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キミの鳥かご  作者: 色傘そめる
産声が聞こえる
7/9

7 帰宅

 話し終えた彼女を休ませてから、僕は諸々の用事を済ませ、頃合を見て彼女と一緒に事務所を出た。



 なんだか本当に拍子抜けだ。こんなにもあっさりと、目当ての大女にたどり着けそうだなんて。馬鹿にされているような気さえする。でもまあ、僕がこれまで「何でも屋」ってやつを真面目にコツコツ営んでいた結果だと思うことにするよ。この少女が訪ねてきてくれたのも、ひとえに今までのがんばりってやつだよね。

 間違いなく、彼女の話に出てきた大女の怪物、シュトが今回の犯人だ。犯人か? シュトも被害者のようだけど、それでも襲われた人たちがいるから、僕はシュトを止めなくてはならない。

 騎士様方がおっしゃっていた、叩いてきたばかりの邪教徒のアジトってやつも彼女の話に出てきた場所のことだったんだろう。

 そうして逃げ出したシュトは町に潜伏して人々を襲うようになり、隣を歩く少女はシュトを探すために僕を訪ねてきた。

「そうだ、君はなんていう名前なのかな? そういえば聞いていなかったよ。これは失礼なことをした。ちなみに僕はケージっていうんだ。よろしくね」

「私は、チェルトといいます」

 僕たちは今、チェルトの家へと向かっている。貧困層が暮らす、あまり治安のよろしくない場所だ。町のほうだって朝から晩まで安心安全って保証できるような上等なものじゃあないけれど、それだって頑張っている兵隊さんとかいるわけだからまだちょっとはマシなもんさ。



 もうそろそろ日が沈む。暗くなってきたほうが、シュトも顔を出しやすいだろうしちょうどいい。大女のシュトが行きそうな場所というのは、もう自分の家くらいしかないんじゃないだろうかなって僕は思っている。町の方をあれだけ探しても、とんと見つからなかったわけだし。

 最初にシュトと戦ったときに見た、あの物悲しい表情。僕はあの表情にに対して、母親を探しているんじゃないかと思った。娼館の人達と関わっているとたまに、小さな子供が訪ねてくる。「ボクの母さんはどこ?」ってね。頼るものも何もなく身一つでやってきて言うものだから、情に絆されて全然別人のお姉さんにお持ち帰りされてしまうなんてこともある。まあ本人たちは幸せそうだけれど、大抵ロクなことにはならない。

 しかし、シュトはどうして邪教徒のアジトから逃げ出したんだろう。そのあとにチェルトのことを探していたとしたら、一時の混乱から逃げ出してしまって、あとになってから母が恋しくなってしまったんだろうか。あの巨躯といえどまだ生まれて間もないのだ。知らない場所で、頼るものもなく迷子になってしまって心細かっただろう。心細いというのは赤子でもわかるのだろうか? 母を探すくらいだしわかるものなのかな。

 そうすると、もしそうだとすると、僕はいらないことをしてしまったかもしれないな。わざわざシュトに声をかけてまで戦わなくてもよかったわけだ。結果論でしかないけれど、こうすればよかったんだ、と後から気が付くほど寂寥感に苛まれることもない。

 放っておいたら、彼女は女の人を見かけるたびに母親かどうかを確認して外れたらまた逃げるのだろうし、って最初の人はいきなり襲われたのだっけ。まあでも怪我自体はなかったし、シュトも錯乱していたんだろう。最初に亡くなったという司祭さんとチェルトのお父さんは、シュトの恨みを買うようなことをしたわけだからしょうがないとは思うけど。

 だからこそ、姐さんがシュトに襲われることになった原因を作った僕には責任がある。シュトが僕との戦闘で疲弊し、その心身が脅かされ、無我夢中で逃げるようなことにならなければ、あの場で誰も怪我なんてすることにはならなかった。

 何事もなかった場合、僕は警護の仕事をダラダラとして、そのうちチェルトが僕の事務所のドアをノックして人探しの依頼をするのだ。そうして結局悲しい結末を迎える。

 この歳の離れた姉妹が幸せになる道があるというならいいのだけど、残念ながらもう手遅れだ。シュトの身体を寄り代とした、悪魔の召喚。本人の意思はまだ残っているのだろうけど、もうそんなに長くはもたないだろう。

 全て悪魔に侵食され、破壊と暴力の限りをつくそうとしてから、王の名のもとに馳せ参じた騎士様たちに焼却されてしまう。

 ならばせめて、姐さんへの罪滅しとして、僕が決着を付けなくてはならない。

 当然、隣を歩くチェルトにはこんなこと言えるわけがなかった。

「ねえ、君は、シュトを見つけてどうするんだい?」

「何を言っているんですか? 戻ってきてもらうに決まっているじゃないですか。あの子、きっと今不安なんだと思います。知らないところで、一人になって。だから早く連れ戻してあげないと」

「どうやって戻ってきてもらうの? 随分、姿かたちが変わっちゃったみたいだけど」

「そんなの関係ありません。あの子はあの子です。目を見たときにわかったんです。あの場所に居た司祭さんとお父さんにイタズラをして、それが私に見つかったから叱られると思って、驚いて、怖くなって逃げちゃったんです。だから、お姉ちゃん怒ってないよって言ってあげなきゃ」

「そうか。でもやっぱり、ちゃんと叱ってあげないとダメなんじゃないかな。それがキチンとした子育てってもんだよ。正しい道を教えてあげないと、将来悪い子になっちゃうかも」

 彼女が何を言っているのかイマイチ分からなかったけど、とりあえず話を合わせておいた。この子は本当に、そんな簡単にうまくいくとでも思っているんだろうか。

「私の育て方が悪かったのかもしれません。夜泣きもしないいい子でしたから、私も何もしていなくて、ただ甘やかしているだけだったんです。その反動がいまここで出ているんでしょうね。もうほんとうに困った子。でも、ようやく私を困らせてくれて、ちょっと嬉しいんです。あの子は本当に、大人しい子でしたから。やっぱり子供は、ワンパクなのが一番ですよね」

 僕から見たら、チェルトだって十分子供に見える。こんな小さな肩に、色々なものを背負って大変だっただろう。ちょっと頭の調子が外れてしまうのもしょうがない。とはいえ、初めて出会ったときの焦燥感みたいなものは感じられない。僕の家で少し休めたから、落ち着きを取り戻したのだろうか。

 とても嫌な予感がした。チェルトが落ち着き払っている理由の一つ、まさか僕がシュトをもとに戻せるとでも思っているんじゃないだろうか。何でも屋とはいえ、悪魔祓いは専門外だ。祓うにしたって、祓ったところで、そこに残るのは無残な死骸だけになるだろう。

 死骸になったシュトを前に、チェルトはどうするだろうかと考える。おかえりなさい、と言って大事そうに毛布にくるんで、僕にお礼を言って笑顔で手を振ってくるのだろうか。それとも、僕を呪い殺さんとばかりに金切り声を上げて掴みかかってくるだろうか。

 どちらにしても嫌なもので、どちらにしたって良い成果なんてものには結びつかないだろう。

 それにしても、召喚された悪魔か。僕だってにわかには信じ難い。異界の門をこじ開け、尚且つそこにいるものを呼び寄せるだなんて伝承くらいでしか聞いたことがなかった。

「私はお姉さんですから、あの子のために、できることは何でもしてあげたいんです。昨日までは、どうしたらいいのかわからなくてくじけそうでしたけど、ケージさんに話して、こうやって歩いているだけでも希望が湧いてくるんです」

「そうかい。それはよかった」

 全然よくない。どうしようかな。ちゃんと言ったほうがいいんだろうか。僕は君の妹さんを倒すよって。

 悩んではいるけど答えは出ず。気がついたらチェルトの家の前まで来ていた。


 舗装されていない道路に、なにか大きなものが引きずり歩いたような跡があった。


 近くにいる。

 大型の生き物が放つ、独特の外圧を肌で感じる。引きずった跡をなぞるように歩いていく。

「あの、ここが私の家で……あれ、何処へ行くんですか?」

「君はちょっと、家の中で待っていてくれないかな。少しだけ見ておきたいところがあるんだ」

「ええ……わかりました」

 彼女が家の中へ入っていくのを確認してから、僕はゆっくりと歩き出した。

 引きずった跡が途切れたさきに、近くの教会へとたどり着く。どうやら人がいなくなって長い月日が経っていたのだろう、外装もくたびれ、中に入ると荒れ放題だった。

 暗がりに目を凝らすと、生命の息遣いが読み取ることができた。教会の隅に何か大きな生き物は丸まっており、侵入者である僕に気が付くと、唸り声をあげて威嚇してくる。聞き間違えるはずのない声。


 僕は腰に下げた刀を抜いた。


「ごめんね」

 それ以上の言葉は、僕には言えなかった。



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