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     六


 私は十七号館の地下にある、格技場で、狗彦と並んで立っていた。

「で、これか?」

 狗彦が持っているものを目の前に掲げて言ったのを、私は頷いて肯定した。

 マリオネットにはマイトとマイスターがつくが、彼らはマリオネットの体調を管理するのと同時に、マリオネットの装備も調達する。

 マリオネットは、それぞれ、武術を習得するのが常だ。武術とまではいかなくても、戦闘術を体得する。それはギアに刻み込む事も出来るが、多くは肉体に覚え込ませる必要がある。だから、武器もそれに沿ったものとなる。

「仕方ないでしょ、狗彦。あんた、完全な素人なんだから」

「でも、これはないだろ」

 狗彦が持っているものを、私の目の前に突き出す。

「これ、ただの棒じゃねえか」

「そうね。そうとも言う。でも、棍棒と言い変えることもできる」

 今、狗彦が握っているのは、鉄の塊だった。工事現場にありそうな、金属の棒である。私はちらりと周囲を見た。格技場には八面の試合会場が組まれているが、そのどこを見ても、マリオネットたちは、剣やら、槍やら、斧やら、そういうもので武装している。中には銃器を持っている者もいる。

 それが、狗彦は棒なのである。

「もっとマシなもの、なかったのかよ。刀とか」

「刀は絶対に使わない!」

 なんで? と狗彦が視線だけを送ってくるが、私は視線をそらした。

 狗彦にはマイトもマイスターもいないので、武装も私が調達した。もっとも、間には仮のマイトでマイスターである二条先生を挟んだわけだけど、それでも、まぁ、確かに刀の方が良かったかもしれない。

 しかし、この相手に刀は使いたくなかった。

「しかし、相手は遅いなぁ。相手、あいつらじゃないの?」

 狗彦の言葉に、私はむっとする。

「どうせ、巌流島のつもりなんでしょ?」

「意味分からん」

 狗彦が金属の棒を振っているのを、私は眺めていた。

 中間試験第一回戦の相手は、まだ来ない。三人の審判が何か話をしている。このまま棄権で、私たちの不戦勝になればいいのに。そう思っていると、コートに入ってきた二人組がいる。

「お? 来た来た」

 狗彦が棒を持ったまま、コートの中に入っていく。私も後に続いた。

 コートに先に入っていた二人が、こちらを向く。

「あら、真利阿。あんたの犬が持っている棒切れ、なんのつもり?」

「うるさいなぁ、月子。あんたの相棒が、身の丈に合わない剣を振りまわすのと、どっこいよ」

 対戦相手のマスター、白波月子は、長い髪の毛を手で払った。その髪の毛は輝く金色だった。

「私の美学が分からないのなら、それも仕方ないわね。それに、マリオネットに人間の戦闘術を当てはめるのはおかしいと思うのよ、私」

「はいはい。よろしくね、小李」

 私は月子の相棒である小李に手を差し出した。彼は左腕で鞘に納まった野太刀を抱えたまま、右手で握手してくれた。私と月子のやりとりになれてきた狗彦も、小李と握手している。狗彦も、月子は怒らせるだけ怒らせた方が面白いと気づいたのだろう。

 案の定、月子が甲高い声で何か喚き始めたが、私は握手もせずにさっさとコートの外に出た。月子はかなり口汚く私を罵ったが、審判に注意されて、コートの外に出た。

「小李! そんな奴、バラバラにしちゃって!」

 月子が大声で言う。私は何も言わずに、狗彦に頷いて見せたが、狗彦からは肩をすくめる動作が返ってきた。大丈夫かと心配になる。審判が狗彦と小李を規定の位置まで下がらせた。戦闘が始まる。

 私は十本の指に嵌められている指輪と、そこから伸びる十本の操糸を意識した。マナを狗彦に流し込む。訓練のおかげで、今まで以上に繊細なマナの制御が出来るようになった、気がする。とりあえず、昏倒はしない。

 一回戦は、マスターは戦闘に参加しない。純粋な、マリオネット同士の戦闘だ。月子も小李と十本の操糸で結ばれている。勝負は、マリオネットの破壊、あるいは戦闘不能、そして操糸全ての切断か、マスターのマナの枯渇で決着する。

 私は自分の中のマナを意識しつつ、狗彦に力を与える。

 審判が、ホイッスルを吹いた。試合開始。

 小李が野太刀の鞘を捨てると、突っ込んでくる。

 私は狗彦の体を操り、回避行動を取らせようとするが、それよりも先に狗彦が自分の意思で前に飛び出し、先手を取って殴りかかっている。

「ちょ……」

 私はそれを止めようとして、思いとどまる。下手にマリオネットの動きに介入すれば、その分、動きが鈍くなり、致命的な間や隙を生んでしまう。

 私の視界に、以前、破壊されたマリオネットの幻像がちらついた。

 その間に、狗彦が小李に棍棒の一撃を繰り出した。刀がそれを受ける。火花が散った。そのまま狗彦がガンガン攻めて、小李の動きを封じる。

 これは、余裕か?

 と思った時には、小李の体が、狗彦の前から魔法のように消え、背後を取られている。私はとっさに操糸を操る。野太刀が振られ、狗彦がそれをどうにかかわすが、その一撃は狗彦を狙ったものでありながら、操糸を狙ったものである。

 私が退避させるのが遅れた操糸が、二本、野太刀で切断される。

「真利阿、ぼけっとしてるな!」

「うるさい! あんたこそ、自分の身は自分で守ってよ!」

 私が怒鳴ると、コートの向こうで月子が高笑いした。

「何のためのマスターよ、真利阿! あっという間に試合を終わらせてあげるわ!」

「あんたもうるさい!」

 私は操糸の位置のことだけを考えて、戦闘は狗彦に任せることにした。

 しかし、今度は小李が攻勢で、狗彦は防戦一方になる。

 野太刀の一振りが甲高い音を上げて、狗彦の持つ金属の棒を、きれいに切断した。

「使えねえじゃねぇかよ、この棍棒!」

「それは相手の刀の所為だって!」

 私は狗彦を怒鳴りつけ、操糸を小李の野太刀の範囲から外そうとする。一閃で、さらに二本の操糸が斬られ、残りは六本になる。狗彦は手に残っていた短い金属棒を投げつけ、そしてその間に、小李と距離を取った。

 私は狗彦にかける声を探すが、何と言ったらいいか、分からなかった。

 その間に、小李が頷くのが見えた。月子はあれでもCランクのマスターだ。無線では無理らしいが、おそらく操糸を通じた状態なら可能な、マナを使った意思疎通をしたのだろう。こちらはそんな芸当はできない。声をかけることでしか、意志疎通が出来ないのだ。

「い、狗彦、仕掛けてくるわよ!」

「分かってるっての!」

 狗彦が怒鳴るタイミングで、小李が突っ込んでくる。

 私は狗彦の操作を全面的に放棄し、とりあえず、操糸を全部斬られることがないように、それだけに意識を集中した。


 俺は体のギリギリを、まるで焦がすように走り抜けていく野太刀を感じる。

 小李は本気で、俺を倒そうとしてくる。それが分かった。もちろん、俺をバラバラにするだけではなく、操糸を切るようなそぶりも見せ、気を抜かせない。俺と真利阿をつなぐ操糸はあと六本、と思っているうちに、また一本、横薙ぎの一振りで切断される。

 俺は体内のマナを全身にいきわたらせ、身体能力を向上させようとする。小李は小柄な体格をしているが、動きが鋭く、キレがある。小手先の動きでは対抗できない。こちらが物理的に勝っている力と勢いで圧倒するしかない。

 俺は刀を避けつつ、拳を繰り出した。小李が避ける、その裏をかいて、相手の操糸を一本、掴もうとする。しかし寸でのところで逃げられる。その一瞬後には、俺の操糸が二本、切られている。残りは三本。

「真利阿! しっかりしろ!」

「黙ってて!」

 俺は小李の猛攻をどうにか回避しつつ、転がるように間合いを取る。小李が追撃のそぶりを見せるが、深追いはしてこない。

 俺は繰り出そうとしていた右拳の力を抜き、体勢を整える。

 全身のマナを活性化させようとするが、しかし、それには躊躇いがあった。

 俺にも分かる。前に真利阿が昏倒したのは、俺の責任でもあると。俺はあの瞬間に、体内のマナを活性化させたのだ。それを今やれば、真利阿がまた倒れるかもしれない。

 それは、嫌だ。

「狗彦!」

 真利阿の怒声で、ハッとすると、小李が目の前にいた。すれ違うようにして避けるが、刀が体をかすめる。服が切れたのが分かった。体は? と無意識に体を撫でると、傷はないようだった。

 しかし、さらに二本の操糸を切られた。残りは一本だ。

 そこにまた小李が突っ込んでくる。

 鋭い突きが俺の崩れかかった体勢を、決定的に崩すために突き出される。

 一瞬のためらいの後、俺は動かなかった。

 野太刀が、俺の体を貫く。貫通するのとほとんど同時に、俺の両手が、野太刀を挟みこんでいた。

 力を込める。しかし、力が足りない。

 俺は瞬間的に、マナを活性化させることに決めた。一瞬、ほんの一瞬だと思いながら、機械で習得したマナの制御を応用して、真利阿へのバックを制御する。

 両腕に瞬間的に力がこもり、野太刀は甲高い音を立てて、二つに折れた。

 俺は小李から離れる。小李も離れた。野太刀は俺の右胸の上に突き刺さっていた。呼吸が苦しい。口の中に血の味が広がり、咳き込むと血が飛び散った。それでも、体に刺さっている刀を引き抜く。

 不意に、体の中からマナが減っていくのが分かる。

 背後を振り返ると、コートの外に立つ真利阿が呆然としていた。

 小李の一撃は、俺の体を貫き、すでに最後の操糸を、切断していた。

 審判がホイッスルを吹こうとする。

 俺は、反射的に体内に残る真利阿のマナを極端に活性化させると、それを真利阿へ送り返そうとした。

 操糸は切れている。真利阿との繋がりはない。

 しかし、俺と真利阿は、契約を交わした、マスターとマリオネットだ。

 それがあるのなら、まだ、出来はずだ。

 俺の体の中でマナが急激に膨れ上がり、逃げ場を求めたそれが、真利阿に通じたのが分かった。

 瞬間、真利阿の気持ちが手に取るように分かった。

 悔しさ、そして驚き。最後には興奮が伝わってきた。

 俺の目の前で、真利阿と俺の間に光の糸が十本、伸びていた。


 私は信じられない思いで、それを見つめ、やがて自分が興奮しているのに気づいた。

「虚糸? ありえないわ! ありえない……」

 私はそう月子が叫び、最後には呟くのを聞いた。

 操糸は物理的な物質で作られている。伸縮自在の特殊な物質ではあるが、それは確かに、この世界の、三次元の物質である。

 その操糸に、一部の上級マスターだけが使う、虚糸と呼ばれる、光の操糸がある。

 私は、思っていることを、狗彦に言葉ではなく、意思で伝えた。

(マナで武器を!)

 狗彦が頷き、右手をかざす。その手の中に光が集まる。マナの光だ。私も話でしか知らない未知の行動を、イメージだけで狗彦に伝える。

マナは小さなナイフの形になると、パッと光を散らして、確かな形のある、ナイフに変わった。

 それを手に、狗彦が小李へ突っ込んでいく。小李は手元にある野太刀の残りでナイフを受け止めようとした。しかし、ナイフが野太刀を滑らかに切断し、そのまま、小李の左胸に吸いこまれた。

「小李ィー!」

 月子が絶叫するのと同時に、小李の体が、がくりと倒れた。狗彦はナイフを手にそれを見降ろしてから、ナイフを天にかざし、光に戻した。

 固まっていた審判が、慌ててホイッスルを吹く。そうなってやっと、私は自分が勝ったのだと気付いた。狗彦はこちらを見る。困ったような笑みを浮かべている。私も同じような表情しか浮かべられなかった。

 私と狗彦は、勝ったのだ。


(続く)

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