4 計画の始動(1)
目が覚めれば、そこは牢屋の中だった。想像していたよりもずっと清潔に保たれていたため、アガットは賊たちに好感を持てた。小さい窓がついており、外を見れば太陽がさんさんと照らしていた。一夜明けたらしい。
「おい、出ろ。」
アガットがぼんやりとしていると、図体のでかい男が牢屋の鍵を開け、出てくるよう促す。
そのまま導かれるように進む。どうやら賊とは名ばかりにいいところに住んでるらしい。庭園のようなところに出て、初めてアガットは自分がだいぶ遠くへ連れて来られたらしいと知る。
屋敷の外は南国のように暖かく、海が近いのか潮の匂いがする。〈元龍の古都〉にはない植物が育っており、屋敷をうろつく人々の肌も褐色である。梅花の故郷、南部か・・・
部屋に通され、椅子に腰掛けて待つよう言われる。逃げないよう男が入り口で立っていた。ただ待っているのも暇なので、アガットは出されたお茶を飲み、お菓子を食べて時間を潰す。
そこに護衛をつれた40代の男性が現れた。南部特有の長い髭を蓄え、ゆったりとしたサテンの服に身を包み、微笑みを絶やさない。だが、その目元は鋭い。
「本当に手をつけるとは・・・毒が入っているとは思わないのかい?」
「殺したいのであれば、わざわざ南部領まで連れて来ないでしょう?賊の頭様?」
「・・・なんと、話に聞く通り、聡い子だねぇ。」
賊の頭がアガットのことを見張っているのは知っていた。むしろそうなるようにわざわざ蘭華の屋敷を頻繁に訪ねたのだ。アガットは自分の予測が合っていたことに安堵する。
「単刀直入に聞くね。私は君が薬師だけだとは思っていない。赤髪の魔女よ。蘭華姫に何を頼まれたのかな?」
「何も手伝っておりませんが?」
「私は嘘は嫌いでね・・・色々噂を聞いてるんだよ。火の無いところに煙はたたない。素直に喋ってくれたら痛い目を見ないで済むんだよ?」
「確かに。では、手短に・・・皇帝を殺そうと考えてます。」
男はアガットが本当に素直に喋るとは思ってなかったのだろう、口に含んだお茶を吹き出し、むせている。ハンカチを差し出せば、後ろに控えてた護衛たちに阻まれる。落ち着きを取り戻した男はまじまじとアガットを見つめる。
「君はバカなのか?私がそんな嘘に引っかかると?」
「嘘ではありませんが、現に取り乱してはいますよね。」
「っ本当に話しに聞く通り食えない娘だな!」
「お褒めに預かりどうも。というか予測しておりましたので。」
「・・・つまりわざと捕まったと?」
「えぇ、じゃなきゃあなたと話せませんからね。シャルム・イェルマーさん。」
自分が誰であるかまで知られていると思っていなかったのだろうシャルムはアガットの言葉に怯む。男達も流石にまずいと思ったのだろう、アガットに向けて剣を抜こうとするが、体が動かない。力を込めた剣がカチカチと音を立てるだけ。
「ダリル。ありがとうね。」
「ん。」
突然アガットの膝に男の子が現れ、テーブルにあるお菓子を食べ始める。シャリムは動揺を隠せなかった。この屋敷には魔術を何層にも張り巡らされている。だから今まで誰にも見つからなかったし、招かれなければ誰も入れないはずだ。なのに何故?
「話をしましょう、シャルムさん。妹のラシュカさんの仇を打ちたくはありませんか?」
「どうやって?」
「反乱を考えてらっしゃるでしょう?元南部領〈ラルカーン〉の奴隷にされた民の解放と採石場を取り戻したいと。私たちにもお手伝わせてくださいません?」
「こちらに有利すぎる話だが、そんなうまい話に乗るとでも?」
「私たちがしようとしているのもラシュカさんの敵討ちなので。」
「どういう事だ?」
「私は言康順の依頼で梅花、いえ、ラシュカ・イェルマーの仇を討ちに〈元龍の古都〉に来ました。」
「それを証明するものはあるのかね?」
そう聞かれアガットは懐から一本のかんざしを出した。それは嫁に行くラシュカが唯一持って行くことを許された母の形見のかんざしだった。何故この小娘がこれを持っているのか?シャルムはアガットを睨みつけながら、思考を読もうとする。だが、どう凄んでもこの小娘は膝の子供とお菓子を食べるだけで気にも留めない。シャルムはあほらしくなり、体の力を抜いた。
シャリムにとって蘭華という女はよくわからない女だった。妹の良き友であったというが憎き相手の妹でもある。妹のラシュカの死の際には何もせず、夫・康順の時には皇兄に泣いてすがった女。だがラシュカの子供を逃してもいる。そのためどう思えばいいのか分からず、常に見張りをつけていたのだ。まさかこんなかたちでその本心を垣間見るとは・・・
「それで?私は何をすれば?」
「私が採石場を取り返しますので、奴隷をできるだけ囲ってください。そして被害が出ないよう彼らに隠れるようにあらかじめ連絡をしててください。」
「君はどうやって採石場を取り戻すのかね?」
「それは後のお楽しみです。」
南部の言葉には方言が多い。それを使えば、内密に会話するのも可能なはずだ。シャルムは〈ラルカーン〉を取り戻せればいいし、大変な仕事はアガットがする。にっこりと手の内を見せる気は無いと態度に出せば、シャルムは唸るが、返事は決まっていた。
〜〜〜〜
ある日の夜、〈ラルカーン〉の全ての奴隷用宿舎に火がついた。、足枷で逃げられないはずと見回の兵もいなかったため、炎は一気に燃え広がる。不思議な事に後に残った焼け跡からは奴隷の死体は1人として見つからなかった。慌てた商人達は急いで探すが見つかるはずもない。商人たちは急いで対策を練るが大規模な奴隷の消失にどうすることも出来ず、採石場を仮閉鎖するしかなかった。
2日後、空っぽになった採石場に魔獣が出現する。トゥマーンのハイエナ達だ。暴れまわり、商人たちの家と兵舎を壊して行く。兵たちが物理攻撃を繰り出しても、魔術師たちが魔法で攻撃しても霧のように四散し、攻撃が当たらないどころか気がつけば自分たちの後ろに、前に出現してくる。
更に南部の反乱軍の兵と魔術師も加わりあたりは混乱を極めた。恐怖に統率が取れてるはずの兵たちも、魔術師たちも逃げ惑うしかなかった。商人たちは自身の財宝をかき集めようとし、反乱軍に捉えられていく。身ぐるみ剥がされ、奴隷用の檻に入れられ、強制的に〈元龍の古都〉に返される。
わずか3日で南部〈ラルカーン〉は奪還された。
慌てたのは商人たちと繋がっていた家臣たちだった。自分たちの立場が危うくなると危機感を感じ、直ぐさま皇帝・雍陣に南部奪還を申し立てる。雍陣は王国の経済をになっている宝石事業が無くなるのを恐れ、軍を派遣した。志願した言康生を将軍に任命して。
〜〜〜〜〜
その頃アガットは南部との境にある〈古南府〉に来ていた。使用人に導かれるまま、広い客間で待たせている人物に膝をつく。
「雍清様、お初にお目にかかります。アガット・トランドットと申します。」
「蘭華姉様より聞いております。トランドット嬢。2人で話をしたいのでお前たちは下がってなさい。」
使用人たちを下がらせ、雍清はアガットにお茶菓子を進める。
雍清王。18という若さで王位を返し、国の境界線の〈古南府〉の王となり、12年。満30歳。ふくよかな体型を揺らしながら、シワひとつない若々しい顔に薄い目元をキラキラとさせて喋るさまはまるで少年のようだ。現存の王族の中で唯一魔法を使うことが可能。水属性、光の恩恵を持つ。そのため王位を争奪戦を早々に離脱し、ここで隠居している。芸術をこよなく愛し、それにしか興味を示さないことから、他の皇兄弟からは『阿保の雍清』と言われている。
アガットは訪ねてきたのは雍清に玉座についてもらうためだ。康順が一番食えないといいながら、必ず良き皇帝になると確信しているためだった。
「それで私を訪ねてきた理由は?」
「もう直ぐ言康生を将軍とした軍がやってきます。彼らをここに匿ってくださいませ。皇帝にバレないように。」
「・・・ふむ。あなたの話通りにして、私に何の利益が?」
「皇帝の玉座をプレゼントいたします。詳しい話は私より、彼が。」
部屋を出現させ後は康順に説明させる。2人は顔なじみだ。魔法の才があり、暗殺の可能性が高かった、幼い雍清の護衛として、よく面倒を見ていたのだという。懐かしい顔に雍清は驚き、そして破顔した。康順も笑顔を返したが、直ぐに真剣な顔になり、計画を説明し始めた。
「わかった。では軍がここを通ったら匿い、消息を絶ったと兄上に報告しよう。」
「ご協力感謝いたします。」
「むしろ玉座を私にくれるというのだから、感謝を述べるのは私の方なんだがね。」
雍清は苦笑するしかない。身分の低い側室の母を持ち、上に5人もの皇兄を持つ自分では玉座どころか自分の命を守るので精一杯だった。唯一先祖返りとされた魔力継承も権力争いに加われるどころか、更なる暗殺を呼び寄せるモノでしか無かった。雍清は傾く国よりも自身の命を選んだ臆病者だと自負してたため、早々に玉座を諦めた。
だが、
康順もアガットもこの臆病者にその玉座をプレゼントしてくれるのだという。見ないように蓋をしてきた自分の中の国への執着、民への思い、愚帝・雍陣への苛立ちと強い闘争心に再び火がつくのを感じた。自分が、この臆病者が、傾きかけた国を統治し、修正できるこのチャンスを逃すはずがなかった。




