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「クッククク……フーッフッフッフ、ファーハッハッハッハッハ!!」


 草木も眠る丑三つ時、都内の某所から近所迷惑必至な悪役顔負けの三段笑いが放たれた。たまたま起きていた近隣住民は顔を顰め、寝ていた赤子は目を覚まして泣き出し、その親はどう文句を言ったものかと腹を立てた。

 だが事の本質はそこにはない。その声には抑えきれぬ歓喜、そして隠せぬ狂気が宿っていた。


「佐藤! ついにやったな!」

「ああ、お前らのお陰だぞ! 田中! 鈴木!」

「やっとだ、やっと異世界に行けるんだ!」


 佐藤、田中、鈴木と呼ばれた3人の男達は、互いの健闘を称えるかのように抱き合い、涙を流す。その顔は涙と鼻水に塗れてぐしゃぐしゃになっている。彼らがもしも俗に言う「イケメン」に分類されるような顔立ちであれば多少はマシな絵になっただろうが、残念なことに彼らの顔面偏差値はどう贔屓目に見ても中の中、辛口評価ならば下の下より上の評価はもらえないであろうもののため、大層酷い絵面がそこにあった。


 時折嗚咽を漏らしながら、男たちは声もなく泣き続けた。今、彼らの脳裏にはこれまでの人生の出来事が走馬灯のように浮かんでは消えていた。


 彼らは、天才であった。

 だが、その人生は決して明るいものではなかった。


 佐藤。彼はものづくりの天才であった。父に憧れ、物心つく前から工具と設計図を友に育った。大らかだった父はそれを喜び、愛しい我が子に玩具を買い与えるかの如くそれらを与え、どんな小さな事でも褒め、それは佐藤の自尊心と達成感を育むのに十分以上のものであった。

 その反対に、母は佐藤の事を極端なまでに遠ざけた。元々彼女は自身の結婚に納得が行っていなかった。妥協に次ぐ妥協、親に年齢を引き合いに出されて仕方なく行ったお見合い結婚。夫がものづくり等という泥くさい仕事をしている事を良く思っていなかったうえに、産まれたのは夫以下の不細工で、ものづくりに異様なまでにのめり込む気味の悪い子供。

 必要最低限の世話こそしたものの、それは本当に最低限で佐藤にとって「親」とは父のことであり、母は他人でしかなかった。


 その関係は小学校に通い始めてからも変わらず、妹が産まれてからはより顕著なものとなった。母は口癖のように「あの男達のようにはなるな」「もっと良い男と結婚するのよ」と言い聞かせ、それに影響された妹との関係は最悪の一言に尽きるものとなった。


 明るかった父は常にどこかおどおどとした様子を見せるようになり、母は家に寄り付かなくなり、妹は兄と父を見る度に舌打ちをする。無論、そうなるまでに父や佐藤自身も悪いところはあっただろう。家族を養うことに必死だった父は仕事にかまけ佐藤や妹にあまり構うことが出来なくなった。佐藤自身も、妹にあまり構わずにものづくりに没頭したため妹と接点がなかった。


 佐藤は人並み以上の頭脳を持っていた。学校での成績は常に学年一であり、特許の取得さえ目前であった。その結果ついたあだ名は「ガリ勉」「キモ豚」といった悪意あるものになり、ついにはイジメにまで発展した。他の何を馬鹿にされても気にしないが、自分の作品を馬鹿にされることだけは我慢できないといった言動もイジメに拍車をかけ、佐藤は逃げるかのようにより一層ものづくりにのめり込んだ。

 それでも時の進み方は残酷なまでに平等であり、佐藤は人生の歩みを踏みしめていくしかなかった。


 しかし彼が専門学校へと進むことを決めた頃、ついに崩壊が訪れた。母の長年の浮気が発覚し、何をどう下手を打ったのか、何故か父が慰謝料を払った上での離婚となった。結婚してすぐに浮気しやがったくせにと佐藤は憤ったが、離婚自体はどうでもいいことと捉えていた。母も妹も最早どうでもいい相手、むしろ父と自分にとって害にしかならない存在と考えいた。


 父にとってはそうではなかった。


 母と妹にいびられ続けたせいか、妹が浮気相手の子供であったと判明したせいか、それとも、それでも尚彼女らを愛していたせいか、とにかく父は壊れてしまった。


 明るかった性格は見る影もなくなり、仕事はクビになり、一日中部屋に引きこもるようになった父を、彼は励ましたかった。彼にとってものづくりこそが人生であり、根源であり、全てであった。彼のとった行動は非常に単純であった。


 自身の全てを注ぎ込んだ、最高傑作を。


 父にまた笑ってほしかった。認めてほしかった。褒めてほしかった。そのために彼は寝食を削って慣れないバイトを始め、そこでもやはりイジメられながらも、己の持つ能力をつぎ込み、作り上げた。出来上がったものは決して有用なものではなかったが、そんなことは重要ではなかった。


「父さん! これを見てくれ!」


 無気力な父を部屋から連れ出し、なんとか見てもらった。隅々まで説明した。これでまた、父が元気になってくれると思った。そして説明を終えた時、父がポツリと漏らした。



「…………お前さえ、居なければ」



 頭を強く殴られたような、そんな衝撃を覚えた。

 それからのことを、佐藤はよく憶えていない。家を飛び出したことだけは憶えているが、それからどれくらいの時間が経ったのか。自分がどこにいたのか、何をしていたのか。気付けば、そこには首を吊った父が居た。


 遺書にはひたすらに謝罪が書かれていた。構ってやれなくてすまなかった。裕福な暮らしをさせてやれなくてすまなかった。心配をかけてすまなかった。傷つけてすまなかった。そして、最後に、『お前の作品、凄かったぞ』と、書かれていた。


 父のために作った作品は、それ自体は有用ではなかったが用いられた技術は数々の特許を取得することとなり、多くの人々に利用されることとなり、その結果一生どころか人生10回くらいは遊んで暮らせるほどの金が手に入った。


 そのことを嗅ぎ付けた元同級生、バイト先の人間、果ては母と妹が金を集りに来た。何故か彼らは一様に『金を自分たちに捧げて当然』といった態度で馴れ馴れしく佐藤の元を訪れたが、警察の世話になる半歩手前で事態を収めることには成功した。


 こうして佐藤は人間不信に陥りそうになりながらも、父との思い出を胸に、趣味に没頭しながら生きていた。そんな中、佐藤は田中と鈴木に出会った。


 田中と鈴木も佐藤とどっこいどっこいな生い立ちであり、始めこそ激しく意見をぶつけ合ったもののすぐに意気投合し、積極的に意見を交わした結果出した結論は『やっぱ現実ってクソだわ』という身も蓋も無いものであった。


 田中は理論分野の天才であり、鈴木は文学分野の天才であった。田中が新しい理論を提唱し、鈴木がそれを具体的な構想に落とし込み、佐藤がそれを実行する。そんな関係を数年続け、彼らは旧年来の親友の如く、はたまた家族の如くその関係を深めた。


「異世界に生まれ変わったりとか、出来んのかな」


 ある日、鈴木がそう二人に聞いたことでプロジェクトは動き出した。異世界、並行世界の存在証明に始まり、こちらの世界に存在しない力場――魔力場と暫定的に命名――の存在の確認、そして異世界への転生方法の確立。ついでに神の存在の証明も行った。


 世紀の大発見とも言えるそれらは次々と、そしてひっそりと進み、数年の歳月をかけてようやく完成に至った。


「こっちで出来ることは、もう無いな」

「ああ、物理干渉が可能だったらこれ以上の観測やらなにやらが出来るんだが、そこまでやるにはあと100年は必要だな」

「無理と言わないのがお前らしいよ」


 佐藤はケラケラと笑い田中の肩をバシバシと叩くが、すぐにその顔を真面目なものに引き締めた。


「産まれてすぐに死なないかが運任せってのが気に入らねえが、仕方ないか」

「文明の発展具合と魔法技術の推測で、多分死なないってところまでだからねえ。99%は大丈夫なんだし、まあ行けるんじゃないの?」

「100%じゃない以上安心出来ん。それに、親に殺されるかもしれないだろ」


 鈴木が楽観的な意見を出すが、田中がそれを否定する。『それを言ったらお終いじゃないか』と鈴木はお道化たが、実際に親に殴り殺されそうになった田中は笑えない。それからしばらく二人が話すのをじっと聞き、佐藤が重い口を開いた。


「……なあ、今更になるけどさ、本当にいいのか?」


 何が、とは言わない。だが二人はあっさりと頷く。

 日本に生きている以上、それなりの安全が確保されている。金ならば唸るほどあり、三人で死ぬまで豪遊しても尚余りあるだろう。女にだって、不自由はしないだろう。しかし、疲れたのだ。


 結局、世の中顔か金、それが無ければ人でなし。

 ただ不細工であるというだけで拒否され、否定される。だが金があるというだけでそんなやつらも手のひらを反す。笑っているその顔の下で、こちらを嗤っている。面白がり、執拗に追いかけ、何かあれば被害者ぶる。


 それを否定するわけではない。ただ、ただ、疲れた。


「じゃあ、やるか」





 翌日、彼らの自殺が大々的に報道された。

続くかは知りません。

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