願望と希望と終わり
俺の名前は下田桜。市内の中堅高校2年生で、成績も中の中の普通の高校生だ。趣味は読書。去年友人にライトノベルを勧められて、今では沼にはまっている。特に異世界転生系のものを読んでいて、日常生活でも転生を期待している。異世界転生系のラノベは主人公が色々な意味で強いからだ。異世界に行けば、今の退屈な日々を抜け出せるし、更にいい生活を送れる。こんないいことはないだろう。ただ一つだけ懸念していることがある。それは、異世界転生の手段は大抵「死」であるからだ。この世界にも未練は少しあるし、死ぬのは怖い。だから今は、外的要因で死ぬのを待っているだけだ。
「転生したらどんな能力が使えるかなぁ」
ラノベの挿絵を眺めながら呟く。因みに今読んでいる作品の能力は、「テレポート」だ。主人公がテレポートを活用して世界を救っている。地震が起きたら津波が来る前に安全な場所にテレポートさせるみたいな。
「魔法が使えたら最高だな」
魔法はだれしもの憧れである。大抵の異世界物はみんな魔法が使える。みんなできるんだったら俺にだってできるだろう。使うなら後方支援系かな。後方支援ってなんかかっこいい。
なぜ俺がこんなにも異世界に行けることを信じているか。それは、つい先日異世界に転生した人間がいたからだ。これで実際に異世界があることが証明された。あるなら行くしかない。こんな現実より、異世界での世界の方が楽しい筈だ。悪を倒してもいいし、ハーレムを作って楽しく過ごすのもいい。取り敢えず、行くことは決意した。ならば行くまで。
「またラノベ読んでるな」
声をかけてきたのは、同じクラスの森葵だ。趣味が近いということで最近意気投合した。彼女はアニメ派の人間である。彼女の対象は専らアニメで、ラノベもアニメ化したものしか読んでいない。
「葵か。いいだろ?何読んでたって」
「まぁ、そうだけどさ」
「そういえば葵は、異世界転生が可能なこと知ってる?」
「あーあれね。正直信じてはいないけど」
「そうなんだ。でも、異世界が存在するってワクワクしない?」
「うーん。ハイリスクなんだよね。異世界に行こうとして自殺して失敗した人も多いって聞くし」
「そうだけどさ、少しでも可能性があるなら期待はするよ?」
「私は現実で、疑似的に異世界を見る方がいいかな。失敗したらアニメ観れなくなるし」
「そうか…ラノベ読めなくなるのか」
「そうだよ。持ってけるわけじゃないし」
「でも、ラノベの世界観を実際に感じられるんだよ?」
「同じ作品ばっか読んでたら飽きるでしょ?ずっと楽しめている保障はないよ?」
「いい作品は、飽きが来ないからいい作品なんだ。それに飽きるかどうかは結局自分次第でしょ?失敗とかするかもって思って逃げてたら何もできないよ」
葵はふと外を見る。それに釣られて俺も外を眺める。もう空は朱に染まり始めていて、運動部が何かの準備をしている。季節は初冬。もう羽織るものがないと寒くて凍えるくらいの気温である。これから寒い中を歩いて帰ると思うと体が震えてしまうが、これ以上学校にい続けるのも野暮なので帰ることにした。
「葵は塾?」
「今日は入ってないな」
「暇だから一緒に帰るか」
「なんか恋人同士みたいであれだな…まぁいいや。駄弁りながら帰ろう」
恋人同士みたいと言われ軽く落ち込んでしまったが、一人で帰るよりはましだろう。
「桜は結局異世界に行きたいの?」
「行けるのなら行きたいかな。こっちの世界より楽しそう」
「楽しそう…か。そんなに現実が楽しくないの?」
「そういうわけでもないよ」
実際のところ、現実世界も満喫してしまっている。異世界が必ず現実世界と乖離している保障だってない。現実世界と少しだけ違う世界なのかもしれない。でも、楽しめないってこともないだろう。そこの世界を楽しめるのかどうかは、世界によってではなく自分次第なのだからだ。だから今どうこう言うのは意味のない行為である。
「へー。意外」
今日の彼女はなんだかおかしい。いつもはもっと楽しそうにしゃべってるのに。
「ちょっと桜っ!」
同じ始まりの文章が3つもあるって?
『異世界は厳しいようです』と異なる世界線でのお話です。
これはどういうお話になっていくのでしょうか。