漁り火の地のガーランドール
アリアテは、漁り火の地で一体の「ガーランドール」と出逢う……
東の漁港を目指す一行は、途中で小さな村のそばを通った。立派な竹の壁の中から、男の怒号が響く。
「くそおおー!」
何かわめきながら、男は門から飛び出してきた。
「あの畜生め、畜生のくせに畜生を盗みやがる!」
びく、とシェラが跳ねた。こそこそとメリウェザーの後ろに隠れ、様子をうかがう。
「知り合い?」
「違うけど……あたしも、オヤジから鶏を盗んだことがあって」
アリアテたちは面倒に巻きこまれないよう、そっと木陰を迂回したが、気づくと先頭のオルフェスがいない。
「あっ あいつ村の方に」
ロードが気づいた時には、オルフェスはかんしゃく男に話しかけていた。
「そうですか、それは大変でしたね。彼らの特徴は覚えていますか?」
男によく話を聞き、オルフェスは承知して敬礼した。
「盗賊は我々が必ず捕えますので、ご安心を」
男は立派な風体のオルフェスを信頼し、何度も頭をさげて村に戻っていった。列に戻ったオルフェスは、涼しい顔で言った。
「危ないところでした。ああいうテは抜け目なく、我々のことを通報するでしょうから」
「騎士の威厳を濫用してるな……いや、あんた、生き残れるぜ」
それから小一時間ほど歩くと、ようやく漁港に到着した。
「でこぼこした木の根ばっかりで、歩くのが疲れたよ」
砂漠とはまた違った地面の悪さに辟易しながら、アリアテは港を見回した。
「それで、船っていうのは?」
オルフェスは森に向かって声を張り上げた。
「イーザ、フェルゼン!」
「はいよー」
間の抜けた返事をして、木々の間から二人組が現れた。
「つまらない騒ぎを起こしましたね」
「いやちょっと、小腹が空いてね? 騎士さんがあんまり俺たちを待たせるもんでさあ……」
小柄な男は、じろりと試すような目つきでオルフェスを見た。隣の長身の男はただ黙って、しきりに辺りを見回している。
「おいフェル、もう【透視】はいい」
イーザが小突くと、フェルゼンはアリアテたちに視線を定めた。
「オレはイーザ、ラフェッツ族だ。コッチはフェルゼン、ヒト族」
「彼らが水先案内をします。イーザの機動力と、フェルゼンの持つ透視の力はお役に立つでしょう。それでは、道中お気をつけて」
オルフェスは深々と礼をして、路銀をアリアテたちに渡した。
イーザの漕ぐ船に乗り、アリアテは遠くなっていく港と、オルフェスとを見つめた。
「一角獣って、政府のなかの組織なんだろう。どうして国軍の人間が私たちの力になってくれるのかな……」
「さてな。けど、シオ様のお考えあってのことだ。俺たちも少しは役に立てると見込まれてるんだろ」
これを聞いていたイーザはフェルゼンと顔を見合わせたが、首を振った。
「知らないならそのままでいいじゃねえか。今はな」
半時ほど船に揺られていると、対岸が見えてきた。水煙の向こうに、木製の古めかしい桟橋がかかっている。
「ほーら、サルベジア大陸だぜ!」
桟橋につけ、フェルゼンが板のタラップをおろして、イーザが係船柱に縄で船をくくった。
「大丈夫か?」
イーザはアリアテとシェラ、エルウィンを背負ったメリウェザーには手を貸した。そして最後に船を下りたカレンにも、渋々手を差しのべた。
「野郎に優しくするのも、今回は仕事なんでなー」
カレンは船酔いしたらしく、ロードが背負うことになった。
先頭をイーザが歩き、殿をフェルゼンが務めた。彼らは常に警戒を怠らず、間に挟まれたアリアテたちは落ちつかなかった。
「サルベジアの敵は人間だけじゃねーぞお。魔物も多いし、亜竜だっている。何に襲われたって不思議じゃないからなー」
イーザはカラカラと笑いながら、常にナイフの柄に手をかけていた。
やがて、今にも倒れそうな木の門が見えてきた。
「あれが【漁り火の地】って町だ。そっちじゃねえよ、こっち」
木の門の向こうには、ビッグホーンの牧場が広がっていた。イーザの指す方向には立派な石造りの門があり、銘板に【漁り火の地】と記されていた。
サルベジアの空は薄曇りで、町に近づくにつれ霧が立ちはじめた。
アリアテたちを門まで連れていくと、イーザとフェルゼンは一旦分かれると言った。
「人数分の足を都合してくる。もし三日以内に戻らなければ、次の【灯火の地】に向かってくれ。そこで一日以内に合流できなければ……」
イーザは首を切る仕草をした。
「自力でゲッテルメーデルを目指してもらうことになる」
ひらひらと手を振って、イーザとフェルゼンは霧の中に消えていった。
「信用できる、んだよな?」
ロードが首を傾げると、アリアテたちもそろって首を傾げた。
町の中は閑散としていたが、旅人向けの宿もあり、武具屋もあり、食事処も充実していた。
エルウィンを休ませるため、一行は早々に宿をとった。受付で、人数分の食事券を渡された。
「サルベジアでは、ほとんどの宿に食事処が併設されていません。町内の食事処、食料品店などで使えるお食事券をお配りしますので、お好きなものを召し上がってくださいね」
壮年の女はそう言って、一枚のプレートをアリアテに渡した。
「はい、これがお部屋の鍵です」
プレートに浮かび上がる番号の部屋に行くと、扉にはドアノブの他、小さな模様だけが刻まれていた。模様にプレートをかざすと、プレートが青く光り、扉が勝手に開いた。
「わーすごい」
「魔法錠ね。サルベジアじゃこれがスタンダードなんだわ」
宿屋出身のフリント兄弟は興味深くプレートと扉を調べ、アリアテは室内のベッドにはしゃいだ。
「シェラ、来てみなよ! このベッド、水が入ってる」
何も咎められることなく宿屋に入れた感動を噛みしめるシェラは、アリアテに続いてベッドに身を投げた。
「わあー! 思ってたのとは違うけど……いいなあ」
勢い込むと硬い感触に突き返されるが、だらりと体を広げると、背中の下で波が揺らぐ。不思議な感触に癒されながら、ベッドの底に敷かれた白い玉石と水草が揺れる様子に心癒された。
「綿じゃなくて海水を使ってるのか」
ロードは室内にあったベッドの説明書きをじっくりと読んだ。
メリウェザーが奥のベッドにエルウィンを寝かせると、シェラは起き上がり、エルウィンのベッドをつついた。
「うーん、魔法でガードしてあるから大丈夫だとは思うけど……」
水魔道師は、あらゆる水分に含まれる魔素を体内に取り込むことで魔力を回復する。
「ので、ベッドの水を吸ったら一大事だと思ってね」
「そういえば、エルもそんなこと言ってたな」
「美味しいお水でも買ってきて、周りに置いてあげればいいかしら?」
「植物じゃねーんだからよ……」
和気藹々と言葉を交わすアリアテたちに、カレンがぽつりとアドバイスした。
「シェラがもらっていたハーブミルクとやらを、枕元に置いてやるのはどうだろう」
「それだね! あたし……行ってきてもいいかな?」
おずおずと申し出たシェラに、ロードはあっさりと食事券と小遣いを渡した。
「これで必要なものも買えよ」
「えっ」
戸惑うシェラの様子を見て、メリウェザーがロードを咎めた。
「ダメよ、兄さんったら」
反発するメリウェザーに、シェラは耳と尻尾をすくませた。
(あ、やっぱり……そんなにすぐ信用されるわけが……)
しかし、メリウェザーはロードの手から財布代わりの革袋をひったくると、さらに金貨を三枚、シェラの手に置いた。
「これっぽっちじゃ新しい服も買えないわ。さ、これでいいわね」
無条件に向けられる、ひまわりのような優しい笑顔。
(あたし、泥棒だよ。いいの?)
彼らの優しさに報いるべく、シェラは出かかった言葉を呑みこんだ。
宿にはカレン、ロードがエルウィンのお守りに残り、アリアテ、メリウェザー、シェラと、リオウは買い出しに出かけた。
「いいのかな、主から引き離しちゃって」
「エルの体調が急変したら、リオウには判るのよ。便利でしょ?」
アリアテはメリウェザーの髪に埋まっているリオウをつついた。
「やめろ! 俺様を何だと思ってやがる、てめえら!」
「何って、非常食?」
言ったシェラの目はいたってまじめで、さすがのリオウも毒舌が追いつかない。
「命救っといて、お前が言うのか……」
まず一行はシェラの装束を新調した。
「思い切ってシーフスタイルにしてみました!」
「おーっ いいぞー!」
「シェラかわいい。似合ってるわ」
古い服を下取りしてもらい、シェラはさっそく新しい服に着替えて店を出た。
ハーブミルクは雑貨店に置いてあるらしい、ということを仕立屋の主人に聞いて、一行は町外れの雑貨店を目指す。
赤い看板に緑の窓、教えられた雑貨店に入ると、天井までのびた棚に所狭しと商品が陳列されていた。棚のあちこちにはハシゴがかけてあり、「店員が商品をお取りいたします。お客様は、危険なのでご使用にならないでください」という看板がぶらさがっていた。
「ハーブミルクどこかなあ」
アリアテがこぼすと、足下をちょろりと何かが動いた。
「ハーブミルクはこちらですっ」
可愛らしい声がして、ハシゴをハイツ族が駆け上った。ハツカネズミの小さな体で、器用に大きなハーブミルクの瓶をとる。近くのカゴに瓶を乗せると、ハイツ族はアリアテを見下ろした。
「上から失礼しますっ お幾つご入り用でしょうかっ」
「あ、えーと、3本くらいかな?」
「わかりましたっ」
カゴがぶら下がるレールがキリキリと回転し、次のカゴが現れる。ハイツ族は子どもほどの背丈で、のびをしてカゴに瓶を入れると、また次のカゴに瓶を入れた。
仕事を終えて、彼女はするりとハシゴを滑りおり、アリアテに一礼した。
「会計にてお預かりしますのでっ お買い物が済みましたら、奥のカウンターへお越しくださいっ」
「ありがとう……」
初めて見る種族、初めて見る仕組み。アリアテは心躍らせながら、メリウェザーとシェラのいる棚をのぞいた。
「あと、そっちのサクラ津弖を五百コト買います……」
「はいっ 他にご入り用の薬草はありますでしょうかっ」
「いえ、あの、大丈夫です」
「では会計にてお預かりしますのでっ ごゆっくりお買い物をお楽しみくださいっ」
一礼して去っていくハイツ族を見送り、シェラはアリアテの手を握った。
「すごいんだよう。ネズミなのに、あたしを怖がんないんだよう。ていうか、お店で普通にお買い物してる……これからお金も払うんだよ……」
「泣くほど嬉しいんだね……」
「リオウったら、店員さんを見る度に『ご馳走』って囁いてくるのよ。置いてくるべきだったかしら?」
「メリー、それ以上握るとリオウ潰れちゃうよ」
奥のカウンターに向かうと、同じ顔ぶれのハイツ族がわっと現れ、アリアテとシェラは思わず叫んだ。ハイツとは群れ成す者、その名に違わぬ大家族経営らしい。会計を済ませ――エルウィンの食事券で、ハーブミルク3本は無料になった――店を出ると、シェラは新しい服に紙袋一杯の荷物を抱え、泣きながら道を歩いた。
「シェラ、前見えてる?」
「あどね、あどねアリアで」
シェラは嗚咽を漏らしながら言った。鼻声で、ほとんど何を言っているかわからなかったが、おそらくは檻から解放してくれたことや、受け入れてくれたことへの礼のようだ。
「だってシェラは、それじゃお礼に足りないくらいのことを私たちにしてくれたよ。傷ついた皆を助けて、今は仲間になってくれたし、感謝してもしきれない。これからはたくさん私たちのことを頼ってほしい」
「ぶわあ、仲間っでいいだあ」
「ほらほら、女の子がお鼻垂らして歩かないの」
メリウェザーは笑って荷物を受け取り、シェラの鼻にハンカチをあてた。
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「裏切った? ドーイが」
ギュスタフから報告を受けたメンテスは、それを鼻で笑った。
「苦にもならん」
「しかし、奴は三大魔道とうたわれる風魔道の使い手。亜竜の体を軽々と吹き飛ばすほどの力を」
メンテスは片手を挙げてギュスタフを制した。
「そう興奮するな。吹き飛ばす、それだけだ。亜竜の装甲を貫いたのは水魔道のほうだろう」
「あの、忌まわしきダフォーラ家の生き残りです。ドーイの邪魔立てがなければ排除できたのですが。いや、言い訳がましいですな」
「いや、お前の言う通りだ、ギュスタフ・フェルデロイ。実力ではお前が勝っている」
メンテスは無表情に言って、一枚の羊皮紙をギュスタフに下した。
「もう一度、錬成術の実験に付き合ってもらおう」
「ほう、こんどは石化ブレスの亜竜種を」
「亜竜の細胞が馴染んだお前の体、失敗はないだろう。期待している」
「このギュスタフ、命に替えましても!」
敬礼してギュスタフが退室すると、メンテスは菫色の髪を掻き上げ、机に脚を投げ出した。
「犬(ド=イナ)め、矢面に立つような性分では無いだろうに……しかし詰めが甘いな。吹き飛ばしただけ、とは」
笑って、メンテスは己の内側に問いかけた。
「我らの死が近づいている。もう、すぐそこだ。足掻くか?」
次に顔を上げたメンテスは、机から脚をおろし、無表情に窓の外を眺めた。
「我ら、ではない。死は、私には訪れない……その名の通りの現象であれば」
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エルウィンの枕元にタライを置き、ハーブミルクを一瓶注ぐと、怪しい儀式の現場になった。
「ベッドの水量は減ってねーぞ、今のとこはな」
ロードはいたずらっぽく言って、カレンとアリアテと連れだって出かけていった。部屋にはメリウェザーとシェラが残り、目を覚まさないエルウィンを、リオウとともに見守った。
「シェラも少し眠る? 疲れたでしょう」
「え、でも……」
「大丈夫。私、兄さんたちの服のほつれを縫わなくちゃ。お夕飯には起こしてあげるわ」
シェラはおずおずとベッドに上がり、横になった。タプタプと水の音を聞きながら、深い眠りに落ちこんでいく。体の上に軽やかな毛布がかけられ、じわりと熱が広がっていった。
(わあ、いいなあ……母さんみたい……)
ロードたちは武具屋をのぞいていた。
「そろそろ手甲やらすね当てやら、武装も必要になってくるだろ」
「でも、高いねえ」
陳列してある武具を眺めるアリアテとロードを、カレンが呼んだ。カウンターの脇に立てかけてある看板をロードが読み上げる。
「なになに……素材を持ちこめば、加工料だけで武具を作ってもらえるとな! なるほど、コイツはいいねえ」
「お、あんちゃんたちやる気だね。じゃあこれ」
カウンターの下から現れた主人は、ロードに一枚の羊皮紙を差し出した。
「印のとこが、武器にも防具にも使える鉄鉱石の産地だ。ただ、坑道とか山とかじゃなく、昔の領主邸一帯でね……古い装備や武器も素材に使えるけど、いろいろ出るっていうから、気いつけてな」
「まあ、来てみたわけだが」
古い領主が抱えていた土地の入り口で、ロードたちは今にも崩れそうな鉄製の門を見上げていた。
「確かにこりゃ、何が出たって不思議じゃねえな」
門を回り込み、崩れた柵の間から領地に入る。なぜか内側には霧が立ちこめ、放置された庭木が不気味な影を落としていた。荒れ放題の庭には、裂けた白い布や朽ちた荷馬車など、かつての用途がわからないものも散乱している。
「あ、剣があるよ」
アリアテがひょいと持ち上げた剣は、刀身が半分欠けて錆びついていた。
「まあ、こんなんでも素材にはなるかもな……」
武具屋で借りた麻袋に放り込むと、剣は魔法によって小さくなり、袋の底にぱさりと落ちた。
「便利だねえ、これ、私も欲しいな」
「ああ、これならどんなデカい荷物でも……たとえば、この鎧一式とか」
ロードがぽん、と肩を叩いたのは、錆びついた鎧の一揃いだった。崩れたレンガに凭れ、ぐったりと息絶えたかのような格好をしている。
「ロード、これ、中身があるんじゃ……」
「……だよな。ポーズが決まりすぎてる」
退こうとしたロードの手を、鎧の手ががっしりと掴んだ。ロードとアリアテは絶叫し、カレンは放り出された麻袋を受けとめた。
「いやはや……かように朽ちた廃屋に、賊とも思えぬ客人とは?」
くぐもった男の声が響く。鎧は危なっかしい音を立てて身じろぎし、壁を支えに立ち上がった。
「それがしはファン・フォッテン卿にお仕えいたす守護人形」
「私は……ムジナ。こっちはロード、それとカレン」
霊的現象であっても、これが初めてではない。まして懐のクオーレが「邪悪なものではないし、霊でもない」と言うので、アリアテは何とか応対した。
「ガーランドール、というのは?」
「ははは、八十年ほど前、サルベジアで流行ったゴーレムの一種にござる。魔法生物ゆえ契約は絶対。ファン・フォッテン卿亡き後も、こうして領地を守護しておる」
言って、ガーランドールは地面に突き刺さった剣を抜いた。幅広の刀身は刃こぼれはしても朽ちてはおらず、真っ直ぐに切っ先を敵に向ける。
「下がっておられよ!」
ガーランドールはやかましい鎧の軋みをたて、領内に現れた魔物に斬りかかった。太刀筋は鮮やかで、多少のガタつきや渋りはあるものの、魔物は両断されてしまった。
「邸内には、ファン・フォッテン卿とご令嬢がいらっしゃるのでな……魔物を遊ばせておくわけにはいかんでござる」
「いる、って」
アリアテは眉をひそめた。ヒト族の寿命は50年、ガーランドール自身も、先ほど「亡き者」と言った。
「ロード、埋葬してあげよう」
「ぐ……乗りかかった船だけどよ、そういうのは役人を呼ぶべきじゃねえか?」
「古い亡骸にはカビがつくこともある。素人が手出しするのはすすめない……店主の話では、役所が公地として買い取った土地だ。役人に任せるのが筋だろう」
カレンにも諭されて、アリアテは渋々頷いた。
「待て、ファン・フォッテン卿邸に踏み込むとな?」
「いや、弔いを」
「要らぬ! 失せよ!」
ガーランドールは敵意を剥き出しにした。
「ゴーレムと同じ理屈なら、こいつら、主人を守るためなら何だってするぜ……退くか、ムジナ」
「……ガーランドールも、このまま置いてはおけない」
アリアテは覚悟を決め、魔法剣イオスを抜き放った。正面からガーランドールの白刃を受ける。押し切られ、足が地面を掘りながら後退していく。
「ぐっ」
イオスの刃が額に迫る。見ていられなくなったロードが気功術の構えをとった。
「真空刃!」
気の刃はガーランドールの鎧に傷をつけ、体勢を崩した。アリアテは組み合いから抜けだし、刃に炎を点した。
「君を止めるよ、ガーランドール」
勝負は一瞬で決した。カレンの矢がガーランドールの剣を弾き落とし、ロードの気功が膝を折って、アリアテの剣戟がその首を撥ねた。頭を失ったガーランドールは、しかし立ち上がって抵抗しようとする。
「ムジナ、鎧の中に魔方陣か呪符があったか? それを狙え!」
アリアテはガーランドールの襟首から空洞を貫き、鎧の中を焼き払った。
「あああ、ああ、ああ」
ゴーレムは痛みも恐れも感じない。それはガーランドールも同じはずだが、彼は苦しみのうめきをあげた。
「お守り、いたします……それ、がし……姫君……」
末期の声を聞き届け、アリアテは剣を納めた。震える手のひらは真っ赤に焼けただれている。
「おい、手え見せろ」
ロードは気功術で応急処置をして、カレンがサクラ津弖の粉末をかけた。サクラ津弖には傷を消毒し、化膿をおさえる働きがある。
「シェラから分け与えられたものだ。あの娘に感謝しなさい」
「はい」
アリアテはじっとカレンを見つめた。時々、カレンは何十年も生きた老人のようなことを言う。銀狼族は長命で、カレンは見た目のわりにずっと年上なのだろうか。
町に引き返した一行は、役人を引き連れてファン・フォッテン領に戻った。
「その辺の鎧や武器の断片なら、むしろ回収してもらったほうが助かるよ。好きなだけ持っていくといい」
役人の一団には呪術師や魔導師、葬儀人も同行した。彼らがぞろぞろと館に入っていくと、ロードはカレンとともに材料を集め、領地を後にした。
「……わかってくれるかな、ガーランドール」
アリアテが門を振り返ると、風鳴りに混じって「かたじけない」という声が聞こえた気がした。
宿に戻ったアリアテが、シェラに「無茶しないで」と叱られたのは言うまでもない。
………………………………………………………………。
その夜、アリアテの枕辺に夢が運ばれた。
アリアテは見知らぬ庭園に座っていた。見事な花をつけた木の下で、少女が使用人と遊んでいる。花冠を被せてもらった少女は、門のそばに父親の姿を見つけて走り出した。
「危のうございますよ、お嬢さま」
少女は小高い丘を駆けおりて、一目散に父を目指した。
「お父さまあ」
にこにこした顔が驚愕の色に塗り替えられた。つまづいた少女の体は、ふわりと宙に投げ出される。
「レティナ!」
叫ぶ父親の背後から、鎧に身を包んだ者が駆けだし、身をなげうって少女を受け止めた。大きな手に掴まれ、少女の体は空中で止まる。きょとんとしているレティナを、父親が抱き留めた。
「危ないだろう」
「このひと、だあれ?」
レティナは鎧に怯え、父親にしがみついた。
「人ではないよ。ガーランドールといって、私たちを守ってくれる兵隊の人形さんだ」
「おにんぎょうさんなの」
恐々うかがい見るレティナの前で、ガーランドールはのそりと立ち上がった。白銀の鎧についた土を払い、カシャ、と澄んだ金属音をたてて膝をついた。
「今日より、ファン・フォッテン卿ならびにご令嬢レティナ様にお仕えいたします、ガーランドールにございます」
それから風景は秋へと移り変わり、木の下には落ち葉に埋もれたレティナとガーランドールがいた。
「だめ、ちがう! 騎士は自分のこと『それがし』って言うのよ」
少し成長してませたレティナは、ガーランドールにことごとくダメ出しをしていた。
「それがし、でございますか」
「語尾もいただけないわ。ゆいしょ正しい騎士は、ござる、と言うの」
「それがし、にござる……」
レティナの調子に合わせようと奮闘するガーランドールは、あたかも困っているかのようだった。まるで、心が芽生えたかのように。
再び春の庭。女性らしくなったレティナとガーランドールが並んでいた。
「お父さまのご病気、もう長くないとお医者さまが」
「さように気弱なことを申されてはなりませんぞ、姫君」
レティナは硬い表情をゆるめ、ふふ、と笑った。
「姫君はやめてったら。もうそんな年じゃないのよ……嫁ぎ先が見つからなければ、私、この館とともに朽ちていくのね」
ガーランドールは忙しなく動かしていた手をとめ、レティナの頭に花の冠を被せた。
「姫君には、きっとふさわしい白馬の王子殿が」
「もう、本当にやめてったら。子どもの言ったことを本気にしないで、恥ずかしいわ」
声をあげて笑うレティナのそばで、ガーランドールは幸せそうだった。
そして季節は冬になり、場面は寝室へと移る。埃のつもった鏡台と長椅子は隅に追いやられ、天蓋のカーテンは柱に縛られていた。
「女中をみな里帰りさせてしまいましたな。姫君のお世話は、騎士には手に余るものでござる」
「ふふ……あなたも、もう良いのよ」
ベッドには、年老いたレティナが横たわっていた。
「契約は解いたでしょう。もう自由よ……ゲッテルメーデルのお屋敷でガーランドールを探していると聞いたわ。立派な貴族の方よ、そこに身を寄せて……」
「なりませんぞ、姫君。このガーランドール、聞けませぬ」
頭を振るガーランドールを、レティナはそばに呼んだ。
「仕方のないガリアーノ。私の手を握っていてくれる?」
鎧の手がぎこちなくレティナの手を包むと、彼女は深いシワをにっこりと歪ませ、静かに息を引き取った。
長い沈黙の後、ガーランドール――ガリアーノはレティナの手を胸の上で組ませると、飾ってあった花冠をかけた。
アリアテは涙の伝う感触で目を覚ました。涙を流す理由や感情は自分のなかには無く、これはガリアーノが流したかった涙だ、と理解した。