01 追放の日
初投稿です。
「――君がこれ以上の悪行を続けるなら、パーティを抜けてもらう」
魔王討伐を目指す旅の最中、勇者アシュラムにそう告げられたヒドゥンは、深く、大きなため息をもらした。
(……こいつも、ほかの連中も、どうしてここまでお花畑なんだ)
あきれたように周囲を見るが、他の仲間である騎士のリネア、回復役を担う聖女のミラも、アシュラムの意見を支持するようにヒドゥンを睨んでいる。
せめて彼女だけは――と、幼なじみであり、恋人であり、冒険者時代からのパートナーである魔術士のティアナを見やるが、彼女の視線も同じだった。
「本当に変わってしまったのね、ヒドゥン……残念だわ」
「お前までそんなことを言うのか、ティアナ」
一縷の望みを託し、彼女のほうを真摯に見つめ、そう告げる。
けれどやはり、彼女の意見は変わらない。
「私もアシュラムに同意するわ。私たちは魔王討伐を目指す勇者パーティ、王国の希望よ。そんな悪辣な振舞いは許されないの、わかるでしょう?」
悪辣な振舞いとはなんなのか、ヒドゥンは自身の行動を振り返る。
彼は冒険者時代からスカウト――斥候として活動しており、索敵や罠発見はもとより、野営や警戒はもちろん、魔物の解体や素材の換金まで手掛けていた。
その解体や、素材の売却にすら眉をひそめていた仲間たちのことだ。
それ以外の行為を知ったのだとしたら、それは心中穏やかでないだろう。
(とはいえ、それも必要悪のつもり――だったんだがな)
ヒドゥンが務めていた裏の仕事は、いわゆる脅迫や制裁、暗殺といったもの。
ただ、ヒドゥンが私欲のためにしていたかといえば、それは間違いだ。
女王陛下直々の命により、魔王国の魔王討伐に向かっていたとはいえ、国内――すなわち人間の側に、敵がいなかったわけではない。
魔王の息がかかった人間の裏切り者による、スパイ活動。
女王に反発する貴族らから差し向けられる刺客、暗殺者。
悪意ある人間たちによる、勇者パーティへの犯罪行為。
宿や物資販売店では、どうせ王国から援助をもらっているのだろうと、あからさまなぼったくりが行われていた。
魔王国からも多数の刺客が差し向けられており、それらもすべてヒドゥンが始末している。
魔物の素材を換金しているのも、パーティの資金繰りのためだ。
ほかの仲間たちは、そういったすべての悪意、必要な行いに無頓着であり、それとなくヒドゥンがほのめかしても、察することはなかった。
だが、ヒドゥンはそれでいいと思っていた。
彼らは勇者パーティで、人の善意を信じる生き方は美徳だ。
いまにして思えば、はっきりと突きつけておいてやるべきだったのだろうが、人々の光となる存在なら、闇など知らないほうが望ましい。
とりわけ恋人のティアナにとっては、そうであってほしいとさえ願っていた。
だから、ある意味でいまの状況は、自業自得だったといえるだろう。
「――なにを言ってるのかわからないな。俺は必要な仕事をこなしただけだ」
「店を脅迫し、値を下げさせることが、必要なことか?」
アシュラムが切り返してくるが、ヒドゥンはあきれたように首を振った。
「それは不当価格だったからだ。俺は正規の値段を提示させただけだ」
「その店から苦情が出ていて、町で噂になりつつあります」
勇者を信奉するミラが、冷たい声でそう答える。
追従するように、騎士のリネアも冷たい視線を向けた。
「先日は町の中で、刃傷沙汰を起こしましたわね」
「……それは、あの暗殺者のことか? お前を狙っていたんだぞ」
「見え透いた嘘ですこと、あきれてしまいますわ」
魔王国の近くまで迫っていることもあり、暗殺者の実力も、秘密裏に処理できるものではなくなっている。
その結果、苦戦することもあり、リネアに見咎められていたようだ。
「旅を始めたときにもあったわよね……あのとき、見て見ぬふりをしなければよかったと、いまでも後悔しているわ」
まさか貴族からの刺客がいるとは思わず、戸惑い、対応が遅れてしまった初仕事のことだろうか。
ずさんな処理を反省するが、そこでティアナに指摘されていれば、ヒドゥンとしても、彼女に真実を話していたかもしれない。
「……その三件が、俺を追放する理由か?」
「日頃の行いもある、それは氷山の一角だと思っているよ」
その点においてだけは、アシュラムを慧眼と褒めてやってもいい。
正しくはこの百倍ほど、ヒドゥンの処理した案件がある。
「だからこそだ、ヒドゥン――これきりにしてほしい。それなら今後も、僕らは問題なく旅を続けられるんだ」
「何度も言わせてもらうが、必要なことだ。問題になってから、すべてを俺に押しつけて、切り捨てればいい」
「それでは遅いんだよ、ヒドゥン! どうしてわかってくれない!」
お花畑の考えがわかってたまるか――。
そう吐き捨ててやりたい気持ちを、ヒドゥンは懸命に呑み込んだ。
「魔王討伐で人々を助ける僕たちが、逆に人々を傷つけてどうする!」
「人間にだって悪意を持つ連中はごまんといる。そいつらにまで気を遣っていたら、この先、旅は続けられなくなるぞ」
「国が一丸となって僕たちをサポートしているのに、あり得ないことだ」
ヒドゥンがどれだけ言っても、アシュラムは頑として聞き入れなかった。
「もう一度だけ言うよ……心を入れ替えて、こんなことは二度としないと誓ってくれ。そうすれば、追放は撤回する」
「断る」
ヒドゥンは、正しいと思ってきたことをしただけだ。
その理由も、いまここで明かした。
あとは仲間が信じるか否か――その沙汰を待ち、数分後。
「……残念だよ、ヒドゥン。君には、どれだけ助けられたかわからないのに」
「ああ、実際にわかってなかったみたいだしな」
アシュラムの下した結論に、ほかの三人も同意しているようだ。
「ヒドゥン……どうして、そんな風に……私のせいなの……?」
ティアナが悲しげな声でつぶやき、肩を落とす。
なんと声をかけるべきか、ヒドゥンがわずかに考えた瞬間、隣に座っていたアシュラムがそっと、彼女の肩に手を回した。
「責任があるというなら、僕ら全員だ……君が気に病む必要はないよ」
(――ああ、そうか。そういうことだったんだな)
これ幸いに、ということか。
せめて恋人にだけはわかってもらいたい――そんな切ない想いすら、空回っていたのだと気づかされる。
どうやら恋人同士だと思っていたのは、ヒドゥンだけだったようだ。
「……回りくどいことをするなよ、そういうことなら抜けてやるさ」
「そういうことって……なんのこと、ヒドゥン?」
白々しくきょとんとするティアナを、アシュラムがなだめる。
「彼の勘違いだよ……ヒドゥン、それは誤解だ。ただ僕は、仲間として慰めているだけで……君が心を入れ替えれば、なにも問題はなかったんだ」
「ああ、そうかい。そりゃ悪かったな」
信じてもらえず、理解もしてもらえず、挙句に恋人まで奪われては、ヒドゥンとしても残る理由はない。
これ以上の議論は不要だ。
「……後悔するなよ」
「しないさ。これでよかったんだ、お互いにね」
席を立ったヒドゥンの背に、アシュラムの淡々とした声が響いた。
◇
「本当に行ってしまいましたね」
「あれだけ言えば、改めると思いましたのに……これですから、冒険者などというならず者は――」
そう口にしたリネアは、ハッとした様子で、慌てて言い繕う。
「も、申し訳ありません、ティアナ……あなたは違うと、わかっていますわ」
「いいの……私も、彼を見損なったわ。あんな人ではなかったのに」
そんなティアナの肩を抱き、慰めながら、アシュラムは告げる。
「ともかく、彼が抜けてしまった以上は、スカウト作業も分担するか――ギルドで雇う必要がある」
「はい、アシュラム様のおっしゃるとおりです」
ミラの追従に、アシュラムは安堵したように微笑んだ。
「苦労は増えると思うけど、旅ももう少しだ――がんばろう、みんな」
その言葉に仲間たちは深くうなずき、魔王討伐の決意を固める。
その一方でアシュラムは、わずかに表情を暗くし、ティアナに囁いた。
「それと……ティアナ、すまないが――」
「ううん、わかってる……すぐに送っておくわ」
そう答えたティアナは、魔力で使い魔を召喚し、ヒドゥンのあとを追わせる。
彼が次に同じことをした場合、すぐ通報できるように見張りをつけておこうと、事前に相談してあった。
(あなたには申し訳ないけど、ヒドゥン……私はこれ以上、あなたに悪事を犯してほしくないの)
これは彼のためなのだ――と。
残された四人は、誰もがそう信じていた。