8 ヴィトエートでの生活と再来する異変
ヴィトエートに住むようになり早くも6ヶ月が過ぎた。
果樹園には特産のぶどうをはじめいろいろな果物がたわわに実っている。街にはフルーティな香りが漂い、市場には水々しい野菜とフルーツが販売されて活気づいていた。
アガットが務める薬草店〈プフランツェ〉も知るとぞ知る薬草店となった。アガットが育てた植物は効能が優れているためでもあり、珍しい薬草が売られているためでもあった。
カンツーオがいい例だ。湿地帯に生息する植物で一見竹のような植物だが、中に薄緑色の実があり1枚1枚薄く剥がる。怪我の手当てに最適ではあるが、保存方法が難しく流通していることが少ない。保存する際に長くカットしたまま水などで湿らせて運ばないといけないからだ。
アガットは紙をカンツーオに挟み、1枚ずつガーゼのように丸めて瓶に詰めることに成功したのだ。
紙はただの紙では無い。ロフテという小さく硬い実を熱し、すり潰すことで半透明な茶色いオイルが絞りだすことができる。暖かいうちにそれを紙に染み込ませ、乾燥させれば水を弾くオイルペーパーが出来上がるのだ。このオイルペーパーであれば長期保存しても水を弾いたままカンツーオは携帯することができるため、〈プフランツェ〉では人気の商品となった。
まだオイルペーパー自体もいろいろな用途があると注文が殺到したため、週に1、2回市場で販売しているが、人気商品のため直ぐに売り切れる。
アガットとレザル、そしてビケが〈プフランツェ〉で働くようになり、カルナ婆さんは相変わらず文句を言いながら何処となく嬉しそうにテキパキと仕事の指示を飛ばしている。
基本はカルナ婆がカウンターで会計、帳簿などを請け負い、商品の補充、お客さんの対応はレザルが行う。アガットは薬草の栽培とオイルペーパーの製造、販売、そして時たま薬草収集に出かけている。ビケはまだ子供なためカルナ婆は雇うのを渋っていたが、ビケが壁を登れることを知ると感激のあまり抱きしめ即決した。
それを見たレザルが嫉妬のあまり手に持っていた薬瓶を握り潰したのは見ていない。アガットは何も見ていない。目の錯覚だったのだきっと・・・
カルナ婆は長年店舗内の掃除をしたくてしょうがなかったが、時間と労力が足らず、魔法でしようにも手一杯のため諦めていたのだ。なのでビケは清掃要員として午前中だけ働いている。
ロザールは〈プフランツェ〉からそう遠く無い鍛冶屋に就職した。もともと腕が良かったのだろう、すぐに即戦力となり活躍するだけでなくドワーフの店主たちと意気投合し飲みに出かけるほどだ。
更に、アガットがビケと暮らしはじめて1ヶ月経たずに、ロザールとレザルはカルナ婆と一緒に暮らしはじめた。発端はカルナ婆が研究になると食事も寝るのも忘れて夢中になり、倒れたためだった。
アガットが看病をしてる隣でレザルがいつものことでやめてと言っても聞かないのだと泣きじゃくる。見かねたロザールが提案した。一緒に住めば倒れないよう世話ができると喜ぶレザルに対しカルナ婆は猛反対した。
お前らがいたらうるさくて研究に集中できないだの、家んが小さくなるだの、どうせ家事を押し付けるつもりなんだろうだの、嫌味を散々言うカルナ婆に、耐えていたロザールも堪忍袋の尾が切れ、大喧嘩に発展した。
最後は「うるせー!黙って俺らに世話されてろクソババァ!!!!」の一言で同居が決まった。近所ではこの話は有名で周囲のカルナ婆への認識が変わるほど衝撃的な事だったらしい。
サフサはアガットとカルナ婆とも親しくなり、3人が週一でお茶会を開いている。
3人の家は店の隣なため毎朝怒鳴り合いを聞きながら食事をとるのがアガットたちの日課となった。
何はともあれ平和な毎日である。
ある日、安眠の効果のあるカモミールとレモングラスの在庫が切れていたため、アガットはビケと街外れの野原に摘みに出かける。
ビケはリハビリもかねてアガットの薬草集めに同行してたが、2ヶ月前に鷲に襲われそうだったと時に炎を吐けることを知ってからボディーガードをしてもらっている。毎回やる気満々のビケを見てアガットは苦笑する。小さい子のママは僕が守る状態なのだ。微笑ましいことこの上ない。
草原まで馬を走らせ、早速薬草を摘んでいく。目的以外の薬草も結構摘めたのでそろそろ帰ろうかという時に、そう遠くない場所に狐がいるのに気がつく。狐がビケを狙っているのだろう、そろそろと近づき機会を伺っている。
ビケもアガットの視線の先の狐に気付くが、自分が狙われていることに気付かずアガットを守ろうと前に出て体を大の字に構えている。うちの子本当にかわいい・・・・
ビケと狐の一騎打ちが始まるが、狐もまだ子供なのか狩が下手くそで2匹でニャンニャン戯れているようにしか見えない。どうしてこの世界にはビデオレコーダーがないのだろう・・・本気でそう悩むアガットをよそに2匹のバトルはクライマックスに達した。ビケが炎を吐いたのだ。
そこまでは良かった。問題はその炎が以前より威力を増していたため狐の尻尾に火をつけただけでなく周囲の花も焼いたのだ。
アガットは急いで狐を首根っこを鷲掴んで鎮火し、周囲に水を撒く。ビケ自身もびっくりして固まっていたので、狐を逃しビケを抱きしめ安否を確認した。火傷はない。
「・・・やぐそゔ、ごべんなざぃ・・・・」
「必要な分は摘めたし、花もそこまで燃えてないわ。大丈夫よ。」
「っで、も・・・・」
そう言い終わらないうちにビケの目が閉じていく。眠ったのだ。
揺すっても、名前を呼んでも起きないため、流石のアガットも心配になってくる。
何かの病気かとよく観察すると、ビケの体がわずかに光を帯びているのだ。
まさか・・・
その症状に心当たりがあった。10年ほど前にダーラ達が同じ状態になり羽化した。当時は原因不明の奇病と判断されたていたはず、なぜ今になってビケが・・・?
困惑するアガットをよそにビケは光に包まれ、サナギになった。
急いで馬を走らせ家に戻る。カルナ婆を呼び症状の説明と以前の出来事を説明した。彼女はじっくりとサナギを診断した後、アガットを観察しはじめた。そして待てと一言だけ言って家を後にした。
7日間サナギは徐々に卵のように固まっていき、もそもその動き始めた。カルナ婆はちょくちょく顔を出し何も言わずに経過を確認するだけ。アガットは急激にお腹が空くはずと料理の下ごしらえをしつつ待った。
7日目、卵にヒビが入り始め、もそもそと動いた後、穴の中からビケが出てきた。
以前のようなヤモリの姿ではなく、爬虫類のような肌と目、そして尻尾を残し人間の姿となっていた。金色とも黄色ともいえない美しい肌の模様と同じ色の髪と少し大きな口が印象的な可愛い子供だった。
カルラ婆を呼びに行こうとしてビケの顔色が悪いことに気がつく。自分の手を凝視したまま固まっている。
「ビケ?」
呼びかけても反応はない。心配になって膝をついて目線を合わせ、再度優しく名を呼ぶ。凝視している手を包み込むとビクリと体を縮こまらせ涙をこぼし始めた。
「ビケ!?いったいどうしたの?」
「私、人間になってる?」
「えぇ、限りなく人間に近い姿になってるわ。」
そう答えると感情が高ぶったのか泣きじゃくり始めた。
「私、、私人間になりたくない!!あのままが良かった!!」
「・・・どうして人間になりたくないの?」
ぐずる子供を慰めるようにアガットは抱きしめようとするが、ビケは嫌がり、その腕から逃れようと暴れた。
「やだ、やだやだ!!私、人を傷つけたことがあるの!この手で!!だから汚い手なの!!!」
「・・・・え?」
次回はシリアス展開になります。
ある意味残酷描写なのかもしれません。
すいません・・・