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十二

     十二


 俺はぼんやりと、学校の片隅の広場のベンチで、空を見上げていた。

もう夏が近い。日差しが熱を帯びつつある。風もどこか湿り、それは来るべき梅雨と、その後の夏の蒸し暑さを連想させた。

中間試験が終わって、三週間が過ぎた。俺は一人きりで、まだマスターを見つけていなかった。

 声をかけてくるマスターは大勢いた。俺の能力の情報はまだ広まっていないが、それでも、虚糸を生み出したことや、Eランクマスターの真利阿を四回戦まで進めさせたこと、そして何より、ドームでの一件が、俺を有名にさせていた。

 マスターたちは、俺を優良物件とみているのだろう。だから、というわけでもないが、俺は乗り気になれず、ほとんどのマスターを、最初の一言で拒絶していた。中には面白いことを言うマスターもいるが、それでも、彼らの夢や希望に、俺は乗ることが出来なかった。

 一部では、俺がお高くとまっている、とか、真利阿とデキていた、真利阿を忘れられないでいる、という噂も流れていると、隼丸がこっそり教えてくれたが、俺にはどうしようもなかった。

「暇そうね」

 声の方を見ると、月子が立っていた。長い金髪が風になびいて輝いていた。俺は彼女をぼんやりと見た。月子が俺の隣に来て、「隣、座るわよ」と言いながら、ベンチに腰を下ろす。

「ねぇ、犬」

「犬じゃねぇよ」

「じゃあ、犬コロ」

 俺はもう諦めて、月子に気になっていることを聞いた。

「月子、お前、どうして金髪なの?」

 それを聞くと、月子が嫌そうな顔をした。俺はずっと気になっていたが、真利阿に訊いても優奈に訊いても、教えてもらえなかった。もちろん、隼丸も小李も言わない。そのことを話すと、月子の顔は、余計に嫌そうな顔になる。それからふっと息を吐くと、空を見上げた。

「まぁ、話しても良いわ」

「そんなに重要なことか?」

 そんなわけないじゃない、と月子が笑って言った。

「あれは私たちが中等部に入ったばかりの頃だったわね。真利阿が団十郎の三代目を作ったところで、私と真利阿のバカと優奈は、同じクラスで、いつも一緒にいたわ」

「へぇ、そうなのか」

「そう。で、ある時、真利阿のバカが、髪の毛をマイトがマリオネットやオートマタを作る技術で染められる、という話をしたの。私は勢いで、自分の髪の毛を染めてみても良いと言った。で、真利阿のバカは、私の髪の毛を金髪に染めたわ」

 ふぅん、と俺は相槌を打った、

「その髪の毛、染めているのか。ずっと染め続けているのか」

「違うわよ!」月子が目じりを吊りあげた。「あのバカは、髪の毛を普通に染めるんじゃなくて、根本的に、髪の毛の色を変えちゃったの!」

「え? どういうこと?」

 月子が淡く笑いながら言う。

「私の髪の毛は、もう地毛から金色なのよ。染めているんじゃなくて。死ぬまで金髪でしょうね、弄らなければ」

「真利阿なら直せるんじゃないの?」

「当時は無理だったし、別に、私も今のままで構わないし。まぁ、眉毛とかが黒いのは、我ながら、おかしいと思うけどね」

 月子はそこまでしゃべると、今度は俺に質問してきた。

「あなたのオンリーリンクの話、もう二条先生から聞いた?」

「あぁ……」

「ご愁傷さま、と言うべきなのかしらね……良く分からないけど」

 俺は黙って、空を見上げた。月子も同じ方向を見ていた。空は青く、風が吹いている。日差しはやや強くはあるが柔らかく、気温も快適だ。

 俺のオンリーリンクは、真利阿と、父である柏原雨彦と通じていたと、二条先生が教えてくれた。

 俺がここに来るきっかけでもある、意識の喪失は、マナが切れたことが原因だった。それまで俺にマナを供給し続けていたのは、柏原雨彦なのだ。その彼からのマナの供給が止まったという事は、それはつまり、彼が命を失った、ということである。

 それは恐ろしく高度な技術だった。二条先生の推測では、虚糸だったのだろうという事だったが、気付かれることなく、操糸をつなぎ続けるなど、尋常なことではない。

 俺が父と顔を合わせたのは、もう一年以上前だ。彼は世界中を飛び回り、様々な研究機関に顔をしだしていた。そして今は行方不明になっている。テロリストにやられたのか、それともどこかの研究所の刺客にやられたのかは知らないが、もう生きていないのだ。

 それはこの初夏の世界とは、遠く隔たった世界の出来事のように感じられた。

「犬コロ。今は、二条先生からマナをもらっているの?」

「ん? あぁ、毎日一回、供給してもらっている」

「あんた、まるでオートマタみたいね」

 月子の率直な感想に、俺は皮肉げな笑みを浮かべた。

「いっそ、オートマタだったら、何も考えずにいられて、楽だったかもな」

「……ごめん、そういう意味じゃないわ」

「分かってる。ただ、言ってみたかっただけだ」

 俺の言葉が空気にとけると、二人はそれきり黙りこんで、夏の気配を感じていた。近くを学生たちが歩いていく。学校はまた、期末試験を迎えようとしている。俺はそれを、どう戦い抜くのだろう。マスターもいないのに。

「犬コロ」

 月子がそっと言った。やけに優しげな声だった。

「私が、犬コロのマスターになっても良いわ」

「俺のマスターになるってことは、お荷物を背負う事だぞ、月子。俺はお前からマナを供給されても、まともには戦えない。ただの人間程度の、人造生命体だ」

「それでも良いわ。試験には、一応、コートに立てばいいだけにしてあげる。私には小李がいるしね」

 俺は嘆息した。そんな提案は、簡単には受け入れがたかった。

「月子、本気で言っているのか?」

「まぁね。どうせそのうち戻ってくるバカな女子生徒が、パートナーが落第してたんじゃ、カッコつかないと思っただけよ。悪い?」

 思わず笑いながら、そういうことか、と俺が言うと、そういうことよ、と月子はどこか拗ねたような口調で答えた。俺はどうするべきか考えたが、答えは出なかった。遠くからチャイムの音が聞こえた。月子が腕時計を見る。

「私、もう行かなくちゃ。今の話、よく考えておいてね」

「あぁ、分かった」

「犬コロは授業、良いの?」

 頷く俺を月子は数瞬だけ見つめると、「じゃあね」と言って軽く手を振って離れて行った。一人きりに戻った俺は、じっと虚空を睨みつけた。

 月子は、真利阿が戻ってくると考えているのだろうか。俺はとてもそうとは思えなかった。視界に、あの時、駅で真利阿を見送るしかなかった時の、彼女の表情がかすかに見えた。

 真利阿は、ちゃんと考えて、自分を納得させて、それで実家に帰ったのではないか。それが覆されることなど、あるだろうか。

 俺はよくよく、あの時の真利阿の顔を思い出そうとした。何か、引っかかりはあるだろうか。希望を抱かせるような何かが、あの表情に込められていただろうか。

「やぁ、狗彦くん」

 声は背後からだった。しかし、顔を見ずとも、声だけで誰かは分かった。

「授業は良いのか? 優等生」

 俺が言うと、声の主は笑いながら、俺の隣へやってきて、腰を下ろした。

「授業なんてどうでもいいさ。僕に勝てる奴なんて、そうはいない」

 隣に座っている泰平が、そう言った。俺は鼻を鳴らすだけで、それ以上は何も言わなかった。

 中間試験は、結局、泰平が勝利した。彼と、彼の二体のマリオネットに最も対抗できたのは、結局は俺と真利阿で、準々決勝も、準決勝も、決勝も、泰平たちの攻撃の前で、まともに戦えるものはいなかった。勝ち星はともかく、その健闘によって、俺は悪くない成績がつくはずだ。

 泰平は、しばらく黙っていたが、重い口調で話しだした。

「僕が、虚木さんを追いだしたと、そう思っているかな、きみは。僕にはそんなつもりはなかった。ただ、本当の力を、見てみたかったんだ。きみの、そして虚木さんの」

「本当の力だって?」

 泰平が、頷く。

「今はそうでもないけど、虚木と言えば、有名なマスターの家系だ。うちの、神守も引けを取らないが、それでも、虚木さんは、僕と同等か、それくらいの力はあると、僕は見ていた。だから、本気で潰したんだ」

「言い訳か?」

「そう取ってもらってもかまわないよ」泰平が笑う。「同じことは、本堂優奈さんにも言える。彼女も強い。だから、僕は容赦なく攻撃した。もっとも、彼女は本気にならなかったようだけど」

 俺が頭にはてなマークを浮かべているうちに、話題は、次に移った。

「きみは確かに、すごいマリオネットだ。そしてきっと、それを一番活かせるのは、僕だと思う。僕の元には有力なマイトも、マイスターも、何人かいるし、きみの本当の実力を発揮させることは出来るはずだ。きみの中にあるという、不可思議なオンリーリンクも、弄れるだろう」

「……それは、必要ないね」

 俺は自分で自分の言葉が信じられず、思わず泰平を見ていた。泰平も、驚いた顔をしている。

「驚いたな、これは。きみは、虚木さんとまだペアのつもりなのかい?」

「ん、いや、どうかな。ただ、お前の言いたいことは分かるよ、泰平。お前も、俺と組みたいんだろ? それだったら、俺は、真利阿と組むかなって、そう思っただけだ」

「ここにいない人間を選ぶのか? 戦場から逃げた逃亡者を?」

 辛辣な泰平の言葉にも、俺は動じなかった。ただ無言で、自分の意思を強く主張し、そして鉄壁の防御を張った。そんな俺に泰平は呆れた顔を向けてから、しばらく、真剣に考え込んでいた。

「どうしても、無理か?」

「……あぁ、無理だ」

「じゃあ、きみは、期末試験は誰と組むんだい?」

 俺が押し黙って、それから、小さな声で言った。

「誰かの世話になるさ。お前以外の」

「理由を聞かせてくれるかな」

「理由なんてないさ。直感だよ。お前についていっちゃいけないって、なぜか思うんだ。その理由は、きっと、お前が誰より知っているんじゃないか?」

 完全な出まかせというわけではないが、俺は泰平にどこか、自分とは違う気配を感じていたし、そういう意味では、泰平に考えさせた方が、正解により近い解答が出そうだった。

 無表情に泰平はベンチから立ち上がった。

「分かったよ。きみを勧誘しても、無理そうだ。期末試験では、ぶつからないと良いな」

「俺はたぶん、何もしないよ」

 何もできないのだから、とは言わなかった。泰平も分かっていただろう。

 泰平が足音も静かに、ゆっくりと立ち去ってから、俺は一人で、まだベンチに腰をおろしていた。風が時間の流れを教えるように、時折は強く吹き、時折は弱く吹き、俺の髪の毛や服の端を揺らした。

 しばらくして、俺は腰を上げ、そしてゆっくりと校舎へと向かった。

 その日の夜、寮の部屋で、小李に月子の電話番号を聞き、携帯電話に電話した。月子は出なかった。留守番電話に、自分の名前と、月子とペアになっても良い、という旨を吹きこんだ。一時間後、向こうから電話がかかってきて、翌日、契約を結ぶことになった。

 契約は滞りなく終わり、俺は月子のマリオネットになった。

 月子は楽しそうに、「犬コロって名前じゃあれだから、『虎』って呼ぼうかしら」と言っていたが、俺が笑って「狗彦で良いよ」と応じると、彼女は少し淋しそうな顔をしてから、そうね、と呟いて、それ以上は名前に関してはなにも言わなかった。

 期末試験は、月子のマリオネットとして戦ったが、月子は小李をメインとして使ったし、俺は結局、右腕を相手に切断されただけで済んだ。その傷も、二条先生が綺麗に、跡形もなく治してくれた。

 何もないまま、学期が終わり、夏休みになった。

夏がやってきた。


(続く)

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