20 なにも、知らなかった
ここは二番目くらいに書きたかった。
◇
王都にて、世界一幸せだと自負する花嫁が誕生した、その日――。
花嫁の姿を見届けることなく、遠く離れた山村に、彼女は帰りついていた。
「おお……おかえり、ティアナ。よく帰ってきてくれたね」
「無事でよかったわ……さぁ、家にお入り」
「ただいま……お父さん、お母さん」
失意のまま、故郷に戻ったティアナを、両親は温かく迎えてくれる。
使っていた部屋はきちんと掃除され、懐かしい家の内装とともに、ティアナの擦りきれた心を癒やしてくれた。
「ごめんなさい。長いこと連絡もしなかったのに、急に帰ってきたりして」
「いや、無事に帰ってきてくれた、それだけでなによりだ」
無事――と言えるかはわからないが、父の言葉にティアナは安堵する。
けれど、続く母の言葉には、困惑せざるを得なかった。
「こまめに届いていた手紙が、この半年ほどは止まっていたようだからね……それはもう、私もお父さんも心配していたのよ」
「え……手紙が、こまめに……それに、半年って――」
ティアナが両親に、毎月のように手紙を送っていたのは、王都についてから、おそらく一年間ほどのことだっただろう。
慣れない王都暮らしもあり、家の恋しさがそうさせていた。
けれど、その生活に慣れたことや、冒険者暮らしの多忙などを理由に、筆不精になっていたことは否めない。
年に数度の連絡は、やがて一度になり、旅に出る前年くらいには、すでに手紙を送っていなかったように思う。
旅の道中など、言わずもがなだ。
(誰かが、私を騙って? でも、そんなことをする理由なんて――)
どう返していいかわからず窮していると、数年ぶりの親子の会話で、話題にできると思ったのか。
父親が、届けられたという手紙を取りだしてくる。
「ほら、大事に残してあるんだ。仕送りの件も、本当に助かったよ」
「し……仕送り?」
手紙だけでなく、資金まで送っていたというのは、ますますわからない。
本当に誰が――もしかして、王家が気遣ってくれたのだろうか。
「私たちもそうだけど、村の備えの足しにって、村長さんにも送ってくれていたのよね? みんな、感謝しているわよ」
「そうだな。ティアナが帰ってきたと知れば、お礼にくるかもしれないな」
「そ、そんな……そんなことをされても、困るわ」
照れなくてもいいと両親は笑うが、覚えのない善行に感謝をされても、心苦しいばかりか怖さを感じるほどだ。
いったい誰がそんなことをしたのか――。
ティアナは過去の文面を確認するふりをし、覚えのない時期の手紙を開く。
そうして――椅子から崩れ落ちそうになるほどに、ショックを受けた。
「こ、れ……この字は――」
「ああ――そのころは確か、ティアナがケガをしたという話だったな」
手紙にも間違いなく、そう書かれていた。
手をひどくケガしてしまい、ティアナはしばらく、筆を取れそうにないこと。
そして『自分』は、その代筆を頼まれた――と。
「まったく……ケガが治っても、そのほうが楽だからって任せるなんて。あなたはもっと、ヒドゥンに感謝しないといけないわよ」
母が笑うように、その手紙の文字は――間違いなく、ヒドゥンの筆跡だ。
(ヒドゥン……ヒドゥンッ、ヒドゥンッッ! あ、あなたは……そんな――)
手紙の内容からして、ティアナが手紙しか送っていなかったころから、それとタイミングを合わせ、村や実家に仕送りしていたらしい。
そしてそれは、ティアナが連絡を途絶えさせてからも同じ――。
彼は村のことを忘れず、けして少なくはない資金を、ティアナからだと手紙に添え、送っていたのだ。
追放を告げられ、ティアナと別れる直前まで、ずっと――。
(どうしてっ……どうして、そんなっ……なぜ言ってくれなかったの!)
糾弾するような思いが込み上げるが、そんなこと聞くまでもない。
彼がそんな、恩着せがましいことを、口にするわけがないのだから。
ヒドゥンには両親がおらず、村では農作業を手伝い、個人的に森や山で狩りをして生計を立てていた。
とはいえ、幼い子供がそれだけで生活できるわけもなく、ティアナの両親からの助けも、彼の自立の支援となったことだろう。
ティアナが恋人になったこともあり、その両親に恩を返すため、多額の援助を決めたことは言うまでもない。
そして、そのことで村の面々が、豊かになるティアナの実家に嫉妬することも、危惧していたのだろう。
村長を介して村に寄付を送ったのも、それが理由だ。
(ぁ――あぁっ、あぁぁぁぁ……ヒドゥンッ……)
自分のためにそこまでしてくれた彼に、自分はなにをした――。
その後悔の重みが、祝宴の席で感じたそれ以上となってのしかかり、身も心も罪悪感で擦りつぶされそうになる。
こらえきれるわけもなく、ティアナはボロボロと大粒の涙をこぼし、握りつぶした手紙で顔を覆った。
(ご、め……ごめん、なさいっ……ごめんなさいっ、ヒドゥンッ……)
「ど、どうしたんだ、ティアナッ!」
「なにが――まさか、ヒドゥンになにかあったのっ!?」
一緒に帰ってこなかったこともあってか、両親が血相を変えて問い詰めるが、ティアナは否定するように首を振る。
「ち――違う、のっ……彼はっ……彼はっ、元気にっ……元気に、して……るっ……ぅっ……あぁっ、あぁぁぁっっ――」
号泣するティアナの言葉を、両親は信じてよいものかもわからず、ただ懸命に彼女をなだめ、励ますことしかできない。
その慰めも耳に届かず、ティアナは深い後悔に苛まれ、ひたすら悲嘆に暮れるほかなかった――。
 




