13 勇者一行、王都に帰還す
女王、嫌な予感。
◇
それから半月ほどを経て、アシュラムたちは王都への帰還を果たす。
魔王国との協議や情報交換の最中だったこともあり、勇者たちの謁見には、滞在中の魔王やその重鎮らも参列することとなった。
「よく戻りましたね、勇者アシュラムと仲間たちよ。長い旅路とその献身、まことにご苦労でした」
「もったいないお言葉です」
「どうぞ、顔をお上げなさい。楽にしてよいですよ」
許しを得て顔を上げ、女王と並ぶように立つ魔王の姿を捉える。
年のころは四十、あるいは五十くらいに見えるが、魔族の年齢は外見とは比較しづらく、判断は難しい。
ただ、その肉体は非常に巨躯で、頑強な筋肉の鎧に覆われ、近接戦闘だけでも並々ならぬ実力があると見受けられる。
だが、なによりおそろしいのは、その全身から感じる魔力の圧だ。
仲間四人でかかれば渡り合えるかもしれないが、それでも致命傷を加えられるかといえば、おそらく不可能だろう。
立っているだけでも隙がなく、気圧されてしまうほどの実力差が感じられた。
「……お初にお目にかかるな、勇者殿。行き違いや誤解から、刃を向ける関係となってしまったが――この際は水に流し、ともに歩んでいこうではないか」
「……ええ。そうすることが望ましいというなら、ぜひもありません」
気圧されながらも、声を震わせることなく答えられ、アシュラムは勇者の面目を保ったといえよう。
魔王にしても気を悪くした様子はなく、自分を狙うほどの者がそれなりの気概を見せたことに、満足しているようだった。
そのことに安堵する女王だが、なかば予想していたとおり、四人に減ってしまった勇者たちの姿には、小さくため息をもらす。
「もうひとりの冒険者は、どうしたのですか」
「……彼とは道を違えました。旅の道中、どうしても折り合いがつかないことがありましたので、やむを得ず……」
理由を聞いたつもりだったが、答えたくないのなら仕方ない。
女王は瞑目し、その不満を呑み込む。
「そうですか……彼には新たな仕事を頼む予定でしたが、この場にいないのであれば、あきらめるしかありませんね」
彼が従ってくれるかはわからないが、王家で召し抱えられたなら、出向という形でギフティアに所属させ、その手綱を握ってもらいたかった――。
そんな女王の計画を見抜いているのか、いないのか。
「ふむ――それは残念であるな。あやつは余の差し向けた刺客を、すべて葬ったほどの猛者だ。機があれば、我が国で活躍の場を与えたかったのだが……」
いたしかたあるまい――と、隣の魔王も、惜しむように喉をうならせる。
だが、その言葉を聞いて目を見開いたのは、アシュラムだった。
「いまのは……どういうことですか? 僕――私たちに刺客を?」
その反応をいぶかしみながらも、魔王は重々しくうなずく。
「この和平が結ばれるまでは敵対しておったのだ、常套手段であろう。こちらも百近い手勢を失ったのだ、いまさら恨み言はよそうではないか」
襲ったこと、襲われたことは水に流そうという魔王の言葉だったが、アシュラムの反応は、それ以前の問題だった。
(刺客が……だとしたら、ヒドゥンの言っていたことは――)
言葉にはださないが、ミラやリネアも同じ気持ちだった。
ティアナだけは、まだ事件の影響が尾を引いているのか、静かに控えてたたずんでいるだけで、その心境は窺えないが。
「魔王陛下のおっしゃるとおりです。とはいえ、それらは私の招いた事態でもあります……恨み言ならば、私が引き受けましょう」
「いえ――それにはおよびません、陛下」
失礼をいたしました、とアシュラムは再び頭を下げ、引き下がった。
彼の思うところを感じ取った女王は、ひそかに胸を撫で下ろす。
(和平の申し出か、あるいはこちらの承諾が遅ければ、おそらく――彼らは全員、命を落としていたということですか……)
勇者、そして聖女を選出するのは、教会に与えられる神託によるものだ。
ゆえに選出される者は、無垢で清らかな心、信仰の持ち主であることが多い。
他者の悪意に対して鈍感なのは、それが原因だろうか。
(今後はそれらも、ただの象徴として扱うべきですね……)
権威や影響力を考えれば、教会の力もそぎ落としていく必要がある。
改革はまだなかば――王宮外でも、王宮内においても。
「それに、敵はそれだけではなかったはず……私自身の落ち度ではありますが、心当たりのある方もおいででしょう?」
そう口にした女王の視線は、居並ぶ貴族らの何人かを見据えていた。
「あまりにずさんで、証拠を残していた者たちは、すでに処分しましたが……『まだ』手をつけていない案件もありますから、ね?」
心当たりがあるなら、おとなしくしておけ――そう告げるように。
フフ、と清らかな笑みを浮かべる女王の態度に、彼女の目を見た貴族らは、サッと顔を青くしていた。
その光景を、魔王が愉快そうに眺めていると、アシュラムの後方から別の声が上がる。
「へ、陛下……それはもしや、私の父もそうだったと――」
自分の父が、仲間の殺害を企んでいたなどと思いたくないのだろう。
リネアが真っ青な顔でたずねるが、女王はやわらかく首を振る。
「リンゴット伯は、別の不正がありました。真実を知る覚悟があるなら、これをお読みなさい」
リネアが震える手で受け取ったのは、屋敷から押収された証拠の写本だ。
悪徳商人との癒着、商人の犯罪行為とその隠蔽、生家への多額の賄賂――あらゆる不正の証拠が、そこに羅列されている。
「あなたの罪は問いませんが、汚名を払拭したいと願うなら……国に忠義を、民に誠意を。最大限に尽くし、仕えてくれることを期待します」
「……仰せのままに、陛下」
力ない声で答えたリネアは、そうひざまずくほかなかった。
「さて――暗い話はここまでです。王命に身を尽くした、英雄の帰還なのですから……和平とともに、盛大な宴席で祝うこととしましょう」
そんな女王のひと言で、謁見は終わりを迎える。
けれど、アシュラムたちの心には様々な思いが渦を巻いており、翌日の宴席まで時間を置いても、整理はつきそうになかった――。