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第2話 突然の死

 


 ――状況が掴めない。


 先生の顔は蒼白で、今にも精神崩壊を起こしそうだ。


「た、助け……」

「うるせえ!黙ってろ!」


 彼女の眉間には銃口が向けられている。

口径の大きいライフルのように見える。

拳銃じゃないのかよ。もっとヤバいじゃないか。

どこからもってきたんだよそのライフル。



「きゃあぁぁぁぁぁ!」

「――――!?!?!?」

「え、先生!?」

「は!?」



 叫ぶ者。泣き出す者。恐怖で座り込む者。皆の前に出る正義感の強い者。


「…………」


 俺は立ち尽くすしかなかった。恐怖で足が震える。汐織が恐怖と不安で今にも泣きだしそうな顔で近寄ってくる。


「零……なにこれ……こわいよ」


 俺の袖を掴む汐織を見て、気をしっかり保つ。ここでこいつを安心させることができなければ、なにが男だ。


「俺にもわからない。

 でも大丈夫だ、絶対、大丈夫だ……」


 何が大丈夫かもわからん。でもとにかくそのくらいの言葉しか出てこなかった。

俺も今すぐにでも泣きそうなくらいこわい。

膝の震えが止まらない。小鹿並だ。


 これは何だ?誰の仕業だ?どうして?何が目的だ?

頭の中にはそのくらいの疑問と負の感情で埋め尽くされている。この状況で前向きな思考ができるやつはそういないだろう。

 他のクラスにも何やら犯人集団がいるようで、そこら中に悲鳴が響き渡っている。


「お前ら全員両手を上げろ。

 指示に従わなかったり勝手な行動をするやつは殺す」


 俺達は両手を挙げる。

ん?少し犯人の様子がおかしいように見えるが気のせいか?


「……お前らはなんだ。何が目的だ?」


 クラスの人気者、正義感の強い速水康平が

クソ犯罪者共に質問する。こいつは俺や汐織とも旧友で、信用できるやつだ。すごい勇気だな。


「うるさい黙れ」


 先生を押さえつけているものとは別の男が速水に銃口を向ける。


「……っ」


 仕方なく康平は引き下がる。

その状況適応能力やその冷静さは尊敬ものだ。

かっこいいやつだな。

なんて思っていた時、康平は小声で耳打ちしてきた。


「零、この状況何か知っているか?」

「知るわけないだろ。いきなりすぎてめっちゃこえーよ」

「俺もまじでこわい。どうにかしてクラスメイトや先生の精神崩壊だけは避けたいな。うかつに叫ばれたりしたら本当に殺されかねない」

「お前すげえな。でもどうするんだよ」

「……零、あのクソ共の目を見てみろ。なんかやばそうな目してないか?」


 そう言われ目を凝らして奴らの瞳を見てみる。


「本当だな、心ここに在らず的な……」


 白目をむきかけてるやつや、瞳孔が変な方向に向いてるやつ。生気を失ってそうな目をしてるやつがいた。


「あれは正気じゃない。操られてるみたいな感じだ」

「確かにな。でも、誰にだよ。この世にそんなことできるやつがいるのか?」

「わからない。ただこの状況はマズいな」


  なんとか打破する方法はないかと思考錯誤を繰り返していた時。

 いきなり校内放送が響き渡った。




「我ラノ目的ハタダヒトツ。キサラギレイヲ、ヨコセ」




「……は?」

「……零が!?どうしてだ!」

「……え、れ、零?」


 日本語にしてはどこかぎこちない感じの声を聞きながら、俺は呆気にとられる。おそらく、犯罪者集団のボスに位置するやつだろう。


 ――え?それよりなんで俺?理由がわからない。汗が止まらない。

やばい、やばい、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

パニックになりそうだ。

俺を心配そうに見つめる者もいれば、はやくいけよと言わんばかりの視線を向ける者もいる。薄情だな。やめてくれ。


 アニメや漫画で見たシチュとは違う。これはマジのピンチな状況。

 ここで俺に隠された能力が開花し、それを駆使して皆を助けるとかそういうシチュじゃないのか!?


「零……なんで、零なの?どうするの?」

「俺だってわかんないよ。でも相手の目的が俺だって言うなら、俺が出ないともっと酷いことになる。と、思う」


「キサラギレイはどいつだ。どこにいる。早いうちに出てこないとこいつを殺すぞ」

「ひぃ……や、やめてください、お願いします……」


 さらに銃口を押し付けられた先生は涙を流している。



 ――そろそろ行かないとヤバいな。


 何が何だかわからない。なぜ俺なのかとか、お前らなんの組織だよとか、言いたいことは山ほどあるが、俺は今にも震えで崩れ落ちそうな足を一歩進め、掠れそうな声を張り上げる。


「俺が如月零だ!お前らの言う通りついていくから、俺以外に危害を加えるな!」


 さらに一歩、足を進める。

 ……何かに引っ張られる。


「零!ダメだよ!行かないで。殺されるかもしれないんだよ?」


 振り返ると、今にも泣きだしそうな汐織だった。


「俺だって本当は行きたくない。死にたくない。でも、汐織やみんなに死なれる方がよっぽどイヤなんだよ。これは、俺の本心だ」

「私は零が殺される方がいやだよ。やめて、いかないで。私を一人にしないで……」

「ばか、何言ってんだ。お前みたいな人気者が一人になるわけない。俺が保証してやる。だから、心配すんな。多分殺されるとかはないだろ」

「ちょ、まって、零!」


 俺は汐織の手を振りほどき、最後に頭を撫でてクソ共の方に向かう。


「康平」

「……なんだ」

「すまん。俺が差し出されないとやばいっぽい」

「本当にいくのか零!?

  待てって!」

「だからその……なんだ。

 後のこと、汐織の事は頼んだぞ」


 少しの沈黙の後、康平は答える。


「……わかった。だから絶対に死ぬな」

「こわいこというんじゃねーよ」


 その言葉を最後に、俺はクソ共の元にいった。


「きてやったぞ、目的はなんだ」

「偉そうな口聞くんじゃねえ」

「先生を離せ」

「……チッ」


 舌打ちすると共にクソ共は先生を解放した。


「あ……あぁ……っ」


 パニックになり嗚咽を漏らしながら先生は生徒達に擁護される。そのうち発作を起こしそうで心配だ。


 緊張、恐怖、不安。俺だってめちゃくちゃ怖い。それでもこうして勇気を振り絞ってまで今ここにいるのは、どうしてだろうな。自分でも自分がわからない。

 昔は爬虫類を見ただけで逃げ出すヘタレだったのに。


 俺は振り返る。


「で、目的はなんだ。どうして、どうして俺なんかに用があるんだ」


 質問を投げかけた相手には相変わらず生気がない。あやつり人形のようだ。さっきから言葉だけはいっちょまえのワルモノだが、その言葉には意思が感じられない。

それが余計に不安を募らせる。



「目的……?目的。目的。目的。目的目的目的。そうだ。我らの、我ラノ目的ハ!!!」



 口調がおかしくなる。

イヤな予感がする。

元々正気を失ってそうなやつがもっとイカれたら、手の付けようがない。しかも相手は武器を所持しているから尚更だ。


 イヤな予感はやはり的中した。

急変した男がいきなり俺に向けていた銃口を、俺が歩いてきた方向に……汐織たちがいる方向に向けた。


「え、うそでしょ……やめ」


 一瞬の出来事だった。

ヤバい!なにがヤバいかはわからない。

だが本能がそう訴えている。

考えるより先に行動するとはまさにこの事だ。とっさに最近は使わなかったスポーツで培ってきた瞬発力、脚力をフル活用し、その射程上に――――



「零!?ウソでしょ……ねえ、零ってばぁ!?」



 最後に聞こえた言葉は、後ろから投げかけられた彼女の声。



ーーそれからの事は曖昧にしか覚えていない。



 響きわたる銃声。それに共鳴するかのように高くあげられる数々の悲鳴。

 どれだけかはわからない。例えるものも見つからない。訳もわからず、身体中に痛烈な、とてつもなく激しい痛みがはしる。表現出来ない程の痛みと共に、何発もの弾丸が肉体に埋め込まれ、貫通しただろうか。


 教室には、真紅に染まった液体が染み渡る。そして、汐織をかばい全ての死弾を受けた瀕死の自分がいた。顔には弾丸が当たらなかった様だが、首から下は蜂の巣の如く、悲惨に肉片が飛散していた。



当然それで生き残れるはずもなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は、その後ほんの少しだけ意識があり、言葉を交わせたらしい。普通は即死レベルだ。

 それにも、裏で働いていた何かの力があったのだろうか。いや、あるのだと思う。



 如月零は訳もわからないまま、ただただ理不尽な死の運命に抗えず、その人生に終止符を打つのだった。

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