16 祝宴にて、その2
イメージ的には姫様拷問の魔王をもちょっと人っぽくしたような魔王。
◇
「魔王――陛下、だな」
「ふはは、そのとおりだ。とりあえず、座ってもよいかな?」
首肯すると、小さな椅子を押しつぶさんばかりの圧で、彼は腰を下ろす。
「本来なら、ほかの者も連れてきたかったのだがな。残念なことに、まだそなたをこころよく思っておらぬ者も多い。余、ひとりの挨拶で許されよ」
「当然のことだろ、気にしなくていい」
「そーそー、ヒドゥンってば容赦ねーからな~、いひひひ♪」
こちらは狙われたことを気にしていないが、それを返り討ちにされたということは、親しい顔見知りが亡くなるということだ。
起こり得る帰着だったとはいえ、心の整理がついていなくとも仕方がない。
「話のわかる男で助かる、お嬢さんもな」
「んまー、お花畑の連中とは違うわなぁ、そりゃ~」
酔ってないように見えて、実は顔に出ないだけで酔っているのだろうか。
魔王相手にいつもの調子を晒すルナに、水のグラスを押しつけておく。
「で――わざわざこんな末席にきて、なにか話でも?」
「話が早いというのも、ありがたいことだ」
テーブルに手を組み、魔王の巨体がグッと乗りだしてきた。
「実はだな……魔王国で働く気はないかと、そなたに声をかけにきたのだ」
「おほぉ~、スカウトかよ~? さっすがヒドゥン、モテモテ~♪」
やはり酔っているらしい。
バシバシと上機嫌で肩を叩いてくる彼女は放っておき、ヒドゥンは答える。
「話はありがたいが、さっき言ってたことがあるだろ」
ヒドゥンをよく思わない連中はまだ多く、しかもそれが、和平調印に連れてくるような重鎮たちにもいるのだ。
わかりましたと答えたところで、安心して働ける環境とは思えない。
そんなヒドゥンの指摘に、魔王はニヤリと笑う。
「ふむ、まぁな! とはいえ、近い将来にそうはせぬかと、挨拶くらいはしておきたかったのよ……もちろんお嬢さんも、ともにきてくれればよい」
「へぇ~、オレもかよぉ~、太っ腹ぁ~♪」
妙にテンションの高いルナの反応、その理由に気づいて苦笑しつつ、ヒドゥンは小さく首を振った。
「魅力的な話だが、すぐには答えられない。もしかすると、もっとそっちの役に立てる方法が、あるかもしれないからな」
「ふむ……であれば、そちらにも期待しておこうか」
一応は納得したようにうなずき、魔王は席を立ち上がる。
「情勢が落ち着けば、いずれまた話そう……ではな!」
そうしてのっしのっしと大股で歩き去る姿を見送り、ルナはふぅとため息をもらした。
「いやー、すげー迫力だったな~」
「そうだな。あのテンションじゃなけりゃ、気圧されてても仕方ない」
酔った演技というより、無理に気を張った結果が、あの反応ということだ。
「ま、恐縮して縮こまるよか、オレらしくてよかったろ?」
確かに、そのおかげでヒドゥン自身も平静でいられた、というのはある。
「んで――どーすんだ? オレはとーぜん、ヒドゥンについてくけど♪」
なにをと問い返すまでもない、スカウトの話だ。
「悪くない話だとは思う――が、その仕事はわざわざ、魔王国に抱えてもらってやることでもないだろ」
「あん? それってどういう――あ、なるほど♪」
頭の回転が速いルナの反応は、本当に助かる。
「支部を置くなりなんなりして、あっちでもギフティアとして、仕事を受けりゃあいい――ってことだな?」
「そういうことだ。時期や人員の問題はあるが、なんなら支部の設立は俺たちがやってもいい」
組織の稼ぎは増えるし、あちらの問題を解決することは女王国のためにもなるのだから、まさに一挙両得、三方得というところ。
「いいね~、魔王国支部♪ 新婚旅行ついでに、現場視察といくか~」
そんな気の早いことをのたまいながら、またもグラスを空にするルナ。
けれど――そのグラスを、新たなワインと交換しようとしたところで、彼女の目はピクリと揺れ、鋭く細められた。
その原因は、わざわざ確認するまでもない。
「――久しぶりだな」
「ああ……元気にしていたかい、ヒドゥン」
テーブルを挟んで向かい立つのは、旅先で別れた元仲間たちだった。




