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荒い歓迎

「全員、帽振れー!」

海軍第1艦隊司令の掛け声とともに、見送りをする海軍人員が帽子を脱ぎ、大きく振る。それと同時に、見送りの民間人は手を大きく振る。中には泣きながら手を振っている人もいる。

それに答えるかのように、出港する軍艦の右舷には乗員が並び、微動だにせず敬礼をしている。

今日、ケルタニア公国の海軍艦船4隻がノルディア海峡海域へと派遣される。ノルディア海峡は各国にとって重要な海峡ではあるが、海賊が非常に多く、周辺国の治安も悪い。そのため、各国海軍が商船護衛の為に派遣されており、このケルタニア公国も例外ではなく、今まさに24回目の派遣部隊が出航したのだ。第24海賊対処派遣部隊は、3月から4ヶ月間護衛任務を行い、7月頃に本国へと帰還する予定となっている。

編成はフリゲイト艦2隻、救難艦1隻、補給艦1隻となっている。これはケルタニア公国が海賊対処派遣部隊を派遣するときの基本編成であり、手術ができる救難艦を派遣している事は他国からも高い評価を受けている。また、海賊対処を主任務とするため、全艦に防弾板の追加装備、及びフリゲイト艦は通常2基搭載のGM-BK15mm重機関銃が4基に、普段は重機関銃を未搭載の救難艦と補給艦にも4基が装備されている。



旗艦「バーデル・ビュクセンバルグ」艦内では、早くも士官による作戦会議が行われていた。作戦といっても、海賊と実際に砲火を交えるかは分からないし、基本的に海賊は護衛艦のいる商船は襲わない。返り討ちに遭うのが目に見えているからだ。なので、交戦時の確認よりは、護衛対象海域の確認や、各種部署の人員状況など、ごく簡単なもので済んでいる。

「…以上でブリーフィングを終了する。総員別れ。」

艦長のライエント・フランクがそう言うと、全員敬礼をしてブリーフィングルームを後にする。

「おっ、クレフ、調子はどうだ」

航海長のフィリップ・リンネが元気よく声を掛けたのは砲雷長のエルゼ・クレフだ。二人とも大尉で艦の一部門の責任者である。これは二人が優秀であるのももちろんであるが、一番の原因はケルタニア公国軍全体の問題として、人員不足に陥っているのがあげられる。そのため、本来は少佐で就くはずの役職に大尉である二人が就いているのだ。もちろん、このバーデル・ビュクセンバルグのみの問題ではなく、様々な艦で起きている事である。この艦隊の指揮官を艦長であるフランクが行っているのもそれが原因だ。本来であれば指揮官は艦長とは別に配置されるが、本当に人が足りないのである。

「別に。普通よ」

リンネの問いにクレフが答える。ちなみに二人は士官学校どころか産まれた時からの付き合いである。家が近かったのだ。

「そうかそうか。そりゃあ良かった。じゃあな」

リンネは艦橋に上がっていった。クレフはこれから非番なので部屋に戻る。ドアを開けると、荷物が散らばっている。固定するのを忘れていたため、部屋が大変なことになってしまっている。

「はぁ…」

クレフは大きなため息をついた後、5分程で簡単に片付けると、すぐにベットに潜った。ケルタニア公国海軍の勤務形態は、通常配置下では8時間の交代制である。しかしクレフの場合、勤務時間外であっても何もしていないのは寝る時ぐらいだ。士官なので仕事は山ほどあるというのも原因だが、なにより、仕事以外にすることがないのである。たまにヘリコプター格納庫を使って映画鑑賞がある場合もあるが、海賊対処派遣任務中はヘリコプターがフリゲイト艦1隻につき2機搭載されているので、残念ながら映画鑑賞はない。これからの航海は楽しみはあまり無さそうだ。



それから3日が経ち、シェファイル王国のカーネンへと到着した。

補給目的ももちろんであるが、シェファイル王国とは300年以上も友好状態である、重要な"隣人"なのだ。年に2、3回ある海賊対処派遣任務のうち、最低1回は今回のような航路上の国家への寄港、親善行事も任務として与えられる。

「はい、ありがとうございます。」

クレフがカバンの中を見せてくれた人にお礼を言う。

クレフと他2人の水兵は手荷物検査をしている。艦内に爆発物その他危険な物を持ち込ませないためで、一般公開時には必ずすることだ。一応シェファイル王国海軍の軍人もいるが、クレフたちがシェファイル王国とその周辺で使われている北大陸語を使える為、かり出された。他にも喋れる人がいるので交代交代である。

ちなみに、一般公開される艦は一日二隻で、二日目は別の艦に交代するため、両日とも来れば艦隊の全艦を見れる事になる。

「おねえちゃん、ぐんじんさん?」

突然5才くらいの男の子がクレフに向かって喋りかけてきた。

「うん。そうだよ」

クレフは小さい子供が苦手なので、適当にあしらう。つもりだった。

「へぇ!おふくのみぎに、なにかついてるよ?」

多分この子は記念章か徽章のことを言っているのだろう。そう思ったクレフは、頑張って話を続ける。

「これはね、記念章と徽章といってね、色んな事をすれば貰えるんだよ。」

記念章は演習で好成績であったり、災害派遣などの各種派遣任務に参加したりすれば貰える。まあ、説明としては間違ってないだろう。

「へぇ!すごいね!」

そんな会話をしていると、砲術長のカーヤ・ショールがやって来た。

「先輩こんにちは!」

ショールはとにかく明るい。明るくて面倒くさい。もちろん嫌いではないし、信頼できる部下だが、正直クレフからすれば手に余る存在である。しかし、成績はかなり優秀だ。

「交代に来てあげましたよ~」

「そりゃどうも」

世間的に見れば上官にその喋りはどうかと思うが、クレフ自身は特に気にしていない。ショールがこの喋り方で喋るのもクレフだけである。何故かは分からない。

「お、坊や、海軍に興味あるかい?」

ショールは社交力がクレフに比べて格段に高い。クレフもこの点は特に感心している。ショールが子供の相手をしているうちに、クレフは艦内へと戻っていった。

クレフが艦橋に上がると、リンネとフランク艦長がいた。二人で話しているようだ。

リンネはまだしも、艦長が雑談している所を目撃するのは珍しい。クレフはそう思い、二人の元へ行った。

「お疲れ様です」

クレフがフランクに敬礼をすると、フランクも軽く敬礼を返した。

「クレフ、調子はどうだ」

フランクがクレフに向かって喋りかけてくる。

「変わりありません」

クレフが返事をした。よく見ると二人の手にはコーヒーがある。コーヒーを飲んでいるのは悪いことではないが、あまり飲みすぎるのも…と思いつつ、クレフ自身もポットからお湯を注ぎコーヒーを作る。

コーヒーを手にして二人の横にいくと、二人が話を続けた。

「艦長は休日何をされるんですか?」

「近所の子供と遊ぶ。みんな追いかけっこが好きでなぁ…。正直この年だとキツいよ。」

そう言いつつ、フランクは笑みを浮かべる。イカツイ見た目から想像出来ないな、と思いながら、今度はクレフから話しかけた。

「何歳くらいなんですか?」

「4、5歳だ。男の子ばっかだからやんちゃなのかねぇ…。」

クレフの一番苦手な年齢だ。艦長には申し訳ないが、絶対会いたくない…とクレフは思った。



3日後、艦隊は出港し、ノルディア海峡へと向かう。これ以降はノルディア海峡沿岸部へ着くまで無寄港だ。

しかし特に変わった事は起こらず、本国を出港してから2週間でノルディア海峡へと到着した。

ノルディア海峡へと到着すると、まず艦隊は3隊に分かれる。救難艦「オイシュトヴァーク」及び補給艦「ドライツィッヒセーア」は、沿岸のアーディン共和国の港湾都市メリャーヤへ補給をしに行き、フリゲイト艦「バーデル・ビュクセンバルグ」と「エンダークヒュルト」はそれぞれ単艦でノルディア海峡を遊弋し、海賊に備える。

しばらくは問題無かったが、ノルディア海峡に到着して3日目の朝に、バーデル・ビュクセンバルグの元に通信が入った。

「艦長、緊急信号を受信しました。"海賊の攻撃を受けている。至急応援求む"場所はエツラ岬の北西約20km。」

通信担当の乗組員が艦長に報告する。

「直ちに救援へ向かう。方位310°、最大船速、艦内対水上戦闘準備。ヘリコプター発艦。」

艦長が矢継ぎ早に命令し、戦闘準備配置が下る。戦闘配置の一段階下の配置命令ではあるが、全員が配置され、艦内の移動も制限し、一部の隔壁も閉まる為戦闘配置と大差ない。

ここからなら全速力を出せば当該海域まで約1時間で着く。ヘリコプターなら発艦準備から到着まで15分程だ。それまでは商船になんとか耐えてもらわなければならない。



「こちらウェーザー、目標海域に商船を捕捉。海賊船は商船後方約1.5km。」

どうやらヘリコプターは間に合ったようだ。ちなみに、ウェーザーというのは、パイロットのTACネームである。

ヘリコプターには軽機関銃が搭載されているが、機関銃の射程に海賊船を捉えるという事は向こうの火器の射程にも入る可能性が高い為、無闇には近づけない。

しかし海賊船はヘリコプターに気が付いたのか、商船から離れていった。

バーデル・ビュクセンバルグが現場海域に到着すると、既に海賊船は去っており、商船の船長から無線にて感謝の言葉を受け取った。すぐに離れてはまた寄ってくる可能性があるので、1~2時間程度は商船の護衛を行う。

「良かったですね。大事にならなくて。」

戦闘指揮所(C I C)で、リンネが艦長にそう言う。

「そうだな。戦闘準備配置の解除を…。」

フランクがそう言いかけた時、レーダー士が叫んだ。

「高速で接近する物体を確認!飛翔速度マッハ1、数4、方位140°、距離50km…対艦ミサイルとみられます!本艦に向かって接近中!」

「なに!?」

思わずフランクが叫んだ。治安の悪いノルディア海峡でも、さすがに対艦ミサイルは飛んでこない。

「…総員対空戦闘準備!メソン発射用意!商船に待避命令!」

突然の事に驚きつつも、フランクはそう命令した。

メソンというのは、個艦防空ミサイルの名称だ。最大射程は約40kmである。ケルタニア公国には、最大射程100kmを超える艦隊防空ミサイル「シーナ2」もあるが、今回の任務には不要であったので搭載していない。

しかも今回の任務は対空戦を想定していなかった為、メソンですら4発しか搭載していない。そもそも、今回の主目的である対海賊戦ではミサイルをほとんど使わない。その為、ミサイルを満載せず、その代わり空いたスペースに銃弾や砲弾を多めに搭載しており、それが仇となった。ミサイルも百発百中ではないので、4発に対し4発では全ての撃破はまず望めない。

しかし、悩んでいても、刻一刻とミサイルは迫ってくる。

「主砲対空砲弾装填、中SAM、短SAM、近SAM、CIWS迎撃準備!」

「両舷最大戦速!」

フランクの命令受け、砲雷長であるクレフは戦闘に関する命令を、航海長であるリンネは航行に関する命令を伝達し、艦内で戦闘配置のブザーが鳴り響く。

バーデル・ビュクセンバルグは、艦隊防空の要として、スティムシステムと呼ばれる多方位追跡迎撃システムを搭載している。スティムシステムとは、多機能レーダーと各種システムを利用し、150以上の目標を探知しその脅威度を瞬時に判断、それぞれに応じた迎撃方法を判定し20目標を同時に迎撃可能なシステムである。たかが4発程度は朝飯前に過ぎない。はずだった。

「スティムシステムが使えたら…」

クレフが悔しそうに呟く。実はスティムシステムの開発は遅れており、まだ搭載されていない。今のところバーデル・ビュクセンバルグは単に他の艦より多少強力なレーダーを搭載しているに過ぎない。スティムシステム搭載予定の場所は今は倉庫である。

その為、近SAM以外のミサイルを同時に誘導できる数は火器管制レーダーの分だけ、つまり2発だけである。実際には4発に対し4発は撃てないのだ。ちなみに、近SAMは撃ちっ放し能力があるので弾があるだけ撃てるが、最大射程はたった1.5km、マッハ1のミサイルだと5秒程度しか猶予はない。

「中SAM発射準備よし。発射まで3…2…1…発射始め!」

クレフが発射ボタンを押すと僅かに艦が揺れ、CICの中からでもメソンが発射されたのが分かる。

「着弾まで35秒!……着弾まで25秒!」

距離が遠い為、着弾までは何もすることがない。乗組員達は1発でも多く撃墜できるよう祈るのみだ。

「着弾まで15秒……5…4…3…2…1…着弾!」

クレフが言うとほぼ同時にレーダー士も叫ぶ

「方位変わらず!残り3、距離25km!」

1発は撃墜できたようだ。しかし残り3発は変わらず突っ込んでくる。

「短SAM発射用意!主砲対空戦、方位140数3!」

短SAMの射程は約12km、主砲は約10kmだ。この2つは迎撃開始距離が近いが、誤ってお互いを撃墜しあってはまずいので同時に迎撃が始まることはない。

「ミサイル距離15km!」

「短SAM発射始め!」

また少し揺れる。

「着弾まで15秒……5…4…3…2…1…着弾!主砲撃ちーかたー始め!」

時間がない為、迎撃の効果を確認する前に主砲の撃ち方を始める。ほぼ同時に、

「回避行動!面舵いっぱーい!」

リンネも命令し、ミサイルに艦尾を向ける。着弾の際の投影面積を最小にし、少しでも命中率を下げるためだ。

「先ほどミサイルで1発、たった今主砲で1発を撃墜!」

レーダー士がまた叫ぶ。残りは1発だが、回避行動により主砲の死角に入るので、これ以上は主砲で迎撃できない。

「近SAM発射始め!チャフフレア発射!」

チャフとフレアの効果は不安定であり、撃ちっ放し方式により多くのミサイルを撃ち出せる近SAMも命中率は高くない。

「総員衝撃に備えよ!」

最悪の事態に備えるようフランクが大声で命令し、CICにいる全員が対衝撃態勢をとった。CICだけでなく、艦にいる全員がそうしているはずだ。

一瞬時間を置いて、艦全体に大きな揺れと衝撃が伝わって来た。

「…損害状況知らせ!」

フランクが命令すると、各部署から状況が送られてくる。

「ギリギリで直撃は回避したようですが、至近弾だったので数名の負傷者と、飛行甲板に損害が出ています。」

艦内からの通信を受け取った通信士が冷静に報告する。

「追撃はあるか。」

「いえ、現時点で確認出来ず。」

レーダー士もそう報告する。

「…対空戦闘用具収め。各員戦闘準備配置。直ちに本国へ状況を知らせる。幹部は30分後にブリーフィングルームへ集合。以上。」

フランクはそう言い、CICを足早に去った。

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