プロローグ
初めまして、まめ二郎です。
よろしくお願いします。
田村幸恵は恵まれていた。
見合い結婚した夫とは仲睦まじく三人の子供にも恵まれた。教師をしていた主人は他人にも自分にも厳しかったが、同時に愛情深く粋な人でもあった。子供の教育はもちろん近所の誰々が困っていると聞けば幸恵を連れて相談にのり、喧嘩だと聞きつければ仲裁に入った。不出来な生徒、不良な生徒に対しても決して見捨てず、辛抱強く接する。貧困で学校に行けない生徒は休みを返上してまで勉強を教えた。幸恵も主人の信念を知っていたため、同じ志を胸に子供や周囲に接した。その結果、隣人は家族よりも親密になり、生徒は幸恵夫婦を自分たちの父母として接する者が後を絶たなかった。夫婦が世話をした生徒たちが自分の子供達と恋仲になり、婚姻を結び、孫が出来るのを夫婦はそっと見守り気がつけば髪は白くなり、体の無理がきかなくなった。それでも隣には主人がいて、周りには子供達がいた。幸せな日々だったと思う。
末の子の子供が産まれて少し経った頃、主人の咳が止まらなくなり、病院で検査したところ末期のガンと診断された。家族全員で何日も話し合い治療するよう進めたが、主人は治療をせず、家で家族と過ごしたいと譲らなかった。病院で過ごすより、家族仲睦まじく過ごす日々を思い出に逝きたいという願いに結局家族が折れた。長男家族は幸恵たちと同居し、他の子供達も近くに家を移した。
孫たちの運動会、演芸会などは欠かさず参加し、花見や花火大会なども家族総出で出かけた。旅行にも出かけ、たくさんの思い出と写真を残して主人は笑顔で幸せそうに息を引き取った。
家族だけでなく、主人に世話になったという人々が葬儀に溢れかえり主人が如何に好かれていたか再確認でき、胸が熱くなった。幸恵はもっと悲観的になると考えていたのが、主人が余命よりも2年も長く生きてくれたことと、いっぱいの思い出に心の準備が出来ていたらしい。笑顔で送ってあげられてホッとした。
幸恵は主人亡き後も、共働きの子供たちに代わり家事を一任し、孫たちの面倒も見ると進み出た。嫁たちは申し訳ないと言うが、働きたい人が働いて、家事をしたい人が家事をすればいい。キャリアウーマンだった子たちがせっかく積み上げた経験を諦め、パートとして働くのを見る方が嫌なのだと伝えた。それに幸恵もやることがなくつまらない人生よりも子供達、孫たちに囲まれて生活したかったのだ。
〜〜〜〜〜〜〜
「おばあちゃん早く、早く〜〜〜!!」
「アイスなくなっちゃうよ〜〜〜〜。」
「アイスは逃げません。外で走っては危ないですよ。」
上の孫たちは学校のため、末っ子の子供達を幼稚園に迎えに行ってショッピングモールに買い物に出かける。
アイス買ってもらえて上機嫌な孫たちと手を繋いで歩く。
いつもの幸せな日になるはずだった。
突然手を繋いでいた私と孫の間を突き抜けるかのように、男性がいきよく突横切り、反動で孫が転倒し、私はふらついてしまった。
咄嗟に駆けよろうとした直後に後ろから人がぶつかってきた。ぶつかった衝撃で今度は私が横転してしまう。一瞬何が起きたのか理解できなかった。
ぶつかった弾みで一緒に横転した女性が身を起こしたかと思うと泣きながら謝り始めたのだ。
そして腹部が尋常ではない熱を感じるのと同時に、周囲の悲鳴を耳にした。
誰かが刺されたらしいのだ。
泣いている彼女は大丈夫だろうかと疑問に思い口を開こうとするが、ひゅうひゅうという音と共に掠れたつぶやき声しか出ない。
あぁ、刺されたのは私なのか・・・・
刺された部分に痛みはなく、ただただ熱いだけでそれのせいか刺されたという実感が全くといっていいほどなかったのである。
「おばあちゃん!!! おぉ、おばあちゃん〜〜〜!!!」
「うわ〜〜〜〜〜ん、わ〜〜〜〜ん。」
孫の泣きながら私を呼ぶ声がとても遠くに聞こえる。
大丈夫と抱きしめて慰めたいのに体はいうことをきいてくれないし、掠れた声しかでない。
それでも孫の方に顔を向け、笑顔を作りながら精一杯の声で大丈夫と、泣かないでと伝える。
救急車や警察に電話をかけている人達や野次馬と共に、孫がこちらを見ない様に庇いながら違うところに連れて行ってくれる人がいるを見て少しホッとしてしまう。今の私では出来ないから。
どうかこの惨状を見ないで済むところに連れて行って欲しかった。
目の端には包丁を持ったまま泣きじゃくり取り乱している女性がうつり、私たちのすぐ近くで先ほどぶつかってきた男性が腰を抜かしながら女性を罵倒し続けている。
自分は悪くないと。育てた恩も忘れた恩知らず。
こんなことになるんだったらお前なんざあん時殺しとけばよかったと。
罵倒させている女性は男性の声が聞こえていないのか、私を凝視しながらブツブツと謝罪を繰り返している。男性との間に何かあったのだろうと簡単に察しがつき、自分の殺意が他人である私を巻き込んでしまい絶望しているのだ。
何故だか分からないが絶望している彼女に少しでも落ち着いて欲しかった。
でも声は出ずただただひゅうひゅうと音が出るだけ。
だから笑いかけたのだ。
でも、私の笑顔をみて、呟くのをやめた彼女が逆に怖かった。何かバカなことをしでかしそうで不安にかられる。
誰か彼女を止めて・・・・
そう願うが声は出ずに、視界がぼやけていく。
「本当に、、、本当にごめんなさい。」
私に最後の謝罪をしたかと思うと、いきよいよくソレを胸に刺したのも、赤く染まりながら倒れいったのも
暗くなっていく視界には映らなかった。