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15 祝宴にて、その1

女王、がっかり。


     ◇


 祝宴の席には、予想より大勢の人々が集まっていた。

 両国の王と、その側近たち。

 そしてもう一方の主役である勇者と仲間たち。

 加えて女王派の貴族たちに、官僚のトップ、重要機関の長など――これからの女王国の中枢といっていい人員が揃っている。

 それぞれの席は定められており、給仕もいるものの、立食スペースも広く用意され、顔つなぎの場として利用されていた。


 二人の王から挨拶を賜ったあとは、無礼講というほどではないが、自由な宴となっている。

 その中でヒドゥンとルナは、もとの席に着席したまま適当に飲食し、早々に宴が終わるのを期待していた。

 もちろん、それらしいそぶりは見せないまま、会場中の会話に耳を澄ませ、情報収集に精をだしてはいるのだが。


「まー、さすがにこんな席じゃ、重要な話はしねーよなぁ」

「上下関係と相関図がわかるだけでも十分だ」

 それぞれがこれまで集めていた情報と、ここで得られる新たな情報を合わせ、補完し、より明確な王宮内や貴族間の関係を明らかにしていく。

 持ち帰って書面にまとめるつもりではいるが、なくとも把握できるよう、二人はそれらを頭に詰め込んでいた。

 頭の中では常に情報整理をしている二人だが、その一方で、他愛のない会話に花を咲かせるなど、造作もないことだ。

 傍目には仲のよい歓談にしか見えないためか、そこに加わろうとするように、ある人物が足を運んでくる。

「先日はお世話になりましたね――ルナさん」

「んぁ? おっと、これはこれは――」


 背後に数名をともない、歩み寄ってきたのは、優雅かつシンプルなデザインのドレスをまとう、美しい女性だった。

 その顔にも姿にも、頭上の冠にも、二人は当然のように見覚えがある。

「こんな末席にまで、直々のお越しとは……光栄のいたりで、女王陛下」

「うふふ、また心にもないことを……ところで、そちらの方は――」

 慇懃無礼なルナに、乾いた笑いで答えた女王はヒドゥンに目を向け、思わず言葉を詰まらせていた。

「お役目を果たせなかったこと、お詫び申し上げます……女王陛下」


 事情がどうあろうと、命令に背く形になったのは事実である。

 ヒドゥンのそんな謝罪に――というより、思いもよらない形での再会に、女王はやや困惑してたようだが、やがて取り繕うように口元を緩めた。

「アシュラムたちと別れたとは聞いていました。あなたとはぜひ、話をしたいと思っていましたので、壮健であったことは僥倖です」

「ありがたき幸せに存じます」

 それなりに言葉を選んでの返答をしているつもりだが、そのたびにルナが声を押し殺して笑っているのが聞こえる。

「おい」

「いやー、わりぃ……んふっ、くくくくっ……ふぅっ、はぁぁぁ……」


「……お二人はずいぶんと、気の置けない関係なのですね」

 表情はあまり変わらないが、女王は打とうとした手のどちらもが、遅きに失したのだと理解していた。

「ヒドゥンとは、こいつが王都にきてからの仲でね。その縁で、勇者たちに追放されたあとも、オレを頼ってきてくれたってことですよ」

 やはり――ぜひ手元に置きたかった人材は、すでにギフティアのもとに渡っていたのだと、女王は落胆する。


「あと結婚の予定もありますんで~。よかったら祝辞なり祝儀なり、送ってもらえるとうれしーですね」

「……それは、まことにおめでとうございます」

 予想したとおりの言葉に、そう返すほかない。

 せっかく用意してきた縁談も、もはや不要になってしまった。

「では、私はこれで……本日は、ゆっくりと楽しんでいってください」

 ここで無理を通そうとしては、ギフティアとの関係も悪化するだろう。

 そう判断した女王は口惜しさを残しつつも、引き際を見極め、何事もなかったかのように去っていった。


     …


 別の席へ向かう女王と、その背後でこちらを振り返る若い男らにヒラヒラと手を振り、ルナはグラスを傾ける。

「ふー……すげーとこ持ってくんなぁ、侯爵家の三男じゃん」

 連れていたひとりはその父親である侯爵、残りは護衛といったところか。

「侯爵家にしたって、三男ならまだ使い道はあんだろーに……わざわざオレに使うなんて、そんだけ女王とのつながりを守りてーのかねぇ?」


 それはもちろん、当然のことだろう。

 女王としてはギフティアと支援者をつなげておきたい、侯爵家としては王家と蜜月でありたい。

 その時点で、利害は完全に一致している。

 そして、現在の公爵家のひとつが、女王と反目していることも見逃せない。

 枠が空くなら、距離の近い当家がその後釜に――と、期待もするはずだ。


「ま――あの坊ちゃんにとってはラッキーだったな。いまごろ助かったって思ってんだろ」

「……それは、逆だろうな」

「んー?」

「いや、なんでもない」


 グラスを傾けて誤魔化し、ヒドゥンは女王一行に目をやった。

 侯爵家の子息は、いまだにこちらを振り返り、ルナに視線を注いでいる。

 その目は誰が見ても、恋愛の熱に冒されていた。

(ルナは……自分の魅力に、無頓着すぎるな)


 平民、それもスラム育ちだというのに、彼女の肉体は美しい。

 髪は艶やかで絹糸のごとく、肌はなめらかで陶磁器のごとし。

 かなり瘦せ型ではあるが、けして貧相というわけではない。

 なにより――彼女の精力的な瞳は、エネルギーの枯れた者を惹きつける。

 恋人に捨てられたヒドゥンしかり、侯爵家の三男しかり――。

 彼のような役割の薄い立場では、生きがいなども見いだせず、どこか遠慮がちに生きていたはずだ。

 そんな中で強烈な生命の輝きを見れば、ひと目で溺れてしまっても仕方ない。

 まして今夜は、これまで以上に美しく整えられた髪をセットし、白肌に映える深青のドレスをまとっているのだ。

 その食事風景を除けば、どこかの令嬢と言われても疑わないだろう。


「……ーい、聞いてっかー、ヒドゥン~?」

 ハッと我に返り、ヒドゥンはルナをじっと見つめていたことに気づく。

「んだよー、そんな酒に弱かったか~?」

「お前よりはな」


 弱いとは思っていないが、ルナの酒の強さは別格だ。

 いまもワイングラスをカパカパと空けているが、白肌はまるで赤みを帯びず、透きとおるような美しさを保っている。

「ははっ、さすが王宮のワインだよなー、レベルが違うわ♪」

 言いながらクイッとグラスを傾け、瞬く間に飲み干してしまう。

 そんな彼女を愛おしげに眺めていると、不意に、大きな影が二人を覆うように正面から広がった。


「――お初にお目にかかるな、ヒドゥン殿」

 影の正体は、それほどに大きな巨体の主だ。

 耳は尖り、褐色の肌には筋肉が隆起し、全身から並々ならぬ覇気が溢れ、威圧するように押し寄せてくる。

 声に反応し、そちらを見上げたヒドゥンは、ひと目で誰かを察した。


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