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20/22

20 なにも、知らなかった

ここは二番目くらいに書きたかった。


     ◇


 王都にて、世界一幸せだと自負する花嫁が誕生した、その日――。

 花嫁の姿を見届けることなく、遠く離れた山村に、彼女は帰りついていた。


「おお……おかえり、ティアナ。よく帰ってきてくれたね」

「無事でよかったわ……さぁ、家にお入り」

「ただいま……お父さん、お母さん」

 失意のまま、故郷に戻ったティアナを、両親は温かく迎えてくれる。

 使っていた部屋はきちんと掃除され、懐かしい家の内装とともに、ティアナの擦りきれた心を癒やしてくれた。


「ごめんなさい。長いこと連絡もしなかったのに、急に帰ってきたりして」

「いや、無事に帰ってきてくれた、それだけでなによりだ」

 無事――と言えるかはわからないが、父の言葉にティアナは安堵する。

 けれど、続く母の言葉には、困惑せざるを得なかった。


「こまめに届いていた手紙が、この半年ほどは止まっていたようだからね……それはもう、私もお父さんも心配していたのよ」

「え……手紙が、こまめに……それに、半年って――」

 ティアナが両親に、毎月のように手紙を送っていたのは、王都についてから、おそらく一年間ほどのことだっただろう。

 慣れない王都暮らしもあり、家の恋しさがそうさせていた。


 けれど、その生活に慣れたことや、冒険者暮らしの多忙などを理由に、筆不精になっていたことは否めない。

 年に数度の連絡は、やがて一度になり、旅に出る前年くらいには、すでに手紙を送っていなかったように思う。

 旅の道中など、言わずもがなだ。

(誰かが、私を騙って? でも、そんなことをする理由なんて――)


 どう返していいかわからず窮していると、数年ぶりの親子の会話で、話題にできると思ったのか。

 父親が、届けられたという手紙を取りだしてくる。

「ほら、大事に残してあるんだ。仕送りの件も、本当に助かったよ」

「し……仕送り?」

 手紙だけでなく、資金まで送っていたというのは、ますますわからない。

 本当に誰が――もしかして、王家が気遣ってくれたのだろうか。


「私たちもそうだけど、村の備えの足しにって、村長さんにも送ってくれていたのよね? みんな、感謝しているわよ」

「そうだな。ティアナが帰ってきたと知れば、お礼にくるかもしれないな」

「そ、そんな……そんなことをされても、困るわ」

 照れなくてもいいと両親は笑うが、覚えのない善行に感謝をされても、心苦しいばかりか怖さを感じるほどだ。


 いったい誰がそんなことをしたのか――。

 ティアナは過去の文面を確認するふりをし、覚えのない時期の手紙を開く。


 そうして――椅子から崩れ落ちそうになるほどに、ショックを受けた。


「こ、れ……この字は――」

「ああ――そのころは確か、ティアナがケガをしたという話だったな」

 手紙にも間違いなく、そう書かれていた。

 手をひどくケガしてしまい、ティアナはしばらく、筆を取れそうにないこと。

 そして『自分』は、その代筆を頼まれた――と。


「まったく……ケガが治っても、そのほうが楽だからって任せるなんて。あなたはもっと、ヒドゥンに感謝しないといけないわよ」

 母が笑うように、その手紙の文字は――間違いなく、ヒドゥンの筆跡だ。


(ヒドゥン……ヒドゥンッ、ヒドゥンッッ! あ、あなたは……そんな――)


 手紙の内容からして、ティアナが手紙しか送っていなかったころから、それとタイミングを合わせ、村や実家に仕送りしていたらしい。

 そしてそれは、ティアナが連絡を途絶えさせてからも同じ――。

 彼は村のことを忘れず、けして少なくはない資金を、ティアナからだと手紙に添え、送っていたのだ。

 追放を告げられ、ティアナと別れる直前まで、ずっと――。


(どうしてっ……どうして、そんなっ……なぜ言ってくれなかったの!)


 糾弾するような思いが込み上げるが、そんなこと聞くまでもない。

 彼がそんな、恩着せがましいことを、口にするわけがないのだから。


 ヒドゥンには両親がおらず、村では農作業を手伝い、個人的に森や山で狩りをして生計を立てていた。

 とはいえ、幼い子供がそれだけで生活できるわけもなく、ティアナの両親からの助けも、彼の自立の支援となったことだろう。

 ティアナが恋人になったこともあり、その両親に恩を返すため、多額の援助を決めたことは言うまでもない。

 そして、そのことで村の面々が、豊かになるティアナの実家に嫉妬することも、危惧していたのだろう。

 村長を介して村に寄付を送ったのも、それが理由だ。


(ぁ――あぁっ、あぁぁぁぁ……ヒドゥンッ……)


 自分のためにそこまでしてくれた彼に、自分はなにをした――。

 その後悔の重みが、祝宴の席で感じたそれ以上となってのしかかり、身も心も罪悪感で擦りつぶされそうになる。

 こらえきれるわけもなく、ティアナはボロボロと大粒の涙をこぼし、握りつぶした手紙で顔を覆った。


(ご、め……ごめん、なさいっ……ごめんなさいっ、ヒドゥンッ……)


「ど、どうしたんだ、ティアナッ!」

「なにが――まさか、ヒドゥンになにかあったのっ!?」

 一緒に帰ってこなかったこともあってか、両親が血相を変えて問い詰めるが、ティアナは否定するように首を振る。


「ち――違う、のっ……彼はっ……彼はっ、元気にっ……元気に、して……るっ……ぅっ……あぁっ、あぁぁぁっっ――」


 号泣するティアナの言葉を、両親は信じてよいものかもわからず、ただ懸命に彼女をなだめ、励ますことしかできない。

 その慰めも耳に届かず、ティアナは深い後悔に苛まれ、ひたすら悲嘆に暮れるほかなかった――。


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― 新着の感想 ―
これは確かに過保護すぎたなー。てか追い撃ちザマァみたいになってる。本人にそのつもりはないのに。
j
[一言] 面白かったです。 色々考えさせられました。 主人公のヒドゥンも自分が追放された後の勇者パーティーの崩壊状態を知って、過保護だったという事に気づいたようですが、まさに『過ぎたるは及ばざる如し』…
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