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十五

     十五


 私は綺会学園に戻ってきた。

 しかし、夏休み中ということもあって、人の姿は少ない。私と狗彦は、ゆっくりと学園内の小道を歩いていた。

「しかし、大丈夫かよ。本当に上手く行くのか?」

「大丈夫よ」

 私は自信満々に言った。

「あいつが、あれを勝ちだなんて、思っているとは思えないから。だから絶対、乗ってくる」

 私たちは、学園の寮の中でも、成績優秀者が暮らす寮を目指していた。ちなみに普通の男子寮は『白馬荘』、普通の女子寮は『なでしこ荘』というが、その特別な寮は『秀麗荘』と呼ばれている。まだ建ってから間もないので、学生の間では「美麗荘」などとも呼ばれていた。

 私と狗彦は、その秀麗荘の前までやってきた。新しい事もあって、真っ白な壁は威圧感さえある。

「真利阿、足が止まっているぞ」

「う、うるさい……」

 私は深呼吸して、それから寮に入り口へ足を向けた。狗彦が緊張した様子もなくブラブラとついてくるのは、ちょっと気に食わなかった。

 寮の一階で、管理人さんに神守泰平を呼びだしてもらう。彼は高等部一年なのにこの寮に住んでいるのだった。もちろん、彼の相棒である紫紺と紺碧も、泰平とは違う部屋だが、ここに住んでいる。

 一階のロビーに置かれたソファで待っていると、泰平がやってきた。慌ててもいなければ、ぼうっとしているわけでもない。服装も、外へ行くようにしっかりしていた。やはり、成績優秀者は違うな、と私は妙に納得した。

「虚木さん、いつこっちへ戻ってきたの?」

「昨日よ。さっき、手続きをしたところ。とりあえず、八月末までは、私はここの生徒よ」

「今はどこに住んでいるのかな? 本堂さんの部屋かい? よく部屋が空いていたね」

 心配してもらって、嬉しいわ。私は心のこもっていない声でそう言ってみたが、泰平は少しも動じた様子もなく、頷くと、自分もロビーのソファに腰を下ろした。

「で、何の話だろう? わざわざ一度、退学になって出て行って、それが戻ってきて、僕に何の用かな?」

「リターンマッチを要求するわ」

 私はずばりと言った。泰平が目を細め、私、そして狗彦を見た。

「狗彦くんは、きみとまた契約したのかい?」

 私が言葉を発するより先に、狗彦が言った。

「なるべき形なった、ってことだな」

 私は思わず狗彦を見たが、狗彦は不敵な笑みを浮かべているだけだった。ちょっと、嬉しい。

 一方の泰平は、不穏な気配を発しながら、小さく、息を吐いた。

「虚木さん、僕は君に勝ったんだ。そしてきみは出て行くことになった。今更、それは取り消さないよ。きみは、マスターを辞めるんだろ?」

「ええ、辞めるわ」私ははっきりと言った。「でも、あの勝負は、あなたが失うものは、何もなかった。不公平だわ」

「それはいまさら言っても遅いよね。僕はそう思うけど、狗彦くんは、どうだい?」

 私は狗彦の方を見なかった。狗彦はうぅむ、と唸って、ぽんと膝を叩いた。

「だったら、今度のリターンマッチに負けたら、俺がお前のマリオネットになってやるよ」

 泰平が失笑した。

「きみ、何を言っているのか、分かっているのかい? そこまでして、僕がきみを欲していると、本当に思っているの?」

「あぁ、思うね」

 狗彦は言う。私はただ黙っていた。

「お前、少し退屈しているだろ? 最強で、無敵で、退屈なんだ。違うか?」

「まぁ、張り合いが無い、とは言えるね。でもそれがきみと、どう関係がある?」

「お前はもう、次のことを考えているはずだ。上の学年との戦い、そして大学の事、さらにはそれより先の、世界に出た時のこと」

 泰平は黙って狗彦に先を促した。

「つまり、お前はまだ自分を最強だとも、無敵だとも、思っていない。もっと強い力が欲しいんだ。そしてきっと、この学園で最強のマリオネットは、俺なんだろうな」

 自分のことを最強だなんて言うか? と私は呆れたが、泰平はなにも言わなかった。狗彦がゆっくりと続ける。

「だから、お前は俺が欲しいはずだ。それと、これは真利阿が言っていたことだが、お前、この前の試合を、認めているのか? あんな中途半端な、事故みたいな結末を。もっとはっきりと白黒つけようぜ? お前が本当に最強かどうか」

「……虚木さん、きみたちの言うことは良く分かったよ。で、前は交換条件を出さなかった、という事は、今回はちゃんと何か、条件を出すんだろうね? 二度と言い訳できないような」

 私は、釣れた、と思いながら、頷く。狗彦が先に話し始めた。

「真利阿の復学を認め――」

「ドームの修繕費、全部、持ってもらえる?」

 狗彦の言葉を消して発せられた私の言葉に、二人がぽかんとする。

 まず慌てたのは、狗彦だった。

「おい、バカ、お前、何言ってんだ!」

「それで良いのよ。私は一度負けた。だから、ここを去るの」

「そんなの……」

 狗彦が絶句する。泰平は少し考えたようだった。そして短く言った。

「いくら?」

 私は用意していた請求書をポケットから出して彼に渡した。彼はそれをじっくりと見て、

「高すぎないか?」

 と言った。私は胸を張った。

「まぁ、私と狗彦の治療費も入っているから」

 泰平はしばらく請求書を弄んだあと、頷いた。

「良いだろう。これくらい、払えないわけでもない。まぁ、親が払うんだろうけど。これだけで良いのかい? これなら、もっと条件を出しても良いよ」

 私が頷こうとしたら、唐突に狗彦が私のあごを押さえてきて、私は「フゴッ!」という世にも珍しい奇声を上げてしまった。狗彦が早口で言う。

「契約書を作る。明日か明後日には届けよう」

「そうか、分かった。日程と場所はこちらが決めて良いね?」

「任せる」

「フゴォー!」

 泰平がロビーを去り、狗彦はやっと私を解放した。

「別に口約束でも良いじゃない!」

「いや、はっきりさせておきたかったんだ。契約書は俺と二条先生で作る。頭の悪いお前には噛ませないから、安心しろ」

「あ、頭が悪くてごめんなさいね! まったく!」

 私たちは寮を出た。

「狗彦、契約書とやらを作ったら、さっさと帰ってくるのよ。特訓する必要があるんだからね!」

「はいはい、分かってますよ」

 私は歩きながら、狗彦の手を握った。そして力を込める。

「勝つわよ、絶対」

 狗彦も私の手に力を込めた。

「おう、絶対だ!」


     ◆


 泰平は翌日、契約書にサインし、正式にリターンマッチが開催されることになった。

 真利阿と泰平のリターンマッチは、夏休みの最後の週の頭、八月二十六日に行われることが泰平側から伝えられ、場所も、ドームの中のコートの一面を半分に区切った特別コートで行われることと決まった。それは、中間試験と同じ場所である。

 そして日は流れ、八月二十五日の夜になった。


     ◆


「あんた、何者よ」

 月子が呆れながら、真利阿の様子を見ていた。

 俺は自分が胸やけしているような錯覚を覚えながら、やはり真利阿を見ている。

「これくらい、食べなきゃ、死んじゃうわよ!」

 言いながらフライドチキンを噛みちぎる真利阿に、優奈がコップ一杯のコーラを手渡した。もちろんノンカロリーではなく、普通のコーラである。

 場所は例のパーティールーム。今回は俺と真利阿、隼丸と優奈、小李と月子と、全員が揃っていた。今回は六人部屋だ。

 そのパーティールームのテーブルの上には、フライドチキンが入っていた箱が二つ空になって転がっていて、一・五リットルのコーラのペットボトルが三本、置かれていた。ついでにドクターペッパーの五百ミリのペットボトルも、三本、転がっている。

 ほとんど全部、真利阿が一人で食べたのだった。

「なんか、気持ち悪くなってきた」

 俺が鶏肉をコーラで流しこむ真利阿を見ながらつぶやくと、小李が青い顔で頷いた。隼丸は面白そうに笑いながら、俺の肩を叩く。

「お前のマスター、エビスコ強いな! ハハハ!」

「笑い事じゃねぇよ、まったく」

 真利阿はゲプッとげっぷをし、優奈以外の全員を嫌な顔にさせた。

「真利阿、動ける?」

 優奈が心配そうに聞くと、真利阿は力強くうなずいた。月子が首を振る。

「これで明日、顔がニキビだらけになったり、体重が三キロ増えていたら、超面白いんだけどな」

「大丈夫よ、どうせすぐ痩せるし」

 真利阿の言葉に、月子が神妙な顔になる。俺も緊張してきた。

 真利阿がついこの前、教えてくれたが、中間試験の時は一試合終わるごとに一キロずつほど痩せていたらしい。そして泰平との戦闘の後は、もっと痩せた。信じられない痩せ方だが、それくらい体力を要したのだろう。俺も未熟だったが、しかし明日、泰平との決戦で、俺はまた、真利阿に無理を強いるかもしれない。そう思うと、少し心がこわばった。

 真利阿がそんな俺に気付いてか、笑いながら言う。

「大丈夫だって、狗彦。今度はそんなへマはしないわ。私も、あなたもね」

「……あぁ、そうだな」

 俺はそう答えながら、静かに、誰にも気づかれないように、息を吐いた。

 大丈夫だ。俺は、真利阿を守れるだろう。それだけの訓練は積んだつもりだ。

 真利阿がテーブルに置かれていたチョコレートケーキを食べ始める。優奈と月子も分けてもらっていた。隼丸は「甘いものは良いや」と言って、自分で買ってきたさきイカをかじっていたし、小李はドクターペッパーの残りをちびちびと飲んでいた。

 のどかな光景である。

 明日、俺たちは、戦うのだ。

 それはもしかしたら、この光景を守るためかもしれない。負けても勝っても、彼らは俺たちを迎えてくれるだろうけど、それでも、俺たちは彼らの気持ちを、思いを、守りたい。

 真利阿が俺の視線に気づき、ケーキをひとかけら、フォークで刺して突き出してくる。

「ほら、あーん」

 俺は反射的に、口を開けた。しかしケーキは俺の口をかすめて、真利阿の口に納まった。

「ばーか、あげないよー。まるで犬みたいね。あぁ、狗彦だったか」

 俺はさっきまでの気持ちが吹っ飛ぶのを感じながら、考えていた。

 明日、泣いてもしらねぇからな!

 こうして、決戦前の最後の時間は流れて行った。


(続く)

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