5 計画の始動(2)
アガットが雍清と密会してから1週間前後、言康生を筆頭に軍が〈古南府〉に到着した。
「雍清王。この度は匿っていただき誠にあr・・・」
「康生殿、堅苦しい話しは後にしましょう。今は同じ目的に進む者同士です。短い期間ですが、くつろいで行ってください。話しは別の部屋で」
奥の客間ではアガットと康順、そしてシャリムが真剣に話しをしていた。康生達が現れると破顔し席をすすめた。
「兄上、少々お時間を。」
「あぁ、もちろん。」
康生は康順にそう話かけると後ろに控えいた武将に目をやる。前に進み出て膝をついた2人の武将は面で顔を隠しており、何者かは判断ができない。だが、康順は歓喜し、2人を勢いよく抱きしめた。
「康于、梅羽。大きくなったな。」
「「父上、ご無事で!」」
「他者には分からぬよう双子の獣人だと誤魔化しておりました。」
2人は康順の子供だった。蘭華が産んだ康于。梅花が産んだ梅羽。どちらも康順に負けず劣らずの体格をしており、面を外したその額には2本のツノ。違う母から生まれたにも関わらず2人はよく似ていた。唯一違っているのは、梅羽の褐色の肌ぐらいだ。康生は6年前の混乱時に2人を軍の一員として迎えていたのだ。獣人の双子として迎え、顔に火傷があり、面をつけざる得ないと説明すれば訳ありな出身者が多い軍では誰も深く聞いてこない。ましてや言一族よりな軍は感づいたとしても皆黙っていたのだ。
「おぉ、親子の感動の再開だね。では私も。」
雍清が手を叩くと隣の部屋から3人の娘が現れる。どの娘も額にツノをもち、長身である。
「梅南、梅順、蘭々。お前達もよく無事で・・・・雍清王、なんとお礼を言ったら!」
「「「父上・・・」」」
「いやいや、蘭華姉様の頼みでしたから。積もる話もあるでしょうから、今日はゆっくりしましょう。話はまた明日にでも。」
3人もまた、康順の娘たちであった。6年前子供達は雍清と康生によって内密に逃がされていた。
康順はついに自身の子供たちと再会したのだった。シャリムも初めて姪と甥に会えたのだ。積もる話もあるだろう。戦など関係ないような雰囲気で、その日は夜遅くまで宴が続いた。
翌日、広間にはアガット、康順、康生、雍清そしてシャリムが集まっていた。
「これで主要人物が揃いましたな。」
「では、話を進めましょう。今はまだ雍陣の動きを観察するだけでいいのでしょうか?」
「私の見解では更なる軍の派遣が予想されますが、シャリム殿の反乱軍と私たちが出陣すれば問題ないかと。」
「南部領を諦める気は無いということでしょうか?」
「それは無いかと・・・アガット嬢、これをご覧ください。」
「綺麗・・・こんなに高純度な雷石は見たことない・・・」
「これが〈ラルカーン〉侵略の本当の目的ですよ。」
〈ラルカーン〉の採石場では宝石の他に高純度の魔法石が採れるのだ。魔法石は純度が高いモノには高額な値段が付けられる。アガットの目の前のクルミ大の雷石は内部が光り輝き、時たま火花が散っている。金貨50枚はくだらないだろう。
商人たちは宝石で懐を肥やし、政府は魔法石で利益を得る。侵略してから6年しか経っていないが、その財は莫大になっているだろう。これが〈ラルカーン〉手放したくない理由だった。
康順の予想通り、5日後、皇帝は更なる軍の派遣を決めた。
だが、〈古南府〉に着く前に〈チカラカ山脈〉で待ち伏せていた康順とシャリム率いる反乱軍に惨敗する。康順の土魔法で地形を変え、魔術師たちによる幻覚魔法を使い、地理的に優位な反乱軍たちが向かい打てば、軍は方向感覚を失い、こちらが望むままに行動する。行き止まりに追い込み一網打尽にする。
そして数日後、李英を筆頭に数名の家臣たちが6年前の南部発症の疫病の再調査を願い出たのだ。
「雍陣陛下、どうか再調査をお願いいたします。」
「ええい!黙れ、黙れ!今は南部を奪還せねばならぬ時、そのような昔の話を蒸し返す時ではない!!」
「今だからこその再調査なのです。6年前国中に疫病を撒き散らしたとして南部攻略が行われました。ですが、私の手元にある証拠も証人の話もどれもその事と食い違っております!!」
「証人だと!?そんなものいるわけ無かろう!デタラメを抜かすな!!」
「いいえ、いいえ。証人はおられるのです。主犯の梅花姫に一番近く、本人も疫病にかかった蘭華姫が!先帝・雍全の指示を受け、言康順と共に疫病調査を受けた黄大夫が!!!どうか再調査を!!!」
「黙れと言っている!!!」
雍陣は激高し、茶の入った杯を投げた。李英の額に当たり、血と共に飛び散るがそれでも李英は跪いたまま微動だにしなかった。亡き雍全が枕元で最後まで気にかけていた案件だった。国を、民を誰よりも大事にしていた先帝の悲願を李英はどうしても叶えたかった。
「警備!!この無礼者たちを、国を二分しようとしている者たちを牢屋に入れろ!!」
雍陣は聞き入れる事なく李英たちを朝廷から無理やり下がらせた。南部の案件が終われば全員縛り首にしてやるつもりだった。
李英が6年前の事を告訴したという噂は国中に広まっていた。それと同時に梅花の幽霊が彷徨うのを目撃していた民は一気に不審がり始めた。無念だと泣く梅花の霊がさまようならば、何故あの疫病で嘘をつく必要があったのかと。誰が一番利益を得たのかと。
「なあ、俺また梅花姫の霊を見ちまった・・・」
「あんたも?私の妹も見たと言ってたのよ!無念でこの国をさまよっているらしいのよ。」
「俺さ、噂に聞いたんだけど、6年前の疫病って南部から来たわけじゃないらしいぜ。」
「えぇ?じゃあなんでまた南部の攻略を?」
「ほら宝石が取れるからさ・・・」
国民は日々の貧しさに心が荒み、疲れ果てていた。職に就きたくても、いい職業がない。稼ぎは寂しいのに物価は高騰し、食べるのすら難しい現状に不満がくすぶっていた。道を一本跨げば宝石商で財を成した裕福な家庭が煌びやかな生活をしている。なのに自分たちは・・・・
燻っていた不満が、梅花の怨念と今回の告訴の内容により、一気に爆発した。暴徒とかした民は宝石商たちを遅い、それに癒着していた家臣達をも捉える。雍陣が打開策として肥えた国財をバラまいても、暴動は止まるところを知らなかった。
それを門の上から静観している2つの人影があった。
「アガットの言った通りだったね。ルルゥお疲れ。」
「流石に毎晩泣きながら練り歩くのは疲れた〜ビケ、早くアガット達と合流しよう?」
いっぱい甘えるんだ〜と言いながら子供2人の影は夜の暗闇に紛れて消えた。
ルルゥ達の報告を聞きながら、アガット達は次のステップの話をする。
「南部制圧とほぼ同じ時期に皇帝になった雍陣がいる。今の貧しい格差を作った皇帝だ。現状に嘆いている民の不振は不満となり、怒りに変わり爆発して都では暴動が起きる。」
「だが軍は消息を絶っている。焦った雍陣は必ず残りの軍を招集して対応させるでしょう。」
「混乱のさなか、そこに王である私が兵を率いて乗り込み、統率の取れない軍を破り、皇帝を捕まえる。うまく考えたねぇ。」
「ありがとうございます。」
雍清はアガットをじっくり観察する。よくぞここまでの計画を考えたものだ。もちろん康順も計画に携わっているはずだが、民意まで熟知しているはずがない。していればここにはいなかっただろう。
「その梅花の幽霊も君の仕業?」
ふと気になり、雍清はアガットに聞くが、彼女は答えずにっこりと笑い、甘えてくるルルゥとビケの頭を撫でてやる。




