2 送迎
「そんな顔をしないでくれ少年。失礼なことを言ったのなら許して欲しい。僕はちょっと無神経だとか言われるんだけど、悪気はないんだ。そこのところよろしく頼むよ」
サラサラとした髪をかきあげて優男の騎士、アロードは僕に柔和な笑みを向けた。騎士殿が僕のような一般人、さらには亜人である者に謝罪をしたって、それは口だけというのが嫌というほどわかるし、内心ほくそ笑んでますよって顔に書いてあるんだよね。当たり前だけどさ、反抗心を持ったってしょうがないんだ。相手が望んでいる態度を返して、それで満足してもらおうよ。そうすれば余計な摩擦なんて生み出さないで、物事ってのは大体うまくいくもんなんだきっと。彼が持っている情報とか立場とかは有用に働くんだからさ、僕も利用しない手はないよね。ほらどうだい? こんなチンケな嫌味を言って勝ち誇って嘲笑するような奴なんかより僕って断然大人で冷静だよね。はは、どうだざまあみろ。
「ケージ、ケージ? どうしたんだいそんな難しい顔で黙り込んでさ。ホント機嫌を直してくれよ。僕はそこまで酷い事を言ったかい。そんなはずないよね。ほら、君もそう思うだろう?」
そう言って隣の女騎士、ルヴィアドールに声をかけた。
「お前に教えることなど無いぞ何でも屋。新聞でも読め。わざわざ歩いてきてやっただけでも感謝しろ」
意外と優しいのか、単に口の滑りがいいだけの無能なのかよくわからないから前者にしておこう。
「いえね、ルヴィアドール様、記者の人間から事のあらましとかは聞いているんですよ。それでこう、何か進展というか、犯人の目星とかはついているのかなぁと」
彼女の眉が呆れたようにハの字を向く。やっぱり、それ以上の情報はないぞ、と僕に伝えたつもりだったのかな。でも進展云々の確認は必要なことじゃない。その辺こっちの立場も汲んでほしいなぁ無理だろうなぁ。
「少年は、犯人とか見つからない方が都合いいんじゃないの?」と隣のアロードが口を挟む。「物騒だと仕事も増えるだろうし。でもねケージ、ウチの副隊長殿がすぐに平和な街に戻してみせるから、安心しておいてくれ。ああいや、君はそれだと安心できないんだったっけ」
「いえいえめっそうもない。僕だって何やら危ない亜人がいるとなれば不安なんですよ。いらない矛先とか向いてこないかどうか気を揉みますってば」
しかし二人と話していると首が疲れるな。僕よりも結構、いや、ちょいと背が高いもんだからなぁ。しかもアロードの方は、見せつけるように距離を詰めて見下ろしながらだもん。嫌になっちゃうよね、この国の人間ってば結構背が高いから。他に行けば僕だって平均くらいはあるんだ。これは本当。誓っていい。そのはずだ。だって他の国の人とあまり合わないもんだから確認のしようがない。でもきっと平均に違いないんだ。頼むよそうであってくれ。
「おいおいケージ君、まさか僕らが、よりにもよって君が犯人だとか疑うかもしれないって言いたいのかい? そんなわけ無いじゃないか。君のことはよく知っているし、僕と君の付き合いじゃないか。少年なんかが、こんな小さな、事件とも呼べないようなことすら起こせるはずないって、わかりきったことじゃない。僕は君を信頼しているんだよ」
ええ、知っています。そしてアナタが僕をそんなふうに信頼しているように、僕もアナタを信頼しているんですよ。
「はああ、そうですか。いやそれはありがとうございます。そうですよ、僕なんかが何か起こせるわけないですしね。それで、セプテットの一座を預かるアロード様の手を煩わせるようなことなんて、ほんと出来ませんよ」
そう、お前らが何か隠して早く僕を追い返したい事ぐらい分かってんだよ。わざわざセプテットの隊長と副隊長が二人も揃って、被害者も出ていない事件現場にいるんだから。しかも亜人の僕にすら、心当たりは何かないか、の一言もナシだ。今日が初対面ってわけでもないんだからさ。ここまでつっけんどんの態度に、頭の鈍い僕でもちょっとは訝しむことくらいはする。
しかしここで、「大勢集まってなんだか大事件の匂いがしますね」、だなんて直接的なものの言い方をすると、この場はお開きとされてしまうだろうし。さてどうしたものか困ったぞ。僕にこういった時うまいこと情報を引き出す、そういった話術の類は残念ながら持ち合わせがないんだよ。
「おい何でも屋」とルヴィアドール。「我々も暇ではなく、つい先程も邪教徒のアジトを叩いたところだ。やるべきことも多いが、それはお前も同じだろう。さっさと自分の仕事に取り掛かれ」
おおっとこれは、つまりなんだ? その邪教徒の人間が、今回の大女と関係ありって認識で間違っていないのかな。僕が考える程度のことなんて読まれていて、余計な探りを入れられるくらいなら必要最低限のことだけ教えるから後は帰れと。
確かに自分たちでも怪しまれることくらいは分かるか。ちょっと乱暴な亜人が出たくらいで、セプテットの一席とその副隊長が出張っているんだもんな。
これも確認取りたいんだけど、ルヴィアドールさん「愚図は死ね」と言わんばかりの眼光だ。
「おいおいルヴィ、僕はもうちょっとケージと遊びたかったんだよ? それをなんだい、なんなんだい? 僕にとってケージは荒んだ荒野に一服の清涼を与えてくれる大切な存在なんだよ。ちょっと、君にも解るだろ、そんな親切にあれこれ教えてあげてさ」
話は終わったと言わんばかりに、副隊長殿はさっさと元いた場所に戻っていってしまった。単に隠すようなことはなく、邪魔だから僕の相手をしたくなかっただけなのかな。悪いことしちゃったなぁ。
「まあそういうわけだよケージ。今回の件は邪教徒の生き残りがやったことかもしれないってだけで、僕らも確信出来るだけの材料は持っていないに等しい。それでね、君は君の出来る範囲で、この街の人間を守ってやってくれ。あと一応聞くけど、犯人に心当たりなんてないよね」
ええもちろんです、と僕が言うと、彼は「そうか、それじゃあまたね」と言って僕の前から去っていった。
随分と僕のナイーブな部分を叩いておいて、遊びというか。からかうにしても言葉選んで欲しいよね。線引きをするためのアピールも含んでいたけど、結構気が緩みがちな僕を叱咤しているつもりのようにも聞こえた。
多分、それだけ今回は危険なのかな。
邪教徒、か。まだこの街にもいたんだなぁ。結構激しい弾圧があったわけだし、無理して信仰するものでもないと思うんだけど。そういう問題でもないのかな。難しいところだよね。
それじゃあ今度の新聞にも乗ったりするのかな? だとしたら文屋が何も教えてくれないってのも気になる。単に箝口令が敷かれていたのか、僕には関係ないと思って話さなかったのか。まあどっちでもいいや。
そうして物思いに耽っていると、僕の方へバタバタと近づく足音が聞こえた。
「ちょいとケージ! あんたいいとこ居るじゃないのよさ!」
振り返ると、そばかすの女性が僕の傍へとやってきた。
「姐さんじゃないですか。どうしたんです?」
「どうしたもこうしたもないさね。あんたこれちょっと見てごらんよ、ほら、道に穴が空いてんでしょ。アレはね、ウチのとこの子が襲われちまったからなんだよっ!」
「ああ、姐さんの店の人だったんだ」
彼女はこのあたりの娼館に勤めている人で、そんなに長いことやっている訳ではないだけど、人柄のせいかみんなから姐さんと呼ばれている。まさか近しい人の知り合いが被害にあっていたなんて。
「怪我とかはなかったんだよね?」
「ああ、幸運なことにね。転んで膝擦りむいただけさ。でもさ、事情を聞きたいとかでずっと詰所に押し込められたまんまなんだよね。っておや? あらあらなんだい物騒なもん吊り下げてさ」と姉さんは僕のベルトから下がっている刀を見て言った。
「まあ一応はね。何があるか分かんないから」
「ああ、じゃあさ、ほら。また送り迎えとか頼んどいていいかい? やっぱりさ、しばらく夜道の一人歩きは控えたいんだよ」
「それは構わないけど、姐さん一人でいいのかな」
「んとね、今回は4,5人くらいまとめて送ってくれると助かるんだよ。ウチのオーナーも何人か用心棒を雇うつもりみたいなんだけどね、数が足りないと思うんだ」
「うん分かった。じゃあ時間と場所は前と同じにしよっか」
「そうだね、そうしてくれると助かるよ。いや、アンタの家まで行く手間が省けてよかったよほんと」
と言って彼女は僕の肩をポンポンと叩いた。なんだか、こんなふうに信頼を寄せてくれるのがたまらなく嬉しくて僕は少し気が大きくなる。
「大丈夫、姐さんもそうだけど、誰にも怪我なんてさせないからさ。僕がちゃんと守るよ」
僕にしては珍しく自信満々にそう言って、決意を改めた。さっきの騎士二人にやられたからってわけじゃないけど、意気込みというのは大事だと思う。やっぱりさ、顔見知りが傷つくところなんて見たくないんだ。
「おやおや、なんだいなんだい、やる気十分じゃないのよさ。この色男~。頼りにしてるよ~」
僕みたいなチビを捕まえて色男とか絶対馬鹿にしてるよね、とかそうじゃない。気のおけない仲ってやつなんだよ多分。
「そうだアンタ! お礼も奮発しとくけどさ、待ってる間ヒマでしょ? 久しぶりに遊んでいきなよぉ。おねーさんがサービスしとくからさ。最近顔見せてくれないし、寂しいんだよこっちも」
しなを作ってウインクする彼女の提案は実に魅力的で、いきなり僕はドギマギしてしまうのだった。姐さんは夜のお仕事の人だけど、あんまり派手な感じではなく、でもやっぱり出るとこ出てて、う~んすごい。
「まあ、そ、そのうちお願いしてもいいかな。ははっ……」
「なに硬いこと言ってんのさ。硬くするのはそっちだけでいいんだよ、もうっ」
「いやいや、まだ気を抜いてもいいような状況でもないしさ」
ほらさ、初日から遊んでるようじゃ、やっぱいけないと思うのよ。ちゃんとこうね、ほら、頑張らないと。そんで、後のご褒美、みたいな!! みたいな感じで!! 決してそういうプレイにこだわってるわけじゃないんだよ。「ほらアンタちゃんと出来たね。よくやったよ。さあこっちにおいで、もうキツそうじゃないかい。我慢してたんだろ? ……アタイの方も、そろそろ食べごろだよ」、みたいな感じとか、断じてそんなことはっ!
「まあいいさ。でもそのうち絶対だからね。それじゃあアタイはオーナーに話通してくるから、今日からよろしく頼んだよ」
さあ、これで下手なことはできないぞ。気合を入れないと。
■ ■ ■
家に帰って支度をしていると、やっぱり文屋が表れて仕事の首尾を聞かれたので、問題はないことと、一応どこの仕事でどんなことをするのかと、時間と場所の詳細も伝えておいた。
独り身だし、こんな水商売をやっているわけなので、もし僕の身に何かあったときを考え、こうやって足跡を残しておくに越したことはない。仕事の詳細のメモも残してはいるけど、やっぱり誰かに伝えておいたほうが僕も周りの人も安心できる。
そしてやっぱり、文屋は騎士団が邪教徒のアジトに踏み込んだことも知っていて、どうやら一般的には邪教徒はアジトで全滅、とのことだった。
そうして夜中、約束の時間に姐さんの家の前まで行き、そこから数人の女性の家まで迎えに行って、僕たちは娼館へと向かった。
最初はみんな不安そうにしていたし、ロガーヌ通りを入ったところで誰も口を開かなくなったけど、娼館の近くに来るとホッとしたのかいつも通り賑やかな雰囲気になった。
そうして無事に彼女たちを送った僕は、今来た道を引き返している。夜回りの人もチラチラと見かけたけど、誰もいないはずの路地裏の隅に、やっぱりボロ切れを纏った何かがいる。
さっきここを通った時、彼女たちはおしゃべりに夢中で気がつかなかったようだ。浮浪者も先の事件でここら一帯から引き上げているし、誰も傍にいないと思っていただろう。少しヒヤリとしたけれど、敵意も、動き出す気配もなく、またその何かは子犬くらい小さかったので、警戒しながらもやりすごした。
「ねえ君、そんなところにいないでさ、ちょっと出てきなよ。この辺はいま危ないんだよ。どこの誰だい?」
誰何をしながら、腰に下げた刀をぬらりと抜き放つ。気のせいだったらいいんだけどなぁ。
「うっ……ううっ……」
微かなうめき声に、咄嗟に僕は腰を落としていつでも動ける状態を作った。
そして、何か、小枝が割れるような音が聞こえた。
「うっうっごっごごごごごあああああああ」
目の前のボロ切れを纏った何が蠢き、泡立ち、肉の潰れる音がした。
僕は馬鹿みたいに呆けて、それを見た。
断続的に続く陰惨を感じさせる音が止んだ時、小さな影は伸びあがり、僕よりも遥かに高い大女が立っていた。