13 自分とは・・・?
更新にだいぶ間が空いてしまってごめんなさい。
鳥のさえずりと共にアガットは目を覚ました。悩みすぎていつの間にか寝てしまったらしい。冬眠から覚めた熊のようにのっそりと体を起こし、またベットに倒れこむ。
何もしたくなかった。
朝食の席に着けばディオスと顔を合わせなければならないし、どう接していいのか分からなかったからだ。
どうしようか・・・いっそ逃げてしまおうかと考えていると部屋の扉がノックされる。
ビクリッと体をすくめたが、ディオスが部屋の前にいるはずもないと考え力を抜く。それでも鼓動は早くなっていた。
返事をすれば、扉が開いて現れたのはビケとルルゥだった。
「珍しいねアガットが寝坊するとか。」
「それって昨日と同じ服?・・・・もしかしてそのまま寝たの!?」
信じられない!とビケは顔をしかめて、説明する時間も与えずアガットを風呂場に追いやった。
〜〜〜〜〜
のそのそと服を脱ぎ捨ていい匂いがするシャンプーで頭を洗っていく。
体洗う頃にはごちゃごちゃしていた頭もだいぶすっきりとしてきて、いろいろ考えることができるようになってきた。
ー もし、もし少しでも俺のことが、嫌でなければ、チャンスをくれないか? ー
のんびりと湯船に浸かっていると、ディオスの言葉が頭の中でリフレインして、アガットは浴槽に沈む。広い浴槽の中でゆっくりと目を開け、水のたゆたいを通してタイルで描かれた美しい模様の天井を見やる。
彼は、ディオスは明確に好意を表した。
私はどうしたらいい?
受け入れる?
アガットは自分とディオスが一緒になった未来を想像した。真面目で優しい彼のことだ、自分をとても大切にしてくれるだろう。国王となった彼の隣に立つ自分を想像して、アガットは笑った。自分の性分に合わなすぎる。
この国の国民のトップに立つなど・・・
無理だ。
そこまで想像していて何故かふとオリガの顔がちらついた。この国の遺跡で出会い、仲間になり、今サナギとなって進化をしている美しい魔物。
そうだった、満足に魔法が使えない私には『進化の鍵』という恩恵がある。もし、ディオスの隣に並び、この国のリーダーとなった場合、国民全員が配下となることになる。そうなったらこの恩恵が適応しまう可能性は十分にある。
そこまで考えてアガットは湯船から体を起こした。
ー あんたの力を悪用すれば最悪の場合、最強の軍隊だって作れるよ。周囲にその力が伝われば、すぐに広まる。みんな珍しいものが大好きだからね。そしていつのまにか噂が危ないやつらに伝わり、あんたは捕まって悪用される。ー
窓からそよぐ風の音と共にエンカルナ婆の声が聞こえてきた。
国民全員が進化してしまえばエンカルナ婆が言っていたように最強の軍隊だってできる。そうなってしまえばこの地域一帯のパワーバランスが崩れ戦争が起きないとも限らない。
仮に、ディオスが恩恵のことを知り受け入れてくれたとしても、進化した国民を目の当たりにして考えを変えるかもしれない。
国民も進化して力をつけてしまえば、今回みたいに暴動が起きたとして最悪この国は地獄と化してしまうだろう。
そんな未来を想像してアガットはゾッとした。私の行動一つで全ては決まってしまうこととなる・・・・
無理だ。
ディオスのあの純粋で真っ直ぐな気持ちを受け入れるほどの度胸はなかった。アガットにとっても、国王となり国を統治していくディオスにとっても、リスクが高すぎるのだ。考え過ぎかもしれないが、国王となる人と恋愛をするということは、そういうことなのだ。
「アガット?後どのくらいかかりそう?」
浴室の扉越しにビケから声がかかってアガットの思考は現実に引き戻された。気がつけばだいぶ時間が経っていたのだろう、手が完全にふやけていた。
「すぐ上がる。ちょっと待ってて。」
タオルで体を拭き、新しい服に着替える。扉を開ければ部屋にはルルゥはいなかった。
「あれ?ルルゥ先に行っちゃった?」
「もう遅いし、ここで一緒に食事をとろうかと思って。ルルゥが朝食運んでくれるって。」
「そう・・・ありがとう。」
〜〜〜〜〜
「・・・・ねえ、悩んでいるのってディオスさんのせい?」
アガットと絆が深いビケにディオスとのことを知られたくなくて黙っていると、唐突にビケから確信を突く質問をされて、一瞬どう答えていいのか分からず、更に黙る。
感のいいビケは直ぐに察しそれ以上何も聞かないでくれた。
部屋の換気のために開けてくれた窓から鳥のさえずりと澄んだ空気が部屋の中へ流れ込み、不自然な沈黙を和らげてくれる。
「おまたせ!」
元気な声とともにルルゥが部屋に入ってきた。コーヒーテーブルの隣にカートを横付けすると運んできた食事を次々とテーブルに並べていく。香ばしさの中に酸っぱさを漂わせたライ麦パンといい香りが漂うオムレツ。皿の横には豪華なサラダとみずみずしいカットフルーツが盛られ、更にコーヒーのいい匂いが漂よっている。
コーヒーを一口含むとホッとした。安心したのか途端にお腹が鳴った。カップを置いてすぐさまフォークを取りオムレツを食べる。バターを敷いて作ったのだろう、上質なバターの甘塩っぱさが卵の濃厚な味を引き立てている。サラダには人参で作られたドレッシングがかけられていて優しい味わいだ。ライ麦パンは出来立てなのだろう、暖かく外側はパリパリで中はもちもちだ。
夢中で朝食を食べ終えて、食後のコーヒーにミルクと多めの砂糖を足して楽しむ。全身に多福感が広がり、思わずソファにもたれる。行儀が悪いとビケに注意されたが、動く気になれなかった。ルルゥが面白がって抱きついてきたので、そのまま抱きしめてソファに横になる。今日はこのままダラダラしたかった。
「遺跡の資料調べるとか言ってなかったっけ?」
その一言にアガットは思わず唸り声をあげる。
昨日の夕食の席でディオスは書類がある図書室の鍵を準備してくれると言っていたが、きっと今ディオスが持っているのだろう。昨日話の途中で逃げ帰って来たため、返事を待っているはずだ。今から顔を合わせなければいけないと思うとせっかく浮上していた気持ちも急降下してしまう。
「なんでそんなに悩んでいるの?嫌なら断ればいいじゃん。」
「・・・・・」
「え?知らないと思ったの?ディオスさん見れば一目瞭然じゃん。」
「そう、なの・・・・」
「「うん。」」
そんなに分かりやすかったのか・・・・
「なんでだろうね・・・」
なんでこんなに悩んでるんだろう。
アガットの性格なら直ぐに断っているはずだ。それをぐずぐずと先延ばしにしているのは自分らしくないことくらいわかっていた。
「ねえ、アガットもディオスさんのこと少なくとも悪く思ってないよね。だったら無理して答えを出さなくてもいいんじゃない?」
「そうだよ。私ももう少し考えてみてほしいかも・・・ディオスさんいい人だし。」
2人に言われてアガットは貝のように硬く口を閉じるしかない。
本当は気付いている。ディオスに告白されて初めてアガットもディオスのことを好意的に見ていたことに気付かされた。だからここまで悩んでいるのだ。閉じた目の裏にディオスの無邪気な笑顔がよぎり、自然と口元がほころんでいた。
「・・・・わかった。もう少し考えてみる。」
アガットがそう答えれば2人とも嬉しそうに抱きついて来た。全くこの2人が一緒になって話をされるといつも押し負ける。
〜〜〜〜〜
長い廊下をゆっくりと歩く。
ビケとルルゥに押し負けて頷いてしまったが、それでもディオスに会うのには躊躇してしまう。
なるべく人に会わないで済むよう回り道をして進む。
ダラダラと歩いていたが、外の景色に足を止める。
暴動が収まりいつもの生活に戻った街並みを見ながらあれだけの騒ぎの中自分はよく冷静に対処できたなと改めてホッとしてしまう。
これも前の記憶があるからこそ、臨機応変かつ冷静に対応できたのかしら?
『前世の記憶。』
そのことを思い出して、なぜか喉に小骨が刺さったかのような違和感を覚えてしまう。
確かに覚えている。初めて主人と顔を合わせた日、結婚した日、子供をこの腕に抱いた日、子供と孫の喧嘩を仲裁した日。思い出そうと思えばぼんやりと思い出すことができる。
でも、
でも、カシュンの件から色々と考えなければいけない多忙な日々が続き、気がつけば、もう2年、もしくはそれ以上昔の記憶を振り返っておらず、すべての記憶が霞んでいるかのようにしか思い出せないのだ。
そこまで考えて心に一抹の寂しさと同時に背中にひやりと寒気がはしった。
まだアガットとして幼かった頃、よく周囲には3人の母より母親らしいと言われるほど、アガットは達観していた。その時は孫まで育てたことがあるのだから当たり前だと軽く流していが・・・
あの頃の自分と今の自分の違いと変化に違和感を感じた。
違いすぎるのだ・・・
まるで大人から子供に退化してしまったかのような・・・いやそれは違う・・・のか?
じゃあ、今のこの恋する気持ちはなんだ?
落ち着きがなく、まるで初恋のようにどうしていいのか分からず持て余している自分は誰だ?
もし昔の、前世の記憶がまだクリアだった頃のアガットであったならば、この恋の幼さとあまりのリスクの高さに直ぐにディオスに断りを入れたはずだ。
だが、今のアガットはそうではない。
頭ではそれを分かっているにも関わらず、もたもた、ぐずぐずと先延ばしにしているではないか。
まるで自分が2人に分裂してしまったかのような、自分が誰か分からなくなってしまったかのような違和感が拭えなかった。
触れている窓のフレームが偽物ではないか、ここが夢の世界のように不確かな存在でないと確かめるように何度も何度も撫で触る。
だめだ、焦るな。落ち着け。
何度も深呼吸を繰り返しながら、そう自分に言い聞かせる。窓に触れていない手を強く握りしめ痛みで冷静さを取り戻そうと試みる。
だが、それも叶わなかった。
「動くな。」
後ろに引き倒される勢いで口元を押さえ込まれ、鋭いナイフが首元に当てがわれたために。




