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     七


「まさか、虚糸とはねぇ」

 優奈が呆れた声でそう言った。俺の肩を隼丸が叩く。

「すげえな、おい、狗彦。どういう手品だよ」

「知らないんだって。偶然だよ」

 俺の言葉に、隼丸が笑う。

「偶然でも、いきなり虚糸を生み出すとは、信じられないな」

 俺が答える前に、真利阿が言った。

「私だって信じられないわよ。隼丸と優奈の間では、、虚糸が作れたこと、あるんだっけ?」

「ないに決まっているでしょ、真利阿」優奈が苦笑いしながら言った。「もし出来ていたら、今ごろ私たち、Aランクどころか、噂のSランクよ」

 その言葉を聞いた真利阿が俺を見てふにゃりと笑ったので、俺は苦笑いしてしまった。

 ここは学校の敷地の一角にある、娯楽棟のパーティールームだ。寮の部屋では男女が揃う事はないので、こういう部屋が存在している。全部で五十近くの部屋があるらしい。俺たちはその中で五人部屋を取って、今はテーブルにお菓子や飲み物を出して、楽しんでいた。

 俺と真利阿の祝勝会である。

「それにしても、狗彦くんの治療がすぐに済んでよかったね、真利阿」

 優奈の言葉を聞いた真利阿が心配そうな表情になり、こちらを見てくる。

「狗彦、大丈夫? もう痛くない?」

「二条先生が直してくれたから、大丈夫だよ」

 俺は自分の右胸に触った。痛みは全くないが、ここを確かに、刀が突き抜けたのだ。あの時の感覚は、思いだすだけでも冷や汗が出そうだ。あの金属の冷たさは、まるで死そのもののようだった。

「それは私の刀の切れ味が良かったからよ」

 そう言ったのは、月子だった。

 そう、なぜかこの場には俺たちに負けたはずの月子もいた。つまり、俺、真利阿、優奈、隼丸、そして月子の五人で、部屋の人数にぴったりなのだった。もちろん、月子がここにいるのはイレギュラーである。

「月子、小李についていなくて良いの?」

 真利阿が言うと、月子は炭酸ジュースをすすりながら、頷いた。

「今、マイスターが直してる。ギアに少し傷があるけど、何の問題もないって」

「なら良かった」

「よくないわよ! 操糸が全部切れたと思ったら虚糸は出るし! 武器がないと思ったら、虚界物質でナイフを作るし! あんたたち、常識ってもんがないの?」

 俺と真利阿は視線をかわし、揃って頷いた。

 マナが発見されたのは九十年代で、ゼロ年代は「マナの時代」などと呼ばれたが、マナの発見と同時に、人間はこの世界の裏面である、虚界というものを認知した。

 それは人間が決して到達できない地点であり、マナだけが、そこと現実世界をつなげていた。

 人間はマナの研究の中で、虚界物質を発見し、それがマリオネットやオートマタを発展させてきた。マリオネットの核であるギアは、六割が虚界物質で構成されている。そこにマイトが特殊な人間であることがうかがえる。彼らは、虚界物質を何らかの方法で理解しているのだ。

 俺が小李との戦闘の最後で生み出したナイフこそ、虚界物質のナイフだった。俺の想念が生み出した、理想的な武器である。何よりも硬く、鋭い、最高の武装。それに対抗できるのは、同じ虚界物質しかない。

 月子が真利阿を睨む。

「あんた、虚界物質なんて生み出して、よく平気ね」

「まぁ、不思議な事に、ちょっと疲れた程度だね」

「三年生の中でも二十人くらいしか作れないのよ、虚界物質の武装なんて。それに一度作れば疲労が桁外れだから、奥の手に使うって言うのに。それを、初戦でいきなり使う? ホント、常識がないわね」

 真利阿に常識が通用しないのは分かっていたことだけどなぁ、と俺は思いながら、話を聞いていた。

 試合の後、真利阿が教えてくれたが、俺の中にはブーストアクセルと呼ばれる、マナの増幅機能があるらしい。それは非常に珍しいシステムで、ほとんど類を見ないらしい。設計したのは、俺の父親である、柏原雨彦だろうということだった。

 そして真利阿が虚糸を使えたのも、そのブーストアクセルでマナを増幅した結果だろう、という話だ。つまり、虚糸を生み出したのは真利阿ではなく、俺という事。真利阿が疲れていないのは、虚糸や虚界物質の元のマナが少量だからかもしれない。

 もう、俺と真利阿の間では、常識という言葉が麻痺しているというか、消滅している。

はっきり言って、何でもありだ。

「まぁ、月子ちゃんは、次、頑張りなよ」

 優奈の言葉に、月子が嫌そうな顔をする。

「Bランクのマスターは、言う事が違うわね」

 その皮肉に、優奈は肩を持ち上げて返事に代えた。

 俺も最近になって知ったのだが、優奈は高等部一年で十五人ほどしかいないBランクのマスターだという。高等部一年のAランクのマスターは、泰平と、あと一人しかいない。そう考えると真利阿は本当に成績が悪いのだな、と俺は不安な気持ちになった。

 月子が続ける。

「そのBランクマスター様は、明日が初戦のようですけど、勝てるのかしら?」

「うーん」優奈が唸って、隼丸を見た。隼丸は真剣な表情でその顔を見返した。

「三回戦までは行けるさ。その先は、な」

 隼丸の言葉に、場が少し、重い空気になる。

 トーナメントの組み合わせの結果、優奈と隼丸のペアは勝ち進むと、三回戦で泰平と当たるのだ。俺は泰平の戦闘を今まで見たことがないから分からないが、かなりの難敵なのだろう。俺がくだらないことを言おうとしたところで、まるで先を制するように真利阿が言った。

「四回戦も危ないわよ。だって、たぶん、そこにいるのは私たちだもの」

 月子が笑う。

「そんなわけないじゃない。あんたはどうせ、二回戦で負けるわよ。いつかのような、マナの過剰放出による気絶でね」

 真利阿が苦りきった顔になる。

「その話、あまり引っ張らないでくれる? あれは事故なんだって。あくまで事故、偶然、突発的なものなのよ」

「どうだか。そう言ってあんた、本当に二回戦で昏倒しそうよね」

 優奈と隼丸が笑ったので、俺も笑う事が出来た。月子も笑っているし、真利阿も最終的には笑った。暗い話ばかりしていても、仕方ない。本当に強いということは、例えば試合に勝つとか、そういうことではなくて、こうやって、誰かを笑わせることが出来ることなのではないかと思ったが、それはかなり飛躍のある発想だな、と思って、俺はそれを胸にしまっておいた。

 やがて会は進み、部屋を借りている時間が終わった。慌ただしく片付けをして、部屋を出ると、次の予約の生徒たちが、少し暗い雰囲気で待ちかまえていた。彼らは残念会なのだろう。

 俺たちが建物の外に出ると、もう日はとっくに暮れ、空には星が瞬いていた。

 建物の脇の駐輪場で俺がそれを静かに見上げていると、携帯の着メロが鳴った。真利阿がバタバタと携帯電話を探し、カバンから取り出すと、電話に出た。

「もしもし、虚木です。二条先生? ……はい、……はい、分かりました。では、今から伺います。研究室ですね? 十分で行けます」

 真利阿が携帯電話をしまう。それから真利阿が俺を拝んだ。

「ごめん、狗彦。自転車、借りるね。私、今から、二条先生のところへ行かなくちゃ」

「はぁ? おい、真利阿、ここから寮まで、結構あるぞ」

 ここまで来るのに、俺と真利阿は二人乗りで来ていた。優奈と隼丸も二人乗りだ。今、この学校では、自転車の二人乗りがブームなのである。

「じゃあ、私の自転車に乗ればいいじゃない」

 月子がそう言うと、真利阿が即座に怒鳴った。

「あんたの自転車、足場がないでしょ!」

「大丈夫よ、マリオネットの運動神経なら余裕だって」

 月子がそう言うと、真利阿は少し考えた後、俺を手招いた。そして今度はその手でちょいちょいと月子を追っ払う仕草をした。

「あんたは先に帰って。狗彦と二人きりで話があるから。ごめんね、優奈と隼丸も先に帰ってもらえる?」

「良いわよ」優奈がそう言うと、隼丸が黙って自転車のサドルにまたがった。そして後ろに優奈を乗せると、隼丸は、俺になぜかウインクして、それから走り出した。月子はギリギリと歯ぎしりするような表情をしてから、一人きりで自転車をこぎ出した。

 三人の後姿を見送り、その姿が見えなくなってから、真利阿が俺を見た。俺はそれを見返す。

「二人きりで話って何だよ?」

「あのね、狗彦……」

 真利阿が視線を逸らして、言った。

「今日、私、何もできなかったじゃない?」

「ん? あぁ、まぁ、確かに、お前、何もしなかったな。操糸を守るだけで。それも守り切れなかったし」

 俺は何となく、振り返って、状況を言ってみた。

 確かに、真利阿は何もしていなかった。

 そんな俺の言葉に、真利阿が顔をこわばらせながら、俺の腹に拳を打ち込んでくる。しかし、そんなに重くない。軽く殴った程度だ。

「私、もっと役に立てれば良いのに……」

「……別に良いんじゃないの?」

 そう言ってみると、真利阿が目を丸くした。俺はゆっくりと考えて、続きを言った。

「真利阿が俺にマナを供給しているわけだし、まぁ、真利阿もそのうち、何かで貢献すればいいさ。そういえば、マイトとかマイスターって、マリオネットを改造できるんだろ? お前もマイト志望なんだろ? 何かできるの?」

 俺の言葉に、真利阿が肩を落とす。

「そんなの、超一流のマイトにしか出来ないわよ。私に出来るのは、せいぜい、プログラムを組む事くらいね。そのためには、あんたの構成情報に関するデータも必要だし」

「そんなの、すぐ分かるだろ? 俺のところにいたオートマタのアンジェは、パソコンですぐに表示出来たぞ?」

「あんたは特殊だから、できないの。それ以上は言えない!」

 真利阿が自転車をスタンドから下ろすと、またがった。そして手を上げると、

「まぁ、私は、これから二条先生のところに行くから。これからは、少しはあんたの助けになるように、頑張ってみる。何が出来るか、分からないけど! じゃね!」

 俺は真利阿の真意が良く分からないまま、走り出した彼女を見送り、その姿が消えてから、あれ? 俺はどうやって帰れば? と気づいた。

 結局、俺は歩いて寮まで帰った。星空が綺麗だったから、まぁ、良しとしよう。


 私が二条先生の研究室に入ると、彼女はあくびをかみ殺していた。思わず腕時計を見るが、時間はまだ二十一時前だった。

「あぁ、真利阿。よく来た」

「こんばんは、二条先生」

 二条先生は私に椅子をすすめ、そして、数枚の紙を私に手渡してきた。五枚くらいある。

「そこに、小僧の情報を印刷しておいた。それは要点をまとめたもので、今分かっている情報の十分の一ほどになっている。今分かっているのは、全体の三割ほどだ。残りの解読には、まだ一カ月以上かかるだろう。その情報だけで、まぁ、何か、対策を考えろ」

「対策、ですか?」

「試験のだよ。お前、虚糸を使ったんだって?」

 ギクリとしつつ、頷くと、二条先生は私の手元の紙を勝手にめくり、最後の一枚を見せてきた。

「そこに書いてあるけど、あんたと小僧は、オンリーリンクされているようだ。オンリーリンクは分かるな? 特定のマスターとマリオネットの間にマナのやりとりを限定する設定だ。ただ、普通のオンリーリンクとは違い、他の者からも一定までのマナを受け取れるし、オンリーリンクもとりあえず、二人、設定されている。だから、正確にはオンリーではないな」

「え? え? 一人は、私ですか?」

 二条先生が頷く。

「そうだ。一人はお前。もう一人は、柏原博士だよ」

 その言葉で、私は気付いた。

「じゃあ、私と契約する前、狗彦を生かしていたのは……」

「そうだ。柏原博士だ」

「信じられない。操糸も無しに、本人に全く悟られず、マナを流していたのですか? 何か、受信機が体内に組み込まれているのですか? それとも、精神や意識を操作して?」

 二条先生は少し黙ってから、首を振り、それから私を指差した。

「何にしても、真利阿、今のところ小僧はお前にしか扱えない。無駄に潰すなよ」

「つ、潰すって、大丈夫ですよ。彼、強いですし。なぜか。理由は分かりませんけど」

「何にしても、そこの情報を、しっかり読んでおけよ。残りの情報も、分かり次第、お前に送ってやるよ。そのためのメールアドレスを教えろ」

 疑問に目をぱちぱちと瞬かせてしまう。

「二条先生、私のアドレス、知っているじゃないですか」

 ふぅ~、と二条先生がため息を吐き、それから言った。

「特秘性の高い、特A級以上のガードがかかっているアドレスを教えろ。ないなら作れ。お前に流しているのはかなり重要な情報だ。そんなもの、携帯電話や学校の作ったアドレスに送れるか」

「わ、分かりました。またどこかでアドレスを作っておきます」

「すぐに教えろよ。忘れないうちに。試験が終わるぞ」

 は、はい、と私は頷くと、二条先生も頷いた。

「よし、もう良いぞ。今日早く帰って休め。虚糸どころか、虚界物質まで使うなんて、バカなことをして。明日、一キロくらい、痩せているぞ、たぶん」

「あの、私は虚糸を作ったこと、どれくらい広まってます?」

「たぶん、知らない教員はいないだろうな。何せ、中間試験の初戦で使うなんて、そんな無茶をする奴、今までいなかっただろうし。次からは警戒されるから、気をつけろよ」

 私は、は、はい……と答えるしか出来なかった。

 二条先生の研究室を出て、寮に帰ると、優奈が待っていてくれた。今日も、今まで通りの操糸へマナを流す訓練を一時間やって、ブザーをさんざん鳴らして嫌な顔をされてから、眠った。

 翌朝、私は確かに、一キロ、体重が減っていた。


(続く)

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