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第15話 白と紅と

 


「そうだ、アルクスはちなみにどんな国なんだ?」


 今思ったが、俺は行くつもりであるアルクスという国の事を全然知らなかった。

もしも異世界人差別とかあったらどうしよう……ってそんなわけないか。


「アルクスはね、とっても良い国なの」


 よし、その一言だけで十分だ。住むのが楽しみだぜ。


「世界の国の中でも一、二を争う程発展してるし、住みやすさもバッチリよ」


「へえ、そうなのか。それは楽しみだな」


「特に王都周辺はとても賑わっているし、欲しい物があるなら王都に行けば大体は揃う……と思うけど、どうだろう」


「なんでそこだけ自信なさげなんだよ」


「私、あんまり出店や商店街に行ってゆったりとお買い物とかした事ないの」


 ほうほう。なんで?とは聞かないでおこう。何か忙しい事情でもあるのだろう。


「言わなくてもわかっているとは思うけど、アルクスは魔術中心の国家。魔術教会の本部はこの国にあるわ」


「魔術中心なのは、この世界ではほとんどそうなんだろ?無適性者に対する差別意識とかはないのか?」


 ちょっと適性値がいいくらいで他の友だちに威張るガキ大将……とかならまだマシだが、さすがに課税が重いとかはないよな。


「特にそういったものはないよ。だって半分くらいの人は無適性なのよ?そんな目に見えた差別なんてしてたら国家に対する反逆なんて簡単に起こるでしょ」


「んー、言われてみればそうか」


「それでも性格の悪い人は嫌がらせをしたりとかはあるかもしれない。実際、過去にそういった事例もあったのよね」


「魔術の使えない人間が使える人間にかなうはずがないもんな。反抗できないのをいい事に虐めるドSもいないとは言いきれない」


「それでもやっぱり犯罪率は少ないわ。魔術教会の存在も大きいけれど、私は国民性の良さだと思うな。それからあとアルクスの良いところは、えっと、えっと――」


 ……ソフィはアルクスという国が大好きなんだな。必死に俺に魅力を伝えようとしてくれている。こいつが良い国って言うなら、きっと良い国なんだろう。


「はは、ソフィが自分の国を愛しているのはよく伝わったよ。俺も期待しとくとするか」


「うん!きっとびっくりするわ!」


 自信ありげだな。早く……そうだ、早く俺は魔術の練習をしなければいけないんだった。けっこう長い時間ソフィと話してたな、そろそろ移動するべきか?



 ……けっこう長い時間?



「……なぁ」


「ん?何?」


「俺たちは割と長くしゃべってるけど、人を一人も見ていないよな。こんな目立つ場所なのに」


 これはおかしいことなんじゃないのか?忘れかけていたけど、今は戦争中。人気が無さすぎる気がする。


「うーん、確かに全然人気はないけど、ここは基本的に戦場と遠い場所だからねー」


「え?そうなのか?」


「うん。ファルマスからしたら、こんな死角の多い森の中で魔術を使える相手に対して勝負を挑むのは避けたいんだと思うよ?」


「わからなくはないが、兵士はいたぞ?」


「全くいないってことはないと思うけど、基本こんなとこに来る理由なんて大したものじゃないわ。回り込んで挟み撃ちにしようとか思ったんじゃない?そんなことできもしないのに」


「できもしない?」


「だって一定間隔に国の魔術師を配置しているもの。武器だけの人間じゃ通れっこないよ。今頃平野の方では争いが続いているだろうねー、アルクスが優勢だと思うけど」


「つまりこの辺は本戦地じゃなかったのか」


「土地的にも辺境の方にあるから、攻める理由もないわ。それでも私は花が心配で来ちゃった」


「そうなのか」


 ……下手に移動するよりもここの方が安全か?てかソフィと一緒にいる方が安全かな?この美少女めちゃ強いし。


「レイはこれからどうするの?一緒に街の方までいってあげてもいいけど……」


「うーん、できるだけ早く街の方に行きたい気持ちはあるんだけど、俺一人じゃ道もわからないし、敵に出くわしても終わりだからな。ソフィがここを離れるまで一緒にいとくよ」


「そっか、それもそうよね。それにレイは記憶喪失なんだから、一人で行動するべきじゃないわ。本当に記憶喪失なの?ってちょっと思っちゃったりもしたけど」


 ぐ……鋭い。でもまあそうだよな、本当に記憶喪失ならこんなスムーズに人と会話出来るかも怪しい。


「はは……とりあえず時間もあるし、もうちょっとしゃべっとくとするか」


「ふふ、そうだね、お話しときましょう。何かお姉さんに聞きたいことはー?」


「ああ、それじゃあ――」




 視線をずらした時だった。


 ――?


 なんだあれは?


 石碑もどきの方に何かがある。黒く細長い何かが……浮いている?


 ――いや待て。


 目を凝らしてみると、先が鋭利に尖っている様に見える。


 それがこちらに……正確に言うと、ソフィの方に向かって近づいてーー



 嫌な予感がした。



「――っ!ソフィ!!」


「きゃあ!」



 咄嗟にアレを攻撃的なものと判断した俺は、ソフィを突き飛ばす。


 ……っ、間に合うか!?


 少女を突き飛ばした事に少し申し訳ない気持ちを感じながら、自分の反応できる最高速度で飛び出す。


 なんだあれは!?宙に浮かんでいた真っ直ぐの四本の矢の様なものがそれぞれ集まり、曲がった✖印を描いて此方に飛んでくる。


 アレは……ソニックブームか何かか!?


 ヤバい!間に合―――



「―――ぐはッ!」


「……え?」



 誰の仕業かもわからないその強力な黒い波動が、さっきまでソフィのいた所……今の俺がいる所に襲い掛かった。


 ソフィを庇うために突き飛ばす事には成功したが、さすがに避けきれずソレは俺の腹部に直撃した。衝撃に身体が耐えきれず、くの字に曲がる。


 一瞬にして何も無かった腹部に十字型の深い傷が出来上がり、鮮血が飛び散る。



「――――ぁ」



 ソフィ目の前で切り刻まれたせいで、彼女の白いブラウスや青いスカート、そして額や髪にビチャっとキサラギレイの紅い血が降り注ぐ。


 今や彼女の全身には俺の返り血が所々に付いていて、その綺麗な白い姿はどこにもない。


 鋭利なソレはズバッと俺の腹を切断し、貫通した――――かの様に見えたが、幸い貫通には至っていない。


 だが、とてつもない重症だ。



「っづああぁぁぁ!!誰だ!?………かハッ」



 肩の傷とは比べ物にならないほどの鈍い痛みが全身を襲う。痛い、そして熱い。


 腹部から流れ迸る血潮は辺りに滲みわたり、吐血と共に白銀の世界に紅い色を彩る。



「きゃあああああ!!

 レイ!?ねぇ、レイってば!?」



 ソフィは先程からこの状況を理解できずに放心していたが、やっと意識を取り戻した。


 その甲高く叫ぶ声、呼びかける声が閑散とした森の広場に響き渡る。だが、それに応える声は一つもない。



「あ……うぐっ、ねえれい、れい……ぁ」



 半放心状態で涙を流す彼女の声に応えてやりたいが……声を出そうとすると血が絡む。

 激痛と出血多量で既に脳は危険信号を出しており、意識はすぐにでも飛びそうだ。



「ある、ひーる……ある、ひ……」



 何度も回復の魔術をかけてくれるがその傷は一向に塞がらず、流れ出る血も止まる気配はない。

 ソフィの目は、もう俺を捉えているのかすらわからない。



「な……んで、だれが、だれがこんな……」



 本当にその通りだ。誰が、誰がなんのために、致命傷になりうる不意打ちを仕掛けてきたっていうんだ。

 教室で撃たれて、バカ少佐に撃たれて、何者かに肩を撃たれて――


 一体、一体何度傷つけられなくちゃならない!?俺が、何をしたっていうんだ!?



 ……その時だ。


「――誰って?ああ、僕だよ」



 突如現れたその声は酷く冷たい声で、こちらに向けて発せられた。

 先程からこの場には誰もいなかったように見えたが、石碑の後ろから出てきた所を見ると、隠れてやがったのか……?一体、いつから。



「――っ!アイシクルアロー!」



 ソフィは瞬時にその男に得意の氷魔術を唱える。

が、その男の前でその氷の矢は無残にも砕けちった。


「ううん、まだまだだね。そんな攻撃じゃ僕には傷一つ付けられないよ?」


「だ、だれ……!?」


 ソフィは涙を溢れさせながらもその強い視線で男を睨む。

 俺もギリギリの状態で視線を男の方に向け、その顔を見た。



 ――見た刹那、激しい憤りが全身を包む。


 あれは、あいつは、あの灰色の男は……!


「……で、でめぇ」


「初めましてお嬢さん。僕の名はフレイ。


 ――といっても、そちらの血塗れの青年とは初めましてじゃないみたいだね?」



 ……その広場の中心には、不敵な笑みを浮かべたクソ野郎がいた。



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