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デス・エージェント―死の代理人  作者: 金城 ユウ世
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エイジの決断

「ユウ、今だ! 頼んだ!」


 ガイが声を張り上げる。

 通路に待機していたユウがこちらに素早く駆け寄って来る。


「はい!」


 ユウは倒れ込んだ厄災・ラッセルの前に立った。

 一瞬、エイジの顔を見た。

 何か伝えたいことがあるかのように。


 そして直後に迷うことなく浄化術を開始した。

 ユウの腕が目の前で交差され、それがぐるりと回転する。

 ラッセルの体が怪しげに紫色に光る。


 明らかに邪気の総量が以前と比べ物にならないくらい大きい。

 ユウは何度もその動きを繰り返す。

 徐々にその邪気はラッセルの体を離れ、大気中に姿を現した。


 禍々しい。

 邪気を見たエイジはそれ以外に言葉が思い浮かばなかった。

 こいつが、今からユウの体の中に。


 ユウはエイジに向かって口を開いた。


「行くよ、エイジ」


 エイジは思わずきゅっと唇を噛んでいた。

 すぐに乾いたはずの涙が、再びつうっと一筋頬を伝った。


「やめてよ、そんな悲しい顔は。世界を悲しみから救える一歩手前なんだから。君は本当に頑張った。ほら、笑顔を見せて」


 涙は一層溢れ出し、とどまる気配を見せない。


「もう、そんなんじゃ私も迷っちゃうじゃない……エイジが強い気持ちを持ってくれないと、私は安心して次に進めない」


 エイジは涙を拭った。


 強くなれ――

 自分に必死で言い聞かせる。


「ねえ、約束して。私がこの邪気を吸収して心臓に集めたら、迷わずそこを焼き尽くすって。これだけの邪気……きっと長くはその状態は保てない。だからお願い、迷わず焼いて」


 ユウの言葉は力強い。


「ああ……分かった。約束する」

「ありがとう」


 ユウがにこりと微笑んだ。


「じゃあ、行くね」


 ユウが構えを取る。


 俺は、何の為に生きている……?

 世界を救うため?


 不気味に宙に浮かぶ邪気に両手を向け、ユウは目を閉じた。


 運命とかは正直よく分からない。

 でも、今の俺の気持ははっきりとよく分かる。


 俺がしたいこと。

 守りたい。

 何を?


「……行きます」


 ユウがゆっくりと息を吐きだしてから言った。


「はっ!」


 かっと目を見開いて全身全霊を込める。

 邪気は少し抵抗する様子を見せたが、すぐにその場から引きずられ、ユウの体に向かって急速度で飛び始めた。


 グワッ…!


 邪気はユウに向かって一直線に進む。

 ユウは覚悟を決めた。


 その時、エイジがユウの前に立ちはだかり、邪気に向かって両手を広げた。


「来い!」


 エイジは叫ぶ。


「え……!」


 ユウは慌てて声を上げるが既に手遅れだった。

 邪気はユウの前に立つエイジの体に勢い良く吸い込まれていった。


「あいつ……何やってんだ! とち狂ったか!」


 ガイもエイジの行動に思わず声を上げる。

 エイジの中を邪気が蠢く。

 見る見る体を邪気が侵し始めた。

 ガイが痛む体を引きづりながら近くに寄る。


「何やってんだお前は!」

「すまねえ……」

「お前が邪気に乗っ取られたら、世界は終わりだ」


 ガイは蒼白な顔をしている。


「すまねえ、親父。でもさ、俺はとち狂ったわけじゃないんだ」

「何を……」

「俺は大切なものを守りたい。その為にこの決断をした、それだけだよ」


 まだ、俺の中の蓋は開き切っていない。

 エイジはそう確信していた。


 何もかも焼き尽くすほどの煉獄の炎が潜む地獄の釜の蓋が。

 今こそ全てを開放する時だ。


「みんな、この邪気は俺が焼き尽くす。俺の命まで燃やせば、きっと出来る」

「お前……」


 ガイはエイジの覚悟に言葉を失った。

 自らの命をかけて、こいつは世界を、自分の大切なものを守ろうとしている。


「エイジ……」


 ユウは両目に涙を浮かべていた。

 言葉がうまく出て来ない。


「大丈夫だ、心配すんな」


 エイジは穏やかにユウを諭した。


「のんびりしてる暇はない。じゃあ、やるぞ」


 エイジは両拳を握り締め、全身に力を込めた。


 心の中で強く唱える。


 燃えろ。


 黒炎がふつふつと燃え上がる。

 燃えろ、燃えろ。

 ばっと体内で炎が発火する。


 取り込んだ邪気もエイジの体内を所狭しと暴れ回る。

 その邪気を燃え上がった黒炎で炙り、燃やそうとする。


 しかし邪気も強大だ。

 なかなか燃焼作業は捗らない。


「ぐっ……」


 エイジは全身にびっしょりと汗をかきながら歯を食いしばっていた。

 体内に全ての気を集中させる。


「エイジ……」


 一人孤独に戦うエイジをユウは見つめることしか出来ない。


 まだだ。

 あんたの力はこんなものじゃないだろ?


 エイジは自分の体の中心に向かって語りかける。


『やれやれ、正気かよ』


 先程の声が再びエイジの頭に響いた。


 頼む、あんたの力を全て俺にくれ。

 蓋を、蓋を全て開けてくれ。

 炎を燃やし尽くしてくれ。


 開きそうで開き切らない、そのもどかしさとエイジは戦っていた。


「ああああああああああああ!!!」


 声を張り上げ、前屈しながら力を振り絞る。


『使い切っちまったら、もう、二度と火は灯せねえぞ』


 構わない。

 この瞬間に、全てを出し尽くす。

 頼む、頼む。


『分かったよ。主が言うんならしゃあねえな』


 そして、遂に、蓋が開いた。

 燃え盛る業火がエイジの体の中枢から弾け、全身を包んだ。


「きゃっ……」


 ユウは口に両手をあてがい息を呑んだ。

 エイジの体は赤黒く光り、外からでもエイジの体内が激しく燃えていることが分かった。

 そのエイジの体内で、業火は邪気を徹底的に焼き尽くした。

 十分過ぎる火力の炎が体内のすみずみまで行き渡り、邪気に逃れる隙は一分たりともなかった。


 全て燃やし尽くせ。

 もう二度と、悲しい思いをする人々が現れないように。


 体内の炎が燃え尽きるまでエイジは火力を緩めることはなかった。

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