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デス・エージェント―死の代理人  作者: 金城 ユウ世
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誘拐・追跡

「すぐに向かうよ。じゃあ、また後で」


 そう言うとブライスは額から手を離し、振り返ってエイジの目をまっすぐ見て口を開いた。


「……イチノセ・アイが誘拐されたようだ」


 エイジは想像だにしない事態に思わず絶句した。


 なぜアイが標的に―


 頭が真っ白になり、思うように言葉が出てこない。


「動揺するのも最もだ。とりあえず、外傷はないようだからそこは安心してくれ。彼女が街中を歩いている際に身柄を拘束され、連れ去られたようだ。犯行グループは、君を襲った男が属する集団だ」

「くそっ……俺のせいでアイが……」

「落ち着け。もちろん君のせいなんかじゃないし、自分を責めたところで何も始まらない。彼女を無事に救い出すためにどうしたら良いか、それだけを考えよう」


 蒼白な顔をしたエイジはブライスの言葉にただ「ああ…」と掠れた声を出して頷くことしか出来なかった。


「犯行グループは車に乗って逃走しているようだ。私の仲間がしっかり後を追いかけているから姿を見失うことはない。そいつには追跡を継続してもらうが、私たちはひとまずまた別の仲間と合流しよう」

「他にも仲間が……?」


 エイジは思わず問いかけた。


「ああ、私の他に2人こちらの世界にやってきている」


 自分の知らない所で多くの人間が関与し、動いていることに驚きを覚える。


「じゃあ急ごうか」


 エイジはブライスについて急いで階段を降り、カフェを出た。

 アイのことを思うと胸が痛む。

 一刻も早くアイを助けたい。


「こっちだ、着いて来い」


 ブライスはカフェの前の路地を左に向かって走り出した。

 慌ててエイジも後を追う。

 カフェで一息ついたためエイジの体力は幾分かは回復していた。


 ブライスは走りながらも器用に誰かと通信をして話し始めた。

 エイジは着いて行くのに必死でブライスが話す内容までは追い切れなかった。


 ブライスに続いてしばらく走り続けると、狭い路地裏を抜けて大通りへと抜け出た。

 大通りに出るとすぐ近くに黒塗りの車が停車しており、ブライスはその黒塗りの車へと駆け寄って行った。


「仲間の車だ。急いで乗り込め!」


 ブライスはそうエイジに呼びかけると、車の後部座席のドアを開け中に乗り込んだ。

 急いでエイジも車に乗り込みドアを閉めた。


「ご苦労、アレフ。助かったよ」


 ブライスが運転席に座る男に声を掛けた。


「どうってことないですよ、ボス」


 運転席の男はそう言ってこちらを振り返り、掛けていたサングラスを額の上にずらしてにこりと笑った。


「彼が、サクラバ・エイジだ」


 ブライスはアレフと呼んだその男にエイジを紹介した。


「やっと会えて嬉しいぜ。俺の名前はアレフ。よろしくな、エイジボーイ」


 アレフはエイジに向かって右手を差し出した。


「ボーイって何だよ……」


 エイジはしぶしぶその手を握り返した。


「君と話したいことはたくさんあるんだがね、状況が状況だけにいったん後回しにさせてもらおうか」

「事態は緊急を要する。アレフ、奴らはどこへ?」

「アジトへ向かっているようですね。一度アジトの中へ連れ込まれると厄介なことになるんで、それまでに彼女を奪い返したい」

「分かった。最短ルートでそこへ向かおう。奴らよりも先に到着して待ち伏せるぞ」

「ラジャ。ちょっくら飛ばしちゃいますから、ベルトはしっかり締めといてくださいね」


 そう言うとアレフはハンドルを握り直して周囲を確認すると、思い切りアクセルを踏み込んで車を急発進させた。

 その反動でエイジの体は後ろへ仰け反った。


「まったく、相変わらずの飛ばし屋だな」


 ブライスも思わず言葉を漏らす。


「安全運転の保証はないんでしっかり掴まっててくださいよ!」


 そう言うとアレフはさらにアクセルを踏み込んだ。


 車のスピードは体験したことのない領域に入っていた。

 周囲の景色は一瞬ではるか後方へと置き去りにされていく。

 その様は、想定外の出来事が怒涛の勢いで降りかかってきた今日の自分の境遇に重なるように思えた。

 そんなエイジの心境にお構いなく、車はさらにそのスピードを上げた。



◆◇◆◇



 しばらくして、目の前に海が見えるようになって来た。

 海岸沿いを数分走った後、アレフは水際の駐車場に車を停めた。

 周囲にはショッピングモールなどの商業施設が立ち並んでいる。


「ボス、着きましたよ。奴らの到着まではもう少し時間があるようだ」

「ご苦労、さすがのドライビングだったな。さて、奴らを待ち受ける準備に取り掛かろうか」

「アジトはこのショッピングモールの中の2Fの1フロアに入り口があるようですね」

「このショッピングモールの中にアジトが……?」


 エイジはアレフのその言葉が俄かには信じられなかった。

 こんなにたくさんの人々が行き交う場所の中に、危険集団のアジトがあるなんて想像も出来ない。


「これもまた君にとっては摩訶不思議な話だろうな。奴らは特殊能力を用いてそのアジトの入り口を何ら変哲もない店のように見せかけている。だがこんなのは珍しい話でも何でもない。私たちだって同じような細工をすることが可能だ」

「驚くのも無理はねえよなあ、エイジボーイ。だけどこんなのは氷山の一角に過ぎないのさ。ほとんどの人間が知りもしない世界がたくさんあるってことだ。目に見えるものだけが全てじゃねえ」


 エイジはこれまでの自分の価値観が根底から覆されるような気持ちだった。

 自分がこれまでこの目で見ていた世界とは何だったのだろうか。

 この世界は自分が思っているよりもずっとずっと底が知れない場所のようだ。


「でもこんなにたくさん人が集まっている場所の中をどうやって誘拐したアイを連れて進むんだよ? どうやって進むにしたって絶対に怪しまれるに決まってる」

「人の見えている景色を変えることが出来るくらいだ、人の姿を見えなくすることくらい訳ないさ。奴らは自分たちの姿を消した状態でアジトに辿り着こうとするだろう。その見えない相手を検知し、奇襲をかける。そして彼女を取り戻す。それが今回の私たちのミッションだ」

 

 ブライスが答える。

 だが、まるで映画の中のお話のようだ。

 イメージを思い浮かべようとすることさえ難しい。


 ただひとつ、絶対にアイを無事に取り返したいという強い気持ちがあることだけは確かだった。


「……俺に出来ることはあるか?」


 この未知の状況の中でも、エイジの心の中の火は消えてはいなかった。


「おっと、その気持ちは買うがまだお前はただの一般人だ、エイジボーイ。ここで大人しくしていてくれれば、俺たちが無事に彼女を連れ帰ってくるから安心しろって」

「嫌だね。アイが危険に晒されているのに俺だけ遠くから指を咥えて見ているなんて……俺も一緒に連れて行ってくれ」

「おいおい……何とか言ってやってくださいよボス」


 ブライスはじっとエイジの顔を見つめた。

 その目からは決して退かない強い意思が見て取れた。

 しばらくエイジの顔を見つめ終わった後、ブライスはアレフの方に向き直った。


「彼も連れて行くぞ、アレフ。大丈夫、私がついているから心配はない」

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