待ち伏せ
「ほお……」
アレフはブライスの言葉に意表を突かれたようだった。
「まあ、ボスがそう言うんなら俺は従うしかないですねえ。で、これからどう動きますかい?」
「奴らの車は別部隊に追跡させているから動きは完全に把握出来ている。こちらに到着し次第、奴らを背後からぴったりと付けてもらいたい」
「オーソドックスに挟み撃ちにするわけですねえ」
「そうだ。車の中には男2人と彼女の計3人。1人は彼女の身柄を拘束しながら進むものと思われるから、実質自由に動けるのはもう1人の男のみ。数の利を活かさない手はない」
「俺たちが気付いてないなんて呑気に構えちゃいねえだろうから、相当用心しながら進んでくるんでしょうねえ」
「アジトから味方が援軍に来ることも考えられる。2人だけに意識を向けるだけじゃ危険だ。周囲にもしっかり気を配れ」
アレフは両の手のひらを空に向け、やれやれとでも言いたげな顔をしてため息をついた。
「難儀な仕事っすねえ、ボス。なおさらそこの少年を連れて動くのが難しく思えますけどね。大人しく車で待機させておいた方が良いんじゃないですか?」
「お前はいったいこの私を誰だと思っているんだ? こんな仕事、訳もない」
「これは失礼……良かったな、エイジボーイ」
「足手まといで悪かったな」
エイジはそっけなく言い返した。
「話をこの後の動きに戻そうか」
ブライスが仕切りなおす。
「ショッピングモールの建物の中に入る前にけりをつけたい。建物前の広場に入ってきたらフィールドオンだ。2人の処理は俺に任せて、お前はフィールド内に他の敵が進入して来ないかウォッチしろ」
「ラジャ」
「エイジ、君は絶対に指示された場所を動くな。現場への同行は認めるが、争いの中に加わることは決して許さない。場合によっては命を落としかねないからな」
ブライスの言葉には有無を言わさぬ迫力があった。
エイジは素直に頷く他なかった。
「彼女の身柄を確保し次第撤収だ。車に乗り込み、私たちのアジトへ戻る」
そう言い終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ブライスに通信が入った。
「ブライスだ」
ブライスは即座に片手を額に当てて通信を開始し、何言か簡単な言葉を交わした。
「奴らがもう少しでこちらに到着するようだ。さあ、二手に分かれて持ち場に着こうか」
◆◇◆◇
エイジはブライスとともに建物前の広場に足早に向かった。
威勢よく同行を願い出たものの、実際にいざこうして動き始めると心臓がどきどきと音を立てて打ち出した。
自分が明らかに緊張しているのは否定しようのない事実だった。
手には汗がじっとりと滲み始めた。
それに引き換えブライスは顔色一つ変えず、様子に変化は見られない。
いったいこれまでいくつの修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。
しばらく進んだ先の道を右折すると、人々が多く行き交う開けた場所に出た。
ところどころにベンチが置いてあり、中央には噴水が設けられている。
自分たちの待機場所であり、奪還作戦の舞台ともなるであろう広場に着いたようだ。
2人はそのまま広場の奥の円柱の影に隠れた。
円柱の脇から広場を見渡してみて、エイジの頭には自然な疑問が浮かんだ。
「こんなに人が多くいる場所で、どうやって奴らと戦ってアイを取り戻すんだ? そんなことをしたらパニックになる……」
「それはごもっとも質問だね。もちろんそんな事態は引き起こさないよ。さっきアレフと話していた時に出てきたフィールドという言葉は覚えているかい?」
「確かにそんな言葉が出てきたような」
「フィールドと呼ばれる特殊な空間を作り出すことが出来るのがアレフの能力だ。このフィールドの中では、そのフィールド設置者の指定した人物は周囲から全く姿が見えなくなる」
「そんな馬鹿な……」
「私たちエージェントの活動がこの世界の一般人から見られることは絶対のタブーだからね。奴らもこの力を駆使して密かに彼女をアジトに連れ去ろうとするだろう。ただ、私たちからはその姿は丸見えだがね」
「あっちにもこの能力を使えるやつがいるってことか」
「ああ、この能力はエージェント活動に不可欠だから決して珍しいものではない」
この状況だ、信じるしかあるまい。
エイジはそう割り切って考えることにした。
そうすると様々な疑問が次々に沸いてきた。
「能力って他にはどんなものが……?」
「気になるかい? 少しは興味を持ってもらえたみたいで嬉しいよ。そうだな……」
エイジの質問に答えようとしたブライスの表情が、俄に険しいものへと変わった。
円柱の影から広場の入り口付近に厳しい視線を向ける。
「来るぞ。奴らがもうすぐこの広場に入って来る」
エイジの体全体が緊張感に包まれ、強張った。
いよいよ奴らが来る。
自分には全くその予兆は感じられないが、ブライスの何かしらの感覚は奴らの接近を確かに感じ取っているようだ。
ふと、エイジの体全体を不思議な感覚が包み込んだ。
軽いビリビリという痺れた感覚が体を通り抜けた。
「これってもしかして……」
「気付いたみたいだな。アレフがフィールドをオンにした。あいつのフィールドは広大な範囲に及ぶから、この広場を悠々と包み込んでいる」
そう言うとブライスは柱の影から広場の入り口を見やった。
「見ろ! 奴らだ」
ブライスが小声ながらも鋭くエイジに囁いた。
エイジも同様に柱の影から前を覗く。
確かにいた、奴らだ。
ブライスと合流する前に自分を追い掛けてきたスーツ姿の男が、広場の入口を抜けてこちらへ向かって歩いて来ていた。
そして、その後ろには拳銃を右手に構え、隣の少女の頭に押し当てながら歩いている男がいる。
その異様な3人の姿は、確かに周囲の人々の目には映っていないようだった。
拳銃を突き付けられながら歩いているその少女にじっと目を凝らす。
見間違えるはずもない。
アイだ。