ。

 もちろん、枯渇した冒険者や駆けだしのために、常駐依頼の薬草摘みなど、契約金不要の仕事もあるが、対価は雀の涙ほどである。

(……ううん、贅沢は言ってられないわ)

 常駐の仕事、あるいは日雇いのアルバイトをしてでも稼がなければ、そもそもの生活が成り立たない。

 一日や二日程度なら野営でしのげたとしても、ひと月もそんな生活では衛生上の問題が出てくるし、どのみち食費が必要ではある。

 宿代を稼ぐことは急務だ。

「――みんな、よく聞いてちょうだい」


 そうしてティアナは、しばらくの滞在計画を仲間に語っていく。

 本来なら、こういうときリーダーシップを取るべきなのはアシュラムだが、苦労を知らずに育った彼は、生活力という点においてまるで頼れなかった。

 やむなく、冒険者経験のあるティアナが仕切りはするものの、資金繰りについては恋人に任せきりだったため、彼女もそれほど詳しくはない。

 それでも、やるしかないのだ。


(ヒドゥン……あなたがいれば、こんなことには……いいえ――)

 そんな考えが頭をよぎるが、それを振り払う。

 彼は許されないことをした、だから追放するしかなかったのだ。

 そこに後悔などない、あってはならない。

(私たちだって、これまで旅してきたんだもの……できるはずよ)


     …


 そうして――世間知らずな勇者一行の、慣れないアルバイト生活は始まったが、その暮らし向きは、けして楽なものではない。

 ギリギリの収入で宿泊できるのは、これまで泊まっていた宿とは比べ物にならないほどボロボロの、埃まみれの安宿だった。

 お湯など用意してもらえるわけもなく、その費用もない。

 汗や汚れを流すには、公共浴場に通うしかないのだが、それさえもせいぜい、二日に一度という過酷な生活。

 まっさきに音を上げたのは当然、貴族令嬢のリネアだった。


(どうしてわたくしが、このような屈辱をっ……)

 まとわりつく身体の不快感に、苛立ちをあらわにしながら、それでも彼女は森に入り、いつものようにブチブチと薬草を摘む。

 父親から資金が届けば、こんな生活とはおさらばだ――そう考えながら。

 しかし、悪いことは重なる。逃れられないほどに積み重なっていく。


     …


 それからひと月近くが経過した、ある日のこと。

 王家からの手紙と資金を受け取ったパーティが安堵したのも束の間、同時に届けられた悲報に、リネアは表情を失くして膝をつく。

 彼女の父であるリンゴット伯爵が死に、さらにはその不正が明らかとなって、伯爵家自体が取りつぶされたというものだった。


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