第1話 特別な夢
今でも時折夢に見る。
白銀の世界。この世界のものとは思えない風景があった。
そこにいる二つの人影。顔は分からない。
「ーーーーーーいで」
その声は聞き取ることができない。
一つの少女の影が、もう一つの男の影を拒絶している。ただ少女は拒絶しながらも苦しそうな表情で手を伸ばしている。まるで自分の意思と行動が一致していないようにも見える。
もう片方の男も必死に少女の方に手を伸ばす。
二人の手の距離は次第に縮まっていき、今にも指先が触れ合いそうでーーー
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「こらー、零!また遅刻するよ!」
「!?」
夢から目覚める。またあの夢だ。荒い呼吸を収めるべく、一度小さく深呼吸する。
「またあの夢?大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
声がかけられる。綺麗な、高い声音。
いかにも女らしい声だ。うるさくなければ聞き蕩れる程。
ゆっくりと意識を覚醒させていく。彼女の手によって開かれたカーテンから降り注ぐ、朝の日差しが眩しい。
……落ち着いたらまた眠くなってきた。
人の体内時計は、視床下部の視交叉上核という神経核が太陽の日差しに刺激されてリセットされるという話があるが、俺はそうは思わない。
俺は日の光を浴びても眠い。
平日だろうがまだ寝ていたい……
「やっぱあと5分だけ……」
「ほら、さっさと起きてっ」
そう言いながら俺の肩を揺さぶるこいつは俺の幼馴染である夏川汐織だ。容姿端麗、セミロングの綺麗できめ細やかな茶色い髪、誰とでも仲良くでき、誰にでも優しい性格。当然近所や学校では大人気。そんなやつだ。汐織と幼馴染の俺はちょっとだけ鼻が高い。
家も近いので一応一緒に登校している。
たまに俺が寝坊しかけるとこうやって起こしに来る。ただ、部屋に来るのがたまにというだけで、家にはいつも来る。周りからは羨ましがられるが、俺からしたら変な噂が広まるのでやめてほしいばかりだ。
ややロングスリーパーの傾向がある俺にとって朝はキツい。
遅刻気味だし、耳元がうるさいのでさっさと起きることにする。
即座に歯磨き・着替え・朝食を済ませ、用意をし、「行ってきます!」と両親に告げ家を出る。
我ながら清々しい朝だ。多分。
「まったく、なんでいつもいつも俺の家にくるんだよ、汐織」
「……なんでもいいじゃんっ。ほら、はやくチャリのって!」
「お前また家においてきたのかよ」
「だってこっちのが楽だし!ほらほら」
「はぁ……遅刻気味だし仕方ないか。とばすぞ、しっかりつかまっとけ!」
汐織はたまに漕ぐのが面倒だと言って自転車を家に置いてくる。なにが面倒なんだよと思いながらも二人乗りで登校する。
急ぎながらやや眠たげに自転車を漕ぐ俺は、如月零。現在17歳の江水原高校2年生だ。江水原市に住んでいる普通の健全健康の男子。
サラッとした柔らかい黒髪をしており、顔はまぁまぁ良い方だと思っている。ちなみにナルシストではない。周りの評価を踏まえての自己評価である。ここ、重要。
中学は陸上をしていて、高校ではサッカー部に所属していた。なぜ過去形かと言うと現在は帰宅部のエースだからだ。
高校では部活は1年でやめてしまった。特に理由はないが、自由な時間がほしかったのかも知れない。おかげで今は自分のやりたいことができている。ちなみにアニメや漫画も大好きだ。隠れオタクともいえる。これは汐織にも秘密にしている。理由は聞くまでもない。
「そういや、今日またあの夢見たんだよ」
「私起こしにいったじゃん。見たらわかるよ」
「やっぱりアレはちょっとおかしいよな?」
「わかんない。でもやっぱり、なんか苦しそうだったよ?」
俺は、時折ある夢を見る。
あの日から。そう、あの日からだ。
2年前に俺は友達と近くの裏山で鬼ごっこをしていた。
ただ無数の木々が並ぶだけの山の中に、何者かによって作られたような一本の道。一見何も無いように見えたが、その道を進んだ先にあったのは廃虚だった。
俺はまるで吸い込まれるようにその廃墟へ向かっていった。ただの興味本位だったのかもしれないが、何かそれとは違う、言葉にしがたいものが確かにあった。
見つけた廃墟は、礼拝堂というか教会というか、その様な面影のある建物だった。瓦礫の中を進んでいくと、そこには一つの絵画が飾られてあった。大きな絵画だった。二人が互いに手を伸ばす姿が描かれている。そして、その絵画の傍には一つの本が添えられていた。何か文字が書いてあったが、読むことはできない。
本の上には、キレイな純白の一輪の花があった。少しだけ光っているような……?
いや、気のせいか。
ーーその花に触れようとして、手を伸ばした。手にした刹那だった。
眩しい、淡い光と共に俺は倒れていた。
次に目を覚ました時には奇妙な絵画も本もなくなっていた。もちろん純白の一輪の花もだ。傍には汐織がいた。途中でいなくなって、心配して探し回ってくれたみたいだ。
服が汚れているのを見るに相当必死に探してくれたのだろう。少し嬉しかった。
「ひっく……もう、心配したんだからああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
泣きながら心配してくれていた。本当に良い友人を持ったな。
そのあとは、さすがに廃墟にいるのは恐くなってすぐに2人で逃げ出したっけな。その日の事は汐織以外、誰に話しても完全に信じてはくれなかった。
まぁそうだろう。俺だってそんなこと人に言われたって信じれるかわからん。
やはりあれは俺の幻覚だったか?幻覚なの?
いや、そんなことないだろ!
とも思いつつ、その事は思い出さないようにしていた。
その日からあの夢を見る。頻度は少なく滅多に見ることは無いが、毎度毎度、内容が同じすぎてもう覚えたくらいだ。
あの二人は誰だ?俺となんの関係がある?
考えてもわかるはずもない。いったいどうしたものか。
そんなことを思いつつ、俺達は学校に登校した。チャイムの鳴ると同時に俺達は2年1組の教室にゴールイン。
「よっ!零、また彼女ちゃんと登校か?羨ましいぜ」
「うるせえ。彼女じゃないっての。」
そんな他愛のない会話をしながら席に着く。
チャイムも鳴ったし、そろそろうちの黒髪長髪美人担任が入ってくるだろう。
……チャイムが鳴り五分経過。先生まさか忘れてるのか?よくある事か。
………十分経過。いやさすがに遅いな。休みだとしても代わりに誰かくるだろ。
まったく、美人だからといってなんでも許されるわけじゃーーー
その時だった。
閃光と共に激震がはしる。何かが爆発したような感覚だった。痛烈な轟音が耳に響く。
「なんだ!?何が起きた!?」
当然のように状況を理解出来ずにパニックになる生徒達。それは先生だろうと変わらない。職員室も大騒ぎが予想される。
ガラガラガラっというドアが開く音がすると、皆先生が来たのだと少しだけ安堵する。
高校生と言えども、やはり緊急時における大人の存在は大きいものだ。
先生は教室に入ってきた。
ーー黒い覆面を被り、黒服を来た複数の男と共に。




