真実
「……分かった、案内しよう」
男はエイジの要求を受け入れた。
男に連れられる形でエイジは村の中を奥へと進んでいった。
しばらく行くと一際大きな家が目に飛び込んできた。
「さあ、中へ」
男に促されエイジは玄関の戸をくぐり建物の中へ入る。
そのまま1階の奥の広々とした部屋へ通された。
「しばらくここで待っていてくれ」
そう言うと男は部屋から出ていった。
エイジは簡単に部屋の中を眺めた後、中央のソファに腰掛けた。
しばらくすると、部屋の扉が静かに開いた。
現れたのは1人の美しい女性だった。
「こんにちは。この村の代表をしているナナセと言います」
女性はこちらに近付き頭を下げて挨拶をした。
30代、もしくは40代前半くらいの年齢だろうか。
エイジは村の代表としてイメージしていた人物との違いに少し面食らった。
ナナセはそのままエイジの向かいのソファに腰を降ろした。
「先程は物騒な真似をしてしまい失礼致しました」
「いや、こちらこそ急に押し掛けたりして申し訳ない……」
エイジもペコリと頭を垂れた。
「この島のことを本で読んだんだ」
エイジは躊躇することなくいきなり本題に入った。
「この島で魔女と呼ばれる人達が現れた。それもこれまでの歴史の中で何度も……。これは本当に起こったことなのか?」
ナナセは少し目を伏せた後、再び目を上げて口を開いた。
「はい、確かにこの島では魔女と呼ばれる存在が何度か出現しています。そしてその度に魔女達は捕らえられて裁判が開かれ、魔女達は処刑されてきました」
「そうなのか……確かにそれは本に書いてあったこととも一致している。でも、俺はその魔女の歴史に何か不可解なものを感じているんだ」
ナナセの目がほんの僅かに大きくなったように感じられた。
「そのきっかけは、その場で偶然もう1冊の本が目に入り中に目を通したこと。その本のタイトルは"選ばれし者達"。これまでの歴史で人々は厄災に見舞われ、その度に選ばれし者達という救世主が現れたと、そうその本には書いてあった」
エイジは堰を切ったように話し続ける。
「でも不思議なんだ。その選ばれし者と呼ばれた人達が現れた年と、魔女と呼ばれた人達が現れた年がぴたりと一致していた。3回とも奇麗に。これはちょっと偶然とは思えない。この2つの出来事の間には繋がりがあるんじゃないか、そう思ってこの島にやって来たんだ」
ナナセはじっとエイジの目を見据えて言葉を受け止めていた。
そしてふう、と細く長い息を吐いた。
「あなたには真実を話す必要があるかも知れませんね。選ばれし者と呼ばれるあなたにはこの世界の真実を」
エイジは目の前のナナセの顔を食い入るように見つめていた。
まるでその目に吸い込まれるような感覚にとらわれた。
「邪気。この存在は既にご存知のことと思います。何せ邪気狩りのミッションを成功させた張本人ですものね。稀に邪気に取り憑かれた人間は理性を失い残虐な行動を躊躇わなくなると言われています。しかしそれは完全には正しくない。邪気はあらゆる人間の心の中に宿っているものなのです。ただ単にそれが大きいか小さいかの違いがあるだけで。この邪気が一定量を越えて肥大化してしまった人は、いわゆるサイコパスと呼ばれます。ここまで来ると周囲の人間に明確な危害を加えるようになるので何とかそれを防ぐ必要があります。投獄、流刑、そして時には処刑と、人々はあらゆる手段を尽くしてこの邪気に対抗して来ました。邪気との戦いはこの世界でいつも人々が直面していた永遠のテーマだったのです」
ナナセはゆっくりと、しかし強い意思を感じさせる喋り方で続ける。
「ところが困ったことにこの邪気は増えることはあれど消えることは無かったのです。サイコパスとなった人を殺した所で、彼らの全身に取り憑いた邪気はその体を抜けて次なる憑依先を探し、人の目に見えない中で潜伏します。だからサイコパスの人を処刑することは一時的なその場凌ぎでしかなかったのです。時が経てば再びまた別のサイコパスが現れ悲劇が起こる。その繰り返しでした。しかし我々人類にも希望の光が灯りました。今から数百年前、ある特殊な力を持った1人の女の子が現れました。彼女の持っていたその特殊な力、それは邪気をその体に吸収し浄化することが出来るというものでした」
――!
邪気を吸収。
浄化。
それは紛れもなくユウと同じ力だ。
「増えることはあっても減ることはなかった邪気。彼女の存在はその前提を根底から覆しました。彼女のお陰で邪気による脅威は一気に縮小していくこととなります。
そして幸運にも彼女のその力は彼女の娘、そしてその子孫の女性たちに脈々と受け継がれ、人類を邪気の脅威から救うこととなったのです。そんな彼女たちの一族が代々暮らしたのがこのヴィスバルト島です」
「そうだったのか……でも、じゃあ何で魔女なんて酷い呼ばれ方をする人が出たんだ……? むしろ全く逆の、俺達の救いとなる存在じゃないか」
「……ある時、そんな彼女達にとって悲劇となる出来事が起こりました。あまりに強大な邪気にとらわれたサイコパスが現れたのです。そのサイコパスの力は強大で、優秀なエージェントが何人も犠牲になりました。そしてそれ以上に一般の人々の命も奪われました。しかし人類が総力を上げて対抗した結果そのサイコパスは追いつめられ、そして一族の女性の手によってその邪気は浄化されました。しかし、それはまやかしでした。余りに大きな邪気は彼女のキャパシティを越えていたのです。邪気は彼女の体内で暴れ、彼女の体を完全に乗っ取ってしまいました」
「えっ……」
エイジは思わず息を呑んだ。
「彼女は邪気に呑み込まれ、邪悪な存在へと姿を変えました。そして世界の破壊を始めました。彼女が元々持っていた天賦の力と強大な邪気が合わさり、その邪悪な存在は比類なき力を振るいました。多くのエリアが急襲され、抗う隙もなく壊滅させられました。そしてその邪悪な存在は"厄災"と呼ばれるようになりました」
ナナセはそこで一旦話を切り、机の上にある容器に手を伸ばし水を口に含んだ。
「そんな……世界を救ってきた存在が、厄災になってしまうなんて……」
「神様は残酷ですね。厄災には誰もなす術がありませんでした。人々は絶望感に打ち拉がれ、死の恐怖に直面し続けることとなりました。しかし神様は人類を見捨ててはいなかったようです。2つの奇跡が重なり合いました」
「2つの奇跡……?」
「そうです。どちらが欠けても、人類はまず間違いなくその歴史に終止符を打っていたでしょう。まず1つ目の奇跡、それはヴァンという少年の存在です。彼は禁じられた力を持っていました。それは人を傷つけ、殺めることさえ出来る黒炎の気。決して人に危害を加えることは出来ないエアロの常識を打ち破る、本来であれば許されざる力です。しかしそれだけでは足りません。厄災を黒炎で焼き尽くし殺めることが出来たとしても、邪気はその体から素早く抜けて逃げてしまう。それでは遅かれ早かれ再び厄災が現れてしまうことになります。ここで2つ目の奇跡が起こりました。そのヴァンの脳裏に彼女からのテレパシーが飛んできたのです。彼女は邪気に体を乗っ取られながらも、一縷の微かな意識だけはまだ保っていたのです」
「自らの命とともに邪気が葬り去られるその時のために、そのごく僅かな意識を必死に守り温存していたのです。ヴァンは世界の首脳陣の協力のもと、厄災との戦地に向かって行きました。多くのエージェントの命が失われていましたが、世界にはまだ優秀なエージェントが残っていました。彼らとヴァンは力を振り絞り厄災に立ち向かいました。そして厄災に一瞬の隙が生まれました。その時を見逃さず、彼女は全ての力・意識を振り絞り僅かな時間だけ邪気を押さえ込むことが出来ました。彼女は邪気を自らの心臓1点に凝縮させました。そしてその心臓をヴァンが瞬時に黒炎で焼き貫きました」
エイジは壮絶な内容に言葉を失っていた。
ごくりと唾を飲み込む自分の音さえ聞こえていなかった。
「……さすがの邪気も為す術がありませんでした。体外に抜け出す暇もなく、1点に濃縮された邪気は黒炎に焼かれ、跡形もなくこの世から消え去りました。そしてそれはまた彼女の命も同様でした。心臓を焼き貫かれた彼女は、最後ににこりと笑った後絶命しました。それは余りに、余りに残酷な運命でした」
ナナセの瞳にうっすらと涙が浮かんだように見える。
「そして世界は危機から救われました。しかし余りに残酷なその真実は一部の人間のみが知るに留められ、封じられました。代わりに、初めは小さな噂話に過ぎなかった誤った事実が徐々に悪意をまとって世界に広がり、やがてそれは"歴史"として定着することとなりました。ヴィスバルト島の一族は邪悪な力を持った魔女であるとして、私達は差別・迫害の対象となりました。かたやヴァンは世界を救った英雄となり、後世にまでその功績が讃えられるようになりました。これがこの世界の歴史の真実です」




