7 歩み寄るならば
食堂に行き食事をとる。ゴズは食事が来る間ずっと何か話したそうにそわそわしていた。我慢出来なくなったのだろう、熱々のボアステーキが運ばれた後、身を乗り出してアガットに聞く。
「本当に調査をしないのですか?」
「とりあえず賊に潜入してもらっているカシュンにはそのままで、2、3日様子を見ましょう。行動するべき情報は十分に与えました。それでも動かないのであれば領主は愚鈍であり、助ける必要もないでしょう。」
「ですが・・・この街の住民が苦しんでいるのですよ?」
「ゴズさん、何か勘違いしてらっしゃるみたいですね。確かにこの子達は強いです。ですが、無敵と言うわけではありません。危険を冒して、さらに問題を直視しようとしない領主をさしおき、住民を助けるほど私は聖人ではありません。どちらかを選べと言われたら間違いなくこの子達の安全を選びます。」
人助けをするのは自分が勝てるという確証をもってからだ。現状はトール街の現状も盗賊団との関係も不明な部分が多いのに飛び込むのは危険すぎるのだ。もしそうしたとしてもあの領主のことだ、国の安泰のため最悪アガット達のせいにされる可能性が高い。そこまで説明するとゴズは押し黙った。アガットも鬼ではない。カシュンに撤退するよう言わないのも、2、3日様子を見るのもアガットなりの譲歩だった。あとはあの領主がどうでるか、だ。
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2日後朝早くに宿に使いがやって来た。アガットに領主邸にくるようにとのことだったが、手紙を読み終わると破り捨てた。慌てた使いにアガットは冷めた目を向ける。
「説明も無しに邸を訪れるよう書いてありましたので、辞退させてもらいます。」
「し、しかし!・・・」
「前回の領主様の様子だと厄介ごとを持ち込んだのは私でしょう?無理にお会いする必要もありませんし、今仲間が戻るのを待っているだけですので、合流次第この街から出て行きます。」
「考え直してくれませんか!?」
「どうぞお引き取りください。」
慌てた使いは急いで馬を走らせ戻って行った。
同日の午後宿の前に豪華な馬車が止まった。宿屋の女将は慌て、客は野次馬とかした。
使いのものが迎えに来たので、その後に続いて食堂に入る。トムス将軍率いる親兵が野次馬を追い払ったらしく、食堂はガランとしていた。
奥の個室に通されると領主と隣にトムス将軍、ギルド長のカガンとレザントが集まっていた。アガットが入室すると全員の注目が集まった。
「領主様、今日はどういったご用件で?」
「白々しいな、この面子で話すことは一つしかないだろう?」
「トール街と盗賊団の関係性についてでしたらもう話はついてたはずですが?」
「・・・・・そう、だったな。先日は私が言いすぎた、ここで正式に謝罪をしよう。すまなかった。改めて話をさせてほしい。」
そう言って席に座るように促す。特にトムス将軍は子息の話しを聞きたいのだろう、目を彷徨わせている。
「本当に、本当に我が息子ドルムスはトール街にいるのか?」
「私の仲間が賊に紛れ込んでいます。先日その者からの連絡でバール街の失踪者の多くは向こうで労働させられていると報告がありました。」
「労働・・・・」
「えぇ、具体的な情報はまだ入手しておりませんが、大方チカラカ山脈に関するものだと言われています。」
「2つの街を隔てるチカラカ山脈の一部を破壊して国を統一する計画だ。8年前トール街から提案されたが、父が却下したものだ。」
「却下した理由が山脈からの恩恵である清らかな川の水と周囲に生息している動植物の保護のためです。」
「あぁ、だがトールの領主はうちが利益を共有したくないからだと父を罵っていたな・・・」
「両国の隔たりはどうやって移動しているのでしょうか?」
カガンが絵に描いて説明してくれた。風石と雷石、磁石を動力源としたエレベーターを使用しているという。魔法使いは転移魔法陣で魔法を発動すればいい。山脈の上には巨大な倉庫まで完備しているので、お互いの商品の流通はスムーズなはずだ。毎月バール街は一定の食料を提供している。それでもなおトール街は足りないと更に要求しているのが現状だった。
チカラカ山脈からの川が流れるバール街は豊かな自然と栄養豊かな土があることで一年中作物が豊かに育つ。対してトール街は寒暖差が激しく、土の栄養もあまり良くなく、作物の成長が悪いのだ。山脈を隔てた貧富の差の問題は以前から議論されていて、バール街は作物の研究者を派遣したり、栽培しやすい作物の研究を合同でしたり協力してきたのだ。だが、それでもトール街の要求は止まらなかった。
「きっかけは祖父の政策からでした。優しい祖父は同じ国の国民であれば仲良くするのは当たり前といろいろ優遇してきました。」
「だが、その結果奴らは増長していくだけでした。元々トール街がこの国の起源なのです。歴史古い貴族たちは多くが向こうに住んでいます。」
「我々は後に分裂して出来た街だから、尽くすのは当たり前だという考えが貴族には根強い。」
立場が逆転した今でも、要求する際は上から目線だ。毎月の会議でもギスギスした関係が続き、困るのはトール街の市民だった。貰えるはずの物資も貴族が横取りしてあまり手に入らない。そして領主はそれがバール街がケチだからという噂を流せば、市民は谷を拡大して山脈の恩恵を受けられれば、バール街に頼らずとも貧しさから抜け出せると信じていく。
「今となっては作物の研究も研究者の派遣も拒否られてます。行けば歓迎もしてくれません。」
「そんな話があったとは・・・長年暮らした私ですら・・・知りませんでした・・・」
「だいたいの話は分かりました。ですが、このまま両街の仲がこじれたままなのは国の崩壊を意味しますよ?」
「分かっている。だが、私にはどうしていいのか分からないのだ。」
ディオスは若くして領主になった。元々は領主など関係なかった。
だが、先代が早く無くなり、年の離れたディオスの兄が領主になったが、彼も5年前に流行病で帰らぬ人となる。ディオスは跡取りではなく、軍に所属して兄を手助けしようと考えていたため、どうしていいか分からなかった。一生懸命領主として仕事をこなしても知識と経験が足りないため、いやでも父と兄の面影がちらついた。
苦しむ毎日に出した結論は『平穏を守ることが領主としての務めである』という父の言葉を守ることだった。
「私はただ父上のようにただ平穏に領地を守りたいだけなのだ・・・だが、先ほどの説明の通りトール街は無理難題を言ってくる始末で・・・」
磨り減った気力でなんとか頑張ってきたが、アガットが持ち出した国を二分する問題についにどうしようもなくなった。全てアガット達のせいにすれば丸く収まる。頭の片隅ではそれが間違っていると分かってはいたが、見て見ぬ振りをしてしまうほど、もう疲れ果てていた。
「本当にすまなかった。この2日間で10年前までの両街の会議書類を確認した。照らし合わせれば君の話とつじつまが合っていくんだ。」
「ディオス様、あなたはこの国の将来をどうしたいですか?」
「そうだな・・・両街の諍いを無くし、貧困の差もない豊かな国にしたい。」
「では私にもそのお手伝いをさせてください。」
「・・・そうか・・・君は私を助けにきてくれたんだな・・・よろしく頼む。」
「ディオス様は不器用な方なんですね。こんなに多くの人があなたの力になりたいというのに、全て一人で抱えようとなさっている。」
「そんなことは・・・・いや、そうなのかもしれないな。私は領主という責務を果たそうとがむしゃらになりすぎて視野が狭まったのかもしれないな・・・」
笑うアガットにつられてディオスも笑顔を見せる。何年ぶりに笑ったことか、と話すディオスの顔には光が戻っていた。
その日の会議は夜遅くまで続いた。
領主達が帰るとアガットも野次馬が多い宿を引き払った。どこで情報が漏れるか分からない今、宿に居続けるのは危いと判断したからだ。宿の女将には別の村に行くことにしたと伝え、遺跡に向かう。この数日で傷がだいぶ癒えたゴズはアガット達と一緒に行きたいと申し出た。オリガと引き合わせたいのもあったため遺跡に同行してもらった。
遺跡の巨大な穴がなくなったため階段で最下層に向かう。オリガと再会スレた数日だというのに飛び上がるようにして喜んでくれた。ゴズは間近で見るゴルゴンの娘に釘付けで微動だにしない。
「カシュンさん?違う人?」
「よく分かったね。前に話した盗賊団に捕まってた装飾職人さんのこと覚えてる?」
「えぇ・・・もしかして彼がそうなの?」
「は、初めまして・・・ゴズっていいます。一度でいいからお話してみたいと思っていました・・・」
「えっと、は、じめまして・・・オリガと言います。えっと、えっとゴルゴンの一族です。」
「はい!すごく素敵な髪ですね!!」
初めて人間に髪を褒められてオリガはもじもじしている。心なしか顔が赤い。髪の蛇達も褒められて嬉しいのだろう、くねくねしてオリガの後ろに隠れる子や、もっと褒めてもらおうとゴズに近くに行こうとする子とバラバラだ。頭を引っ張られて、痛みでオリガは悶え、ゴズはオリガの近くに駆け寄り、蛇達をなだめようと撫でている。
これはもしかして・・・もしかするかも・・・
アガット達は顔を見合わせニヤニヤしながら、2人きりになれるようにそっとその場を離れていく。
〜〜〜
数日後、街の様子が落ち着いた頃、1人の子供がゆっくりとレザントとカガンに連れられて領主の屋敷へと入っていく。この数日領主は市内の子供たちを屋敷のお茶会に招いてたため、誰もその子に留意しない。
「こんにちは。お招きありがとうございます。」
「よくきたね。えっとルルゥちゃんで合っているのかな?」
「はい、ルルゥ・トランドットと申します。」
ディオスととトムス将軍はしばしその少女を見つめた。この子供が前回の巨大な妖狐だとはにわかに信じられなかったからだ。
そんな複雑な心境な2人をよそに、ルルゥは壁に扉を出現させた。中から出てきたのは見知ったアガットと子供たちと、ありえない存在だった。神話の魔物が続いたのだ。親兵達は驚愕し、まるで幻をみているように震えている。
「あ、アガット嬢、その、その魔物は一体・・・・」
「私の配下のゴルゴン族の末裔オリガと申します。」
「よろしくお願いします。」
丁寧な返事にも関わらず、周囲は唖然とするしかなかった。神話の魔物を配下にしているアガットの存在が計り知れないからだ。
ー この国を潰そうと思えば回りくどいことをせずに、さっさと更地にします。ー
前回の会議で言っていたことはハッタリではないのか・・・・脳裏によぎったその考えに皆凍りつくしかなかった。




