掃除という名の空間把握
コヨウ契約が終わって、職員証バッジを受けとると左胸に留めた。
「では、こちらをどうぞ」
渡されたのは分厚い紙束だった。紙束は片側をヒモでくくられている。
「この紙束は?」
「紙束……。これは、本です。中身を見てもらえば分かるのですが」
そうして本を開かせる。
「左ページには絵が、右ページには文字が書かれています。さて、問題です。1ページの絵は何ですか?」
「剣」
「右ページにあるのが『剣』という文字です」
「へえぇ!」
「今日はこれで自習すること。本番は明日です」
「はい! ありがとうクイールさん」
「では、今日の仕事なのですが」
「え、今日?」
「この部屋を掃除すること。掃除しながら空間把握を鍛えましょう。空間魔法はそこに何があるかを感覚で把握します。どれだけ正確に把握できるか。それが空間魔法使いにとって大切なのです」
そう言って、クイールさんは行ってしまったわけだが、自習と仕事、どちらを先にすればいいんだろ。
んー、少しずつやってくか。
次のページを開く。
そこに書かれているのは『槍』だ。ふーん、こうやって書くのか。……書けるかな。上からていねいになぞっていく。
『剣』『槍』『盾』『草』『葉』『ほうき』『ちりとり』ん? これはなんだ?
「物があふれた絵だ。物があふれる……いっぱい……あ、物置き?」
ほうきとちりとりは物置にあるよ。ってことが言いたいのか。
ろうかに出て、物置を探す。
「あった。これだ」
さっきの文字を見つけて、中に入る。
ホウキとチリトリを取って戻り、部屋を掃除していく。
クウカンハアクがどうこう言ってたけど、どうすりゃいいんだ?
とりあえず、すみずみまで掃除して物置に道具を戻したら、もう一度本を開く。
クイールさんが戻ってきた。
「調子はどうですか? 掃除の最中に空間把握ができるようになれば良いのですが……」
クイールさんは向の席に座ると、一度外へ出るよう指示された。
「目を閉じたまま、先ほど座っていた椅子に座ってください」
「め、目を閉じたまま?」
「危ないようなら注意しますから。やってみてください」
ドアのところで目を閉じる。
イスのところを思い出しながら一歩一歩、ゆっくりと近づく。
この辺か?
イスの背を探して、両手をそろそろと左右に動かす。
「目を開けていいですよ」
目を開く。イスまではまだ遠く、二メートルは離れていた。
「まあ、初めはこのようなものでしょう。さ、席に着いて。勉強を始めましょう」
その日、日がかたむくまでクイールさんにみっちりと教えてもらえた。
帰りは出店をひやかして、読めるようになった字を見つけては楽しくなった。
明日もきっちり、勉強するぜ!