天才ドッペルゲンガー
今日も街の外へ。
飽きて他の武器に取って代わられたくないので、吾輩、今日は気合をいつもより入れている。
今宵の獲物は何であろうか。昼だけど。
あがいそいそと歩いているとき、濃い紫色の一塊の霧が漂ってきた。
相棒は、気にしないで素通りしようとしたが、その霧が突然、相棒の姿、形をとった。
天才ドッペルゲンガーである。
相棒は驚いて構えた。そしたら、天才ドッペルゲンガーも同じ構えをとった。
相棒は躊躇わず、防御されてもいいような、ストレートを挨拶代わりに放ったが、
軽くいなされてしまった。
相棒はバックステップをとり、再び構える。まだ様子見をするらしい。
そうこうしていると、天才ドッペルゲンガーが相棒の先程、放ったストレートと
まるで同じストレートを放った。
相棒は、ここでガードしようとしなが、あまりの衝撃に顔を歪めた。
この天才ドッペルゲンガー、相手の攻撃を真似るのである。
しかも、その真似た動きが天才クオリティになるのである。
どういうことかというと、相棒は運動神経はいいが、天才と呼べるものではけっしてない。
その相棒が放つストレートを中の中というレベルとしよう。
この中の中が放ったストレートを、上の上という天才というレベルのものが
真似たらどうなるであろう。そういうことである。
もちろん天才にもピンキリはあるとして、天才ドッペルゲンガーは天才のブービー賞をとる
位だろう。しかし、紛れもなく天才のクオリティを発揮するのである。
ネタが分かっても天才は天才である。
相棒がんばれ。
天才ドッペルゲンガーはストレートを真似た後、相棒と同じ構えを静かにとっている。
一方、相棒は天才ドッペルゲンガーのネタが分からないので、戸惑いつつも様子を探っている。
とりあえず、ジャブから入るようだ。ジャブを2発放った後、間合いを詰めたままの様子見をして、
天才ドッペルゲンガーが何もしてこないのでガードの上からフックを入れた。
先程の衝撃が悔しかったのだろう、そのフックは速さより重さを重視していた。
天才ドッペルゲンガーの動きが少し止まるのを見た相棒は、満足そうに、
バックステップで間合いを離した。
今度は天才ドッペルゲンガーが同じ動きをするであろう。
相棒が軽くピンチになるだろうので、吾輩が何とかせねば。
吾輩、「ハッスル!」するのである。
天才とは、吾輩の知る限り、二つの要素を併せ持つものを、指す言葉である。
「適応力」と「再現力」である。
例えば普通のものが、1ヶ月間かかって得た、コツや感覚があるとする。
天才はこれを1時間や2時間でものにするのである。これが「適応力」。
そして、普通のものは、せっかく1ヶ月間かかって得たコツや感覚も、
その日その日のコンディションの微妙な誤差によって、狂わされ、あーでもない、
こーでもないと、創意工夫、四苦八苦しながら、技というものに昇華させていくのである。
しかし、天才はその日その日のコンディションの誤差などものともせず、
十発十中で、一度得たコツや感覚を再現するのである。
これが「再現性」である。
果たして、天才が理不尽なのか、普通の才能のものが嘆かわしいのか、それは分からない。
しかし、天才にも弱点がある。一発で出来てしまうが故に、単発的な動きが多いのである。
余裕など残さず、限界ギリギリの動きをしようとするのである。
今回はそれを反面教師にする。
天才ドッペルゲンガーがジャブの様子見の後に放つであろう、
ガードの腕を壊す目的の天才クオリティのフック。
相棒はこれ位の感じでガード出来るだろうと予測して、ガードを固めるであろう。
しかし、それでは限界ギリギリで足らないのである。
予測よりもう一段、余裕をとってガードする必要がある。
しかも、その上さらに天才クオリティである。更にもう一段積み重ねて、合計二段程
マージン(余裕)を残した行動が必要である。
吾輩は危機管理のフェロモンを相棒の周りに漂わせる。
その影響を受けて相棒はサイドステップに移れる重心になってくれた。
それを感じで吾輩危機管理のフェロモンの濃度を上げていく。
相棒に更に干渉出来たらしく、
『避けるんじゃなくて、嫌がらせもしておくか』
とつぶやいてくれた。
これで最後のフックで腕を痛めることもないであろう。
と言うのもつかの間、相棒の思考が吾輩に流れてきた。
「なんこれ?」呆ける吾輩。
え、これ未来視?、天才ドッペルゲンガーが重いフックを放ち、そのフックをガードした相棒が
痛さに悶絶し、うずくまっている映像が流れてくる。
『なるほど』
相棒を吾輩は見くびっていた。
相棒は天才中の天才らしい。
相棒は器用にサイドステップでフックをいなすと、そのサイドステップの流れのまま後ろ回し蹴りで、
天才ドッペルゲンガーの側頭部を蹴り抜いた。
天才ドッペルゲンガーは昏倒し、薄くなって消えた。
相棒は勝ちグセを得たようで、「天才かけだし」の称号を得た。
効果はとりあえず天才っぽいのになるという漠然としたものである。
『どうだった?』
何か相棒がご満悦過ぎて、独り言を呟きだした。
『おーい、あなたのことだよ。もしもーし。』
あれ、なんか吾輩に話しかけてない?
『その吾輩です』
あ、これ吾輩のことだ。
「え、何これ?どうすればいいの」
『取り敢えずあたなの心が読めるから、そんな感じでいいよ?』
「え?そうなの?」
『うん、卑屈にされた雰囲気イケジョだよ』
「あ、あかんやつや」
『じょーだん、じょーだん』
「あ、えーと」
『とりあえず、家に帰ろうと思うから。バッグにしまって家に着いたら、バッグから出してあげるね』
バッグに詰め込まれた吾輩。
どうしよう。第一印象最悪や、、、。