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9/19

     八


 俺と真利阿は信じられないことに、中間試験の三回戦を突破していた。

 俺と真利阿の間の虚糸の発現は、ある程度、安定して実現させることが出来た。そして、虚界物質による武器も、二回戦では出すことが出来た。

 気になることが二つある。

 一つは、試合のたびに、真利阿の顔色が悪くなり、やや頬がこけてきたような印象を受けることだ。そして声にも動きにも、どこか力がない。重さがない。

 そしてもう一つは、真利阿の操糸の扱いが、急に上手くなってきたことだ。マナを流す量に関しては、まだ素人臭さが抜けない俺にはよく分からないが、それも上達していると思うし、それより、操糸を切られることが無くなった。

 まぁ、俺に力を発動させようと、虚糸のモードに切り替えると、操糸は一瞬で燃え尽きてなくなってしまうのだが。そして虚糸を切った相手はいない。切れないのだと真利阿は俺に言っていた。

 何にしても、真利阿は虚糸の扱いが、やけにうまいように思う。

 三回戦では、虚糸を使って相手を攻撃したほどだった。

 そう、そういう事も出来るのだ。操糸しか使えないマスターには不可能だが、虚糸はそれ自体が虚界物質で出来ているため、武器になる。鋭く研いだ鋼の線のようなものだ。三回戦は俺が虚界物質の武器を作れなかったので、真利阿が虚糸を操り、相手の操糸を一人でほとんど切断した。

 そんな感じで、俺は不安を感じつつも、三回戦の会場の一角で、コートに視線を注いでいた。下の階にコートがあり、俺がいるのはその一つ上のフロアの観客席、その最後方だった。

隣には真利阿が立っている。真利阿の寝坊で遅れたのでギャラリーのかなり後方に立っているのだが、前にいる生徒の向こうを見ようと、真利阿は右に左に不安定に揺れている。

「よく見えないなぁ。狗彦、どんな感じ?」

「今、やっとコートに上がったところだよ。今、握手して、優奈がコートの外に出た。泰平も、一人を残して、コートから降りたな」

 そう、この試合は、泰平と優奈の勝負なのだった。

 これは優勝決定戦と一部で呼ばれるほど、熱戦が期待されていた。勝負結果の予想としては、やはり、泰平が優勢だと思われているが、それでも優奈の勝利を予想する者もそれなりにいた。そのほとんどは男子生徒だ。どうやら、優奈はモテるらしい。

「狗彦~、私をおぶってよ」

「おぶる? お前、子どもか?」

「だって見ないんだもん。早く、早く」

 渋々と、真利阿を背負うと、やけに軽い。俺は周囲の批難の視線も感じないほど驚き、思わず聞いていた。

「お前、ちゃんと飯、食べてるか? 軽すぎるだろ」

「た、食べてるよ。あ、見えた!」

 俺は視線を人波の向こうに向ける。

 ちょうど、試合が始まるところだ。隼丸は弓を左手に持ち、背中に背負った筒に刺さっている矢にいつでも手を伸ばせる姿勢になっている。

 一方、相手になるのは、中学生くらいの少女だ。高等部一年のマリオネットで、見覚えがある。クラスが違うので、名前までは覚えていなかった。指定の戦闘服ではなく、深い紫色を基調にした、ゴシック、というのだろうか、そういうドレスに似た服を着ている。

武器は、手には何も持っていない。手ぶらだ。

 先ほどから会場がざわついているのは、そのせいもあるのだろう。

「紫紺だけかぁ。武器が無い? まさか、あれをやるの?」

 俺の背中で、真利阿が不安そうにつぶやく。

「紫紺? あのマリオネットの名前か? あれって、なんだ?」

「あのマリオネットが紫紺よ、紫の服だもの。それくらい、覚えておきなさいよ。それより、あれっていうのは……いえ、たぶん、いや、でも……」

「なんだよ、はっきり言えよ」

 そうこう言っているうちに、試合が始まるホイッスルが鳴り響いた。

 隼丸が一瞬で矢をつがえる。俺はやっと気付くが、隼丸の弓は、全てが金属で作られている。かなりの力が必要なのだろうが、隼丸は少しもぶれることのない動作で弓を引き絞ると、パッと矢を放った。

 風切り音が聞いたことのないような音を立てる。キンッというような、硬質な高音だった。

 しかし、矢は、紫紺には当たらなかった。一瞬で細かく動き、的を絞らせなかったからだろう。動きの主導権は、泰平にあるのか、それとも紫紺にあるのか。

 隼丸がもう次の矢を放とうとしている。

 その時、紫紺が空中をそっと薙いだ。隼丸の矢と比べたら、ウサギとカメなんてものじゃない、流れ星と地上の太陽光の作る影の動きくらい、それくらいの差がある速度だった。

 しかし、隼丸は、まるで車が正面から突っ込んでくるのを避けるように、横跳びした。

 空気が裂ける音が響き、キラリと光が走った。

「ライトニング・ラインだ!」

 誰かがそう叫んだ。会場のざわめきが大きくなる。その中で、俺はやけに冷静に真利阿に言っていた。

「真利阿、今の、なんだ?」

 真利阿も冷静に返してくる。

「今のは、ライトニング・ライン、なんて呼ばれる、操糸による攻撃よ。泰平の使う操糸は特別に細いのよ」

「なんでだ? そんなの、すぐに切れるだろ。それに今のは、ただの操糸じゃない」

「そうよ、泰平は、マナの扱いが抜群に上手いの。だから、特製の極細の操糸の、内と外に、マナを流しているの」

 俺は肩越しに真利阿を振り返ろうとしたが、真利阿の頭は見えなかった。俺は忘れかけた冷静さを取り戻す。そんな中で、今も、隼丸はコートの中を必死に逃げ回っていた。キラリキラリと光が瞬き、コートの床が裂ける。

 俺は疑問を口にした。

「マナを操糸の内と外に流すって、どういう仕組みだ?」

「私も良く分からない。ただ、操糸にそんなことをしたら、普通はどちらかの圧力が強くて、切れちゃうと思う。私はやったことないけど、月子のバカが一回、真似して、失敗していたのを見たことがあるの。操糸は本来、内部を流れるマナの圧力には強いけど、外部からのマナの力には弱いから」

「つまり、どういうことだ?」

「きっと、内と外のマナの圧力を、拮抗させているの。恐るべき操作力、支配力で」

 その言葉が終わった瞬間、隼丸の右腕が肘のあたりで切断された。血が飛び散り、腕と一緒に矢の入っている筒も転がった。

「まずい!」

 俺より先に、真利阿が言った。

 紫紺が、両腕を左右に広げていた。そして両手が、勢いよく、振られた。

 光の瞬きが連続する。まるでカメラのフラッシュが大量に焚かれたようだった。俺は目を細める。

 コート一杯に、泰平と紫紺をつなぐ十本の操糸が、走り抜けた。

 そして隼丸は、体をほとんどバラバラにされ、床に転がった。

「やるね、本堂さん」

 泰平のそんな声が俺の耳にも聞こえた。真利阿が、はぁ、と息を吐いた。

「これで、次は私たちと、泰平よ……」

 ホイッスルが鳴り響き、四回戦の対戦相手が決まった。相手は、泰平だ。

俺は真利阿に何も答えなかった。


(続く)

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