ルバウル連邦
「えーまず、損害状況を。」
先ほど戦闘準備配置も解除され、全員が集まった事を確認したフランクが話を始める。それに船務長のヴェーリン・エンスが答える。
「はい。直撃弾は免れましたが、爆発の衝撃により艦全体で8名の負傷者が発生し、内船務科は2人です。いずれも軽傷です。また、後部甲板に破片による大小20の傷や穴を確認しました。ミサイルの破片も見つかったため回収しました。」
「ミサイルの破片があったのか?」
フランクがエンスに聞く。
「はい。ありました。しかしご存知の通り、艦では詳しい判別はできません。どの国のミサイルかは不明です。」
「そうか。分かった。」
「では…砲雷科から。」
話し終わったのを確認して、今度はクレフが話を始めた。
「砲雷科では1名の負傷者が出ました。また、使用した弾はメソン2発、アスーデ2発、シーサーダー10発、対空主砲弾21発となっています。」
クレフは砲雷科の損害や、使用した弾薬を報告する。ちなみにアスーデは短SAM、シーサーダーは近SAMの事だ。ケルタニア公国が現在保有するミサイルには全て愛称が付いており、こういった報告の場ではよく使われる。しかし、戦闘中は短く発音できる「○SAM」と呼ばれる事が多い。
「航海科から失礼します。」
今度はリンネが会話を始める。普段はどちらかと言うとやんちゃな方だが、こういった場ではきちんとしている。
「航海科では1名の負傷者を出しました。しかし航行に支障があるような事態はありませんでした。」
「では機関科からも…」
リンネが話し終わると、今度は機関長のオント・ベラーが口を開いた。
「機関科はの損害は負傷者3名です。エンジンに穴が空いたり、艦内にダメコンが必要なほどの損害はありませんでした。ですので、ダメコン班は編成しておりません。」
ケルタニア公国の場合、機関科の中にダメージコントロール班、通称ダメコン班が存在する。しかし常設部隊ではなく、ダメージコントロールが必要になった場合のみ臨時で編成される。
「最後に航空科から。」
航空長のハンス・マルラーが話を始める。
「航空科隊員は1名負傷しました。また、飛行甲板が利用出来ないため、飛行中だった4番機には付近を航行中だったシェファイル王国海軍のフリゲイト艦ハーンへ向かうよう指示し、先ほど到着したようです。」
2機搭載なのにが4番機である理由は、艦隊全体で通し番号を振るためである。
各科長からの報告を聞き、フランクが口を開く。
「ご苦労様。皆に、本艦のこれからの行動について連絡する。今回の件に関して本国へ連絡したところ、帰港命令が下った。ただ、今載っている3番機と航空隊員は、引き続きノルディア海峡での任務に当たってもらう。また、本艦の代わりに、第二戦隊のホリウル・ニダーセンが派遣されることになった。ホリウル・ニダーセン到着まではエンダークヒュルトを臨時旗艦とするそうだ。その旨を他の者にも伝えておくように。この会議が終了にメリャーヤ近海へと向かい、3番機と航空隊員を降ろす。以上。」
フランクはそう言うと、集まっていた士官は各々部署へ戻っていた。
その日の夕方、バーデル・ビュクセンバルグはメリャーヤへと到着した。最初の予定ではヘリコプターで数往復し空輸する事になっていたが、日没に間に合わなかったのと、甲板の損傷の影響により陸付けして3番機と航空隊員を降ろす事になった。
メリャーヤはアーディン共和国の中でも大きい都市である。またアーディン共和国海軍の基地があり、ケルタニア公国をはじめとした海賊対処派遣部隊の基地でもある。
しかし、アーディン共和国自体は大きな海軍を持っておらず、一番大きいものでも最大排水量2000tのダ・ハンセン級哨戒艦である。その他小型哨戒艇やミサイル艇はあるが、沿岸の海賊を一掃出来るほどではない。
「艦長、桟橋に固定できました。これから陸揚げと弾薬補給を行います。」
エンスがそう言いうと、フランクが軽く頷いた。
西の空は僅かに明るいが、もうほとんど太陽の日は差していない。港の明かりが灯り、作業現場を照らす。
ちなみに、4番機はバーデル・ビュクセンバルグの到着2時間前にハーンから飛び立ち、一足先にメリャーヤへと着いていた。
メリャーヤ到着から3時間後の午後11時(アーディン標準時間)には作業は終わり、一刻も早くの帰還をしたいバーデル・ビュクセンバルグは港を去った。格納庫からヘリコプターと乗組員、整備員は去っており、残っている航空関係者は航空長と管制官数人のみである。また、ミサイルを補給し、シーナ2は搭載していないものの、メソンは発射補給分と追加で4発、計8発となった。それ以外のアスーデも補給したが、シーサーダーと主砲弾は時間の都合で未補給となった。
艦橋は静まり返っており、月齢12の月が海を照らす。
本日の当直であるクレフは、月を見ていた。
幼い頃、両親と天体観測イベントに行った事がある。その時から星が好きで、給料を貯めて14万セルクするお高めの望遠鏡を買ったりもした。仕事が忙しく、数回しか触れていないのだが。
帰ったら久しぶりに出そうかなぁ…。
そんなことをクレフが考えていると、不意に一人の曹長が声を掛けてきた。
「砲雷長殿は月がお好きなようですな。」
この曹長の名はブラウ・モリフといい、もう30年以上も海軍に所属しているベテランだ。この艦では最年長で、乗組員はもちろん、フランクですら敬意を込めて「モリっさん」と呼んでいる。
「モリっさん、ちゃんと見張りやってください。」
「月を見ている砲雷長殿には言われたくないですなぁ。」
「…悪かったよ。」
また静寂が訪れる。なんとなく話したくなったクレフは、前々から気になっていた事を話し始める。
「モリっさん。」
「はい。どうされました?」
「なんで幹部昇格試験を受けなかったんですか?」
幹部昇格試験というのは、曹以上の階級で尚且つ7年以上勤続しており、さらに年齢が35歳以下であれば受けれる試験だ。難しい試験であるが、これに合格すると少尉となり、士官学校を卒業した一般幹部と変わらない扱いを受ける。
モリフは既に50歳を越えているが、勤勉で誰からも親しまれ、若い頃から多くの経験を積んできたモリフであれば、充分合格したのでは、とクレフは思っていた。
「…何故でしょうね。」
モリフは一言そう言い、さらに続けた。
「私は上に立つのは慣れてません。だから受けるのはやめたんですよ。」
モリフは簡単にそう言うと、「トイレ行ってきます」と言い艦橋を去った。一瞬クレフは何か気に障ったかもと考えたが、そうならモリフなら言うだろうと、あまり深く考えないようにした。
それから2週間程経ち、バーデル・ビュクセンバルグはケルタニア公国へと戻ってきた。普段は数ヶ月の任務であるのに、1ヶ月ちょっとでの帰還ということでニュースで取り上げられていたが、ミサイル攻撃を受けたことは秘密であったため様々な予想が立てられていた。もちろん、乗組員には箝口令が言い渡されている。
バーデル・ビュクセンバルグは20日程修理に費やすので、乗組員に数日の休暇が与えられた。甲板の修理に20日は多い気もするが、ついでに改修工事でもするのだろう。
クレフは電車で1時間程の自宅へ帰った。クレフの両親は既に亡くなっており、今は叔母と義理の叔父と3人暮らしだ。
「あら~エルゼ、早いわね。」
玄関から入る直前、偶然庭で洗濯物を干していた叔母に話しかけられた。
「ちょっと色々あってさ、早めに帰ってきたの。3日間休暇貰ったからしばらく居るね。」
「そうなのね。ゆっくりしていってね。」
叔母はそう言うと、洗濯物の続きを始めた。
一方、フランクは休暇がほとんど無い。何せミサイル攻撃を受けた艦の艦長だ。山ほど報告書を書かなければならない。
「そんな…まさか…。」
そう言い、フランクは驚きのあまり一瞬固まってしまった。
ここは公国海軍ノングベルグ海軍基地内にある技術研究本部だ。帰港して2日が経った時、フランクはミサイルの種類が分かったと呼び出しを受けた。
その場には第1艦隊の司令はもちろん、ケルタニア公国海軍上層部の人間が10人程おり、驚き方は違えど皆その報告を聞いて耳を疑った。
「間違い無いのかね?」
第1艦隊司令のモン中将がそう言うと、パハッツ技術研究本部長は「間違い無い」と言い続けた。
「確かにバーデル・ビュクセンバルグから回収されたミサイルの破片は、ルバウル連邦軍の艦対艦ミサイル、『バグゥート』のものです。」
ルバウル連邦とは、ケルタニア公国の南東…といっても、ケルタニア公国が一番北にある国家なので、全ての国家は南にあるのだが、その中でも広い領土を持つ大国家だ。
昔、世界大戦で連合国家がダンテス帝国に勝利した後、ダンテス帝国の処遇を巡って対立し、ケルタニア公国やシェファイル王国、フラーフ王国などの北派と、ルバウル連邦やシーナン人民共和国の南派に分かれての冷戦、通称南北冷戦が始まった。
ちなみに、南派と北派という呼び方は、最初に対立したケルタニア公国とルバウル連邦の位置関係からとったもので、北派は全て北にある国家、南派は全て南にある国家、という訳ではない。
世界大戦終結からかなり長い間対立していたが、20年程前に連邦を構成していたバルデバ共和国が独立したのを皮切りに構成国家や自治州がどんどん独立し、長い間政権を握っていた社会党が崩壊したため冷戦は終結した。
そんなルバウル連邦が今になって攻撃を仕掛けて来たのかと、皆不思議に思っていた。
「まあ、ルバウルはそんな馬鹿じゃ無いでしょう。」
パハッツは少し笑い、こう続けた。
「ルバウルからミサイルを盗んだ第三国や別の集団の可能性もあります。ルバウルと決めつけるのは時期尚早かと。」
「しかしバグゥートを盗むってただ者じゃ無いのでは?」
ケルタニア公国海軍参謀のセイヤー中将がそう言う。
バグゥートというのは、冷戦期にルバウル連邦が開発した長距離艦対艦ミサイルである。現役のミサイルである為未だに詳しくは分かっていないが、最大射程は約500kmと見られており、破壊力はケルタニア公国海軍の対艦ミサイル「ズィーフォーゲル」の比ではない。
どうりで至近弾でもあれだけの衝撃なわけだ…。
フランクは一人勝手に納得する。しかしセイヤーの言うとおり、冷戦期のルバウル連邦の切り札とも言えるミサイルが第三国、第三者に渡るとは考えにくい。
「…とにかく、考えても仕方あるまい。長官には連絡したのか?」
「ええ一応。」
モンの問いにパハッツが答える。長官とはもちろん海軍司令長官の事だ。
「とりあえず、この場は解散という事で。」
セイヤーがそう言うと、各々仕事に戻っていく。フランクも残っている報告書を纏めるため、本部棟の第1艦隊業務室へ戻った。
「ははっ。面白いこと言いますね。」
一人の海軍少将がわざとらしく笑う。
ここはルバウル連邦海軍のアズナ海艦隊総司令部である。アズナ海というのはルバウル連邦の北に存在する海であり、北西にはケルタニア公国が存在する。ルバウル連邦の東には永世中立国のエペリアン王国があり、こちらもアズナ海に面する国家の一つだ。
「ボリゴフ少将、面白い話をしている訳ではないのだぞ。」
ニャーレ・ボリゴフに軽く注意をしたのは、アズナ海艦隊総司令官のメリヤ・リジョウスキーである。ちなみに、ボリゴフはアズナ海艦隊第一艦隊の司令官である。
「まさか向こうはこっちが攻撃したとでも考えているんですかね?」
「さぁな。」
ボリゴフの問いにリジョウスキーが答える。
実は、既にケルタニア公国がミサイル攻撃を受けたことはルバウル連邦に知れており、また、ミサイルが「バグゥート」であったことも彼らは知っている。しかし、発射をしたのはルバウル連邦ではない。
「…何か心当たりがあるんですか?」
少し考え事をしていたリジョウスキーにボリゴフが聞く。
「心当たりが無い、と言えば嘘になる。ただこれは私が直々に調べたい。上に掛け合って、調査隊を出すことにしよう。指揮官は…君にしようか。」
ルバウル連邦海軍にはアズナ海艦隊の他に、北海艦隊、西海艦隊、東海艦隊が存在する。リジョウスキーは他の艦隊の力は借りず、自ら調査したいと考えたのだ。
「ありがとうございます。必ずや成果を持って帰ります。」
「うむ。そして、私の心当たりのあるところだが…中央諸島海域の事だ。」
中央諸島海域とは、ノルディア海峡を通った先にある大きな諸島だ。多数の国家や州があり、地図に乗っていない島も残っていると考えられている。また様々な産業が盛んであり、多くの商船がノルディア海峡を経由するのはこのためである。
ただしルバウル連邦の場合は、必ずしもノルディア海峡を通過する必要がない。ケルタニア公国やシェファイル王国等はノルディア海峡を通る方が早いというだけで、ルバウル連邦は中央諸島海域西に存在するノルディア海峡を通っても、エペリアン王国側から回り中央諸島海域東から入っても大差ない距離である。
「中央諸島海域ですか…。どちらから行くのが良いでしょうかね。」
「ケルタニアのフリゲイト艦はノルディア海峡で被弾したと聞く。なので海峡を経由して行ってほしい。上から許可を貰えたら、改めて連絡するよ。」
「分かりました。では、失礼します。」
「うむ。」
リジョウスキーからの返事を聞いたボリゴフは、部屋を去った。
「まさか…な。」
一人になったリジョウスキーは、窓の外、停泊している艦船に目を向けそう呟いた。