第8話 腹の探り合い
目を覚ました。
ここはどこだ?薄暗くてよくわからない。
とりあえず体を起こそうと力を入れる。
「いてて……」
そういえば左肩をケガしたままだったな。
だが、グルグルと包帯を巻かれているところをみるに、誰かが治療してくれたのか。
さっきよりは痛みが和らいでいる気がする。
「あっ、お目覚めですか。まだ安静にしておかないといけませんよ」
「……えーっと」
声をかけられる。誰だこいつ?ボサっとした、寝癖のような灰色の髪をした男。職を失ったばかりのサラリーマンの様に、どこか頼りない感じがする。
――ああ、こいつが俺を助けてくれたやつか。感謝しないとな。
「お前が俺を助けてくれたのか?」
「まぁ、一応そういうことになりますね。痛そうでしたし」
「やっぱりそうなのか。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
まともなやつだ。変なやつじゃなくて良かった。敵でもなさそうだし、かといってなんでこいつはあんな戦地にいたんだ?俺が言えることじゃないけど。
服も、なんというかみすぼらしい。自身の髪の様な無地の灰色Tシャツに、同色の短パン。少しこわいくらいにまったくの同色。
……いや、ちょっとまて。
「お前……そんな格好で寒くないのか?」
「はい。全然」
「そ、そうか。雪国出身とかそんな感じか」
「いえ。まぁよくある防寒対策ですよ」
うーん、よくわからん。俺はめちゃくちゃ寒いけどな今。焚き火を起こしてくれているからまだマシだが。
「なぁ、ここはどこなんだ?」
「洞窟です」
「ど、洞窟?」
「ええ。崖になってる所の近くにありました」
「ほら穴みたいなヤツか」
「そんな感じですね……ところで」
「ん?」
「あなた、なんであんな所にいたんです?」
まぁそう来るだろう。あんな戦場好きでいるわけがない。俺だって出ていけるならさっさと村とか街とかに出ていきたいさ。
「まぁなんというか、成り行きだ。そういうお前はなんでなんだ?」
「そうですか。じゃあ僕も、成り行きとでも言っておきましょう」
……ガードは固いな。行商人タイプだ。もっと聞き出したいことはあるが、どうしようか。
「名前は?」
「僕ですか?姓まで名乗る必要はありませんね、フレイです。偽名じゃありませんよ?」
「そうか、フレイだな。疑っちゃいないさ」
「はは、そうですか。名をお聞きしても?」
「ハヤミだ。もちろん偽名なんて使っちゃいないぜ」
「わかりました、ハヤミさんですね」
すまん康平。また会えたら宿題手伝ってやるからな。
「ところで一つ言わなきゃならないんだが、俺は記憶喪失になったばかりなんだ。この世界の事を全て忘れてしまって、困ってるんだ。少し聞きたい事があるんだが、いいか?」
「へぇ……記憶喪失ですか、大変ですね。別にいいですよ」
案外すぐに受け入れてくれた。しかもやけに親切にしてくれる。俺に金があったら奢ってやりたいくらいに。
「まず、ここはどこだ?」
「洞窟の中ですね」
「いや、そうじゃなくてだな。地図上のどの国の近くだーとか」
「ああ、なるほど。地理的には、ここはアルクス領にあたります」
アルクス領……てことは、ファルマスが攻めてきたという事になるな。
「なぜこの二国が戦争しているか、知っているのか?そもそも、お前はどこの出身なんだ?」
「あなたがどこまで把握しているかわかりませんが、強いて言うなら宗教戦争とういうところでしょうか。ちなみに僕はどちらの国の出身でもありません」
……宗教戦争?この世界にも様々な宗教観があるってことだな。
「そうなのか。ちなみにどういう風な宗教なんだ?」
「えぇ……本当に何も覚えてないんですね。それはいずれまた誰かに聞いてくださいよ。正直説明するのが面倒です」
「おい、そりゃないだろ」
「うー、仕方ない。とりあえず色々省くと、魔法派と反魔法派の戦いなんです」
それくらいわかるわ。ちょっとくらい深く説明してくれてもいいだろうに。でもフレイからしたら、俺なんて「ただ助けただけの、記憶のない面倒なやつ」くらいの認識だもんな。そこまで尽くす相手だと思われないのは仕方ない。
「はぁ……了解だ。
ところで、地図とかないか?この国が世界のどの辺に位置してるのか、あと他にどのくらいの国があるのか知りたいんだけど」
「地図ですか?そんなもの持ってませんよ。知りたい事は街とかに行って知るべきですね」
「そうか。お前の職業は?」
「秘密です」
「そうか。お前はなんで戦地にいたんだ?」
「だから言いません」
く……俺が言える立場じゃないが、こいつ使えねえなほんと!
しれっとさっきの質問も挟んでみたが答える気配はない。
俺は全く信用されていないみたいだ。まぁ、仕方ない。聞きたいことは山ほどあるが、もう個人情報の詮索はよそう。意味がなさそうだ。
「ところで、今の時間帯は?」
俺が倒れたのは何時頃だっただろうか?
何時間くらいこうして気を失っていたんだ?
「えーっと……だいたい今は二十時くらいですかね。時計なんて持ち歩いていないのでわかりませんが、だいたいそれくらいかと」
「じゃあ、昼から夜まで気を失っていた感じか。何日も目を覚まさない、とかじゃなくて良かった」
一日二十四時間の概念はあるみたいだ。
フレイは大きく欠伸をする。
「はぁ、もう質問は終わりですか?聞きたいこと色々あるんでしょうけど、僕もう眠いんで寝ていいですか?」
「ここで寝るのか?」
「いや、近くに家があるわけでもないですし、野宿ですよそりゃあ。ここなら雪の上で寝るよりどれだけ楽なことか」
「そりゃそうだな。あーっと、最後に二つ聞きたいことがある。答えたくないなら答えなくてもいい」
「……なんです?」
ここで少し仕掛けてみる。
「お前が俺に声をかけたのは、俺が撃たれた直後だった。つまりファルマス兵はまだいたはずなんだ」
ーーフレイは無言でこちらを見る。
「しかしファルマス兵は俺を撃った後、それ以上攻撃してくることも、近づいてくることもしてこなかった。動きすらない様に感じたんだよ。遠ざかって行く気配すら、感じなかった。
でも、普通は続けて攻撃するか、生死の確認くらいしに来たりするだろう。それでなくても、そのまま俺の死角、例えば木陰から俺の様子を見るもんだ。これは戦争だろ?相手の生死によって自分の生死も関わってくる。いつもより警戒もするだろうし、敵の生存確認は重要だ」
俺は続ける。
「そして俺は撃たれた直後は立ったままだったし、銃を使って反撃すらしたくらいだ。
敵は俺がまだ生きている事を簡単に見て取れただろうな」
「……それで?」
「そんな時に敵対する俺を助けたら、お前だって敵認定されて撃たれているはずだ。それでなくても、なんでそんな簡単にお前を見過ごす様な真似を敵がしたんだろうってな。
ーーそこで質問だ。お前は奴らを殺したのか?だとしたら、なぜ殺した?」
フレイは俺を見たまま答えない。
「もし殺したんだったら、敵が急にいなくなったのも、お前が簡単に俺に近づいてこれたのも納得がいく。どうなんだ?」
「良い質問だね。もしそうだと言ったら?」
「……別に何もねえよ。俺だってファルマスは嫌いだし、お前は俺を助けてくれた。あんな近くでどうやって音も無く殺したのかは、気になるけどな」
「あはは、そっかぁ」
フレイは笑顔で応えてみせる。
だが、その笑顔がどういう笑顔なのかはわからない。
俺の推測が間違っていて、ただそれを『そんなわけないよ』と無邪気に笑っているのか。
或いはよく気がついたという嘲笑か。
或いは、それ以外か。
ーーフレイは急に真顔になり、これまでとは似つかない冷たい声音で答える。ですますと、丁寧語の語尾など消え失せた。
「ふふ、質問に答えなくちゃね。『兵士は気まぐれで君を撃ち、意味もなく即座に去っていった』これなら辻褄も合うだろうし、きっとそうなんだよ。ね?」
「……そうかよ。逃げ足の早い気まぐれ殺戮者に俺が運悪く出くわした、ってことか。
……俺も運が悪い事だな。笑ってくれ」
「人の不幸を笑うなんて、とんでもない。
ーー君が無事なら、それでいいじゃないか」
……今は何も考えるな。次の質問に移る。
「最後の質問だ」
「あれ?何も言わないんだね。うん、どうぞ」
「ーーどうして俺を助けた?」
これだけは、どうしてもわからない。
こいつは面倒くさがりっぽいし、俺を助けるメリットもないだろう。恩返しとかを期待しているのなら、わからなくもないが。
「……君を撃ったかもしれない兵士とおんなじだよ。ーーただの気まぐれ、さ」
先程の質問をした時から、こいつは別人格の様に含みのある顔をして、冷たい声音のままだ。少しだけ、今までとは違う類いの恐怖を覚える程。
「……つまり俺は、運が良くも悪くも、誰かさんの気まぐれの結果ここにいるってわけだな」
「そういうことだね。そう、君は、今はここに生きている。それだけで十分じゃないか」
「ハッ、それもそうだ。つまらん事を聞いて悪かったな、フレイさんよ」
「大丈夫だよ?記憶喪失なんだろう、人に聞かなきゃやってられないよね」
「違いねえや」
ーーそれから少しの沈黙が流れる。
「ねぇ僕もう眠いんだけど」
「ああ、そう言ってたな、悪かった。俺も眠いや」
「安心してよ。君が何を思っているのか知らないけど、眠ってる間に襲ったりなんてしないさ。僕が寝てから君も寝るといい」
「……別に普通に寝るよ」
「そっか。君の傷はまだ癒えてない。しっかりと睡眠はとるべきだと思うよ」
「確かに傷の痛みは十分残ってる。すぐに寝させてもらうとするよ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
やはり、こいつは信用できない。何か大切な隠し事をしているのは確実だろうし、どこからどこまでが嘘なのかもわからない。もしかしたら、俺の正体を知っているのかもしれない。
ただただ互いに互いを疑っている。
気をつけた方が良さそうだ。
ーー最後に会話してから数分経ったところで、フレイの寝息が聞こえてきた。不安はあるが、こいつは俺が寝ている間に殺すなんてつまらない事はしないタイプだろう。
再び目を閉じる。思い返せば、密度の濃い一日だった。疲労は半端なものじゃない。
俺は明日からどうしようと思いつつも、すぐに眠りに落ちていった。
ーー次の日の朝。
目を覚ます。
洞窟の入口から差してくる光を見るに、空は明るく、天気も良さそうだ。疲労もマシになったと思う。
「ふあぁーーっ。おはよう、フレイ」
と、欠伸をし、寝惚けながらフレイに声をかけてみる。
返事はない。
まだ寝てるのか?と思いつつフレイの寝ていた所に目を向ける。
ーー誰もいなかった。
朝早くに起きて出て行ったか。まぁ、予想してなかったわけではないし、そこまで面倒を見てもらう必要もないか。どちらかというとあいつと一緒に行動する危険性の方が大きいだろう。
「……ん?」
フレイの寝ていた所には誰もいなかったが、一つのスイッチ?が置いてあった。クイズ番組で使うような、本当にただのスイッチ。というかボタン。そして丸いつぶつぶの穴が空いてあった。なんて言うのかわからないが、音声が出てくる所だと思われる、ちっさい穴。間違いなくこれは、スイッチを押したら音声が流れてくるだろう。
なんだ?あいつのことだから、最後に生き残るためのアドバイス!とかだろうか?
もう一度置き土産のスイッチを手に取りじっくり見るが、特に外見に変わった所は、一つしかない。
スイッチの押すべき所に、「押してね!」と書かれてある。イヤな予感しかしないが、押してみるか?
俺は覚悟を決めて押してみる。
案の定、フレイの声が聞こえてきた。音声レコーダーかよ。
なになにーーーー
『また会えるといいね!助けたお礼はもらったから、貸し借りはナシだよ。それじゃあバイバーイ☆』
やっぱりどっかいきやがったか。まぁいいか。
……お礼はもらった?どういうことだ?助けてくれた礼なんて何もしてなーー
そこでふと気づく。俺は服以外に、何も持ってなかったっけ?
……んなわけないよな。
助けてくれたのは感謝するが、絶対に許さねえ。
「ーーあのヤロウ!!
食料と銃全部持っていきやがった!!!!」