9 温度の違い、態度の違い2
とりあえず食事をしながらビケ達の報告を聞く。やはりペドロの屋敷で確認した半数の貴族が谷の拡張に関わっていた。市民でその話を知っている者は多いが、細かい内容はしらないことが多いらしい。工事には人員が必要なはずなのに、トール街の人が関わっているにしては情報が少なすぎた。
アガットは今だに膝に乗って甘えてくるティルケとダリルにご飯を食べさせていた。ぺたりとした耳と丸くなった尻尾を見ていると今回は人選を間違えたと言わざるおえない。だが、まだ幼い2人に貴族の話を理解するのは厳しく、悩んでいる時に行きたいと挙手したのを過信してしまった。
聴き出した方がいいのか、話すのを待つべきなのか。アガットはどうすればいいのか悩む。他の大人たちも子供に任せるべきではなかったと憎々しげに顔を歪ませている。
ルルゥはだけ違った。アガットの膝の上にいる2人に歩み寄ると両手で頬をぎゅっと掴むと真剣な目をして凝視した後、頷くだけだった。だが、それだけの事なのに2人の顔つきはまるで変わった。目には光が戻り、子供らしい表情はなく、覚悟を決めた大人の顔があった。勢いよくご飯を食べていくと、最後に飲み物で一気に流し込み、アガットの方に向き直った。
「「あのね!!!」」
2人から聞いた話は想像を絶していた。谷の拡張工事は市内の者からではなく、村民と遠くから買い付けた獣人の奴隷と下級ドラゴンにさせているのだという。村人には家族の衣食を確保すると約束しているらしいが、村々はそんな様子はなかった。獣人は普通の人間に比べて力が強く、回復能力も高い。ドラゴンともなれば下級ですら、人間の50人力だ。集めた奴隷を使い潰すように、昼夜問わず働かせているらしい。その扱いはひどいものだったそうだ。きっと幼い2人には耐えられなかっただろう。特に親を人間に狩られるのを見ているのだから、ショックは人一倍あったのだろう。
「しかし、獣人はともかく、下級ドラゴンなどは現状の貴族には無理な金額的だと思いますが・・・・」
「それなら私が聞いた話と合わせたらつじつまが合ってくるよ。」
ビケが聞いて来た話では貴族たちがここ数年バール街からの物資を横領して得た高級品を売買しているのだという。金がなくとも祖父の代から横領して買った財宝ならいくらでもあるのだろう。それを売れば奴隷の購入など不可能ではない。
だが、奴隷購入にも資金ぐりが厳しくなってきたのだろう。会議を開いた際に誰かがトバール国の近くで盗賊団がその事業を拡大しているという情報が上がる。そこで思いついたのが、盗賊団と手を組み、資金繰りの手助けをする代わりに労働力となる奴隷の誘拐を依頼した。思いもよらなかったのは盗賊団はバール街の住民と貴族にも手を出したことだった。愉快でしょうがなかったのだろう、付け上がるからバチが当たったのだと言った貴族さえいたという。
そしてルルゥが聞いた話を更に追加すると奴隷を買ったのも別に谷の拡張だけが目的ではない。バール街を侵略する際にも役に立つからだというのだ。それを聞いた全員が憤怒した。ディオスは食卓を殴り、努めて冷静を装ったアガットでさえもフォークを食卓に突き刺したほどだ。だが、一番怒りを感じていたのはトムス将軍だった。握りしめていたフォークとナイフが折れ曲り、ねじ切れるほどだった。
「息子をドルムスを奴隷としてこき使うだけでなく、捨て駒としても利用するというのか!?」
「もう、いいだろう。明日にでも奴隷救出をしよう。そして貴族は全員打ち首に・・・」
「異論ではありませんが、もう1、2日計画を進めてからでお願いします。でなければ今日のことが水の泡になってしまいます。」
「だが!!息子は!!!」
「奴隷たちには私の薬をティルケとダリルに届けさせます。1日でもだいぶ回復するでしょう。将軍はドルムスさんに向けて手紙を書いてください。我々が近々助けに行く、と。そしてそれまで奴隷たちで情報共有をしてもらい、団結してもらいましょう。そして私の仲間であるカシュンも賊に紛れています。彼ならうまくやってくれるでしょう。」
いくらアガット達が助けに行ったところで地理的に不利であれば、最悪何人かの奴隷を取り残す可能性が高い。重症、重体であるなら隔離されている可能があるのだ。だが、ドルムスを筆頭に奴隷達で団結させれば話は違ってくる。救助の時にこちらの人員としてうまく働いてくれるだろう。更にティルケたちにドラゴンにも話をつけさせる。いくら知能が低くても、言葉が通じればこちらのものだ。
アガットの作戦に冷静さを幾分か取り戻した将軍は急いで自室に戻り手紙をしたためた。ダリルが受け取る際にはその手を握りしめ、頭を下げた。
「君たちのような幼い子供にこんな重役を任せてしまって申し訳ない。つくづく自分が無力だと実感させれる。どうか、どうか頼む。」
「任せて!」
「大丈夫。ティルケ達強いもの!」
アガットはその間に薬をまとめる。足りないものは更に作り足して一緒にディオスからもらった拡張魔法が施された袋にまとめ、ティルケに渡す。2人の頭を撫でて抱きしめる。
「本当に大丈夫?ビケやルルゥにもお願いしてもいいんだよ?」
「大丈夫!」
「お手伝いしたい・・・できるもん。」
「無理しないでね・・・これも一緒に持って行きなさい、何かあったらいつでも連絡して。」
2人の〈紅香樹〉のネックレスに姉妹石をつける。アガットはツェーラから貰ったネックレスに。これでいつでも話ができる、繋がってられる。2人は嬉しそうに笑顔を見せるとアガットに抱きつき、そして霧のように消えていく。
「ビケ、ルルゥ。」
2人にも同じようにネックレスを渡す。少し違うのは〈紅香樹〉ではなく、身を守る呪文が施されたラピスラズリが付いていることぐらいだ。
〜〜〜〜〜
次の日アガット達が市外の貧しい村に行くと村民の態度に変化が現れていた。噂がここまで広まったのだろう、皆こちらの顔色を伺っていた。どうするか戸惑っているトムス将軍の背中をおして村民の前に行き、薬の効き目を確認する。ディオスは食料を運び新兵と一緒に配っている。初めてうけるバール街の人々の優しさに村民はどうしていいのか分からず、戸惑っていた。だが、子供達は単純だった。食料には我先に群がり、準備したおかゆと惣菜に手をつけていく。いい匂いが辺りに充満し始めるとやはり空腹には勝てなかったのだろう、がっつきながら食べていく。
「今の生活で困っていることはありませんか?」
「困ってないように見えるのかね?」
「あんた!!!」
「いいんですよ。気兼ねなく本音を聞かせてほしんんだ。」
ディオスの発言に村民は疑いながらもポツポツと話していく。それをアガットは記録していく。真面目に領主が話を聞いてくれるというので、日頃の不満もあり、村民はいつしか感情的になっていく。だが、話していくうちに可笑しい事に気が付いたのだろう。しどろもどろになっていく人が多い。当たり前だった。悪だと言われてきたバール街の領主の方が、自分たちの食事や生活に関心を持ち話を聞いてくれるのだから。貴族のプライドが高くても、市内の人たちが威張っていても、一番苦労している村民がそうとは限らないのだ。
「畑に関しても話を聞いてもいいでしょうか?」
「畑?あれはほとんど領主様と市内の人への供給されるもんさ。」
俺らの口には入らないもんだよ。とこぼす年老いた農夫にディオスは長い溜息をつくしかない。悪循環どころではない、最悪だった。もっと早くに行動していれば、とディオスは凹む。アガットはその肩に手をおき、首を振る。そんな時間はないのだ。この街に滞在している間にもやることは山積みなのだから。
2日間かけて何度も市外の村を全部周り、ほぼ全員から話を聞いたが、結果はほぼ同じだった。搾取されるのに疲れ果て、反乱しようにも力でねじ伏せられてしまう。捕まれば自分だけでなく家族も罰せられるため、我慢するしかなかった。村民は市民とは格が違い、扱いが違うのだからと言い聞かせて。領主は市内も同じように悲惨だと言い、全てはバール街のがめつさが原因だと説明されれば、やり場のない怒りはバール街に向けるしかなかったそうだ。
「では、市内と貴族の館に献上する食料を全て停止してほしい。 権限は同じ国の領主である私が出したと言えばいい。」
ディオスはそう伝えると村民は皆顔を真っ青にしながら拒否をする。ディオスが考えてみてくれと言葉を残し市内へと帰っていく。別に今すぐ反乱させたいわけではない。食事をして体力が少しずつ回復すればいろいろ考える事ができるだろう。
「私の考えは馬鹿馬鹿しいか?」
「そうですね、難しいとは思います。確かに領主達に献上するものがなければ、食べるのに困らないでしょうが、その後にある罰則を恐れない訳ではないでしょう。」
「そうだな・・・・俺は兄ほど領主には向いてないと思っているよ。何かした後でこうすればよかったといつも後悔している。」
「誰でもそうですよ。でも何もしないで後悔するよりはマシだと思います。そして私はあなたが領主に相応しい人物だと思いますよ?」
「その理由は?」
「ディオス様は自分の国民を苦しめるような事はしないでしょうからね。」
「・・・・そう言ってもらえるのは嬉しいな。だが、君が来る前は見て見ぬ振りをしていた。今思えば情けないことだが、あの時はそれしか方法がないと思い込んでた。」
「今は?」
「アガット、君の出現が俺の背中を押してくれたよ。今はなんでもできそうな気がする。この国のためならばその覚悟だ。改めて例を言わせてくれ。ありがとう。」
「なんだか改めてお礼を言われると恥ずかしいですね。私はただ通りがかっただけですよ。私こそ話に耳を傾けてくださってありがとうございます。」
「あれは・・・・どっちかと言うと無理やり聞くよう仕向けていたようだが・・・?」
「えぇ、そうしましたからね。」
怪訝そうなディオスにアガットはふんっと踏ん反り返ってみせる。数秒見つめ合って、どちらともなく吹き出す。何が可笑しいのか分からないのに笑いが止まらない。周囲の兵たちは2人の様子にお互いの顔を見合わせている。それすら可笑しくてお腹を抱えて笑う。ディオスの顔は今までにないくらい清々しく、子供のような笑顔だった。
市内に戻ると日に日に違った雰囲気になっていく。皆ケチなバール街の領主がどんな魂胆で村民に優しく接しているのか分からなかったからだ。
もう一方である噂が広まっていた。
それはバール街からの物資を貴族が横領しているという事実だった。元々根強い噂ではあったが、それが根も葉もない噂だと貴族が否定し、証拠もなく、発信源である者は厳しく罰してたため住民は黙るしかなかったが、宿屋に駐在したバール街の兵がその話をしているのを宿屋の女将が聞いたらしい。アガットも出発する際に見送りに来ていた宿屋の主人の前でその事を記載した調査書類をつまずいてぶち撒けてみせた。一緒に拾う際に書類を凝視していたから内容もバッチリだろう。デマではなくバール街の領主の手の内には確かな証拠があると話が広がっていく。
ただ起爆剤を撒いただけだ。そして小さな火をつければあっという間に燃え拡がるだろう。
3日後の夕方、ある貴族の屋敷の城壁がまるでその脆くなったかのようにホロホロと崩れた。高かった城壁の中からは豪華絢爛な庭園と装飾品、そして屋敷が住民の前に現れることとなる。初めは壁が崩れたことに驚いた住民も、その豪華さに絶句するしかない。
あの木ってフロレントじゃない?確か金貨20枚はくだらないって話よ?
おい!屋敷の正面にある噴水見たかよ!なんで宝石をもった彫刻がおいてあるんだ?
屋敷の裏にある倉庫ってバール街の物資を貯蓄するためのものだよな?なんであんなに溢れかえってるんだ?
物資のゴミとか山住みになってないか?あれくらいあれば俺たちの1ヶ月の食料なんて・・・・
ヒソヒソ・・・・
ザワザワ・・・・・
ガヤガヤ・・・・・・
くすぶった不満は撒いた起爆剤に着火して大きな爆発となる。さて、住民はどうでるか・・・・・




