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04 ヒドゥン、尋問する

ちょっと短めです、仕事は手短にね


     ◇


 その夜は、新月だった。

 月明かりのない夜に出歩く者はほとんどおらず、二人は夜闇にまぎれ、目的の屋敷にたどりつく。

 そこは王城近くに置かれる、リンゴット伯のタウンハウスだ。


 もとは力のない子爵に過ぎなかったリンゴットが、多額の寄付を王家に納め、伯爵位を与えられたのが数年前のこと。

 以降も彼は寄付を絶やさず、自身が王家にとって利のある人間であることを示し、王権に取り入ろうと躍起になっていた。

 そのためなら、剣の才覚に溢れた娘――リネア=リンゴットを騎士として育て、名誉ある戦いとして、魔王討伐に赴かせることもいとわない。

 そんな権力欲に憑りつかれた男は現在、凄惨な拷問に晒されていた。


「さて――最後の確認だ。認めるなら首を縦に、否認するなら横に振れ」

 判事も弁護人もいない、検察による一方的な糾弾の場。

 恐怖に引きつった表情のリンゴット伯は、涙と涎でぐちゃぐちゃの顔を揺らし、何度も頭を縦に振る。

 拘束された当初は気丈な態度を見せ、すぐに解放せねば痛い目を見せるなどと、脅迫めいた発言を繰り返していたものだ。

 しかし軽く指を三本ほど折られ、数枚の爪を剥がされれば、痛みに慣れない成り上がり貴族などが耐えられるわけもない。

 ついでに、頬から口の中へ数本の針が貫通していることも、この泣き濡れた顔の原因として数えられそうだ。


「いいだろう……では最初の質問。お前に資金提供し、将来的な見返りを要求していた商人は、奴隷商のエブラムだな?」

 口枷で声をだせない伯爵は、勢いよく首を縦に振る。

 奴隷商の、とはっきりと伝えたにもかかわらずの反応だ。

 知っていたのは間違いない、と見ていいだろう。


「その奴隷商が、お前に資金を提供するため、どれほどの犯罪行為に手を染めていたか、それは理解しているな?」

 言いながらヒドゥンは、商人の行為をつらつらと読み上げていく。

 人身売買に始まり、違法薬物の取引き、多方面への賄賂。

 捜査の手が入れば、真実に迫った騎士を数の暴力で制圧し、あるいは家族を誘拐しての脅迫で無力化した。

 表向きの商売においても、邪魔になる善良な商人がいれば、ならず者を使って営業妨害し、脅迫を繰り返して、廃業に追い込んだ。

 王都にいる多数の路上生活者は、その大半がエブラムのせいで生まれた、といっても差し支えない。

 もっとも――そのエブラムのほうはすでに、ヒドゥンが手を下すまでもなく、組織の手で拷問し尽くされ、殺されたそうだが。

 そのせいか、伯爵の資金繰りはこのところ、非常に悪化していたという。


「お前はそれを知っていながら、浅ましい権力欲のためにやつを重用し、便宜をはかり続けた……そうだな?」

 ためらいもなく首を振るリンゴットは、なにを思っているのだろう。

 この自白が終われば助かると、あり得ない希望を抱いているのか。

 ヒドゥンは益体もなく考えながら、鈍く輝く刃を引き抜いた。

「調査どおりだな。そういうわけで、お前を厄介に思っている人間は非常に多い――大勢の恨みということで、あきらめて死んでくれ」

 やはり希望を抱いていたのか、ヒドゥンの言葉を聞いた伯爵の目が、恐怖と懇願に大きく見開かれる。

 恐怖にこわばった顔はそのまま、彼の死に顔となり果てた。


「ひとまず、これで終わりだな?」

「お~、上出来だぜい♪」

 なぜかついてきた組織のトップに称賛され、ヒドゥンは肩をすくめる。

「そりゃどうも……で、あとは証拠だったな」

「あ、そうそう。そっちはどーすんだ? こいつ、もう死んじゃってるけど?」

「そこで心配するなら、殺す前に止めてくれ……」

 ため息とともに返し、ヒドゥンは伯爵を拷問していた室内の、ベッド寄りの壁に近づいた。


 一見するとただの壁だが、その一部をナイフで切り開くと、くぼみに埋め込まれた金庫が現れる。

 それをピンポイントで見抜けたのは、これまで数多の探索をしてきた経験と、音の微妙な反響のおかげだ。

 ひとまず金庫の周辺を、そして金庫自体を調べるが罠はない。

 鍵はクラシックな鍵穴タイプではなく、流行りのダイヤル式ロック。

 中の音を拾いながら、音の変化に合わせてダイヤルを回せば、数十秒ほどであっさりと開いた。

 中には複数の紙束が入っているが、目当てはおそらく、二人の――伯爵と商人のつながりを示す、互いの署名が入った契約書だろう。


「あったぞ、ほら」

 その他のこまかな悪事の証拠とともに、紙束をひとつ、ルナに投げ渡す。

 内容を確認した彼女はニヤリと笑い、勢いよくヒドゥンに飛びついた。

「ほんっと助かった……これがなかったら、オレらの苦労も水の泡だったぜ」

「エブラムのほうからは、見つからなかったのか?」

 互いが書類を押さえているとなれば、商人のほうを暗殺したとき、そちらからも見つかったはずなのでは。

 そんなヒドゥンの疑問に、ルナは苦々しい顔を見せる。

「それがよ~、聞きだす前に殺しちまいやがって……依頼主も相当おかんむりで、危うく全面戦争になるとこだったぜ」

 今回の仕事はそのフォローで、期間の短さもそれが原因らしい。


「それでよく、俺があいつを殺すのを止めなかったな」

「ヒドゥンなら大丈夫だって、信じてたからな♪」

 信頼が重い――けれど、その無条件の信用は、ヒドゥンの心に強く響いた。

「ふふ~、キュンときただろ~」

「まぁな――で、そいつは依頼人が使うってことか」

「ああ、依頼人に渡しとく。それでうまいこと、始末つけてくれると思うぜ」

 始末というのはもちろん、伯爵家の取りつぶしについてだ。

 それを望むとすれば、伯爵家と敵対する貴族か、あるいは――。

「――なぁ。依頼人が誰か、知りたくねーか?」

「いや、いい」

「聞いて驚け――なんと、女王陛下だ♪」


 だから聞きたくないと言ったのに――思わず頭を抱えそうになるヒドゥンを、ルナのうれしそうな表情が見上げた。

「……要するに、うちは国のお抱えってことか?」

「いや、そういうわけでもねーよ。独立はしてるからな」

 いわば持ちつ持たれつ、その依頼が苦難に喘ぐ人たちを助けるものなら、組織として引き受ける――と、ルナは語る。

 あくまで利害が一致した際の協力関係に過ぎず、切り捨てられても活動はやめないし、国が敵対してくるなら反撃も辞さない。

 先ほどの全面戦争というのは、そういった事態を指していたようだ。

「……まぁ、最悪の事態は避けたいな、想定しておくとしても」

「いざってときは頼りにしてるぜ、ダーリン♪」

 そのいざがこないことを祈りつつも、ヒドゥンは自分たちの立場を常に自覚しておくよう、心にメモを残しておいた。


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