7 計画の始動(4)
「ドラゴンまで出すとは!?」
「おおかた貿易国に処理しきれないドラゴンをうまく売りつけられたんでしょうね・・・」
アガットはドラゴンを観察しながら、そう答える。気性が荒すぎるのに反し知性は高くなさそうだ。これでは躾けるのは労力がいるだろう。
寝ていたのを無理やり起こされて、逆上しており、手当たり次第に攻撃をしている。康順達が兵を助けながら魔法を発動し攻撃するが、土魔法と相性が悪いみたいで、あまり効果がない。体を固定してもノコギリのような尻尾と顎で土に潜ってしまうのだ。
康生の氷魔法は効果があるが、鱗が硬いのか頭を振るだけでそこまでの打撃を与えられていないのだ。周囲の民と逃げ遅れている兵をかばって戦っているため、本来なら手こずらないはずの相手に押されている。
「すいません、ここをお願いします!!ルルゥ!シールドを!!」
医療テントを兵に任せ、アガットはルルゥにドラゴンの周辺に結界を張るよう指示をしながら司令塔の方に全力疾走する。心配だった。蘭華たちの膝に乗っていたはずのティルケとダリルは司令台の前に身を乗り出すようにしてドラゴンを見ている。興奮しているのだろう、ふすふすと鼻を膨らませ、尻尾と耳がピンッと伸び、両手が震えている。
「そこは危ないわよ?こっちにいらっしゃい?」
「蘭華姫、雍清王、下がって!」
蘭華と双子の間に割り込み、後ろに下がるように伝える。ダリルを見ると歯をカチカチと鳴らしており、ティルケは足踏みを繰り返している。
急いで2人に近寄りネックレスの〈紅香樹〉の部分を口に含ませる。開いた口からは歯が牙のようにメキメキと変化し始めた。口に硬い〈紅香樹〉を噛ませなければ、興奮のせいで歯を鳴らしてしまい、口を傷つけ血だらけになるためだった。
「ティルケ、ダリル、思いっきり暴れて来ていいよ。」
「「いいの?」」
「他の人が怪我しないようにね。」
「食べても?」
「それは終わってからよ。」
魔法石が手の甲に嵌っている鎧の手袋・ガントレットに魔力を込めているのだろう。黒い霧が魔法石にまとわりつき不気味な光を放つ。
魔力を十分に注がれてカントレットの形態が変形し始める。顔の大きさ程に肥大しはじめたのだ。ナックル部分にも棘ができ、指先はクローのように鉄爪が尖り始めた。
ダリルが待ちきれないというように、司令塔の周囲にある木の柵を握りしめる。まるでクッキーのように粉々に砕け、パラパラと飛び散る。
一番近くにいた者達はその変化に驚く。路普たちは警戒し蘭華たちを守るために剣を抜いて盾になる。
ティルケの口にも〈紅香樹〉を咥えさせた瞬間、2人の姿が消える。
次の瞬間、ボルボラドラゴンの一頭が弾け飛ぶ。
体制を立て直そうとするが、その前に顎に強烈なアッパーをくらいその巨体は崩れた。
もう一頭はノコギリのような尻尾をブンブンと振り回すが、まるでピン留されたかのように動かなくなった。ティルケが尻尾の上に飛び乗ったためだ。ボルボルという威嚇音を出し暴れるが、ダリルがその尻尾めがけて両手を振り下ろす。血しぶきと共に尻尾が切り落とされた。ドラゴンは痛みでもがきながら地面に隠れる。先ほどアッパーを食らったドラゴンも同様に地面に消えた。
辺りはしんっとしていた。
獣人の子供たった2人に大型ドラゴンがやられているのだ。ありえない光景に敵味方関係なく唖然とするしかなかった。
「どういうことだい?」
「2人は風属性で、重力を自在に操ります。羽のように軽くなることもできれば、石像以上の重さにもなれます。」
「まだ子供だから、力加減が分からんことが多いため、戦うというより暴れるに近いがな・・・」
雍清の疑問に、合流した康順がアガットの言葉に続き、ティルケたちの事を説明する。今まで危なっかしくてあまり魔物の討伐に加わらせたことが無いのもそれが理由だった。興奮しすぎて周りを半壊したこともあった。
ティルケとダリルはハイエナ特有の丸い耳をピルピルと動かし、ドラゴンの行動音を拾おうとしている。顔を左右に傾げている姿は大変可愛らしい。ドラゴンを討伐している最中だとはとても思えない光景だった。
ガッ・・・ボコォォオオ
突然2人の足元が抉れ、ボルボラドラゴンが顔を出す。2人を飲み込もうと大きく口を開いていた。2人は大きくジャンプして避けようとしたが、尻尾により弾き飛ばされる。カントレットでガードしたが、ダメージはあっただろう。着地した時にぐらついていた。
アガットはドラゴンに向けて矢を連射するが、またも土の中に引っ込まれ当たらない。
ふわっ・・・ふわふぁ
綿帽子が空気に紛れて漂い始める。地面に落ちると同時に芽を出し、イバラとなり地面を覆う。
ボルボラドラゴンの巣穴にもイバラがつたっていき、耐えられなくなった、ドラゴンが地中から飛び出して来た。ティルケとダリルがその横面を勢いよく蹴り飛ばす。巨体は激しい音を立てながら倒れた。トドメとばかりにティルケが両手をクロスさせ、その額を殴りつけた。
ッボギキィ
鉄がぶつかる音と骨が砕ける音がして、一頭のボルボラドラゴンは絶命した。
2人はそのことを確認するように巨体の上を端から端まで駆け抜ける。遊んでいるようだか、実はどの部分が美味しそうが見ているのだ。
ガボンッ ズッズズゥ・・・・
もう一頭のボルボラドラゴンの下の地面が割れ、巨体共々下に落下していく。2人も肉のチェックに夢中で反応が遅れたため、一緒に落ちていく。
ブィオオォオオ
熱風のような強風が吹き、ボルボラドラゴンの巨体を持ち上げたかと思うと、ズッパリと10当分にした。高熱で両断された断面は焦げ目がついており、辺りに肉の焼ける匂いが充満し始めた。
強風に煽られながら、ティルケとダリルはムスッとぶすくれた。地面が強風に抉れ、中から顔を出したもう一体のボルボラドラゴンをダリルが殴りつけ、ティルケは蹴飛ばしすが、硬い鱗の部分でガードされ威力は半減している。
近くまで移動していたルルゥがうまく魔法陣を発動させようとするが激情したドラゴンが暴れ強靭な顎で攻撃され、〈紅香樹〉の扇子は衝撃に耐えられずバラバラに飛び散る。
「地獄山!!」
「千驟雨!!」
康順が手を地面にかざすと、ボルボラドラゴンの周囲が針山のように変化してドラゴンの巨体を貫く。もがくドラゴンに康生がトドメとばかりに氷魔法を発動させる。細長い氷柱が空に大量に生み出された。康生が手を振り下ろすと、雨のように一気に振り落ち、ボルボラドラゴンの巨体に風穴を開けていく。
ボルボラドラゴンの討伐が終わり、康順はティルケとダリルを抱っこし、康生はルルゥを抱えて司令塔の方に戻ってきた。路普たちは警戒の色を強めたが、アガットと康順は気にもとめずに2人の頭を撫でた。
「よく頑張ったね。」
「えぇ、食べたいあまりに、ちょっと危なかったのはまあいいでしょう。」
褒められたのに2人はぶすくれたままだ。じっとりとルルゥとビケの方を見ている。ビケは苦笑して、ルルゥはツンと唇を尖らせた。
「できたのに・・・」
「だって危なかったじゃん。」
「ティルケとダリルでできたもん・・・」
「私たちが手伝わなかったらぜったい食べられてた!」
「「ちーがーう!!!」」
地団駄を踏んでるダリルと掴みかかろうとしてるティルケを康順が抱きかかえる。ビケがルルゥの頭をポカリと殴り黙らせる。
「いい加減にしなさい。みんなの前でお尻ペンペンするよ?」
「ズボンを脱がしてせねばなりませんなぁ・・・」
「「「ッご、ごめんなさい!」」」
お尻ペンペンという単語にビクッと反応し、3人は反省したと声を揃える。
「・・・いったいどうしたの?」
「ひめさま〜・・・」
状況が分からない周囲を代表するように蘭華が声をかければ、ティルムは抱きつこうと駆け出す。
武尊が蘭華の前に立ち、警戒するが、蘭華はそれをいなし、ティルケを膝にのせる。ぐずるティルケの代わりに康順が答えた。
「先ほどのイバラはルルゥが、地面がえぐれた時に吹いた突風はビルケッタが魔法を使ったからで、チビ達は初めて自分たちで魔獣を討伐したかったから拗ねてるんだよ。」
「まぁ・・・あんなに大きな魔物を倒したのに、まだまだ子供ですねぇ。」
のほほんと蘭華が言いながらお菓子を食べさせる。ダリルもお菓子が欲しくて蘭華に駆け寄る。口いっぱいにお菓子を頬張るその姿に先ほどのドラゴンを討伐したとは思えず、ただの獣人の子供でしかなかった。
あのボルボロドラゴンの討伐を見せられて雍陣軍の士気はとうに削がれていた。勝てるわけがないのだ。
雍陣は捉えられ、皆で都に戻る。負傷者はいたが、最小限で済ませられたのは康順達のおかげだろう。
やることはまだ残っているが、アガット達は勝利したのだ。




