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短編

民主主義的な独裁政権

作者: NOMAR


『〇〇党が与党になりました』

 と、ニュースで報じられてから国会議事堂前には国粋主義者のデモ行進が連日大盛況。

 かつてアメリカでも選挙の結果を不満とした人達が、似たようなことをしていた。あれから何年か過ぎたわけだが、日本もまた同じような事態になっている。


 職場の昼休み、お昼のニュースを見ながらお弁当を食べる。いつもと変わらないいつもの風景。誰が総理大臣になろうとも、何処が与党になろうとも、俺の暮らしは代わり映えしない。

 しかし、思い返してみれば、俺は勝ち馬に乗ったというところだろうか。

 

 職場の皆も明るく笑いながらニュースを見ている。この職場に勤める者は皆、前回の選挙では〇〇党の議員に投票しているので、応援したところが与党になった結果にご満足。

 民主主義の投票なんてのも、今ではこんなものか。お弁当のハムカツを口に入れる。ここの会社のお弁当は、以前に勤めていたところと比べて、値段も安くておかずもけっこうある。

 それだけここの会社に、この周りの地域に、余裕があるというか、景気が良いというか。


「これからどうなっちまうのかね?」

 お弁当を食べながら九巻が聞いてくる。眉を寄せて少し不安そうに。九巻は同じ職場の同僚で、俺と同じライト層だ。

「ついに〇〇党が与党になっちまってさ」

「どうかな。俺はあんまり変わらんと思うが」

「そうか?」


 九巻が顔を寄せて声を潜めて、

「〇〇党が与党になんて日本では初めてのことだし、何よりバックが、アレだぞ?」

「そのバックのおかげで俺たちゃ、ここの仕事を続けてられて、そこそこいい給料も貰える。いいこと尽くめだ。俺たちライト層には気分としては微妙だけどな。だから九巻の不安も解る」

「日本はこれからどーなんだろな?」

「あんまりおかしなことにはならんだろ。これまで変なことをしてこなかったから、アレも大きくなったんだろし」


 テレビには国会議事堂にシュプレヒコールを叫ぶ年配の人達の群れ。おそらくはあちらの方がマトモな人達なのだろう。しかし、マトモなだけでは暮らしてはいけないのが、現実というものだ。

 何処が与党になろうと政治のことなど俺には雲の上の話だ。だから会社の方針通りに俺も〇〇党の議員に投票した。それがここの当たり前で、それをすることが今の仕事を続けるコツだ。


 俺はかつては家族から離れて、独りで暮らしていた。実家と親戚については行けず、距離を取っておきたかった。

 しかし勤めていた会社が倒産し職を失ったところで、母親が倒れた。その介護の為に田舎へと戻り母親の介護をすることになった。

 このとき、俺は自由を失ったと自分の人生を諦めた。


 俺の田舎、俺の家族と親戚は全員が同じ宗教に嵌まっている。中身はカルトだが、その規模はいちカルトと呼ぶには大きい。

 何より親戚には議員がいる。その宗教団体がバックにつく〇〇党の議員だ。それもあって親戚一同が〇〇党を支援するカルトの一員というわけだ。どうかしている、と昔は思っていたが。


 子供の頃から親に連れられてその宗教の会に行っていたが、俺はいつからかその宗教団体に不気味なものを感じて、離れたくなった。

 今にして思えば、かつての北朝鮮の指導者に万才する人々。テレビのニュースで見たその映像に感じる不気味さ、盲目的な信仰に身も心も捧げる人々への不可解さ、奇妙さ、怪しさ、というものを子供心に感じていたのだろう。

 俺から見たら、みんな頭がおかしい。


 縁を切りたいと願い東京に出て独りで暮らしていたものの、こうして実家に戻ればまた、あいつらに付き合っていくしかない。

 俺の母親も親戚も全員が、

『日本人全員が◇◇教に入信して、〇〇党が与党になって、皆が教祖様の教えの通りに生きれば、日本は平和になって景気も良くなる』

 と、これを信じている。心の底から信仰している。正直、気持ち悪い。


 だが、母親の介護に田舎に戻れば、またこの宗教団体と付き合っていくしかない。ろくな資格も無いまま歳を取った俺を、雇ってくれるところは少ない。何より足が動かなくなり、車椅子生活になった母親の介護をしなければならない。その為に都合のいい職を探すのは不可能に近い。

 この点、宗教団体というものは横の繋がりが強い。この宗教団体の縁で見つけた職場は、そこの社員が全員、これまた同じ宗教の信者というところだ。

 なので俺は信じてもいない宗教団体に再び顔を出すことになり、職場でもまた、教祖様のありがたいお言葉なんてのを皆とまじめに語る振りをすることになった。腹の底では嘲笑いながらも、自分の生活の為にと外面をとりつくろって。


 ただ、俺が故郷を離れているうちにこの宗教団体は変わっていた。教祖が代替わりし、世界中に支部を持つ程に大きくなっていた。

 しかもこの宗教団体にはひとつの強みがあった。

 この宗教団体が災害にあった都市を復興した。その際に新たな発電所を作った。

 連光振動型発電所。

 なんだそれ? とも思うが、今までに無いクリーンな発電所。原子力発電所と違い、放射性廃棄物の心配も無く、何より設備さえできれば太陽光発電のように燃料が要らないというもの。

 

 復興したこの都市は新型発電所のモデル都市として復活した。このときこの都市の住人の八割が実にこの◇◇教の信徒だ。

 この都市では日本の他の地域と比べて、電気代が半分になる。これを売りにして工場を誘致。これまでの半分の電気代で稼働できるとあって、幾つかの工場が移転した。その際にはもちろん、◇◇教の信徒が優遇される。工場の経営者、そこで働く人、そこに◇◇教の信徒がどれだけいるか、が判断の基準となる。


 ◇◇教の信徒が多い地域から新しい発電所ができる。と、なれば電気代が半額になるならば、生活が楽になるならば、とこの◇◇教に入信するのが増えた。

 ライト層とは、仕事の為に、生活の為に◇◇教に入信した信徒。信仰心も薄く、何処かで狂信者をバカにしている。しかし、生活の為に入信しているので、信仰している振りをしている。

 ヘビー層は昔よりこの◇◇教に入信している信仰篤き人々。俺は親が信徒であり、子供の頃この宗教の会に行っていたから、ヘビー層と扱われることはあるが、俺はあくまで生活と仕事の為の宗教活動なので、心境はライト層だ。


 ただ、ライト層もヘビー層もやることは決まっている。選挙のときは◇◇教がバックにある〇〇党の議員に投票すること。

 ヘビー層にとっては自分達のコミュニティの更なる発展の為に。

 ライト層にとっても、自分の勤め先の会社、自分の住む地域に良かれと投票する訳で、選挙の投票で今の暮らしが維持できるのならたいした手間では無い。

 こうして票集めをする◇◇教が上手くやっている、というところだろう。


 社会主義がどーのとか、共産主義がこーのとか、資本主義がなんじゃかんじゃとか、そんなのは俺の生活とは関係の無い遠い雲の上の話だ。母親の介護をしつつ生活費を稼ぐ、俺には他に選べる手段なんてものは無い。

 母親の方も、足が不自由にはなったが同じ宗教団体の人が見舞いに来る。この辺り、独特の共同体意識か、同じものを信じる仲間意識か、実に仲がよろしいことで。


 俺もいっそのこと心の底から信仰できて、お仲間になれれば楽なんだろうが。どうにも自分で自分を騙すことが上手くできない。だから生きていくのが辛いんだろう。

 実際のところ、この宗教団体はかなりの勢いで大きくなっている。皆、安い物には弱いってことだ。相対的でも貧困が進めば、余裕が無くなれば、人が選べるものなんてのは少ない。


 無料の違法サイトを利用して、ただで映画を見たりマンガを読んだり。その広告費が暴力団や武装組織の資金源になっていても、無料となればやめられない。

 仮想通貨も世界のテロリストやマフィアがマネーロンダリングに利用していたとしても、利益が出るとなれば手を出してしまう。

 電気代が半分になるという誘惑に抗えず、そこそこ収入も待遇も良い仕事を続けられるということで、宗教団体に入信する人が増えた。必要なことはひとつだけ、選挙で〇〇党に投票する。ただ、これだけ。


 誰だって自分の生活が大切だ。安くて便利な物には抗えない。その結果、〇〇党が与党になるというのも、抗えない出来事だったというところだ。

 無料の違法サイトの利用で、暴力団が稼いでも、ただで使える物は人気がある。

 自動車のある便利な暮らしを守る為には、自動車事故で死人怪我人の出る社会を受け入れなければならない。

 新たな発電所を利用する為には◇◇教に入信しなければならない。


 今のところ本州はほぼ、この宗教が抑えたというところ。この宗教団体に気合いを入れて反対する人は、四国か九州に移転した。

 その結果、ついに〇〇党が与党になった。

 さて、あの教祖様が日本をどうしたいのか。〇〇党の議員は教祖の意のままということだし。


 まぁ、政治家が何をしようが、俺には関係のないことで俺には解らない。

 天下国家を語り国の未来を考えるのは、その立場にある頭のいい奴の仕事だ。俺にはあまり関係の無い、遠い世界の出来事の話だ。

 昼の休憩が終わり仕事に戻る。

 日本がこれからどうなるか、そんなことより俺のこれからの暮らしの方が心配だ。


 俺としてはあの宗教団体は気に入らないが、それと俺の暮らしとはまた別の話。

 生きていく為には、教祖様のことを信じている振りをする。誰もが好きに生きていけるものでは無いのだから。

 耐え難きを耐え、忍びがたきを忍ぶ。いつの時代の何処の国でも、人がすることに変わりは無い。

 外面をとりつくろって、いろいろ我慢をしなければならないのが仕事というものであり、世間と付き合うというものだ。


 仲良しこよしの◇◇教の中では、集会で同じ信仰との人々との出会いも多く、かつてより結婚率が増えて出産も増えたらしい。教団主催の婚活パーティとも知らずに参加して、結婚を機会に入信する人もいる。この団体の経営する幼稚園に子供を入れる為に、◇◇教に入信するシングルマザーも増えている。


 行き詰まる社会の弱点を突くように急成長する新信仰主義。誰もがそこに不気味なものを感じてはいても、大きな流れに逆らえる者は少ない。

 赤信号、皆で渡れば怖くない。レミングスが崖に向かって集団で暴走するようなものだが、その群れの中の一匹では、何処に向かって走っているのか、解らない。皆が走ってるから一緒になって走っている。

 たとえ集団自決となろうとも、ひとりでは無く皆と一緒だから寂しくは無い。

 民主主義の欠点は皆が何かおかしいと感じていても、皆で暴走することを止められないということだろうか。

 危機を訴える人もいたが、この流れを止めることはできなかったようだ。


 さて、実質あの教祖の独裁に近いものへと日本は変わったわけだが、これで俺の生活はどう変わるのだろうか。あの教祖は何がしたいのだろうか。

 休日、母親の乗る車椅子を押して散歩をする。街の中は昔とそんなに変わらない。

 景気が良くなり子供が増えたからか、床屋に服屋に書店と個人が経営する店が少し増えたか。

 駅前の商店街もシャッターを開いて活気が戻ってきた。パッと見にはいいことづくめ。

 聞こえない足音が少しずつ近づいてくるような、そんなものを感じてるのは俺の他にどれだけいるのだろうか。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 10年後にはナチスドイツを斜め上に行ったへんてこな国家になっていそうです そしてCIA(彼らは陰謀物の定番チャンピオンです)の望むままに…… 軍事アレルギーの次は宗教アレルギーが来そうです…
[一言]  宗教と政治が一緒になるとヤバいというのは何となくはわかっていたけれども、つまりはこういう感じになってヤバいのかな、と実感できました。  ……こわ~。
[一言] そのうちに「施設武装組織」作って、世界から戦争を根絶しそうですよね、その宗教。
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