第16話 正義には、守るべきものが在る
雪が全身に当たって冷たい。
いや、俺の身体自体が冷たくなっているのか。もうわからない。
「ふ……れい……」
「あれー?君まだ死んでなかったんだね」
「……」
フレイ、お前は怪しいやつだとは思っていたが、ここまでしてくるとは。
なんとか一矢報いようとするが、身体を起こそうとしても言うことをきかない。
ソフィは攻撃が効かなかった事に自分の無力を噛み締めている様子。さっきからずっと無言のままだ。頭も混乱しているだろう。
俺の血がグロいのなら申し訳ない。
「うーん、本当はレイ君じゃなくてそっちのお嬢さんを殺すはずだったのに……君を殺すととても厄介な事になるからやめてよねー」
厄介な事?どういうことだ。
「でもさっきの攻撃を受けて死んでいないのは、僕からしたら謎だよ。おそらく、君は闇系統の適性値がとても高いんだろうね」
「……な、んで」
「んー?」
「なんで……こんな酷いことをするの!?」
ソフィがそう訴えかける。いつの間にか俺は膝枕をされている。いつもならその柔らかい太ももを堪能しているのに、今はそんなことしてられない。
「なんでって、言ったじゃないか。君を殺すためだよ」
「それなら、それなら私をちゃんと殺しなさい!
なんで、れいが……」
ソフィは俺の手を握りいまだに涙を流し続けている。その握られた手はとてもあたたかい。
自分も怖いだろうに。それでも敵に対して怖気づかないとは、強い女の子だ。
「あはははは!大丈夫だって!すぐに治療すれば治るんじゃないかなぁ?」
フレイは笑いながらそう答え、続ける。
「本当ならレイ君は死んでるはずなんだけど、自分の体質に感謝するといいよ。もっとも、その方が君にとっても僕にとっても好都合なんだけどね」
……君にも、僕にも?
「な……ぜだ。ごほっ」
俺は必死に声を出そうとする。絡まる血がまだ気持ち悪い。
「なぜ.……俺を、ごろざない……」
ある程度の予想はついている。
こいつは―――おそらく俺を向こうの世界で殺したやつと関わりがある。
俺がこの世界に来た一番の目的であり、倒すべき元凶。復讐してやると誓った相手。
「なぜなぜなぜなぜって、君たち質問ばっかりでつまらないなぁ。もっと反撃してきなよ。
でもまあ、仕方ないよね」
フレイは続ける。
「――あの方はつまらないこの世界を厭世と捉えていらっしゃる。それは今でも、逝く前の過去であっても。
……だが、その時だ。あの方の退屈凌ぎにぴったりなもの、つまり君が現れた。せっかく楽しむための要素が出てきたというのに、それを殺す訳にはいかないでしょ?」
「なん、だと……」
「レイ……」
確定だ。こいつは俺の一番の目的と繋がっている。
そんなやつに、そんな糞野郎に俺だけでなく、ソフィまでも殺されてたまるか。
しかも、楽しむだと?俺をそのための要素としか捉えていないのか?
……ああ、腹が立つ。瞋恚に満ちたこの俺の感情を誰が理解できようか。
「だから君がまだ死んでなくて安心だ。僕からも君の身体に感謝するよ、ありがとう。どうか生き延びてくれよ。
――もっとも、その可愛らしいお嬢さんは殺すけどね」
っ!そいうえばなぜソフィが狙われているんだ、それが本当にわからない。
だがせめて、せめてソフィだけでも逃げてほしい。俺を殺すのはマズいらしいから、ひとまず俺はこれ以上攻撃されることはないだろう。
「そふぃ、にげろ――」
さっきからソフィの手はずっと震えている。怖いのに、逃げ出したいのに、必死に俺をどうにか助けようとしてくれているのか。
……優しい女の子だ。出会ったばかりだとしても、この世界での俺の心の拠り所と言っても過言ではない。
だからこそ、だからこそせめて願う、どうか逃げてくれ。
「は、はやぐ――」
「ごめんね、レイ」
ソフィは逃げる素振りを見せない。
「なんで……かハッ」
畜生、吐血もするしうまく話せない。
「ごめんね。あの人の目的は私らしいのに、巻き込んじゃって」
何を言っているんだ。そもそも俺が二年前にあの廃墟に行かなければこんなことには。
「ごめんね。私のせいで傷つけちゃって」
お前のせいじゃない、俺が。いや、これも全てフレイや、フレイの言う「あの方」とか言う糞野郎が悪いんだ。
「……だからごめんね、私は逃げない。レイが守ってくれてなきゃ、今頃私は死んでいるもの。私の闇系統の適性値は少ないから、さっきの攻撃は何かわからないけれど、きっと助からなかった」
そう言ってソフィは俺の頭を太ももから再び地面に下ろし、立ち上がる。
その姿は、俺の汚い血がついてしまっているのに、可愛くも格好よく、また美しい。
お、おい!やめろ!
と、叫ぶ声は喉から出てこない。かろうじて声が出せる程なのに、必死に叫べる声が出るはずがなかった。
ソフィは振り返る。
「それから、ありがとう。私を守ってくれて」
やめろ。フレイには、多分勝てない。
「レイとは出会ったばかりだったけど、なぜか懐かしい感じがしたんだ。ふふ、変だよね」
やめてくれ。お前まで、死んでしまう。
「せっかく君に助けてもらった命だもの。君のために使うよ」
「や、やめ――」
「だからその……お互いに助かったら、もっとお話しようね」
涙を拭いた彼女の目には強い意志が感じられた。ただの不意打ち攻撃ですらあの威力だ。本当にフレイが本気を出したらすぐにでも死んでしまいそうなのに、それでも彼女は立っている。
「おや?もうお話はいいのかなー?
……それじゃ殺してもいい?」
「……ええ。始めましょう」
その次の瞬間、互いに魔術を放ち合う。
――ああ、またか。
また、またなのか。俺の敵は、どれだけ俺から奪えばいい。命だけじゃ足りないのか。
俺はどれだけ……どれだけ失えばいい。
教室で死んだあの時、次があるならと誓った。次があるなら、理想でいようと決めたじゃないか。それは畢竟、高遠な理想に過ぎたということなのか。
たとえ友を守れたとしても、その場で俺がすぐに力尽きたら、次に再びその友が狙われるのは当たり前。だからせめて、守りたいと思う者を逃がす時間を、稼げる力が欲しかった。欲張って言えば、その脅威を倒せる力が欲しかった。
俺は一度死んだ。どれだけ理不尽な死だったとしても、死には変わりない。
病気や交通事故、通り魔に刺される、何かの爆発に巻き込まれる。世界には、時には理不尽な死に方、ここで言うつまり『自分以外が原因で、何かの因果により死んでしまう死に方』をしてしまう人がいて、それは別に少ない事ではない。先程も述べたように、見ず知らずの誰かに刺されたり、事故や事件に巻き込まれたりして死んでしまうのも、願わない死に違いない。
そして何が原因であれ、死んだなら全て終わり。それが世の常であり、普遍の事実である。例え自分の人生に大きな未練があろうとも、それを果たすことは許されない。
そして俺は死んだ。未練ならもちろんある。死ぬ間際に出来た大きな未練だ。叶うはずもないと思っていた願いだったが、それを果たす機会―――元凶を退治する機会を、女神レイシアによって与えられた。
よく考えたら、卑怯な事だよな。特別って考えたらそれで終わりだが、他の人が死んでもやりたかった事を、俺だけができる機会があるなんて。
自分はそれを、ラッキーくらいにしか感じていなかった。それを自らの復讐のためだけに使おうと、考えていた。
……それは間違いだな。考えを正そう。
ソフィは今も、押されながらも戦っている。彼女は魔導師ではない、魔術士だ。当然S級以上の魔術も扱えない。
そして俺は、何も出来ずに傍観する事しかできない。
――果たして本当に、そうだろうか。
何も出来ずに、ということは何も力がないということである。
俺には本当に何もないのだろうか?
……断じて否。俺は力が、能力がないとばかり思い込んでいた。
レイシアは俺に何を与えた?一つだけ、力があるじゃないか。
……敵を殺す事だけを考えていた。俺や汐織、その他大勢に危害を加えた元凶。一度死に、今こうして異世界に来ることになった原因。それは忌むべき悪であり、倒すべき不倶戴天の敵であることに変わりはない。
それでもだ。
自分だけが特別だなんて思い上がるな。機会が与えられたなら他者の分までそれを全力で全うしろ。自身の『復讐』という目的のためだけに力を行使するな。なぜ女神が俺に力を与えてくれたのか考えろ。
……今ならわかる気がする。なぜ俺は称号を与えられた?なぜ俺はそれに伴う能力が全くもって使えない?
違う。使えないという事は、使うだけの資格が備わっていないということだ。俺は能力の開花を自分で閉ざしてしまっていたんだ。
正義のヒーローというものは、それだけで正義である。俺はヒーローなんて大層なものではないが、その在り方を見習うべきだ。
正義のヒーローは子どもの憧れ。彼らは決して、自分だけの利益のために、個人的復讐のために、私利私欲のために力を使い、戦うのではない。
――正義には、倒すべき悪が在る。
なぜ倒す?悪いから?それもあるが本質はそうじゃない。
――正義には、守るべきものが在る。
守るべき大切なものがあるから戦うんだ。自分の守るべきものに害を為すから、正義のヒーローは悪い敵を倒す。戦隊ヒーローならそれは世界中の人々。そしてそれは自分の国であったり、街であったり、大切な人であったり、人によって様々だ。
それを守ろうとすることこそが力となり、原動力となる。
大切なものを必死に守り、特別な力で悪敵を倒す姿が、ヒーローが子ども達の憧れる正義のヒーローたる由縁である。
そしてそれは、俺が学ぶべき姿勢であり、足りなかったもの。
……そうだ。俺は自分の復讐のためだけに動いていた。自分を含め、自分に関係あるものを傷つけられたから、ぶっ倒す。やられたら、やり返す。
それは決して間違いではない。誰しもがその気持ちを抱くのはごく自然な事。
――でも、それだけじゃきっとダメなんだ。
私利私欲のために動くな。復讐心や怒りに身を駆られるな。たとえそれが間違いでなくても、それを自分が行動するための一番の理由にするな。
正義のヒーローなら、守るべきものは世界中の人々である。
……俺なら、何がそこに当てはまるんだろう。
大事な家族。生まれ育った街。汐織や康平などの友人。ソフィ。あとは、あとは――
何か一つに決められないなら、全てを守るつもりでいけばいい。傲慢だとしても、いいじゃないか。
俺はレイシアに与えられたこの力を、『復讐』のためにではなく、『守る』ために使おう。自分の大切なものを含め、これから現実世界の俺の様にフレイの言う『あの方』に殺されるかもしれない人々のために。
レイシアは、俺は能力を与えられても初めは使いこなせないと言った。
そりゃそうだ。さっきまでの俺、つまり敵愾心に駆られた復讐者になんて資格があるはずがない。雑魚も当然。
あいつは、復讐できるならどうしますかと言った。
復讐させてくれるのかと、その言葉に期待した。だが、その真意は別のところにあった。簡単な思考誘導だ。俺の復讐心をひきつけ、駆り立てるため。
そしてあいつは、俺の使命は、すべきことは自分で見つけ出せと、おのずとわかると言った。
……全く、食えない奴というかなんというか、期待しすぎな奴だ。
おそらくこの能力は、それに気づけなければ開花すらしない。あいつは称号を授ける側の立場だ、俺から与えた称号を取り去る事なんて容易いだろう。
俺がもし怒りや私情に身を任せ、それを一番の原動力とし続けていたら称号、能力を刈り取るつもりだったんだな。
『悪を倒すため』ではなく『味方を守るため』に使う。これこそが与えられたこの能力を行使するための、資格だ。
この称号、そして能力がどうして守ることに執着したものなのかはわからない。それはこの世界で見つけていくとしよう。
これからは『守る』ために俺は頑張る。
だから、力を貸してくれないか――
今こそ、守るための力を願う。
――するとその瞬間、全身が淡い光に包まれる。それはまるで、プリシアの花の光と良く似たもので、全身からすっと消える。
そしてそのすぐ後に、今度は本物のプリシアの花の淡い光が俺の身体に、細かくいうと俺の腹部を包む。
すると先程までパックリと、見るも無惨だった傷口が少しだけ癒えた。どうやらこの花は俺の称号と関係がありそうだな。
フレイはおそらく、先程の✖字の攻撃に呪い効果を付与していたのだろう、左肩に似て傷口の回復が遅い気がする。
それでも、ヒールよりも高い効果である。この花に感謝しないとな。
資格を持った俺の外見に変化はないと思う。自分では見えないからわからないが。
だが、自分の内側の奥深くでは何かが変わった気がした。
いまだに腹の十字傷はズキズキするし、とてつもなく痛い。だが、それは先程よりも明らかに軽くなっているし多少は戦えると思う。少なくとも足でまといにならないくらいには。
……やる事は、ただ一つ。
今は俺を守ろうと頑張ってくれているソフィのために、力を使おう。
見てろよ女神、使いこなしてみせるからな。
見てろよ未だ見ぬ最終ボス、俺がお前をぶちのめす人間だ。
――今この瞬間、初めてキサラギレイの身に『ゼロ』の称号が与えられ、その能力が宿る。
ソフィは戦って俺を守ってくれている。
今度は俺が守る番だ。
新たな決意と共に、『ゼロ』の称号者は今立ち上がる。




