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最弱どころか正気度減りそう。

投稿を再開とは一体……。


お久しぶりです。

 


 てらてらと玉虫色に光る半透明の不定形。

 重力にグニャグニャと輪郭が絶えず歪み続ける様からは液体と固形物の中間にあるような流動性のある質感が見て取れる。


 そんな得体の知れない何かが、ナメクジの如く地を這いずっていた。



「……あれが今回の討伐対象?」


「ええ、そうみたいです」



 その光景を少し遠くより見つめる青年が二人。

 片や腰元に細剣を携えた紫髪の剣士、片や肩まで届く黒髪を靡かせた美青年。ジアとヒビキだ。


 二人は今、冒険者組合より依頼された仕事を済ませる為この場に訪れていた。



 ◇



「それにしても、まさかこれをリアルでお目にかかれるとは」


 不意にヒビキが、目にかかる前髪を払いながら驚嘆の染み入った呼気を吐き出す。

 パチリと見開かれたその真っ黒な瞳が捉えているのは前方にて蠢く半透明の塊だ。


「あんな生き物、本当に居るんだ」


 そう。あの塊は見てくれこそ異形だが、れっきとした一種の生命体だった。

 膨大な多様性を誇る魔物の中でも殊更に遭遇が稀とされ、地域によっては神聖視すらされている種属。


 その名も―――。


「―――スライム。結構珍しい魔物なんですけど……知ってるんですか?」


「見かけないと思ったら、珍しいのか。

 昔お気に入りだった創作物によく登場して、いつかこの目で見たいと思ってたんだけど」


「へぇ。東国の冒険小説ってスライムなんか出るんですね。王国ではドラゴンとか派手なのが多いのに」


「そういうのも多いけどね。それに、どちらかといえばスライムは悪者より味方として登場するのがほとんどかな。

 人に懐いたり、人に変身して街で生活してたり」


「……東国って平気で魔物を人みたいに扱いますよね」


「他国から見るとかなり変わってるよね。

 ああそうそう、面白いのだと主人公がスライムに生まれ変わって旅に出る、なんて話もあったな。

 実物があんなに気持ち悪い見た目とは思わなかったけど」


 見ていて気が狂いそうになる毒々しい色合いをした化け物が巨体を引きずっている光景は、はっきり言ってかなり気色が悪い。

 ただそこに居るだけで周囲の人間にここまで不快感を与えるその様は、なるほど確かに祟り神と称するのが似合うだろう。

 故郷にあった創作物を思い出しながらヒビキは、冒涜的だ、なんて呟いて小さく笑った。



「……いえ、アレが特殊なだけで大抵は小さくて可愛らしい見た目してますよ。

 色だってほとんどが淡い桃色ですし」


「それでも青じゃないんだ。こっちの東国じゃ色の描写は無かったけど。

 ……って、もしかしてライラの方はスライムを見るの今回が初めてじゃない?」


「ええまあ。知り合いが飼っているもので」


 他にも、勇者達との旅の道中に遭遇したり、騎士時代に帝国領にある村の作物を荒らしていたのを掃討した事があるのだが、説明が手間なのでジア、改めライラックは黙っておくことにした。



「魔物の飼育って禁止されてないんだ」


 意外そうにヒビキが目を瞬かせる。


「大国の領地では許可されてる地域がほとんどですね。家畜として扱われてる地域もかなりあります。もちろん審査とか役所手続きが要りますけど」


「ちなみにポルルートは?」


「許可さえあれば刑罰にとられる事は無いかと。

 ただ、街の人はあまり快く思わないでしょうね」


「ああ、確かに」


 少し残念そうにヒビキは同意した。

 港町ポルルートは国家に頼らず土地を切り拓いて来ただけあって、周囲に生息する魔物を脅威として捉える敵対意識が強い。

 魔物を愛玩目的に飼育などすれば、例え許可を得ていたとしても世間の目が冷たくなるだろう事は明らかだった。



「ま、そもそも『アレ』じゃあ許可なんて下りそうにないけどね」


「一等級危険指定の害獣ですからね。朝一番に町長さんが頭下げに来るくらいの」


 数時間前の出来事を思い出し、ライラックは苦笑を浮かべる。




 二人がこのスライム退治の仕事を受諾したのは本日の早朝、それも日の出より少し前の事だった。

 といっても二人はそんな非常識な時間に仕事を求めてギルドの門を叩くほど生活に困窮していない。

 『緊急を要する事態』という事でギルドの方から、それも責任者が町長と共にわざわざライラックの滞在先である宿屋に訪ねてきたのだ。


 事情を尋ねれば、昨夜遅くに街を出た交易商隊が道中、化物に襲われ半壊状態になって引き返して来たのだと町長は説明した。

 商隊はそれなりに腕の立つ冒険者を護衛に雇っていたにも関わらず、その実力者全員が手酷い重傷を負った。死者こそ出なかったものの被害は深刻で、それほどの脅威が街の付近に住み着いているというのは決して見過ごせるない事だった。

 しかし、だからといって半端な人材を向かわせたところで解決には至らない。どころかいたずらに被害が増えるだけだろう。


 そんな判断から、一週間前に『海の悪魔』の討伐において多大な貢献を果たしたライラックとヒビキに白羽の矢が立ったという訳だ。


 一連のあらましを聞いた二人が真っ先に抱いた感想は揃って『面倒くさ』という碌でもないものだったのだが、街の危機と言われては断るに断れず、根負けする形で消極的に承諾をした。


 そうして商隊が通ったという道を辿りながら街から北へ向かい、今の状況に至る。



「……いやさ。面倒なのは別に構わないんだけど時間が時間だった所為であんまり寝れてないのが辛いんだよなぁ。

 昨日かなり遅くまで調べ物してたし」


 言われてみれば、欠伸を噛み殺すヒビキの目元には薄っすらと隈が出来ているのが分かる。

 まだ大して高く昇っていない太陽を眩しそうにしているのはその為かとライラックは一人納得した。

 やけに口数が多いのも眠気を紛らす為なのかもしれない。



「この間ギルドの売店で買った眠気覚まし要ります?」


「頂こうかな。というか俺も今度から売店利用しよう。

 ……ライラはライラでなんだか元気がないね」


「あー、分かりますか」


 図星だったライラックは力無く笑ってから青い液体の入った小ビンを手渡す。


「なんとなくだけど。何かあった?」


「宿を出る時に娘さんと少し揉めてしまって」


「ああ、冒険者活動反対されてるんだっけ?」


 げんなりとライラックは頷き、辟易と続ける。


「やっぱり冒険者って危なく見えるんですかねぇ。

 あっさり死ぬほど弱くはないつもりなんですが。

 大通りの喫茶店で奢るって約束でようやく許してもらえました」


「あはは、災難だったね。

 でも身内ってやっぱり心配になるモンなんじゃない?

 俺とか実家に居た頃は通学すら口出しされたし。

 ……ま、愚痴はこの辺りにしておいて。

 そろそろ取り掛かろうか」


「ですね」



 そう締め括ると、二人は表情を引き締めて蠢く塊の下へ向かうのだった。




 ◇




 スライムは生命体である。

 生命活動を維持する為に動植物を捕食する事もあれば、天敵の養分になる事もある。

 つまり食物連鎖の一部に組み込まれているのである。

 それ故に攻撃手段というものを有しているのだが、では手も足も爪も牙もないスライムがどうやって他の動植物へ害を為すのというのか。



 その答えが今、ヒビキの目の前に純然たる脅威として迫っていた。


「うわわっ!?」



 慌てて右へ跳び退くヒビキ。


 直後、彼の居た空間を緑色の弾丸がいくつも風切り音を立てて通過していった。

 弾丸はそのまま勢いを衰えさせる事なく後方にあった大木に直撃し、幹をごっそりと抉りとるように腐蝕させる。

 穴だらけにされ自重を支えきれなくなった大木は重い音を立てて倒れ、地を揺らした。


 その光景にヒビキは顔をひきつらせる。



「酸? ……いやいやだとして目視じゃ一発あたり大匙一杯くらいの分量にしか見えなかったんだけど、それであの威力ってどんな強酸だ。

 反応速度も尋常じゃないし―――ってヤバッ」


 視線を戻すとスライムは再び体内で生成した酸を、それも今度は大量に溜め込んでいた。

 やがて酸の緑色は体表に集中し、直後、その部分が盛大に破裂を起こした。


 破竹の勢いで飛散した酸が視界を埋め尽くす程の弾幕を形成して、二人へ熾烈に降り注ぐ。

 その速度からして射線上から逃れるのは確実に不可能。それらの隙間を潜り抜けるのも決して容易ではないだろう。


 それを早々に理解したヒビキは回避を諦めた。

 とは言ってももちろん彼に自殺の意思はない。

 対処の手段として回避より迎撃が適切と判断しただけだ。


「っと!」


 炎の幕がかざした手の前に形成される。そして次第に膨れ上がり、やがて分厚い壁となって飛来する酸の弾丸を飲み込んだ。


「……ふう」


 木をなぎ倒す程の攻撃を受けてなお赫々と頼もしく燃え盛る壁に、ヒビキは安堵の息をつく。


 そうして心に少しばかりの余裕が出来ると、不意に疑問が芽生えた。そういえば急所など無さそうなあの化け物をどうやって仕留めるのだろうか。


「ねえ、アレって殴っても効かないとか斬っても意味ないとかある―――」


 疑問のままに右を向きながらそれを尋ねようとして―――彼は目に飛び込んできた光景に絶句する。



 こちらへ届く事こそないものの、実際には壁の向こうで未だ第二波、第三波と降り注いでいるだろう篠突くような強酸の雨あられ。


 それをライラックは、あろうことか全て真正面から見切って回避していた。


「すご……」


 弓矢にも勝る速度を見極める動体視力もさる事ながら、驚くべきはその身体能力。

 (はや)いだとか流麗だとか最早そんな話ではない。

 まるで関節の一つ一つが独立しているかのように、けれどその全てが回避を目的として駆動している。いっそ美しいまでに理に適ったその動作にヒビキは思わず目を奪われた。



 涼しげな顔で酸の嵐の中を突き進むライラック。目にも留まらぬ足捌(あしさば)きで彼はそのまま第四射目の散弾を軽やかに凌ぎ切ってみせた。


 スライムはすぐさま第五射を放とうとするが、けれどその合間に一瞬ばかりの空白が生じる。


 もちろんこれを見逃すライラックではなく、この隙に一気にスライムの懐へ踏み込んだ。


「そぉ……らっ!」


 そして肉迫と同時、固く握り締められたライラックの拳が戦車砲の如き威力を乗せて玉虫色の体表に炸裂した。


 その衝撃はいかに流動性を持つからと吸収しきれるものではなく、スライムの民家ほどもある巨体は、その四分の一にも上る大部分が鈍い破裂音と共に消し飛んだ。


 バランスを崩したように不定形の体は大きく仰け反り、地面にベチャリと潰れ伏した。



「……こんな風に、破壊規模の大きい攻撃なら基本的に有効ですよ」



 不意にクルリと振り返ったライラックが普段と変わりない調子で言う。

 その内容が先程の問いに対する答えだと気付くのにヒビキは数秒を要した。

 お陰で『いや、そんな規模を素手で破壊出来るのは君くらいだろう』とツッコミを挟むタイミングを完全に逸してしまう。


 それに構うことなくライラックは話を続けた。


「ただ、全ての部位を消し飛ばしてしまうと討伐証明が難しくなるので大規模な魔法を使う時は加減をお願いします」


「なるほど。それでガラスの容器を渡されたのか」


 付け加えるライラックにヒビキは頷く。

 何一つとしてなるほどでは無い。内心は依然として絶賛困惑の最中にある。けれど、それ故にむしろ思考が纏まらず、彼はそれら戸惑いの感情を表面に出す事が出来ずに居た。


 ―――その時。


「あっ」


 不意にライラックの背後で玉虫色のシルエットがむくりと起き上がる。その光景をヒビキは視界に捉えた。


 やはり急所が無いからか、あの損傷を以ってしてもスライムは仕留めきれていなかったらしい。

 仕草も表情もあったものではないスライムだが、それを見たヒビキはライラックへと向けられる明らかな害意を感じ取った。


「っぶない!」


 考えるより先に体は動いた。


 大気から練り上げた熱を押し固めて投げつける感覚。

 その一連が気づけば遂行されていて、我に返ったヒビキが次に目にしたのはライラックを押し潰さんと飛びかかるスライムが自身の放った白光の槍によって貫かれる所だった。


 大穴の空いたスライムは今度こそ動きを止めた。




 ◇




 所変わって、ポルルート冒険者組合。

 その応接室にて。


「……それは確かなんだな?」


 体格の良い男が語気を険しくさせて尋ねる。

 その剣呑な目つきが向く先には獅子の紋章を背に刻んだ甲冑姿の兵士。


 対して、兵士は清々しい程に口を大きく開けて問いに答えた。


「は。間違いありません市長殿。

 このポルルート領海にて、旧ロイズ王家に伝わる遺跡が発見されました」


 ハキハキとした口調で語られる内容に市長と呼ばれた男性は密かに舌打ちする。


「するってえと、なんだ。

 取り決めに従うならそいつはなるほど王国の所有下にある訳だが、アンタ方はそこを調査したいってのか」

「左様にございます。明日ごろ国王陛下より遣わされた学者が到着予定です。そこで冒険者組合には護衛を派遣して頂きたい」


 以上が用件だと口を閉じた兵士。

 そこに、市長の隣にいた女性が口を挟んだ。


「待て待て。アタシたちゃ無関係のはずだろうがよ。

 遺跡だがなんだか知らねえが、それはアンタらの管轄であって、ウチに口出しする権利は無えんだろ?

 ならウチのギルドが協力するってのは筋が通っちゃいない」


 ハスキーな声質で述べられる男勝りな言い回しに兵士は僅かに片眉を吊り上げたが、すぐに二人へ向き直る。


「いえ、これは命令ではなく依頼です。

 組合を仲介して冒険者を正当な報酬の下護衛として雇いたい、という事です」


「……そういう事なら、了解した。適当な人材をこちらで見繕っておこう。

 それで、用件はそれだけか?」


「あ、いえ。……これは王命とは無関係なのですが。

 ―――()()()()()()()()という名に聞き覚えは?」



 言葉に反して、先程述べた業務としての用件より余程真剣な顔付きで尋ねる兵士。

 しかしこれに二人は首を横へ振った。



「……特に心当たりは無いな」


「左様ですか。いいえ、ならば結構。

 その名を耳にした際には是非ご報告を」


「あいよ。んで、アンタはこれから帰んのか?

 宿探してんなら紹介するけどよ」


「四人分の空きがあるならば、お願いしたい。

 野営の準備に取り掛かっている我が隊員を街の外に待たせておりますので」


「構わないよ」


「ではご厚意に甘えます」


 頭を下げると、最後に敬礼をして兵士は部屋を出て行った。





 残った市長と女性は顔を見合わせる。


「おい、王国兵なんざ泊めて平気か?」


「大所帯で街を占領する訳でもないし、大丈夫だろ。

 兵隊四人に怯えるほどポルルートの人間は弱く無えよ。

 それになにより……良い男だったからな。アタシ好みの」


「お前、ヒビキとライラックにも似たような事言ってたな。そんな有様でよくギルドが回るものだ」


 呆れのあまり漏れた市長のため息に女性は鼻を鳴らす。


「こんな役職、今すぐにでも辞めたいくらいなんだがね。

 ギルドマスターなんて大仰な肩書きの所為で男が寄って来ねえ。

 それより市長さんよ。またライラックの奴を駆り出すのか? さっきレマちゃんから苦情来たんだが」


「なに?」


 報せに町長の顔が青ざめる。


「最近ライラックが忙しくて宿に中々帰って来ねえんだとよ。今朝もスライム退治に向かわせただろ?」


「うむ。いやしかし他の人間に任せる訳にも……」


「どうでも良いが、言い訳は考えといてくれよ。

 アタシは大通りの高級宿を四人分手配してくるから」


「ふざけんな。おいコラ待て!」



 聞く耳持たず、女性はその場を後にする。

 ライラックとヒビキがギルドを訪ねたのはそれからおよそ二時間後の事だった。




春休みの間に何としても区切りの良い所まで……!


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