第9話 白い少女
「腹へった……」
とてつもなく、空腹に見舞われていた。起きてからまだ数分しか経ってないが、腹が減って動きたくもない。
せめて、せめて水さえあれば……
「……あいつ絶対次会ったら泣かせてやる」
異世界に来て新たな目的が追加された。
とても憤懣ではあるが、完全にこれは俺の落ち度でもある。まさか俺には傷一つ付けず、その変わり所持品を奪い去るとは。
こちらにきてからロクなやつに出会ってない。俺からしたら全員ボトルネックだ。
それでもまぁ、実際今こうして生きてんのもクソフレイのおかげではあるのだし、一概に責めることはできない。なんとも歯痒いラインである。
「それにしても、どうするか……」
いやほんと。ほんとどうするか。いやもうどうしたらいいんだ。無人島に流れ着いた漂流者と大差ないんじゃないか?
歩いて探しまわるのが一番効率は良いだろうが、エネルギーを使う。自宅警備員の思考だが、もう動きたくない。
かと言ってここに居続けてもいずれ死ぬだろう。兵士に見つからないとも限らない。
とりあえず、ここの入口から外を見渡してみるか。
身体を起こし、立ち上がる。
やはり筋肉痛が痛い。
赤ちゃんの様によたよたと歩きながら、光を頼りに洞窟の入口に向かい、外を見渡す。
「……森すぎて全くわからん」
小さな崖の上というか、段丘の上にいるみたいだ。俯瞰してみるが、木ばっかりだよ。ここはジャングルか?
天気が良い事くらいしか良い発見がない。
「ん?あれはなんだ?」
非常に遠いが、空で何かが動いている。
あれは……飛行機?戦争中だから、戦闘機だろうか?
ソレがどこかに飛んでいくのが見えた。
あれはファルマスの軍用機なのかな。だとしたら叩き落としてやりたい。無論出来るはずもないが。
飛行物体が見えなくなり、他の発見を求めてとにかく見渡す。俺の視力を舐めるでない。
「なんだ?……あそこだけ木がないぞ」
すると、前方にとある広場っぽい場所を発見。不自然に森の中を円形にくり抜いて作られた様な広場だ。何か白っぽい物も見える。
「よし、あれを新たな目的地とする。とりあえずなんかあるだろ」
さすがに遠くて何があるのか分からないが、分からないなら行ってみよう。不自然にあんな場所があるんだ、行く価値はありそうである。
「そうと決まれば、出発準備だな」
そうして準備をして、移動を開始しよう......と思ったがする準備なんてなかった。なんせ何も持ってないんだからな。
全く、なぜこんなことに……
考えるのはよそう。虫唾が走る。
何がともあれ行動開始だ。アレに向かってレッツゴー。テンションを上げなきゃやってられない。
行くと決めたらすぐに周囲を確認。敵対個体の存在はなさそうだ。敵の有無が最重要事項である。
この辺ってもしかして安全地域だったりする?人の気配はないし、やけに静けさがある。
……ああ、戦闘機を見るくらいだからそんなわけないか。
とりあえず、下に降りれる所を探すべく探索を開始する。そんなに高くもないけど、飛び降りて足が折れても困る。
高さの違う岩が何個か密集している所をみつけたので、器用にジャンプを繰り返し下まで無事到着。
そして最大限の注意を払いながら、ゆっくりと歩くこと約一時間。
そろそろ着くんじゃないか?
と思いながら前方を遠目にみやると、
「……なんだアレ?朝なのに、光?」
素直に疑問に思う。
先程見た、遠くに見える白い物体の正体は……花だ。真っ白い、広大な花畑。おそらく、目測で半径五十メートルくらいの広場だが、そのほとんどが花いっぱいで埋め尽くされている。
キレイな花だ。何にも染まらない様な、純白。これが絵の具なら、例え黒を混ぜても全てを白に染色しそうなほどの真っ白。これが現実世界なら間違いなく、インスタ映えだな。
そして先程にも述べたように、その花一つ一つが淡い光を放っている。その花畑の界隈は妖精が舞っているかの様に、幻想的な空間になっていた。
きっと夜にはもっと綺麗なんだろうな。いつか誰かとまた見に来たいなぁ……
それにしても木が邪魔である。まだ遠目に見てもこれなんだし、もっと間近で障害物もなくこのロマンチックな花畑を堪能したい。ロマンチストにでもなった気分だ。
……ってそんなうっとりしている場合じゃない。気を抜くな。俺の血で花畑が深紅に彩られたらどうする。想像もしたくない。
まあ、そこに辿り着くだけの目標なんだがな。
そうして残り数mの所まで歩みを進め、花畑とはまた他の何かを発見した。
「あれは……道?それと……」
純白の花がここを通れと言わんばかりに咲いていない、一本の道がある。そこだけは何もなくただの道であり、それは二年前の、廃墟へ辿り着くための一本道を想起させる。
その道が来た者を導く様に広場の中央まで続いており……中央にはこれまた白い石碑?が佇んでいた。なんというか墓石みたいだが、あれは間違いなく石碑の類いだと思う。ただそこにあるだけで特別な存在感があり、そこまで大きくもないのにそれは雄大に見えた。
――だが何よりも目を惹かれたのは、美しい花畑でも、壮麗な石碑でもない。
石碑の傍に、一人の少女がいた。
艶があり、新雪の如く溶けそうで柔らかそうな白い肌。可愛さ、綺麗さ、可憐さ、まるで美の全てを合わせ持つ様な整った顔立ち。生糸の様に純白で煌めき透き通る様な美しい髪。そのきめ細やかな銀髪は肩下まであり、セミロングの極致とも言えるだろう。いくら淡く輝く純白の花畑が綺麗だろうと、それは彼女の惹き立て役でしかない。これこそが雪の妖精の具現であり、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とは彼女のためにある言葉――――
……って見蕩れてしまっていた。なんだろうか、見た瞬間から褒め言葉が尽きない。俺はこんなに人を褒めれないタイプなのに。それほどまでに容姿端麗な少女だ。自制しなければ色々とやばそうだ。
なんだここは?楽園か何かか。こんなにも美しい花畑、その中央に居座りまた違う偉大なオーラを醸し出す石碑、それらがエキストラにしか見えなくなる様な、白い少女。
「……綺麗だ」
もうこの言葉以外出てこない。口に出さずにはいられなかった。彼女が敵が味方かすらもまだわからないというのにーー
「誰?」
――声をかけられた。なんて綺麗な声なんだ。ってそうじゃない。返事をしなければ。
彼女には、敵だと思われたくない。
「……ただの行く宛もない旅人だ」
行く宛がないのは深刻な問題だけどな。
俺はただある一本の道に足を踏み入れ、彼女の方に近づいていく。




