12 純粋な気持ちと、焦る気持ちと
この話が一番難しかったです・・・・
何度書き直した事か・・・・・(泣)
ディオスがトバール国の国王となることが決まった次の日、アガットはカシュンとルルゥを連れて開発地に来ていた。ドルムスや元奴隷の村民から気になる話を聞いたからだ。谷のふもとに深くに掘られた穴に進んで行くこと数十分、岩肌だった洞窟の壁が徐々に変化していく。行き止まりまで進み光石の光を強めると、片方の岩肌に彫刻の柱のようなものが埋まっているのが確認できた。光石をもう一つ追加して柱を観察するとそれがオリガと出会った遺跡の柱の模様と似ているのがわかった。
「カシュン、この周囲を確認することってできる?」
「おまかせを。」
カシュンが岩肌に片手を当てると岩がまるで液体のように動き出し、それと同時に山脈にの形状も変わっているのだろう、地震のように地面が揺れていく。カシュンは進化したことによって土魔法から地魔法へと進化し、火魔法との融合しての使役することが可能になったのだ。今の彼にとっては土だろうが岩だろうが意味をなさない。
徐々に柱が姿を現し、続いて他の柱、床、天井、彫刻が出現していく。どれほどの時間がたったのだろうか、山脈の深くにまるで宮殿のような外観を表した。オリガがいた遺跡が簡易的なものだと思わせるほど巨大で何本もの柱が天井を支えており、その一本一本にまるで本物のような植物が絡まっている彫刻が施されている。奥に進めば、宮殿の中は広々としており、一定の広さを等間隔に数段の階段が存在している。よくよく見れば階段にも動物や植物が施されている。一番奥にはカーテンのように加工された大理石が天井からもったりと空間を仕切っており、見たこともない鳥たちがカーテンを今引き開けたかのような動きのある装飾となっている。
奥にも大理石の多種多様な動物達が周囲を囲うようにして休んでおり、その中央に乳白色の大きな玉座が鎮座してた。そこに腰掛けているのは右手に金の杖と左手に卵大の宝石を持ち、目を閉じた美しいゴルゴンの女王の彫刻が腰掛けていた。
「すごい・・・・」
「まるで今にも動き出しそうですな。」
「なんでこんな宮殿が山脈の中にあるんだろう・・・・」
「昔人間との戦争から逃れるために埋めたのでしょうか?」
「それだとチカラカ山脈は元々山脈じゃなく、山と山が点在していたことになるね。」
「じゃあオリガがいたあの遺跡は、その後に建てられたことになるよね。」
玉座に座っている女王の元に近づき3人は観察する。カシュンが言った通りまるで動き出しそうなその雰囲気に辺りは高貴な雰囲気で張り詰めていた。ルルゥが女王が左手に持っていた巨大な宝石をもっと近くで見ようと光石を近づけると、カツンッとぶつかってしまう。その瞬間ただの卵の石は光を帯び始めた。
「やばっ!」
「ルルゥ下がりなさい!」
卵の中で集まっていた光がどんどん強くなり、まるで波のように引いては押して光が玉座の間に広まっていく。光が当たっていくと、玉座の周りで休んでいた動物達の色が変化してまるで本物のように動き始めた。
動物達は身震いした後、数秒状況を観察するように止まり、続いてアガット達目掛けて襲って来た。アガット達が逃げながら応戦しているとゴルゴンの女王の像もいつの間にか動き出していた。その目が徐々に開いていくのを見て、3人は各自柱の後ろに隠れた。
目が完全に開いたのだろう柱に隠れきれなかったアガット達の服が石化していく。このままでは動物達に囲まれ逃げ場を無くし、石化の呪いの餌食になるのも時間の問題だろう。
柱越しにカジュンを見ると、アガットのしたいことがわかったのだろう剣を抜きそのまま地面にぶっ刺して周囲の岩と土を動かして宮殿を閉じていく。
ルルゥは植物を使役して動物達の攻撃から守ってくれている。ピアスをつけていないアガットは呪いを跳ね返すことができないため、ただの足手まといでしかない。それでも何かしたいと集中しているカジュンを襲おうとしている動物を矢で撃退していく。
そうしている内に宮殿の半分が土砂に飲まれていった。宝石の光が当たらなくなると動物達のただの石へと戻っていった。
「2人とも怪我はない?」
「平気。」
「大丈夫ですよ。しかしもっと警戒するべきでしたな。」
「そうですね。ちょっと迂闊でした。この宮殿はオリガが羽化してから聞いてみよう。何か知っているのかも。」
「それまでは隠しておきましょう。」
来た道を引き返しながらカシュンは更に洞窟を閉じていく。外へ出れば意外と時間が経っていたらしく空は黄色くなっていた。
市内に戻れば、昨日までの喧騒が嘘のように静けさを取り戻していた。
領主の屋敷に戻り湯浴みを済ませ、服を変えて夕食の席へとつく。夕食は楽しく、ディオスとカガン、トムス将軍とカシュン、アガットがこれからについて話合う隣でビケとルルゥはドルムスと会話しており、そのさらに横ではここ数日安静にさせていたティルケとダリルが一心不乱に食事にかぶりついている。アガットは2人が行儀よく食事をしているか、時々横目でマナーを注意しながらディオス達との会話を続ける。
「開発地の話についての調査はどうだった?」
「だいぶ埋まっており確認が難しかったです。再度調査しに行こうとは思うのですが、その前にトバール国の歴史書を調べたくて・・・・」
「わかりました。では明日にでも資料室の鍵を届けさせましょう。」
和やかに夕食の席が終わり、各自部屋に戻っていく。アガットも自室に戻ろうとしたところをディオスに呼び止められた。
「アガット、これから少々時間をもらっても?」
「え、えぇ、大丈夫です。」
その視線があまりにも真剣だったためにアガットは了承するしかない。頭の中ではルルゥとビケの声がずっとぐるぐると流れている。
ー デート? ー
ー ディオスさんがアガットのこと好きになるの分かるなぁ ー
ぼんやりとしながらディオスに続き、着いたのは小さな書斎だった。中央に丸い猫足のコーヒーテーブルとそれを囲うように高価なソファが置かれている。
ディオスとアガットが入室すると執事が一礼をして迎えてくれる。ソファに腰掛けるとすぐにティーカップがだされた。礼を言うと執事は微笑み、また一礼し扉を閉めて退室していく。
まさかこんなタイミングで2人っきりになるとは・・・・
若干の気まずさを感じながら執事が入れてくれたお茶を飲む。アッサムは入れ方が上手なのだろう、すっきりとした甘みを感じる。手持ち無沙汰なため、夕食後だというのにテーブルに置かれたお菓子に手をつけてしまう。あ、これおいしい・・・
「アガット・・・・」
「ひゃい!?」
お菓子に意識を持っていこうとして頭の中でレシピを考えていたため急に名を呼ばれて声が裏返ってしまった。ディオスはキョトンとした後に優しく微笑んでくれているが、それが余計にいたたまれなくさせた。咳払いをしてディオスに話を振る。断じて失態を隠したいからではない。
「お話があるみたいで・・・・トバール国についての相談でしょうか?」
「いや・・・・その、2人で話をしてみたいと思ってな・・・・」
「確かにいつもトムス将軍かカガンさんもしくは兵が一緒ですからね。」
「正直にいうと君に興味があるから個人的に話がしたいと思ってたんだ。」
「興味、ですか?」
「あぁ、私の人生の中で、君ほど面白い人間は現れたことがなかったよ。最初に会った時、俺はクソ野郎だったろう?他の人は領主という肩書きを見てそれを押し黙るんだ。影で俺のことを罵るか、面と向かって不愉快そうに顔をしかめるかするが、大抵はうまく取り繕うんだ。面と向かって話をしてくれるのはカガンとトムスぐらいだよ。」
「確かに、心底嫌な奴だと思いましたよ。もし私が若かったら手をあげてましたね。」
こういう風にね、と利き手を振りあげて見せる。ディオスはそれが面白かったのかあっはっはっはと一音一音発音するかのように笑っている。これが彼の素なのだ。本来は自信に満ちた明朗快活な男だったのだろう。それを責務が押しつぶし、威厳というプレッシャーが最初に会った憂いを帯びた優柔不断な男に変えてしまったのだと思うと気の毒に思えてきた。
「不思議な事に君の前だと領主になる前の自分に戻れている気がするんだ。」
「そんな事は・・・・・」
「いや、私だけでなくカガンにもトムスにも言われたよ。地に足がついたようにしっかりしてきましたねって。君のおかげだよ。」
そこまで言われてアガットはどう答えていいのか分からなくなった。ディオスの顔があまりにも嬉しそうで、その目がとても真剣に見つめてくるからアガットは呼吸をするのも忘れるほど緊張してしまう。
前世の記憶もあることで精神年齢が高いアガットにとってディオスはある意味子供のように見えていた。だから初対面の際に色々嫌なことを言われても、やる気がないのを叱咤したのも子供を叱りつける親のような気持ちだった。恋愛対象などと考えたこともなかった。
だが実質アガットはまだ23歳の若々しい女なのだ。そしてディオスは28歳と年齢も近い。2人になったことで彼を観察するといい男なのだと思った。優しくこの国の惨状に誰よりも心を痛めていた。プレッシャーに押しつぶされそうになっても負けず、なんとかしようとする芯の通った男だ。
そんないい男が自分のことを好いてくれていると、改めて実感すると不思議なことに鼓動が早まり、呼吸もうまくできなくなった。
ディオスは慣れていないのだろう、自分の気持ちを頑張って伝えようとしているが居心地が悪いのかずっともぞもぞしている。
「私でなくとも、もっと身分のある聡明な女性はいっぱいいるでしょう?」
「・・・・あぁ、実際見合いもした。だが、何かが違うと思っていたよ。昔から舞踏会だのどこそこの誕生日パーティーだのに参加はしていたが、私はいつも兄の付き添いでね・・・・私は父の・・・・前領主の本当の息子じゃないため、結婚などは兄の後で貴族じゃない女性としようと考えていた・・・・」
ディオスがいうには彼は前領主の妹の子供だったのだという。まだ赤ん坊のディオスを残し、両親は事故で帰らぬ人となる。哀れに思った領主がディオスを引き取り実の息子として育ててくれた。両親と兄との仲も良好だったが、16歳の成人の時に両親にそれを教えられてからディオスは時期領主となる兄との権力争いなど話が出ないで済むようさっさと軍へ入隊した。領主となる兄を支えたい一心だった。
だが、両親と兄が立て続けに病死してしまうと全ての責務はディオスにのしかかった。急激に周囲の人々の対応と環境が変わったことでディオスは人間不信に陥ってしまう。更にトール街との交渉もしなくてはいけなくて、あのもったりとした悪意を毎回浴びるうちに神経がすり減って軽い鬱なってしまったのだ。
そんな時にアガットが現れ自分の背中を押してくれた。優しく話しかけ、時には叱り、何時間も何時間もディオスの悩みを、苦しみを、願いを聞いてくれた。
いつの間にかディオスにとってはアガットは特別な存在になっていた。彼女の周りだけ眩しいのだ。アガットの存在があるだけでまるで重くのしかかった責務などないようにふわりと体が軽くなるように感じた。始めは立ち直らせてくれた恩人だからだと思っていた。だが、男に変身したアガットを見ても気持ちは変わらなかった。
同じ太陽のような笑顔を向けられディオスは降参した。これは恋なのだと。アガット・トランドットという女性にまるで少年のように恋をしているのだと。幼稚な子供のような純粋なその気持ちを認めてしまえばスゥと楽になった。後はこの気持ちを伝えようと思ったそれだけだ。
「嫌であれば実直に言って欲しい。君がこの国に留まっている間はできるだけ邪魔しないように努力しよう。・・・・だがもし、もし少しでも俺のことが、嫌でなければ、チャンスをくれないか?」
アガットは何も言えなかった。ディオスの真剣で純粋な気持ちを聞かされて呼吸困難で言葉など出てこなかったのだ。自分の鼓動がうるさく、暑くもないのに顔が火照ってしょうがなかった。
そういう風には考えられないんです。と言おうとしてもまるで陸に打ち上げられた魚のように口がパクパクと動くだけだ。
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜も、もう、お、おそいの、で、ひつ、しつれい、します!」
なぜか口から出てきた言葉がそれで、アガットは恥ずかしくて逃げるように部屋を飛び出す。
あぁ、退室の礼をしてない!
歴史の資料について話しを聞くの忘れた
混乱しているのになぜか頭は違う事を考えていて、それをやめようとすればするほど余計な事を考えてしまう。泣きそうになりながらアガットは自室に駆け込んで勢いよく扉を閉め、ベットに突っ伏した。
泣きたい・・・・・




