16.5・・・・・?
気がつけば砂漠近くの村の路地裏にいた。土畳の家はボロボロで所々補強されているのが密集して建っており、補強できない部分は布で塞がれたりして、一目で村がいかに貧しいか分かる。
ここはどこだろう・・・・・。
まるで幻覚の中にいるように時にぼんやりすることもあれは、逆に強烈な色彩が目に飛び込んできたり、鮮明に周囲が見えたりする。
自分の腕を見るとやせ細った明らかにまだ少年とも言える両手が赤く汚れており、周囲がやけに騒がしい。
周りをよく見てみるとフルーツや野菜を抱えた子供たちと少年と青年の間の年齢の子たち5、6人に囲まれていた。
あぁ、そうだ。こいつら子供だけの盗賊団だ。
物心ついた頃から自分には親や家族がいなかった。別に珍しくもなかった。だって村には孤児が溢れかえっていたから。子供達は生きていくために盗みを働いたり、幼いうちから働いている。
どいつも自分を見る目は恐怖に満ちており、手に抱えた食料をこぼしたり、泣いている者までいた。
もう一度自分の手元に視線を向ければ、体格のいい青年が血を流しながら倒れていた。
その顔を確認した途端、何が起こったのか思い出した。
自分は人を手にかけたのだ。そのことに震え上がるほど恐怖を覚えながらも、罪悪感は感じなかった。
だってこいつが悪のだ。
こいつが親玉気取りで自分をこき使い、何をしてもいいとなじり、暴力を振るい、全てを否定してきたのだから。
あぁ、やってやった。
やってやった!!
これほどまでに清々しいなんて!!!
震えは止まらないのに、体の奥底から沸き起こる興奮と歓喜に口元が勝手に上がっていくがわかった。
それを見て直ぐそばで尻餅をついている子供が小さな悲鳴をあげ漏らした。気にもせずに周りの子供たちに言い放つ。
「2度と俺をバカにするな。指図するな。」
やってみろ、次はお前の番だとでもいうように周りを見渡せば、まるで人形のように頷くだけ。
地面に落ちたフルーツを拾い上げ、村を出る。目指すは村のから少し離れた森だった。
森といっても瑞々しい緑色の葉っぱは無く、ただ、朽ち果てた木々が集まっているに過ぎない。
村民はこの枯れはてた森を気味悪がって近づかない。森の中にある廃れた教会に入り、直ぐに屋根裏部屋に駆け込む。そこが自分の寝床だった。ボロボロの布を何層も敷いて布団としているところに座り、壁板の間から下の階の状況を確認する。追っ手が来ないと判断するとすぐさま抱えていた食料にかぶりつく。
腹がいっぱいになり、水で喉潤すと緊張と興奮の糸が一気に解け、疲れと眠気が襲ってきた。直ぐに猫のように丸くなって眠りにつく。
〜〜〜〜〜
夜中、焦げ臭い匂いに目が覚めた。壊れた壁から外を見れば、村がある方向がやけに明るく、煙があがっていた。
途切れ途切れに男女の叫び声が聞こえ、思わず後ずさる。
何か悪いことが起きているのは直ぐわかった。
ここは大丈夫。だって村からすごく離れているから。誰もこんな場所に人が住んでるなんて思わないはずだ。
それでも怖くて布団として使っている布にくるまり、見つかりませんようにと祈るだけ。
その願いも虚しく、教会に人が入ってくる足音がする。気配を消そうとするが自分が食べ残した食料を発見され、すぐさま見つかってしまう。暴れもがき逃げ出そうとするが、何人もの男たちに囲まれていて直ぐにまた捕まり殴られ気を失しなった。
目が覚めた頃にはもう知らない風景だった。手足は縛られて知らない建物の中にいた。周りを見れば子供ばかりがこの部屋に閉じ込められている。
しばらくして数人が部屋に入ってきて子供たちを一人ずつ確認しながら選ばれていく。自分もその中に含まれており、有無を言わさず大きい馬車にぎゅうぎゅうに入れられ運ばれる。何日もの長い道のりに少ない食料しか与えてもらえず、体調を崩す子供もいた。それでも自分たちを買った男たちは気にすることもなく進むだけ。目的地の街に着く頃には意識が朦朧としている子供さえいた。
自分のいた村とは比べ物にならないくらい大きい街に唖然としながら周りを見渡す。広々とした道がつらなり、どの家も綺麗だ。だけど人が少なくて、ものすごく静かだと感じた。自分のいた村は小さく汚かったけど、すごく騒がしかったから。
押し込められた倉庫のような場所で体の検査をされて、二つのグループに分けられた。
自分のいるグループは訓練場に連れてこられ、剣を持った男が目の前に立ち、直ぐに訓練が始まる。体調が悪いとか、お腹が空いて動けないとか関係なく厳しい訓練だった。きつくて倒れそうになり、全身アザだらけにされ、訓練が終わる頃には指一本動かすのさえできなくなっていた。
でも嬉しいこともあった。
訓練の終わりの食事がとても豪華だった。豪華といっても一人ずつ肉がたっぷり入ったシチューとパンだけだったけど、それでも村にいた時よりは遥かに豪華だった。
くる日もくる日も訓練ずけで、気がつけば自分の体は肉がつき、それが筋肉に変わり、更に身長も伸びた。青年と呼べるまでに成長したある日、遠征が決まった。
向かったのは周囲を低い壁で囲んである小さいだった。向こうの門前に立ちはだかる兵たちと睨み合い、隊長の指示を待つ。普段顔色が悪く、言葉少ない隊長は自分たちの顔をまじまじと確認して一言だけ放った。
「絶対に傷を、大傷を負うな、突撃!!!」
絶対に死ぬな、じゃなく傷を負うなとはどういう意味なのか。それを考える時間はなく、戦いは始まってしまった。無我夢中で目の前の敵に向かい剣を振り下ろす。前に進む。目の前が真っ赤になり、剣を持つ手が滑ってきても前に進み続ける。
気がつけば敵は地面に倒れ、自分の軍だけがそこにいた。勝ったのだ。
皆勝利に歓喜し雄叫びをあげ、仲間同士で喜びを分かち合い、すぐさま小さな町へと突撃していく。勝利を手にすること=敗者の物は自由にしていいのだ。財宝も食料も家畜も女ですら、だ。町中で女子供の悲鳴と懇願が響き渡り、それが泣き声へと変わり、最後には静かになっていく。
十分楽しんだところで拘束し馬車に乗せて街に戻る。彼らは奴隷として生活していかなければならない。これからどんなひどい仕打ちをされるのか不安と恐怖で皆縮こまっていた。
胸を張って街に戻れば歓迎の出迎えなのあるのだと期待していたが、現実はただいつも通りの寂しく街にほとんど人のいないものだった。その光景を目の当たりにして、あの血肉を争いは、がむしゃらに勝利をもぎ取った自分はなんだったのかとバカバカしくなるほどだった。
それでも売られた自分にとってこの軍での生活以外で生きられることなど考えられなかった。ただ仕事をこなしていけば、安定した食事と生活が送れることに満足するしかなかったのだから。
他の村を町を襲うことに対して嫌悪感を抱き、耐えきれず脱退と脱走を試みる者もいたが、彼らがその後どうなったのかは誰もわからなかった。いや、隊長クラスになれば何かを知っているのだろうが、彼らは一様に顔色悪く、口を閉ざしたため、最悪なことが待ち受けていることは想像に容易かった。
どれくらいの歳月がたっただろう、肩を並べていた友人達は隊長は戦死するか、怪我を負いその後行方知らずとなる。気がつけば自分は隊長クラスにのし上がっていた。ここまでほぼ軽傷で済んだ自分を幸運だと思うしかなかった。その頃には自分のいる国が何か恐ろしい事をしているのではないか皆すでに知っていたが見て見ぬふりをしていた。自分と同じように運が良く長くいる者は戦い続けることへの疲労といつ幸運が尽きるのかで皆神経が張り詰め、息苦しい圧迫感を感じ一様に口数が減っていく。
そしてそれは起きた。
新たに出向いた戦で敵の主将を討ち取ろうとしたのを読まれ、腹に深傷を負ってしまったのだ。
隠そうにも出血がひどく、傷口を縫わないといけないどころか手術をしないといけなくなるほどだった。自分を引き戻そうとする隊員達にここで死なせてくれと願うも、軍に来てまだ日にちが浅い彼らは必ず助かるからと聞く耳を持たず連れ戻していく。
あぁ、やめてくれ。俺を自由にしてくれよ・・・・あそこには戻りたくないんだ・・・・・
そして嫌な予想は的中する。
手術するからと言われ運ばれた先は見るもおぞましい地下の研究施設だった。人間だけじゃなくモンスターやど動物までおり、いたるところから何かの悲鳴らしきものが聞こえ、耳を目を五感全てを閉ざしてしまいたくなるようなその光景に大の男がただ泣きじゃくり、殺してくれと懇願するしかできなかった。
そんな願い虚しく現実は残酷だった。
両腕に刺された何本もの点滴、何人もの男女に囲まれキラリと光に反射する鋭い凶器に体を開かれまた縫われ、幾度となく意識が飛んではまた引き戻される。現実か幻覚か分からなくなり、熱いのか寒いのか、痛覚すら麻痺する頃には自分が誰かも分からなくなっていた。
壊れてしまったのだろう。
体も心も、全てが、だ。
自分はただの肉とかしてしまったのだ。
いつもの地獄がまた始まるのだと眼を開ければ目の前には見たこともない巨大な化け物がガラスで囲まれた空間にいた。いくつもの目をぎょろぎょろと動かし何本もの腕を出口を探すように四方に動かしている。
こいつに食われるのだと理解する頃には既にガラスケースの中に放り込まれ、空中に持ち上げられていた。
悲鳴?
そんなものはない。声すら出ないのだから。
恐怖?
何故?
これでやっとこの地獄から解放されるというのに?
むしろ声が出るのならば大笑いしたかった。
この虚しく、人に使われるだけの意味のない人生を終わらせられるのだから。
しかし、歓喜と共にこみ上げてきたのは、虚しさと震えるほどの憤怒だった。
憎いのだ。
全てが。
この虚しい人生が、何も得るものがなかった人生が。
幸せと呼べることが何もない人生が、憎いのだ。
何故自分はこんな人生を送らなければならない?
何故人に使われ、利用され、今ゴミとして処理されなければならない?
何故この世界は自分というちっぽけな人間を失ってもまた同じく太陽が昇るのか?誰かが笑い、幸せを感じるのか?
何故この世界は自分をこうまでも排他するのか?
不条理でしかない・・・・
あぁ、こんなクソみたいな世界壊れてしまえ・・・・・
壊れてしまえ・・・・・
憎しみを感じながら、遠くで血肉骨を削る音がこだまし続けた。
ゴリゴリ
くちゃっ
グチャ
ビチャビチャ
ガリガリ
気が遠くなり、視界が暗転してどのくらい経ったのか、気がつけば自分はガラスケースの中にいた。
捕食する側として。あの化け物の一部として・・・・
体は肥大化し、毎日運ばれる“食事”を摂る。“彼ら”のいう証拠隠滅として。
運ばれる“食事”は恐怖におののく者、壊れてしまった者、終わらせてほしいと懇願する者様々だった。
彼らを“消化”すればするほど、自分の中の憤怒と破壊願望が増していくのを感じていく。
あぁ、壊したいのだ。
何を?
目の前のこの研究と称して命あるものを肉に変えるこいつらを・・・・・
俺から、僕から、私から、あたしから家族を、存在意義を、人生を、希望を奪い続ける世界を・・・・・
全てを・・・・
ピシッ
パキンッパリン
驚いたことに少し力を加えただけで目の前の分厚いガラスの壁はヒビが入り、簡単に砕けた。
のっそりと体を動かせば、まだ何もしていないというのに奴らは顔を恐怖で歪め、悲鳴をあげいく。身近にいる震えて動けない者を食べてみせれば奴らは状況を把握したのか一斉に逃げ出した。
全力で逃げているつもりでも巨体を持つ自分からすればネズミがチョロチョロ逃げ惑っている程度でしかない。立場が逆転したなとおかしく思いながら全身に生えている手足を伸ばし、絡めとり、捕食していけば、耳障りな悲鳴もすぐなくなった。
あぁ、全然満たされない。
もっとあいつらを・・・・この街にいる全員を食べてしまおう・・・・そしたら少しは満足するのかもしれない。
そうとなればすぐ行動に移そうとシンッとした研究施設にスライムのように四方に伸ばし溶かしていく。壁も鉄もガラスでさえ今の自分にとっては無意味でしかない。
シュウゥウウウ
じわ
ジワリ
もう少しだ
もう少しで地上に出れる・・・・・
ズゥウウウゥウン
ドオオオォオオン
しかし後少しというところで爆音と共に研究施設は火に包まれ、地面はひび割れ、全てのものが落下していく。手足を伸ばしなんとか上に向かおうとするが巨体は重力に逆らうことができず、下へ下へと落ちていく。
真っ暗な暗闇の中へと・・・・・




