17 祝宴にて、その3
えっ。
◇
祝宴ともいえないような席で主役扱いされたのだ、全員が疲れきった顔をしているのも、無理はないだろう。
とりわけ――ティアナの顔は、四人の中でも特にひどく、蒼白だった。
あれだけのことがあったのに、強行軍で帰国したかと思えば、その翌日には宴席というスケジュールなのだ。
ティアナの心身が持たないのも仕方ない――仲間たちはそう思っている。
しかし、彼女の内心は、まったく違うことを考えていた。
「あ、の……ヒドゥン、そちらの方は?」
絞りだすような声に、ヒドゥンは目も向けず答える。
「冒険者時代に、個人依頼を受けたことがあっただろ。あれの依頼者だ。いまは俺の雇い主で――」
「恋人で、婚約者のルナだ。どうもはじめまして、よろしくな」
これみよがしにヒドゥンに抱きつき、満面の笑みを浮かべるルナ。
その姿にティアナの心は荒れ、激しく燃え盛った。
(どういうこと……あんな別れ方をして、まだ半年も経っていないのに――恋人に、婚約ですって?)
自分はあんな目に遭ったのに、どうして――。
そんな理不尽な激情が燃え上がると同時、ティアナは逆に、安堵するような感覚も抱いていた。
(冒険者時代……だとしたら、もうそのころから……ヒドゥンは、浮気していたんじゃないの?)
彼と顔を合わせるとなって、ティアナがまず危惧したのが、別れたときにヒドゥンが抱いた誤解のことだ。
その後の旅で、それは誤解でなくなったのだが――すでにアシュラムとはそういった関係ではないし、そんな感情もない。
とはいえ、再会に際してそのことが、ティアナにうしろめたさを感じさせていたのは間違いないだろう。
だが、もしもそれ以前から――彼のほうが先に心変わりしていたなら、その点において自分に落ち度はないのではないか。
(なによ、それ……私ばっかり気に病んで、ヒドゥンのことも心配していたのに……馬鹿みたいだわ……)
逆にヒドゥンのほうこそ、負い目を感じるべきではないのか――。
「――まぁ立ち話もなんだ、座れよ」
身勝手な妄想で、とりあえず気持ちを落ち着かせたティアナは、そんなヒドゥンの言葉に従うように、席につく。
目の前の少女から、いかにして恋人を取り戻すか――。
そんな不毛な考えに、頭を働かせながら。
…
ヒドゥンから話すことはなにもない。
だからこそ彼は、四人の席に足を運んだりしなかったのだ。
グラスを傾け、ルナの髪を撫で、そうして時間を置いたところで、ようやくアシュラムがポツリとこぼす。
「……僕たちは、間違っていたのか?」
「当たり前だ」
間髪を入れず答える声に、アシュラムは顔を上げる。
「人間にしろ魔族にしろ、善意しかないやつなんているか。俺が必要悪だと言った意味が、理解できたか?」
その言葉になにか返そうとするも、アシュラムにはできなかった。
これまで受けたことのなかった悪意を、身をもって味わってしまったから。
「――運がよかったな、旅が中止になってよぉ?」
そんなルナの言葉に、全員の視線が集まる。
「ぼったくりも詐欺師も泥棒も、なんでもかんでも受け入れるようなお花畑どもだ……このまま続けてりゃ、どっかで全滅してたと思うぜ?」
おそらく反論したいのだろうが、四人は顔を伏せるしかない。
プライドの高いリネアなど顔を真っ赤にし、この屈辱に耐えている。
「まぁ、高い勉強代になったと思え。今後の人生で活かせるだろ」
少なくとも、例の辺境の町に比べれば、王都はまともな治安だ。
最低限の警戒さえ怠らなければ、そう大きな被害は受けないだろう。
「……そういえば、お前らはこれから、どうなるんだ?」
魔王や魔族と戦うための力、それを神託によって授かった勇者と聖女だが、その力を活用する道はあるのだろうか。
ふと気になったヒドゥンのそんな問いに、アシュラムは力なく笑う。
「僕は、兵士になって国に仕えることにするよ」
「……道なかばだったとはいえ、騎士の叙勲くらいされるんじゃないか?」
「そういうのは……僕にはきっと、向いていない」
だろうな――と、自分で聞いておきながら、ヒドゥンは納得した。
騎士というのも貴族のひとつだ。
貴族同士もそうだが、騎士団の中でも、様々な悪意と戦うことになる。
現実を知ったとはいえ、アシュラムにこなせるものではない。
「だけど、リネアはそのまま騎士を続けるみたいだ」
「ええ――家の汚名を雪ぐことは、わたくしにしかできませんもの」
あえて泥の中を進むというのは、元貴族令嬢にしては思いきった道だ。
自分のミスによって仲間に深い傷を負わせたことが、彼女の内面に大きな変化をもたらしたのかもしれない。
「私は、そのまま教会に――」
「えっ」
「えっ」
思わずルナとヒドゥンは反応を重ねてしまい、ミラにきょとんとされる。
「あの、なにか……?」
「いや、うん、まぁ……がんばれよ」
さすがのルナも、まったく悪びれた様子のないミラには、驚いているようだ。
ヒドゥンも気づいていなかったが、おそらくミラという人物は、貞操と信仰を並列に考えてはいない。
さらに言うなれば、売春といった行為ですら、慈愛に満ちた人助けの一環だと考えている節もある。
ある意味では、それも間違ってはいないのだが。
(こいつが聖女だった理由が、なんとなくわかるな……)
アシュラムに対しての感情も、ただ聖女として勇者を敬っていただけで、だからこそティアナと衝突することがなかったのだろうか。
そんなことを考えていると、正面に座るティアナと視線がぶつかった。