ルクスタリ帝国とくむ部隊きんきゅー会議(四名欠席)
少し遡って。ジアが勇者に追放を言い渡されてからまだ数日の事。
その日ルクスタリ帝国城のとある一室にて、密かに会議が開かれようとしていた。
かねてより招集をかけられた七人が円卓を囲む。
円卓には『 Ⅰ 』〜『Ⅻ』の数字が時計周りに並び、また各数字の前にそれぞれ椅子が固定されていた。
その内、『Ⅱ』と『Ⅳ』と『Ⅵ』と『Ⅸ』そして『Ⅻ』の計五つが空席となっている。
七人の間には重い沈黙が流れており、物音といえば時折誰かが部屋のすぐ前の廊下を通り過ぎる足音くらい。
そして沈黙は、一人の男が部屋に入ってくるまで続いた。
「よし、揃っているな」
入ってきたその人物は、五つ席の空いた十二の円卓を見渡して独りでに頷くと、部屋の『Ⅸ』の席に腰を下ろす。
そしてこの場に居る全員に呼びかけるようにして、言った。
「急な招集にも関わらずよくぞ集まってくれた。
これより十二天士による緊急会議を開く」
その宣言を皮切りに、会議は始められたのだった。
◇
「では早速今回の議題を……」
「その前に隊長。一つ良いかな」
隊長と呼ばれた、部屋の最奥の席に座る男、オルノト・イライアが話を進めようとすると、それを遮る声が上がる。
声の方へ目をやると、円卓の『Ⅲ』と描かれた席にて足を組んでいる貴公子のような風貌の青年が上品な仕草で片手を上げていた。いや、口調や格好こそ創作物に出てくる美男子のようだが、よく見るとただ中性的な顔をしただけの女性だと分かる。
「……何だ。ラウリア」
出鼻を挫かれたことに若干の不満を視線で訴えながら、オルトノは手を挙げた人物、ラウリアに許可を出した。
「任務で遠征中のアルディとかジアが居ないのは分かるんだけど、なんでレサとスピラは呼んでないのかな?」
「その理由も含めての今回の議題だ。今から説明しよう。
だがその前に一つ。どうか落ち着いて最後まで聞いて欲しい」
「ハッ、随分とビビらせんじゃねえか隊長さんよ。
一体全体何が起こりゃあ俺様達をそう脅かす事が出来るってんだぁ?」
茶化すように野次を飛ばしたのは『XI』の数字が刻まれた席にて円卓に行儀悪く足を乗せている金髪の男性。
普段なら男性の不遜な態度を諌めるはずのオルノトは、それでも顔を俯かせたまま一向に張り詰めた姿勢を和らげない。
それだけで話の緊急性を理解したらしく赤髪の男はそれ以上何かを言おうとはしなかった。
再び沈黙が下りる中。
その場の全員の視線を浴びながら、やがてオルノトは意を決したように議題を言い放った。
「ジアが、騎士を辞めた」
その内容は同僚が仕事を辞めたという、ただそれだけの話だった。なるほど確かに彼らが機密とされる特務部隊の人間であることを考えればこれは驚くような事実なのかもしれないが、それこそ今さっき赤髪の男が言ったように脅威の原因になるとはどうしても思えない。
それでも、この言葉を聞いた各々の反応は、一致して絶句というものだった。
そして、場に重苦しい空気が漂い始める。
「じゃあ、なんだ。つまりあいつが、負けて、帝印を奪われた。って事か?」
驚愕に顔を強張らせて、『X』の席の青年がおそるおそる問う。
しかしオルノトはこれに首を横へ振った。
「いいや違う。それなら部隊から脱退したと言うさ。
そうではなく、奴が騎士としての地位を捨てたつもりで行方を眩ました。つまり、もう帝国には帰って来ないだろうという話だ。連絡も無い」
奴との通信水晶はここ数日黙りっ放しだ、とオルノトはため息混じりに付け加えた。
「なんだ。じゃあ別に『アレ』を討ち破るような化け物が現れたって訳じゃないんだな。
驚いて損し……あれ、それって充分ヤバくね?」
「そりゃスピラとレサキアを呼べない訳だ」
「誰が山に出た龍退治すんだよ。俺様もうしんどいんだが」
「あやつ、弟子はどうするつもりなのだろうか」
次々に上がる納得と疑問の声。
それでも混乱が起きないのはここに居る全員がその考えを同じく抱いているからだ。
「待って待って。その前に彼は遠征中のはずだろう。
確か教会関係の任務で勇者とやらの下に騎士として潜入してるものと思っていたのだけど、記憶違いだったかな?」
「その勇者に追放されたらしい。そして代わりにリリットの派遣を帝国に求めたそうだ」
「それこそなんで」
「足手まとい、と言われたらしい」
「……はァ?」
噛み付くように、赤髪の男が反応を示した。
「……おいおい冗談はよせよ隊長さん。
アンタ、あの大陸最強のバケモンが実力で『第七』に劣るから、教会の傀儡なんぞにむざむざ追い出されたっつってる訳だが」
「これがいつもの笑えないジョークなら良かったのだがな。私だって冷や汗で死んでしまいそうだよ。
なんでも、良かれと思って立場と手の内を明かさないようにしていたのが裏目に出たらしい」
「またナメられた訳か。文字通り冗談じゃないね。
というかこれは隊長さんのミスでしょ。なんで偽の肩書き作ってやんなかったのさ」
「それに関しては返す言葉も無い。いや、一応議会に提案はしたんだが突っぱねられてしまってな。
陛下は自室に塞ぎ込んでしまわれたから許可を取るどころではなかったし、身分証の発行が叶わなかったのだ」
騎士証ならあるのだからあとは聖女が慮って穏便に済ませてくれるだろうと高を括っていた。というのが本音だ。
オルノトが言い終えるとあちこちでため息がこぼれる。これは彼へ向けたものではなく、先程名前の挙がったこの国の議会に対する呆れを吐き出したものだ。
帝政をとっているルクスタリではあるが、国家の規模が肥大化し人口が増加するにつれて国民の意見を政治に反映するべきという民主主義思想が帝国の中で生まれた。
その声は数年前の先代皇帝の崩御によって勢いを増していき、その結果、選挙制が導入され、幼き皇帝の代わりに行政の一部を担う議会が設置されたのだ。
しかしいきなり実施された共和国の真似事のような選挙がまともになるはずもない。
結果として出来上がったのは民主主義を騙る私欲の権化の寄せ集め、というのがこの場に居る全員が共通して抱いている認識だ。
犯罪組織といった不穏分子の抑圧、都外における不作や領主貴族による圧政といった問題の原因の除去など、帝国中の秩序を保つ為に幅広く暗躍している彼ら特務部隊にとってそもそも議会など不要。それが私腹を肥やす事にのみ執着する無能の寄せ集めとなればむしろ邪魔なくらいだ。
そしてそんな議会が皇帝の反対さえ押し切ってジアを勇者の援軍として派遣したのが今回の件のそもそもの発端。
オルノトに至ってはそろそろあの愚物共の首をすげ替えるべきだと考えている。奴らの足の引っ張り合いのしわ寄せはいつだって彼に向かうのだ。
「……で、ジアのお兄さんが邪神退治のお伽話から退場したのは分かったけど、それでどうして騎士を辞める、なんて事になった訳?」
話を戻すようにそう尋ねたのは先程オルノトに手落ちを追求したのと同じく『Ⅰ』の数字が刻まれた席にて机に肘をついて金属で出来た両手に頰を乗せている少女だった。
問いを受けたオルノトはまたもや言い難そうに目を逸らし、返答に少し間を空けた。
「勇者に命令されて帝印と騎士証を差し出したらしい。
他にも通信機以外は宝剣も、特級冒険者資格も、家紋も全て」
誰かの息を呑む音がした。
「家紋も……って、それリリットにどうやって説明すんの?
下手に伝わってキレたあのブラコンが勇者殺して教会に宣戦布告、なんて筋書きが一瞬で頭に浮かんだんだが」
「つうかよ。その資格やらって全部勇者が持ってるって事だよな」
「ならば今の第二席は勇者という訳か」
「それ以前に勇者がいくら神の使徒を名乗ってようと他国の人間の地位剥奪なんて明らかな超権行為だよね。
これって国際問題な気が……」
「うるさいうるさい!だから言いたくなかったんだ!」
堰を切ったように口々に放たれる指摘にオルノトは聞きたくないと耳を塞ぎながら頭を振る。
今挙がった問題は全て彼の管轄下にあり、言い換えると、全て彼が処理しなくてはならない事項である。
彼の肩に乗っている責任と先に待ち受ける困難を思えば、誰もが哀れみの目を向けずにいられなかった。
「とにかく! 今からそれらの問題をどう対処するべきか話し合おうと思う」
「じゃあジア自身の事は後回しって感じか?」
「いや、諜報隊に全力で捜索させる。除籍やらの手続きをまだ一切行ってないからな。奴さえ帰って来れば地位やらの復帰などなんとでもなる。
が、それでもすぐには見つからん。だからそれまでの間を色々と穏便に納めたい。その為にこの事はスピラには内密に頼む」
「いや誰が言うかよ。そんな龍の逆鱗に触れるような真似、好き好んですんのはジアくらいだろ」
「待ってそれ冗談になってない」
声の震えた指摘が失笑を生んだところで、オルノトは閑話休題とばかりに一つ咳払いをした。
「さて、ではまず勇者から指名を受けているリリットを、なんと言って行ってもらうべきか、案は無いか?」
先程から口調こそ平静なオルノトだが、声色は隠しようがないくらい明らかに切羽詰まっている。
いつもは話を脱線してばかりで一切前に進めようとしない彼らも自身の隊長のそんな様子を見て流石に緊急性を感じ取ったのか、あるいは単に部隊の十二人の内で最も話の通じない二人が居ないお陰か、珍しくまともな討論が始まった。
「ジアの事だけ伏せて向かわせる、くらいが妥当だろうな。
事が明らかになった途端にあやつがこちらへ牙を剥く、という可能性もあるが」
まず最初にそう提案したのは『V』の席の人物だった。
腰元に刀を携え着物を身に纏ったその風貌には騎士というより剣客といった言葉が似合う。
「何を言おうと、逆に何も言うまいとバレる事自体は避けられないと思うがね」
そう指摘を入れるのは目付きの鋭い壮年の男性。体格は細身で、燕尾服に白の手袋と貴族に仕える執事のような落ち着いた装い。なのに、右目を覆う革の眼帯の所為でどうしても厳しい印象を受ける。その席には『VIII』の数字が刻まれていた。
「別の人に行かせるのはダメなの?」
淡々とした、あまり感情の見えない声でそう提案したのは『VII』の席の人物。その顔はフードで隠れていて、体格と声から女性であるということくらいしか分からない。
この意見はオルノトが不可能だとすぐに否定した。
「今は手の空いている第七位階の人間が他に居ない。
だからといって第六より位階が低い人間を送ったところで勇者に追い出されるだけだろう」
「よく考えたら一番の元凶ってその異世界人だよね」
「……え、勇者ってマジで異世界から召喚されてたのか?」
「……私も聞いてないね」
『I』の席の少女が吐き捨てるように言うと、疑問を込めた視線がオルノトへ集中した。
「そういえばこの情報は共有していなかったか。
陛下とジアには既に伝えたが、勇者というのはでっちあげた存在ではなく、本当に教会が異世界より召喚した人間だ。
神の使徒などというのは流石にただの作り話だがな」
「……つっても、その異世界ってのが何なのかがそもそも分かってねえんだよな。女神教の天界とか冥界みたいなもの、っつう認識で良いのかよ」
「概ね正しい。どの地続きにも、海の向こうにも、空の果てにも、地の底にも海の底にも存在しない場所、という意味では同じく異界だ。死後に行く場所という訳ではないが」
「あー、全っ然分かんねえ」
「まあ分からなくていい。興味があるなら後で学院の教授にでも聞きに行け。今は何よりジアの事だ。
とりあえずリリットの件は事実を伏せる方向で行く。
万が一バレて勇者が殺されても教会には交渉材料がある」
例えば勇者は行く先々で権力者に悪印象を与えているため、根回しさえしておけば多方位からの圧力を以って教会を抑え込む事は可能だろう。
その過程で聖国が力を失ってしまい情勢が傾くのはこの際仕方がない。
帝国と聖国の間で全面戦争が起こるよりは全然マシなのだ。
そう断じて、さて、とオルトノは新たな話を提示する。
「次に、陛下についてだ」
途端、場に居る全員の顔が苦いものになる。
さて、ここでジアの失踪とはあまり関連性の無さそうな『陛下』などという言葉が話に上がるのは、ジアが勇者の下へ向かう以前に与えられていた特務に理由がある。
基本的に龍といった害獣の退治など、帝国領周辺地域の平穏維持の為の荒事に関する仕事を担っていた彼だが、それとは別に与えられていた任が実は存在する。
ルクスタリ帝国が女皇帝セレン・ワム・ジェグレッティの護衛だ。
実際には護衛だけでなくお目付役やら世話係やらを兼任していたが、とにかくジアは皇帝の付き人のような役を務めていたのだ。
とは言っても所詮は付き人。そのジアが失踪したということでどうして彼女への対処を練る、だなんて話になるのか。
それはーーー。
「陛下、ジアにベタ惚れだからなあ」
揃って一同、深くため息をつく。
オルトノに至っては額を抑えて天井を仰いでいた。
「はあ、なんだってあんなのを……」
「あたしとしては分からなくもないけどねー。
基本的にスペック高いし、顔も悪くなければ気配りも出来る。お兄さんって男性としては理想的だから」
「……ん? まさかラジェもジアに気があったのか?」
「いやいや冗談でしょ。そりゃお兄さんとそういう関係になるのも別に吝かではないけど、流石にあんな層の厚いライバルが居るとなるとちょっと遠慮したいかな」
笑い飛ばすような調子で『Ⅰ』の少女、ラジェントは否定を示す。
ここに来て更に状況が悪くなるのは御免だったオルノトはその事に安堵の表情を浮かべた。
「……陛下やスピラの恋愛観がそんな風にドライだったなら私の心労もマシだったのにな」
「二人の年齢を考えたらそんなモンじゃない?
成人してないあたしが言うのもなんだけど」
「全くだよ。ボクと五つしか変わらない癖に」
「いやいやスピラちゃん。十代で五年の差は中々に大きいと思……う…………スピラちゃん?」
全員の視線が、おそるおそる誰も居ないはずの『XII』の席の方を見た。
「やあみんな。今日は随分と面白そうな話をしているね」
するとそこには、先程名前の上がった絶対にこの場に居てはいけない人物。
「その話、ちょっとボクも混ぜてもらえないかな。
ーーージアが、どうしたって?」
幼さの残る顔に凍てつくような笑顔を浮かべて佇む、スピラ・リズアラゼルの姿があった。
分かりにくいので特務部隊の十二人の名前と簡単な特徴を補足。
第一席ラジェント・カーバンクル
手が金属で出来ている少女。今回はいっぱい喋ってる。
第二席ジア・フェメルトス
主人公。童顔の二十四歳。今回は出てこないけど化け物だのなんだのボロクソに言われている。
第三席 ラウリア・クァロルマン
貴公子っぽい格好をした男装の麗人。
第四席アルディア・ヴァロンダム
とある国との戦争で前線に出ているので今回は欠席。
ガタイの良いオッサン。強い。
第五席ジェイド・ルスガーフ
刀を腰元に携え着物を身にまとった騎士というより剣客といった風貌の、要するにサムライ。
城内は一部の要所を除いて帯刀が許されています。
第六席レサキア・トライエンド
今回は欠席している。
第七席カリア・ネロンダ
顔がフードで隠れている。体格と声から女性だという事だけ分かる。
普段から無口で、今回も全然喋ってない。
第八席ペテロネ・オブリドット
眼帯をした執事っぽい格好の壮年。
普段から寡黙で今回も全然喋ってない。
第九席オルノト・イライア
みんなの隊長。容姿や服装の描写はなし。
薄い茶髪でイケメン。苦労人。
第十席ルトリマ・コンジルン
青年とだけ描写。書かれてないけどオッドアイ。
第十一席リレパルト・ヘズラー
俺様が一人称でヤンキー口調の金髪。
第十二席スピラ・リズアラゼル
今作のヒロイン。ボクっ娘。
最後にちょこっと登場した。ちょこっとヤンデレ気味。
一つの場面に一気に九人の登場人物を出すのは初めてで、どうしても分かりにくくなってしまったが故にこうした措置を取りました。
設定集はその内また別に。