『選ばれし者』
「数十年前まで、私達一族への差別は続いていました。大きな邪気が生じた際には体を張ってその邪気を吸収し危機を未然に防いでいたのにも関わらず。時代の移り変わりもあり、やがてその差別は公式に禁じられることとなり私達は市民権を得ました。
それまでの差別はタブーとなり、歴史から消されることとなりました。その魔女の歴史についての記録はほんの僅かしか残っていないはずです」
「確かに島についてネットで調べても何も出て来なかった…情報統制が行われていた訳か」
「そうですね。今となってはその歴史を知っている人の方が少ないでしょうね」
ユウは……ユウはその歴史を知っていたのだろうか。
「一方で、ヴァンの持っていた力も脈々と受け継がれていきました。でも、ヴァンほどの強い炎を持ち、邪気を焼き尽くすことが出来る者は滅多に現れませんでした。その間、人類は厄災との戦いを強いられることとなります。何とかその厄災を葬ることが出来ても邪気は消えることがなく、また次の対象を見つけてしまいます。根本的な解決にはならないのです。強い黒炎を持つ者が現れて初めて、邪気を根絶することができ、そして世界はその後しばらく平和と繁栄を謳歌することが出来たのです。これまでの歴史で幾度か現れ、世界に平和をもたらして来たその男達は、選ばれし者と呼ばれています」
選ばれし者……
「そして、17年前……久しぶりに黒炎を持つ赤ん坊が生まれました」
ナナセの視線は真っ直ぐに自分を見つめている。
「それがあなたです」
「そういう……そういうことだったのか……」
「だからあなたは、この世界にとってなくてはならない存在なのです。ただ、選ばれし者だけ、つまりあなた一人だけではその任務を果たすことは出来ないことはお分かりですね?」
エイジはそれまでのナナセの話を頭の中で振り返った。
既に頭の中には悪い予感がよぎっていた。
「邪気は一点に凝縮させて一瞬で焼き尽くさねば消えることはありません。でも厄災の体中に邪気は蔓延しており、その体を攻撃したところで邪気は逃げてしまいます。誰かが、邪気の憑依を請け負い、1点に凝縮させて焼き貫かれる役目を担わねばなりません。それが出来るのは当然、浄化師に限られます」
エイジの心臓はどくどくと鐘のように打ち始めた。
もしかして、それは――
「今の世界を危機に陥れている厄災を滅ぼすために選ばれた浄化師が、ユウです。選ばれし者であるあなたはユウを焼き貫かねばなりません」
「嘘だろ!? そんな……!」
エイジは声に悲鳴にも似た声を上げた。
俺がユウの心臓を?
そんなこと出来るわけがないだろ。
「ユウは幼い頃から浄化師としての類まれな適性を見せていました。数十年に一人のレベルの逸材だと判断されました。再びこの世界に厄災が現れた時のために英才教育を施され、アカデミーにも入学が認められました」
「ユウは……ユウはそのことを知っているのか……?」
「はい、十分に成熟したと思われるタイミングで彼女にはその事実は伝えられています。厄災が出現した時には自らの命を差し出してこの世を救って欲しいと。そして彼女はその宿命を受け入れました」
ガン、と頭を強く殴られたような気持ちだった。
彼女はそのような過酷な使命を背負っていることなんて全く思えないほどに明るく朗らかだった。
どれほどの覚悟が、苦しみが、その笑顔の裏にあったのだろう。
そして、俺が黒炎を発現させた時、どういう気持でそれを見ていたのだろう。
どういう気持でそれ以来俺と接して来たのだろう。
エイジは唇を強く噛み締めて目を閉じた。
ユウの笑顔を思い出す。
やがて自分の命を奪うことになるかも知れない存在と、どうやったらあんな風に接することが出来たのだろう。
「ユウは……今どこにいるんだ…? アレクサンドリアでテロが起こった瞬間から、どこかにいなくなってしまったんだ」
「彼女は今、この島にいます」
「え……」
「私たちは、厄災が出現すること、すなわちユウがその使命を果たさなければならない時が近いことを分かっていました。邪気の動きにはとても敏感なのです。そして私達はユウの役目が迫りつつある状況を黙って見ていることは出来ませんでした。」
ナナセの目が少し憂いを帯びる。
「最後にどうしてももう一度彼女の気持ちを確かめたい。そう思った私達は彼女をこの島に呼び戻すべく刺客を放ちました。アレクサンドリアであなた達が2人で行動していたのはまたとないチャンスでした。そしてテロが起こりあなたの意識がそちらに奪われている数秒の時間を見逃さず、刺客達はユウの身柄を確保しこの島に連れてきたのです」
「じゃあ、ユウはこの近くに……」
「はい、います。もう私達はじっくり話し合いました」
「ユウに合わせてくれ! 俺、あんなに一緒にいたのにユウの苦しみを全く分かってやれていなかった……ユウが何を思っているのか、本音で話をしたいだ!」
ナナセはエイジの目をじっと見つめた。
そして目をゆっくりと閉じた。
「いいでしょう。あなたもこの過酷な運命の渦に巻き込まれている一人。その権利はあるはずです」
◆◇◆◇
アレクサンドリアから南西50kmほどに位置する中小都市・マグレス。
いつもはとりたてて事件もない、平穏なこの街を不吉なサイレン音が揺らした。
「緊急事態、緊急事態。街に襲撃者あり。住民の皆さんは、南門からいち早く街を出て避難してください」
程なく、その放送音をかき消すような悲鳴があちらこちらから上がり、街を包んだ。
厄災が、街に現れた。
厄災は、目に入る人々を片っ端から攻撃し、血祭りに上げていた。
住民たちにはなす術がなかった。
その厄災のすぐ横には、10代後半くらいの少年がぴったり付いて歩いていた。
「次はあそこだ」
少年の言葉に、厄災は従順に従っていた。
指示された方向にいる、逃げ惑う人々の一群に邪気の波動を浴びせる。
「ぐああ!」
「きゃあ!」
波動を浴びた人々は絶叫して倒れこみ、絶命した。
厄災と少年はつまらなそうにその横を通り、街の先へと進んでいく。
彼らだけではない。
街の至るところでグラハム軍のテロリスト集団が猛威を振るい、次々と住民が命を落としていた。
「おらああああ!!」
エージェントの一団が奇をてらって背後から厄災と少年に襲いかかった。
彼らの振りかざしたガンブレードは二人をかすめた。
「これ以上お前たちの好きにさせてたまるか……! 俺たちの街だ……!」
エージェント達は二人に向かって対峙した。
「へえ、逃げなかったんだ」
「当たり前だ! 貴様ら、絶対に許さんぞ!」
「立派だけど、馬鹿だね」
少年は隣の厄災に顎で指図した。
「やれ、ラッセル」
厄災がエージェント達に向かって飛び込んだ。
街に彼らの断末魔の声が響くまで、時間はさしてかからなかった。




