19 プロポーズ
このくらい人を好きになりたい。
◇
ルナが泣きやむのを待ち、真っ赤になった彼女がもう大丈夫だというのを聞き届けてから、二人は宴席を離れ、王宮の庭園を訪れていた。
「いやー、あれだ……わりぃ、我ながら取り乱しすぎた……」
ドレスが汚れるのもいとわず、芝の上に座り込んだルナは、地面をクルクルと指でなぞっている。
普段からおどけ、飄々とし、怒りをあらわにすることはあっても、もっぱら部下を叱責するときだけという彼女だ。
激しい感情の発露は、自身をコントロールできていないという認識なのか、本気で自分を恥じているように思える。
それがヒドゥンにとって、どれほどうれしかったことか、彼女は気づいていないのだろう。
否、ヒドゥンが伝えきれていなかったのだ。
「ルナ……聞いてほしいことがある」
「だ、だから~、ありゃほんとにオレが悪かったって――」
「違う」
芝を撫でていた彼女の手を取り、引き寄せる。
ほのかな月影にさえ明るく照らしだされる白肌は、ほんのりと朱に染まり、瞳には星海のようなきらめきが浮かんでいた。
「やだ……いやだ、ヒドゥン……離れないでっ……」
「なにを言って――」
きらめいた星々が潤み、ポタリと冷たい雫が落ちる。
「ヒドゥンは……オレがいなくても、平気だろうけどっ……オレはもうっ、ヒドゥンがいなきゃ、だめなんだ……見捨てないで、ヒドゥン……」
涙をこぼし、表情を歪めながらも、彼女は懸命に笑おうとしていた。
ヒドゥンが頼ったときも、部屋で語らったときも、身体を重ねたときも、彼女は同じように必死だった。
ヒドゥンを依存させてでも、自分の傍に縛りつけたかったのだろう。
それだけの想いに、ヒドゥンはただ、甘えていただけだ。
与えられるものを享受するだけで、なにも返せていなかった。
彼女が本当に欲しい言葉を、一度でも口にしていたのか――。
順序を置いて説明しようとしていたが、それすら不要なのだとわかる。
「ルナ……俺も、愛している」
「――――――えっ」
見開かれた瞳からこぼれる涙を、指でやさしく拭い取る。
「俺に生きる力を与えて、俺の言葉を代弁してくれて、俺の居場所を……帰る場所を作ってくれて、本当にうれしかったんだ」
パーティを追いだされ、なにも思わなかったはずがない。
恨み、憎しみ、怒り、悲しみ――それらをなんとか呑み込んだところで、ヒドゥンに残ったのは虚無だった。
その虚無を抱えたまま、惰性で生きていくしかない――そんな風に思っていたヒドゥンの、その欠けた心を補ってくれたのはルナだ。
「自分でも虫のいい話だと言ったが、断られてもおかしくないと思っていた。それを受け入れてくれて、俺がどれだけ救われたか……」
もっとはっきりと、早くに伝えるべきだった。
「ヒドゥン……」
「ルナがいてくれてよかった。何度でも言う……ルナは俺のすべてだ、誰よりも愛している。俺だって、お前がいなければ耐えられない……傍を離れるなんて、あり得ない話だ」
拭っても拭っても、キリがないほどに彼女の涙が溢れていた。
重なった手にこぼれるそれは、なによりも熱く心を濡らす。
「どうか、俺と結婚してくれ――一生、隣にいさせてほしい」
「っ……は、いっ……」
くしゃりと歪んだその笑顔は、ヒドゥンが見たどの笑顔よりも愛らしく、まばゆい輝きを放っていた。
「ありがとう、ヒドゥンッ……」
その日、二人はようやく――本当の意味で、結ばれたのかもしれない。