03 勇者一行、地方都市で悩む
パーティ名はたぶん『お花畑』
◇
ヒドゥンと袂を分かったアシュラムたちは、数日をかけて、次の町――王都ほどではないにせよ、比較的大きな地方都市にやってきていた。
「え……金3枚、ですか?」
「なんだい、なにか文句でもあんのかい?」
提示された宿の値段に、ティアナは思わず問い返してしまう。
確かにいい宿ではあるが、それにしたってその値段はないだろう、と。
王都と比較するならば、この宿よりさらに質のよい、歴史ある大きな宿でも、金1枚というのが相場だった。
「どうしたんだい、ティアナ? そのくらいの余裕はあるじゃないか」
そうした世情に疎いためか、アシュラムに気にした様子はない。
「そうですよ。ここまでも厳しい道中でしたし、早く部屋に行きませんか?」
「わたくしも、そろそろ湯浴みしたいところですわね」
ミラ、リネアも同じような反応だ。
そんな三人に囲まれていると、まるで自分の感覚がおかしいのでは、と錯覚させられそうになる。
(でも、この値段はさすがに――)
宿を変更しようかと、通りのほうをチラリと窺うティアナに気づいたのか、先手を打つように宿の女将が声を上げる。
「文句があるなら出ていきな。うち以上の宿なんてほかにはないし、むしろ良心的なほうさ。泊まりたい客は、いくらでもいるんだよ」
「わ、わかりました……お支払いします」
仮にということで、資金管理を任されているティアナが金貨を渡すと、女将はニヤリと笑い、急いでそれをしまい込んだ。
「まいどあり、ゆっくりしていきな。ああ、そうそう――湯は別料金、バスタブひとつで銀1枚だね」
「なっ――」
旅の汗を流すなら、ひとりずつ湯を替えなければ足りない。
とはいえ湯の相場にしても、もっと安かったはずだ。
思いがけない追加の出費に、頭が痛くなる。
(公共浴場なら、もう少し安かったと思うけど……リネアがいやがるのよね)
加えて言うなら、女性陣は朝にも入るし、リネアにいたっては就寝前にも入るようにしていた。
(今日の宿泊だけで、金12枚に銀8枚ということ?)
確かに路銀の余裕はあるが、こんな生活を続けていれば、すぐに資金は枯渇してしまう。
物資も買わなければならないし、装備品の手入れや、場合によっては新調することも必要だ。
それらを考えても、あとひと月持つかどうか――。
(だからヒドゥンは、あんな横暴な値段交渉を? いいえ、でも……それで人々に負担を与えていたのでは、本末転倒だわ)
ヒドゥンの行動は明らかに不当で、それを真似することはできない。
ならば資金を増やす必要があるのだが、パーティの収入源はたったひとつ、使者を通じて送られる、王家からの資金提供のみだ。
とはいえ、アシュラムの意向により、それらは最低限のもの。
しかも直近で受け取ったばかりで、次の資金が届くのはまだ先のことだ。
(え――ちょっと待って、それなら……どこで調達するの?)
ヒドゥンが魔物の死体を売っていたことは知っているが、いまのメンバーにそうした知識はなく、倫理的な観点からもするつもりはないだろう。
現実的に考えれば、冒険者ギルドで依頼を受けることになるが、ライセンスを持つティアナひとりでは、十分な資金を稼げるかというと難しい。
なにより、そうした資金調達に時間を割いていては、旅が滞ってしまう。
「どうかした、ティアナ?」
「い、いいえ、なんでも――」
アシュラムが心配そうにたずねてくるのに、そう答えようとし――。
「ごめんなさい、ちょっと聞いてもらえる?」
意を決したティアナは、そう切りだし、現在の懐事情を説明する。
「今日のところは仕方ないけど、ほかの宿も回って、なるべく安い場所を探すようにしたいの。お風呂にしても、公共浴場で済ませてほしいわ」
それ以外にも、資金を切り詰めていく方針を提示すると、予想したとおり、リネアが渋い顔を浮かべた。
「宿については、贅沢を言うつもりはありませんけれど……せめてお湯だけは、なんとかなりませんの?」
「もう少し安ければ、なんとかなるけど……スカウトを雇う必要もあるし、できれば余裕を持たせておきたいの」
道中の索敵や、野営作業で苦労したことを思いだし、リネアの顔が歪む。
「そ、そういうことでしたら……仕方ありませんわね」
「ありがとう……ごめんなさい、リネア」
「いいえ、ティアナが悪いわけではありませんもの」
なんとか話がまとまったところで、アシュラムが口を開いた。
「それじゃあ、まずはギルドで仲間を探そうか。時間がかかるかもしれないし、別の宿も探しておこう」
そうして一同は冒険者ギルドに足を運び、自分たちの身分を明かして、腕の立つスカウトがほしいと協力を要請する。
スカウトとしての腕はもちろん、戦闘の腕もあり、旅慣れていて、資金管理にも長けているとなおよし――。
普通に考えれば、かなり厳しい条件と言わざるを得ないが、驚いたことに、そういった人材がいるという。
「まぁ、腕だけは確かだ――とりあえず、会ってみるかい?」
そうしてギルドを介して顔を合わせたのは、少し濃いめのメイクが印象的な、女性のスカウトだった。
周囲の評判を聞いても、間違いなく腕は一流だという。
「できれば、資金の管理もお願いしたいんだけど……大丈夫かな?」
「へぇ――ああ、私に任せておきなよ」
アシュラムの打診にこころよくうなずいた彼女は、手際よく物資を調達し、旅支度を整えていく。
その行動を見ていても、すぐれたスカウトであることは間違いない。
「こんなに優秀な人材がすぐ見つかって、運がよかったね」
「はい。アシュラム様のご人徳のおかげでしょう」
アシュラムの言葉に、ミラが無条件で追従する、いつもの光景――。
そのことに笑みを浮かべる彼らは、まるで気づいていなかった。
誰もが口を揃えた、彼女――女スカウトの評価が、腕『だけ』は一流、という内容であったことに。




